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ep9『夢千夜』 “偽りの花嫁” 第三十一夜

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「……あ……!これはその!」

小泉が慌てて俺の頭を抱き寄せた。

は!?

何やってんだよ小泉!?

逆だろ!?

俺ら急いで離れないといけねぇんじゃねぇの!?

こんなんどう考えても不自然だろうが────────!?

俺がそう思っていると、小泉が意外な言葉を口にした。

「この子、目の前で人が刺されたの見て動転しちゃって────────」

ずっと泣いてたものだから、と小泉は俺の頭を撫でた。

そうきたか。

なるほどな、確かに今の俺の目は泣きじゃくってて赤くなっているだろうし─────────それなりに説得力はある。

「……そう……だったのね」

根本さんは何故か少しホッとしたように頷いた。

「そうよね……体格はいいと言ってもまだ中学生、子どもだものね……」

親しく話していたお姉さんが目の前で刺されてショックを受けない訳無いものね、と根本さんは悲痛な表情を浮かべた。

あの、刺された女性は、と小泉が躊躇いがちに根本さんに尋ねた。

「たった今、救急車が来たから担架に乗せられて病院へ向かったわ」

詳しい容態はまだわからないけど、と根本さんは付け加えた。

ちゃんと医者が診ないとわからないってことなのか。

夕貴さんと腹の子は大丈夫なんだろうか。

俺はひたすら二人の無事を願った。

ともかく、と根本さんは小泉の顔を見る。

「刺した男は警察に連れて行かれたけど──────ここからが大変なの。落ち着いたらすぐにこっちも手伝って頂戴」

手伝うって、と小泉が聞き返す。

「午後からの挙式と披露宴はキャンセル出来ないのよ。死人が出た訳でも無いし、予定通りやる事になってるの」

今までもこういうトラブルが無かったって事もないしね、という根本さんの言葉に俺は驚く。

は!?

この状況で午後の結婚式やんの!?

マジかよ。

まあ、招待客を呼んでいる以上、おいそれと中止や延期には出来ないんだろうけど─────────

数百万の費用も掛かってるし、料理や食材や花も用意されてるだろうしな。

てか、元カレ?(ストーカー)が来てトラブルになるってのもよくあるアクシデントなんだろうか。

もっとも、夕貴さんの場合は人違いで巻き込まれただけなんだが──────────

「わかりました。少し落ち着いたら着替えてそちらに向かいます」

小泉は毅然とした様子で答え、根本さんは足早にその場を離れた。

ドアが閉まり、俺と小泉はホッと胸を撫で下ろした。

……床に転がしたゴムや血痕がバレなかったのは幸いだった。

てか、流石に根本さんもこの短時間の間に俺らがセックスしてたとか思わねぇよな。

小泉に至ってはドレスの下がノーパン───────下着が開いたままになってる状態────────だなんて普通は想像もしねぇだろうし。

時間を戻るまであとどれくらいだろうか。

五分……長くてもあと十分ってとこだろう。

「どうすんだセンセェ?手伝いに行くのか?」

俺がそう尋ねると、小泉はさっきのソファに無言で腰掛けた。

いや、相変わらず下はノーパンのままじゃん。いいのか?

「ほら、ここに座りなさい」

小泉がポンポンとソファの座面を手のひらで叩く。

「……?」

よくわからないまま、俺は言われた通りに隣に座った。

小泉が俺の頭を抱え、そのまま自分の膝に乗せる。

「……え?!」

なんだか膝枕みたいな姿勢なんだが?

「……センセェ?」

俺がそう尋ねると小泉は笑った。

「お前、さっきは散々泣いてただろう?泣き足りなかったら……まだ泣いていいんだぞ?」

俺は途端に恥ずかしくなった。

「……は!?いや、急にそんなこと言われても──────」

泣いていいって言われても今更無理だろ。

俺が驚いた表情を浮かべていたからだろうか。小泉が俺の頭をそっと撫でた。

「……お前は正しい判断をしたんだ。妊婦さんとお腹の赤ん坊を守ったじゃないか」

だから、と小泉は続けた。

「お前は間違ってないしこれで良かったんだ。そうだろう?」

「……」

俺は黙った。

確かにそうかもしれない。

だけど。

俺が人を助けたい為に小泉を犠牲にしたのは確かだ。

血だって出てたじゃないか。

「……いや、センセェに痛い思いや嫌な思いをさせちまったし───────」

せっかくの花嫁衣装や写真も台無しになったじゃんか、と俺が小さく言うと小泉は少し笑った。

「……馬鹿だな。そんなことは全然気にしてないよ」

どうしてだろう。小泉のその言葉には違和感を覚えた。

いつもの小泉らしくない気がする。

「でもさ、センセェだっていずれは嫁に行くんだろ?」

「……」

俺がそう言うと小泉は黙った。

「なんかさ……結婚式や花嫁衣装って女子の幸せの象徴って気がしてさ────────」

だから、と俺は続けた。

「それを穢した気がしてすごく悲しくなって……」

俺がそれだけ言うと、小泉はペチンと俺の頭を小さく叩いた。

「何を馬鹿なことを言ってるんだ。私は穢されたなんて微塵も思っちゃいない」

一呼吸置いて小泉はこう言った。

「お前が気にしなくても私は勝手に幸せになってみせるから。だからそんなこと考えなくてもいいんだ」

そうだよな。

小泉にもいずれは相手が現れて結婚する。

それは俺が勝手にあれこれ口を挟む余地なんかないだろうし。

「それに……もうすぐ時間も戻るだろう?何もかもが無かったことになるんだ」

お前は何も心配しなくていいんだ、と小泉はまた俺の頭を撫でた。

それが何故だかものすごく心地良かった。

どうしてだろう。懐かしさまでも感じられる。

遥か彼方で小泉の声が聞こえるが、何を言っているかまでは聞き取れない。

そのまま俺の意識は遠くなっていった。














そこで目が覚めた。

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