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ep8
ep8『愚者の宝石と盲目の少女たち』 魔法少女達は滅亡しました
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それから数日が経った。
世界を変える力があるとか言われてもピンと来ない。
俺はただ自分の日常をギリギリでやり過ごして行くだけだ。
上野も宮原楓もいつもと変わりのない日常を送っている様子だった。
「……だがな、佐藤」
お前の呪いにはそれだけ強力な力が込められてるって事を忘れるなよ、と小泉は念押しするように俺に言う。
小泉に呼び出された俺は放課後の美術室に突っ立っていた。
「そんなん言われても知らんしさ。どうにも対策出来なくね?」
そもそも、と俺は続けた。
「二人揃って黒焦げ───────いや、他にも犠牲者が出てもおかしくない状況だったんだぜ?」
そっから生還出来たんだからそれだけで充分じゃね?と俺は強調する。
「もういいだろ、うんざりなんだよ。呪いだのスピリチュアルだのなんてのは」
俺がそう吐き捨てると小泉も頷いた。
「まあ、そうだな───────お前の言いたいことも解らないでもないが」
小泉はパラパラと何かの本を捲りながらこう言った。
「[呪(まじな)いとスピリチュアル]────────これこそが今回の出来事の肝とも言えるだろうな」
「……あ?」
正直、もうあまりこの件に関わりたくなかった俺は適当に聞き返す。
「遥か昔の時代───────80年代から90年代の時代には───────少女達の間では『おまじない』がブームになっていたらしくてな」
少女向けのおまじないの専門雑誌や通販、果ては専門のおまじないグッズショップまであったらしいんだ、という小泉の解説を俺は黙って聞いていた。(※1)
だが、と小泉はまた手元の本のページを捲りながら続けた。
「90年代中盤以降のコギャルブーム・ガングロ・ヤマンバギャルブームを経て……90年代末期からはPHSや携帯電話が登場する───────少女達の関心はおまじないから次第に離れて行ってしまった。少女向けおまじない専門誌も2000年代半ばに休刊となっておまじない文化は途絶えてしまったんだな」(※2)
へー、と俺はわざと興味なさそうに相槌を打った。
「それと引き換えに台頭してきたのが『スピリチュアル』という概念だ。2000年代半ばほどからブームが始まり、現在に至る」
「それってさ、どういうことなんだよ?」
小泉の話の要点が掴めず、俺は思わず聞き返す。
まあつまり、と小泉は続けた。
「遥か昔の時代は──────少女達は専門雑誌を読んでおまじないを駆使し、おまじないショップで魔法のペンダントだの指輪だのブローチだのを手にして身につけていたんだ」
それらは中高生のティーンがメインターゲット層だったからな。商品の価格帯もプチプラだったらしいんだ、という小泉の解説が続く。
「つまり、大人の女性になる通過儀礼としての『おまじない』であり『魔法』であり『魔法グッズ』であった側面もあると思うんだ」
かつての少女達がそこで色々と学んだり経験してきたのは非常に大きかったと推察される、という小泉の話に思わず俺は反応する。
「経験ってなんだよ?なんかエッチな事してんの?」
そういう意味じゃない、と小泉は持っていた本で俺の頭を軽く小突いた。
「まあつまり、アレだな。端的に言うと『おまじないグッズを購入して場数を踏む』的な事だろうな。例えば──────」
500円のおまじないグッズより300円のおまじないグッズの方がよく効いたかもしれない、なんて事も発生しただろうしな、と小泉は指先でトントンと教壇の天板を弾く。
「値段じゃねぇってこと?」
俺がそう訊ねると小泉は頷く。
「安いおまじないグッズでもラッキーな事は起こるかもしれない。高いおまじないグッズを買っても効き目がイマイチかもしれない。おまじないを実行しても絶対に効果がある訳でもない。そんな実体験を通して──────誰に教わるでもなく少女達は自分で学んで行ったんじゃないだろうか」
ふむ。
なんとなく話が見えてきたような気もする。
「昔のおまじないブーム的なヤツって案外、悪くなかったってことが言いたいのか?」
小泉は腕組みをしながら考え込むような素振りを見せる。
「2000年代半ばから始まったスピリチュアルブームは別に悪いことではないだろう。だが───────それに便乗した商売やコンテンツが大量に出てきて玉石混合になってしまっている面もあるだろうな」
特に、と小泉は少し苛立った様子で美術室内をウロウロと歩き回った。
「古い時代の牧歌的な『おまじない』コンテンツとは違って───────スピリチュアル系のコンテンツに動く金額は桁違いに跳ね上がっているとも言える。それに付随して効能の文言もどんどんとエスカレートして行ってしまってるんじゃないだろうか」
「何だそれ?」
『おまじない』だと数百円程度の子どもの小遣いで買えるグッズだったのが──────『スピリチュアル』だと場合によっちゃ数万とか数十万になってるってことか、と俺が訊くと小泉は相槌を打つ。
「そうだな。『金額』と『効能』──────どちらもインフレしている場面が散見されるな」
「『おまじない』であれば[大好きな彼とお話し出来る]程度であった効能が───────────『スピリチュアル』界隈の一部では[意中の人を確実に略奪]なんてものもあるくらいだからな」
おっかねぇな、と俺は思わず本音で呟いた。
「まあ、つまりは」
小泉は本を閉じ、こう続けた。
「逆説的ではあるかもしれないが────────かつての少女達は『おまじない』を通じて[物事にはどうあっても叶えられないこともある][大金を払えば必ず願いが叶うという訳ではない]ということを体感的に学んだ上で大人になっていったんじゃないんだろうか、って思うんだ」
「けど、それは消滅したんだろ」
俺がそう言うと小泉はすかさず反応する。
「今回の要点はそこだ。つまり、この一件で女子達が一條の作った出鱈目な『スピリチュアル』を盲信するに至ったのは────────」
少女達から『おまじない』と言う名の魔法が失われてしまったからではないか、と小泉はそう言い切った。
なるほど。
一理あるかもしれない。
「要はさ。10代とか早いうちにこういうのを済ませて卒業しときゃ──────大人になってから妙な商売や新興宗教に引っ掛かって大金を使う事はあんまねぇって意味?」
まあ、大体はそんなところだ、と小泉は頷く。
「私もリアタイでガチのおまじない文化に触れていた訳じゃないからな。おまじないブームの残像のような──────少女漫画雑誌の広告ページにあったアクセサリーショップのチープなパワーストーンを手にしたくらいで」
おまじない文化もおまじないを実行する少女達もその大半は滅んでしまったのだろうか。
「少女達が大人になるための通過儀礼としての『魔法(おまじない)少女』という概念は──────────今の世の中では淘汰されてしまうんだろうな」
小泉は少し寂しそうにこう呟く。
「今の十代は──────二言目にはすぐ“タイパ”だなんて言うからな。映画も倍速で観てるんだろう?最小のリスクで最大のリターンを得たいような連中ばっかりじゃないか」
失敗したくない。
恥もかきたくない。
しんどいことはしたくない。
努力もしたくない。
楽して簡単に全部を手に入れたい。
俺だってそう思ってる。
誰だってそうじゃねぇか。
だけど。
その心の隙間に入り込むように────────────── 一條刻夜のような人物が出現してしまったのかもしれない。
何もかもチートで手に入れられる世界なんてない。
魔法もおまじないもスピリチュアルも俺には関係ねぇしどうだっていい。
俺は知ってる。
本当に欲しいモンなら────────────なりふり構わず食らいつかねぇと逃しちまうんだからな。
(※1)参考文献
橋迫瑞穂『おまじないグッズ」における「手づくり」と少女』 年報社会学論集 27 号(2014)146‒157 頁
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2014/27/2014_146/_pdf
(※2)
※2以降の箇所はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
世界を変える力があるとか言われてもピンと来ない。
俺はただ自分の日常をギリギリでやり過ごして行くだけだ。
上野も宮原楓もいつもと変わりのない日常を送っている様子だった。
「……だがな、佐藤」
お前の呪いにはそれだけ強力な力が込められてるって事を忘れるなよ、と小泉は念押しするように俺に言う。
小泉に呼び出された俺は放課後の美術室に突っ立っていた。
「そんなん言われても知らんしさ。どうにも対策出来なくね?」
そもそも、と俺は続けた。
「二人揃って黒焦げ───────いや、他にも犠牲者が出てもおかしくない状況だったんだぜ?」
そっから生還出来たんだからそれだけで充分じゃね?と俺は強調する。
「もういいだろ、うんざりなんだよ。呪いだのスピリチュアルだのなんてのは」
俺がそう吐き捨てると小泉も頷いた。
「まあ、そうだな───────お前の言いたいことも解らないでもないが」
小泉はパラパラと何かの本を捲りながらこう言った。
「[呪(まじな)いとスピリチュアル]────────これこそが今回の出来事の肝とも言えるだろうな」
「……あ?」
正直、もうあまりこの件に関わりたくなかった俺は適当に聞き返す。
「遥か昔の時代───────80年代から90年代の時代には───────少女達の間では『おまじない』がブームになっていたらしくてな」
少女向けのおまじないの専門雑誌や通販、果ては専門のおまじないグッズショップまであったらしいんだ、という小泉の解説を俺は黙って聞いていた。(※1)
だが、と小泉はまた手元の本のページを捲りながら続けた。
「90年代中盤以降のコギャルブーム・ガングロ・ヤマンバギャルブームを経て……90年代末期からはPHSや携帯電話が登場する───────少女達の関心はおまじないから次第に離れて行ってしまった。少女向けおまじない専門誌も2000年代半ばに休刊となっておまじない文化は途絶えてしまったんだな」(※2)
へー、と俺はわざと興味なさそうに相槌を打った。
「それと引き換えに台頭してきたのが『スピリチュアル』という概念だ。2000年代半ばほどからブームが始まり、現在に至る」
「それってさ、どういうことなんだよ?」
小泉の話の要点が掴めず、俺は思わず聞き返す。
まあつまり、と小泉は続けた。
「遥か昔の時代は──────少女達は専門雑誌を読んでおまじないを駆使し、おまじないショップで魔法のペンダントだの指輪だのブローチだのを手にして身につけていたんだ」
それらは中高生のティーンがメインターゲット層だったからな。商品の価格帯もプチプラだったらしいんだ、という小泉の解説が続く。
「つまり、大人の女性になる通過儀礼としての『おまじない』であり『魔法』であり『魔法グッズ』であった側面もあると思うんだ」
かつての少女達がそこで色々と学んだり経験してきたのは非常に大きかったと推察される、という小泉の話に思わず俺は反応する。
「経験ってなんだよ?なんかエッチな事してんの?」
そういう意味じゃない、と小泉は持っていた本で俺の頭を軽く小突いた。
「まあつまり、アレだな。端的に言うと『おまじないグッズを購入して場数を踏む』的な事だろうな。例えば──────」
500円のおまじないグッズより300円のおまじないグッズの方がよく効いたかもしれない、なんて事も発生しただろうしな、と小泉は指先でトントンと教壇の天板を弾く。
「値段じゃねぇってこと?」
俺がそう訊ねると小泉は頷く。
「安いおまじないグッズでもラッキーな事は起こるかもしれない。高いおまじないグッズを買っても効き目がイマイチかもしれない。おまじないを実行しても絶対に効果がある訳でもない。そんな実体験を通して──────誰に教わるでもなく少女達は自分で学んで行ったんじゃないだろうか」
ふむ。
なんとなく話が見えてきたような気もする。
「昔のおまじないブーム的なヤツって案外、悪くなかったってことが言いたいのか?」
小泉は腕組みをしながら考え込むような素振りを見せる。
「2000年代半ばから始まったスピリチュアルブームは別に悪いことではないだろう。だが───────それに便乗した商売やコンテンツが大量に出てきて玉石混合になってしまっている面もあるだろうな」
特に、と小泉は少し苛立った様子で美術室内をウロウロと歩き回った。
「古い時代の牧歌的な『おまじない』コンテンツとは違って───────スピリチュアル系のコンテンツに動く金額は桁違いに跳ね上がっているとも言える。それに付随して効能の文言もどんどんとエスカレートして行ってしまってるんじゃないだろうか」
「何だそれ?」
『おまじない』だと数百円程度の子どもの小遣いで買えるグッズだったのが──────『スピリチュアル』だと場合によっちゃ数万とか数十万になってるってことか、と俺が訊くと小泉は相槌を打つ。
「そうだな。『金額』と『効能』──────どちらもインフレしている場面が散見されるな」
「『おまじない』であれば[大好きな彼とお話し出来る]程度であった効能が───────────『スピリチュアル』界隈の一部では[意中の人を確実に略奪]なんてものもあるくらいだからな」
おっかねぇな、と俺は思わず本音で呟いた。
「まあ、つまりは」
小泉は本を閉じ、こう続けた。
「逆説的ではあるかもしれないが────────かつての少女達は『おまじない』を通じて[物事にはどうあっても叶えられないこともある][大金を払えば必ず願いが叶うという訳ではない]ということを体感的に学んだ上で大人になっていったんじゃないんだろうか、って思うんだ」
「けど、それは消滅したんだろ」
俺がそう言うと小泉はすかさず反応する。
「今回の要点はそこだ。つまり、この一件で女子達が一條の作った出鱈目な『スピリチュアル』を盲信するに至ったのは────────」
少女達から『おまじない』と言う名の魔法が失われてしまったからではないか、と小泉はそう言い切った。
なるほど。
一理あるかもしれない。
「要はさ。10代とか早いうちにこういうのを済ませて卒業しときゃ──────大人になってから妙な商売や新興宗教に引っ掛かって大金を使う事はあんまねぇって意味?」
まあ、大体はそんなところだ、と小泉は頷く。
「私もリアタイでガチのおまじない文化に触れていた訳じゃないからな。おまじないブームの残像のような──────少女漫画雑誌の広告ページにあったアクセサリーショップのチープなパワーストーンを手にしたくらいで」
おまじない文化もおまじないを実行する少女達もその大半は滅んでしまったのだろうか。
「少女達が大人になるための通過儀礼としての『魔法(おまじない)少女』という概念は──────────今の世の中では淘汰されてしまうんだろうな」
小泉は少し寂しそうにこう呟く。
「今の十代は──────二言目にはすぐ“タイパ”だなんて言うからな。映画も倍速で観てるんだろう?最小のリスクで最大のリターンを得たいような連中ばっかりじゃないか」
失敗したくない。
恥もかきたくない。
しんどいことはしたくない。
努力もしたくない。
楽して簡単に全部を手に入れたい。
俺だってそう思ってる。
誰だってそうじゃねぇか。
だけど。
その心の隙間に入り込むように────────────── 一條刻夜のような人物が出現してしまったのかもしれない。
何もかもチートで手に入れられる世界なんてない。
魔法もおまじないもスピリチュアルも俺には関係ねぇしどうだっていい。
俺は知ってる。
本当に欲しいモンなら────────────なりふり構わず食らいつかねぇと逃しちまうんだからな。
(※1)参考文献
橋迫瑞穂『おまじないグッズ」における「手づくり」と少女』 年報社会学論集 27 号(2014)146‒157 頁
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kantoh/2014/27/2014_146/_pdf
(※2)
※2以降の箇所はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。
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