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ep6
ep6『さよなら小泉先生』 嘘と人妻、架空の存在
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どう答えるべきか返答に躊躇していると───────不意に玄関のチャイムが超至近距離で鳴った。
どなたですか、と鬼怒川鏡花がすかさず問いかける。
いいタイミングだ。
「……では私はこれで」
どさくさに紛れて俺がその場を離れようとした瞬間だった。
「生協のお届けに参りました」
ピンと背筋を伸ばしたような若い男の声。
それは聞き覚えのあるものだった。
若い、というより“若過ぎる”と言った方が適切かもしれない。
ガチャリとドアが開く。
ドアの前に立っていた人物を見た俺は思わず硬直してしまう。
そこに立って居たのは──────境内シンジだった。
『え!?』
俺たちは双方、顔を見合わせる。
俺は急いでアパートの廊下に出て、開いたドアの陰に隠れる。
「あら……いつもご苦労さま」
鬼怒川鏡花が“生協の配達員”を玄関に招き入れる。
俺は隙間からそっとその様子を窺った。
「ご注文のお品物です」
コンビニやスーパーでよく使われる『折り畳みコンテナ』と呼ばれる商品運搬用のケース──────(たまに臨時バイトに入るから見たことはある)に詰められた食品や日用品。
シンジは一点一点、説明しながら鬼怒川鏡花に見せていく。
「こちらがフリーズドライの春雨スープで……こっちはレトルトの玉子がゆ、こちらは蜜柑ゼリーになります」
身体の調子が良く無い時にはこういったものがいいですよ、と付け加えるシンジの声はどこまでも優しいものに感じられた。
「こちらは台所用洗剤、それから洗濯用の液体洗剤に洗顔フォーム、こっちがトイレットペーパーです」
シンジは言葉には出さなかったが、コンテナの端には生理用品も入れられているのがチラリと見えた。
シンジは懐のウエストポーチから茶封筒を出し、鬼怒川鏡花に手渡した。
「……それとこちらが今回ご注文分のお釣りになります」
お釣り。
存在しない架空の宅配サービスに、存在しない注文。存在しない配送員。
これらの食料品や生活用品はシンジが個人的に自宅から持ち出したものじゃないのか?
茶封筒の中身は─────恐らく、鬼怒川鏡花が生活に困らないようにと心ばかりの現金が入れられてるんじゃないだろうか。
用事が済んで帰る直前だったというのに俺の心臓はギュッと痛んだ。
「こちらが次回ご注文用のカタログです。お電話頂ければいつでもお持ちしますので─────」
シンジが渡しているパンフレットは中古車販売用の一昨年のもの、それから葬儀会社のチラシだった。
「ええ。いつもご苦労さま」
鬼怒川鏡花は虚に微笑み、ドアを閉めた。
玄関から出てきたシンジと目が合った瞬間、二人とも気まずさを隠せない様子で苦笑いした。
「……あなたも来てらしたんですか」
変な所をお見せしてしまいましたね、とシンジはやや恥ずかしそうに俯いた。
配達員の制服に見立てたジャージ上下に集金用を装ったウエストポーチ。深く被った野球帽。
シンジなりの精一杯の“変装“であることが見て取れた。
だが、俺だって似たようなものだ。
爺さんの箪笥から持ち出した奇妙でサイズの合っていないスーツ。
俺たちはしばらく沈黙し、その後シンジが先に口を開いた。
「あの、ここではなんですから───────少し、公園かどこかでお話ししませんか」
どなたですか、と鬼怒川鏡花がすかさず問いかける。
いいタイミングだ。
「……では私はこれで」
どさくさに紛れて俺がその場を離れようとした瞬間だった。
「生協のお届けに参りました」
ピンと背筋を伸ばしたような若い男の声。
それは聞き覚えのあるものだった。
若い、というより“若過ぎる”と言った方が適切かもしれない。
ガチャリとドアが開く。
ドアの前に立っていた人物を見た俺は思わず硬直してしまう。
そこに立って居たのは──────境内シンジだった。
『え!?』
俺たちは双方、顔を見合わせる。
俺は急いでアパートの廊下に出て、開いたドアの陰に隠れる。
「あら……いつもご苦労さま」
鬼怒川鏡花が“生協の配達員”を玄関に招き入れる。
俺は隙間からそっとその様子を窺った。
「ご注文のお品物です」
コンビニやスーパーでよく使われる『折り畳みコンテナ』と呼ばれる商品運搬用のケース──────(たまに臨時バイトに入るから見たことはある)に詰められた食品や日用品。
シンジは一点一点、説明しながら鬼怒川鏡花に見せていく。
「こちらがフリーズドライの春雨スープで……こっちはレトルトの玉子がゆ、こちらは蜜柑ゼリーになります」
身体の調子が良く無い時にはこういったものがいいですよ、と付け加えるシンジの声はどこまでも優しいものに感じられた。
「こちらは台所用洗剤、それから洗濯用の液体洗剤に洗顔フォーム、こっちがトイレットペーパーです」
シンジは言葉には出さなかったが、コンテナの端には生理用品も入れられているのがチラリと見えた。
シンジは懐のウエストポーチから茶封筒を出し、鬼怒川鏡花に手渡した。
「……それとこちらが今回ご注文分のお釣りになります」
お釣り。
存在しない架空の宅配サービスに、存在しない注文。存在しない配送員。
これらの食料品や生活用品はシンジが個人的に自宅から持ち出したものじゃないのか?
茶封筒の中身は─────恐らく、鬼怒川鏡花が生活に困らないようにと心ばかりの現金が入れられてるんじゃないだろうか。
用事が済んで帰る直前だったというのに俺の心臓はギュッと痛んだ。
「こちらが次回ご注文用のカタログです。お電話頂ければいつでもお持ちしますので─────」
シンジが渡しているパンフレットは中古車販売用の一昨年のもの、それから葬儀会社のチラシだった。
「ええ。いつもご苦労さま」
鬼怒川鏡花は虚に微笑み、ドアを閉めた。
玄関から出てきたシンジと目が合った瞬間、二人とも気まずさを隠せない様子で苦笑いした。
「……あなたも来てらしたんですか」
変な所をお見せしてしまいましたね、とシンジはやや恥ずかしそうに俯いた。
配達員の制服に見立てたジャージ上下に集金用を装ったウエストポーチ。深く被った野球帽。
シンジなりの精一杯の“変装“であることが見て取れた。
だが、俺だって似たようなものだ。
爺さんの箪笥から持ち出した奇妙でサイズの合っていないスーツ。
俺たちはしばらく沈黙し、その後シンジが先に口を開いた。
「あの、ここではなんですから───────少し、公園かどこかでお話ししませんか」
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