512 / 1,060
ep6
ep6『さよなら小泉先生』 小さな恋のメロディ
しおりを挟む
「こ……国勢調査の者です」
役場の方から来ました、と小泉に話しかけられた俺はテンパってしまい意味不明な事を口走ってしまう。
てか、『役場の方から来ました』ってなんだよ。典型的な詐欺業者の定型文じゃん。
「あら……ご苦労さま」
小泉は生気の宿っていない目で俺を見る。
「調査って……どうすればいいんですか」
俺は家を出るときに適当に引っ掴んで持ってきた爺さんのビジネスバッグを漁った。
爺さんが定年退職するまで会社で使っていた───────クタクタでボロボロになった鞄。
そこから出てきたのはピザ屋のチラシとクリーニング屋の割引クーポンだった。
俺がそのチラシを渡すと──────小泉はそれを受け取り、焦点の合ってない視線で微笑んだ。
「これが書類なんですね。わかりました。提出期限はいつですか?」
記入後にいつお渡しすれば、と俺に訊いてくる様子には教員だった頃の─────雑多な激務をこなしていた小泉の片鱗が見えた。
ああ、目の前に居るのは本当に小泉なんだな、と俺はそこで現実を突きつけられた気がした。
「……こちらは今すぐ必要でしょうか?」
今日は天気がいいのでこの子の日光浴に公園に行く予定なんです、と小泉は乳母車に優しい視線を向けた。
辺りはすっかり暗くなっている。
「なるほど、今から公園に……」
俺はそう返すので精一杯だった。
「よろしければ公園までご一緒してもよろしいですか?書類は口頭で聞き取りながら職員が記載してもいい規則になっていますので────」
俺はもっともらしい台詞を並べ立てた。
あちこちでバイトして色んな現場で見聞きした経験が上手く活かせた受け答えだと─────我ながら思った。
「あら、よろしいんですか?」
小泉は微笑み、廊下に無造作に転がされた子ども用の長靴を片方だけ拾い上げた。
ええ、と俺は頷いた。
「ご病気の方やご高齢の方─────介護や育児等で書類の記載が困難な方には職員が積極的にお手伝いするよう推奨されていますので……」
そう、よかった、と小泉は泥だらけの小さな片方の長靴を乳母車の中に放り込んだ。
「お散歩に行った途中で忘れ物に気付いて────たまたま取りに戻ったんですけど」
小泉はボロボロの乳母車の方向を逆に向け、こうもり傘を差した。
「今日は日差しが強いですからね……さあ、行きましょう」
俺は無言のまま小泉の後をついて行く。
なんと言って小泉に話しかければいいだろう。
俺は思案しながら─────国勢調査員が言いそうな事を必死で頭の中に巡らせた。
「まずは……こちらのお宅の家族構成をお聞かせ頂けますか」
俺は耳かきを片手に生徒手帳を取り出し、何かを書いているフリをしながら尋ねた。
「主人と私……それからこの子の3人です」
小泉は少し誇らしげな様子でそう答えた。
「随分とお若いご夫婦のようですが─────どのような経緯でご結婚なされたのか……もし差し支えなければお聞かせいただけませんか?」
いやいやいや………
自分で聞いといてなんなんだが、国勢調査員がフツーよその夫婦の馴れ初めとか聞かんだろ。何しに来てんだよ。
少し考えればおかしいとわかるのだが─────小泉はそれに全く気付かない様子で少しはにかみながらこう答えた。
「主人は……私の初恋の相手なんです」
古びてあちこちが裂け、ズタズタになった乳母車は悲鳴のような軋んだ音を立てている。
今にも空中分解してしまいそうな乳母車の車輪の音を聞きながら俺の心臓は潰されそうになった。
「主人は今でも昔と変わらず私を大切にしてくれて───────私、きっと世界で一番幸せですね」
役場の方から来ました、と小泉に話しかけられた俺はテンパってしまい意味不明な事を口走ってしまう。
てか、『役場の方から来ました』ってなんだよ。典型的な詐欺業者の定型文じゃん。
「あら……ご苦労さま」
小泉は生気の宿っていない目で俺を見る。
「調査って……どうすればいいんですか」
俺は家を出るときに適当に引っ掴んで持ってきた爺さんのビジネスバッグを漁った。
爺さんが定年退職するまで会社で使っていた───────クタクタでボロボロになった鞄。
そこから出てきたのはピザ屋のチラシとクリーニング屋の割引クーポンだった。
俺がそのチラシを渡すと──────小泉はそれを受け取り、焦点の合ってない視線で微笑んだ。
「これが書類なんですね。わかりました。提出期限はいつですか?」
記入後にいつお渡しすれば、と俺に訊いてくる様子には教員だった頃の─────雑多な激務をこなしていた小泉の片鱗が見えた。
ああ、目の前に居るのは本当に小泉なんだな、と俺はそこで現実を突きつけられた気がした。
「……こちらは今すぐ必要でしょうか?」
今日は天気がいいのでこの子の日光浴に公園に行く予定なんです、と小泉は乳母車に優しい視線を向けた。
辺りはすっかり暗くなっている。
「なるほど、今から公園に……」
俺はそう返すので精一杯だった。
「よろしければ公園までご一緒してもよろしいですか?書類は口頭で聞き取りながら職員が記載してもいい規則になっていますので────」
俺はもっともらしい台詞を並べ立てた。
あちこちでバイトして色んな現場で見聞きした経験が上手く活かせた受け答えだと─────我ながら思った。
「あら、よろしいんですか?」
小泉は微笑み、廊下に無造作に転がされた子ども用の長靴を片方だけ拾い上げた。
ええ、と俺は頷いた。
「ご病気の方やご高齢の方─────介護や育児等で書類の記載が困難な方には職員が積極的にお手伝いするよう推奨されていますので……」
そう、よかった、と小泉は泥だらけの小さな片方の長靴を乳母車の中に放り込んだ。
「お散歩に行った途中で忘れ物に気付いて────たまたま取りに戻ったんですけど」
小泉はボロボロの乳母車の方向を逆に向け、こうもり傘を差した。
「今日は日差しが強いですからね……さあ、行きましょう」
俺は無言のまま小泉の後をついて行く。
なんと言って小泉に話しかければいいだろう。
俺は思案しながら─────国勢調査員が言いそうな事を必死で頭の中に巡らせた。
「まずは……こちらのお宅の家族構成をお聞かせ頂けますか」
俺は耳かきを片手に生徒手帳を取り出し、何かを書いているフリをしながら尋ねた。
「主人と私……それからこの子の3人です」
小泉は少し誇らしげな様子でそう答えた。
「随分とお若いご夫婦のようですが─────どのような経緯でご結婚なされたのか……もし差し支えなければお聞かせいただけませんか?」
いやいやいや………
自分で聞いといてなんなんだが、国勢調査員がフツーよその夫婦の馴れ初めとか聞かんだろ。何しに来てんだよ。
少し考えればおかしいとわかるのだが─────小泉はそれに全く気付かない様子で少しはにかみながらこう答えた。
「主人は……私の初恋の相手なんです」
古びてあちこちが裂け、ズタズタになった乳母車は悲鳴のような軋んだ音を立てている。
今にも空中分解してしまいそうな乳母車の車輪の音を聞きながら俺の心臓は潰されそうになった。
「主人は今でも昔と変わらず私を大切にしてくれて───────私、きっと世界で一番幸せですね」
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。
ねんごろ
恋愛
主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。
その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……
毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。
※他サイトで連載していた作品です
お尻たたき収容所レポート
鞭尻
大衆娯楽
最低でも月に一度はお尻を叩かれないといけない「お尻たたき収容所」。
「お尻たたきのある生活」を望んで収容生となった紗良は、収容生活をレポートする記者としてお尻たたき願望と不安に揺れ動く日々を送る。
ぎりぎりあるかもしれない(?)日常系スパンキング小説です。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる