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ep6『夢千夜』 “壊れた夜” 第二十八夜  

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「傷が痛むのか?」

俺は鎮痛剤とガーゼ、消毒液を持ったまま小泉にもう一度聞いた。

小泉はまた無言で首を振る。

痛いって訳じゃないのか。

じゃあどうして泣いてるんだよ?

俺はどうしたらいいんだ?

処女じゃなくなったのが辛いのか?

それともなんか嫌だった?

だけど、もうすぐ時間も戻るんだ。

何もかもが“無かった”事になる。

痛い訳じゃないなら、何も悩むことなんか無いんじゃないかって思うんだけど──────

自分の過失のせいでセックスする羽目になった事に対して後悔してるとか?

俺は枕元に薬と消毒液を置き、少し考えた。

明け方の気温は少し肌寒いようにも思える。

俺は仏壇横に供えてあった贈答品やお供えの箱を適当に幾つか選び、台所に運んだ。

時間が戻るまで三十分前後だ。

それまでの時間、少しでも落ち着いてくれたらいいんだけど──────

小泉に何か飲み物でも飲ませたら、少しは気分が良くなるんじゃ無いかって思ったんだよな。

俺は熨斗紙が付いたままの箱を順番に開けて行った。

果汁100%のちょっと高そうな紙パックのジュース。

コーヒーセットの中に入っていたスティック状のココア。

高級そうなドリップコーヒー。

まあまあ高そうな紅茶のセット。

缶ビールや日本酒、焼酎もあったがこれは駄目だろう。

俺はこれらの飲み物を前に少し考えた。

今の気温を考えたら冷たい飲み物より温かい物の方がいいかもしれない。

あったかい方が落ち着く気がするしな。

じゃあ、ジュースは駄目だな。

とすると、残るはコーヒー、紅茶、ココアに絞られるが──────

ココアは甘くて癒される気もするが、『私を子ども扱いするな!』ってキレられるかもしれない。

じゃあコレはやめといた方がいいな。

コーヒーにしてみるか?

いや。

俺は首を振った。

明け方にゴリゴリのカフェインって摂らないものかもしれない。

俺は時計を見た。

時計の針は四時半を指している。

もうすっかり朝じゃねぇか。

『就寝前の時間帯にコーヒーはマナー違反だ!』みたいな指摘があったらどうする?

よくはわからないが、なんか胃に悪いとか言われたら困るしな。

コーヒーはやめとこう。

俺は紅茶の缶を見た。

紅茶ならまだマシかもしれない。

砂糖を入れて少し甘めにしたら飲み易くて優しい味のような気もする。

普通に普段から飲んでるほうじ茶もあるが、それだとちょっと物足りないかもしれないし─────

紅茶にしてみるか。

俺は台所の戸棚を漁り、客用のティーカップを探した。

爺さんが会社勤めをしている時にゴルフコンペか忘年会で貰ったんだろう。箱に入ったままの少し高級そうなカップセットを見つけた。

少し古いデザインでダサく思えたが、まあマシな部類だろう。

俺はティーカップを洗い、布巾で拭いて紅茶を淹れた。

スティックシュガーは贈答品のセットの中には見当たらなかった。

角砂糖を3個ほどブッ込み、スプーンでかき混ぜてから皿に乗せた。

仏間に行くと、小泉は布団を被ったまままださめざめと泣いていた。

「なあセンセェ、お茶でも飲んでみたら?」

小泉が掛け布団から少し顔を出し、チラリと俺の方を見る。

「……」

俺は改めて小泉に声を掛けた。

「ほら、このまま布団で飲んでていいからさ」

小泉に上半身を起こすように促し、ティーカップの乗ったソーサーを手渡した。

「────紅茶……!?」

小泉は驚いたような表情を浮かべた。

なんでそんなにビックリしてんだよ。

あ、もしかして俺って気が利かない人間に思われてた?

意外過ぎてドン引きされてんのか。

今回、結構気ィ使ったつもりなんだけどなぁ。

「ほら、いいから飲めよ」

俺が促すと小泉は黙ったまましばらくカップを凝視していたが、少し経ってようやく一口飲んだ。

「……すごく……甘い」

小泉はボソリと呟いた。

でも、その様子は満更でも無いようにも思えた。

お互いに無言のまま、小泉は紅茶を飲んだ。

温かい飲み物を飲んで少し体温が上がったのか、小泉の頬に赤みが差してきたようにも思えた。

よかった、体調も気分も少し持ち直したようだ。

俺が少しホッとしていると、小泉の方が口を開いた。

「……なあ、佐藤」

「え?」

俺が聞き返すと小泉は躊躇いがちにこう続けた。

「……どうして紅茶を……私に?」

どうしてって聞かれても。

俺はさっき消去法で飲み物を決めたことをそのまま話した。

それを聞いた小泉は黙った後、そうか、とだけ呟いた。

何か駄目だったんだろうか?

結構いいセン行ってたと思ったんだけどなぁ。

俺ってやっぱさ、最初から最後まで選択肢を全部外しちまってたんだろうな。

こういうのって向かねぇんだろうな。

紅茶を飲み終わった小泉はカップを布団の横に置き、俺の方に向き直った。

どうしたんだろう。

何かクレームだろうか。

それとも反省会?

俺は小泉の顔を改めて見た。

でも、その表情はそこまで悪くは無いように思えたんだよな。

別に怒ってる訳じゃない?

俺は小泉にこう言った。

「でもさ、無事に終わって良かったじゃねぇか、お互いにさ」

……それはまあ、と小泉は言葉を濁した。

「前回さ、あの座敷牢の中で大暴れしてたのが馬鹿みたいだったよなぁw」

終わってみれば大したこと無かったじゃねぇか。そうだろ?と俺は続けた。

「そこまで後生大事に取っとく程のモンでも無かったんじゃねwセンセェの処女とかって─────」

俺がそう言いかけた瞬間、枕が俺の顔面にヒットした。

「痛っ!!」

客用のそばがらの枕。

都会の人間はふんわりした羽毛とかの枕を使ってるかもしれねぇけどさ、田舎の老人って昔ながらのそばがらの枕とか未だに使ってるんだよな。

コレってまあまあな重量があるんだよ。

しかも普段は滅多に使わない『客用』の枕だと使われてなくて硬いんだよ。

重くて硬い。

俺は思わず悲鳴を上げた。

「ひっでぇなあセンセェ」

「五月蝿い!!馬鹿!◯ね!」

小泉は顔を真っ赤にしながらもう一個の枕をぶん投げてくる。

そっか、布団に二個枕をセットしてたんだっけ。

もう一回追撃が来るとは思わなかった俺は二発目も顔面に喰らった。

全力のフルスイングで投げられた枕は結構痛い。

俺は布団に仰向けに転がった。

意識が朦朧としてくる。

“◯ね”とか酷くね?

学校の先生が生徒に向かって言う言葉かよ?

俺、今回かなり頑張ったと思うんだけどなぁ。

そりゃ、百点満点とは言えないかもしれないけどさ。

ちゃんと『完遂』はしたんだからさ、赤点は回避したと思うんだよ。

なんだよ、ちょっとくらい褒めてくれたっていいのになあ────────俺、頑張っただろ?













ぼんやりとそんなことを考えている中、俺の意識は緩やかに薄れていった。







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