344 / 1,060
ep5.
ep5. 『死と処女(おとめ)』 本当に壊れていたもの
しおりを挟む
「『夏休み中の部活の費用や、欲しいものを買うのに使いなさい』ってお母さんがくれた一万円札で─────」
悩んだんだけど結局5000円分の食券を買ったの、と水森は後悔しているかのように俯いた。
「『どうせ買うならコスパがいいのがいいわね』ってお母さんも賛成してくれたから……食券を申し込んで……残った5000円のうち2000円でプリアリの“王女の証バッグチャーム”を買って……それから残りの3000円でナプキンや身の回りの物を買おうって思ってたの」
「そうだったのか……」
俺は頷いて相槌を打った。
水森の母ちゃんが大切な思い出の品を手放してまで作ってくれた一万円。
それなら一食あたりの単価が一番安い“5000円の食券”を買おうっていうのは納得できた。
命や寿命と同じくらい大事な金だもんな。
無駄の無いように大切にしたいって気持ちは物凄く良く解る。
それに、“王女の証バッグチャーム”。
きっと水森はこれを新しい思い出の宝物として大切にして行こうって思ってたんだろう。
だけど………その食券は盗られちまったんだよな─────
「それで……結局、その後はどうなったんだ?」
水森は首を振った。
「お母さんが必死で作ってくれたお金で買った食券を取られたなんて知ったら─────お母さんが悲しむし、絶対先生には言えないって思った。万が一にもお父さんの耳に入ったらまたお母さんが殴られるかもしれないし……」
お母さんを悲しませたくなかったの、と水森は悲壮感に満ちた表情を浮かべた。
母ちゃんを悲しませたくないって気持ちは痛いほど解る。
そうだよな。
俺だってそうだ。
母ちゃんには笑ってて欲しいんだ。
水森の胸中を思うと俺まで辛くなってくる。
「くぅちゃんは『絶対に弁償するね』って言ってくれたんだけど─────」
だけど、『いつ、いくらを弁償するか』とかそういう具体的な話が出来ないまま時間が過ぎちゃって ……と水森は言いにくそうに言葉を濁した。
そうか。
食券を失ったのは確かに夢野の落ち度ではあるが、水森もそれを催促し難い立場にあるんだな。
「弁償してくれるってくぅちゃんは言ってくれたけど、話も何もないままプリアリの劇場版の公開日が来ちゃって─────前売り券はお正月にお年玉で買ってたから手元にあったけど」
そうか。
5000円分の食券で当面の間の昼食代は賄える筈だったもんな。
食券が手元に無ければ一枚350円の割高な当日券を買うしかねぇし、コスパ悪いよな。
「いつお金を返して貰えるか判らない状態で手持ちのお金を減らせないし、土日の部活の食費やナプキン代で残りのお金も使っちゃってて─────」
だから、本当はすごく欲しかった”王女の証バッグチャーム“なんだけど買う事は出来なくて、と水森は俯いた。
本来なら気兼ねせずに食券も使って、欲しかったものも買えた筈だったんだよな。
それに、[先が見えない状態で手持ちの金を減らせない]っていう状況って滅茶苦茶よく解る。
俺だってそうなんだ。
手持ちが無くなればその日食う飯も無くなりかねない。
あれだけ欲しかった物を目前にして、断腸の思いで諦めた水森の心境は察するに余りある。
水森の悲惨過ぎる話に胸が痛んだ。
「くうちゃんに一緒に劇場に行こうって誘われたけど行けなくて断っちゃって……だけど」
辺りは少しずつ日が暮れ始めていた。
冷んやりとした風が頬を撫でる。
「くうちゃんのSNSに”王女の証バッグチャーム“の画像がアップされてるの見たらなんだか悲しくなって」
あたしに返すお金は無くても、バッグチャームは買ってるんだなって思ったら……水森はそこで声を詰まらせた。
優先順位。
確かにそうだよな。
誰かに借りた……或いは、支払う約束の金があったとして、だ。
自分の欲しいものを優先して買うのは別に悪いことじゃないっていう奴もいるかもしれねぇ。
夢野のやった事は別に犯罪でもなんでも無いし、法に触れるって訳でもねぇだろうよ。
だけど。
水森もそれを欲しがってたのを知ってて─────敢えてそれをネットに載っける必要って特に無かったんじゃねぇのか?
もしくは。
買ってもいいんだ。夢野だって楽しみにしてたんだよな?
じゃあせめてSNSに載せない配慮とかもあって良かったんじゃねぇのか?
過程はどうあれ、一度起こってしまったトラブルに対し『代金を弁償する』っていう約束をしたのなら─────
夢野はそれを優先するべきじゃなかったんだろうか。
金の貸し借りってのは人間関係を破壊しかねないからな。
約束の金銭を全く払ってない状態で自分の欲しいものや好きなものを買うことを優先すれば水森だって傷付くのは当然で、心の距離だって離れていくだろう。
夢野は『水森が余所余所しい』と言って泣いていたが─────
本当に泣きたいのは水森の方じゃないのか?
悩んだんだけど結局5000円分の食券を買ったの、と水森は後悔しているかのように俯いた。
「『どうせ買うならコスパがいいのがいいわね』ってお母さんも賛成してくれたから……食券を申し込んで……残った5000円のうち2000円でプリアリの“王女の証バッグチャーム”を買って……それから残りの3000円でナプキンや身の回りの物を買おうって思ってたの」
「そうだったのか……」
俺は頷いて相槌を打った。
水森の母ちゃんが大切な思い出の品を手放してまで作ってくれた一万円。
それなら一食あたりの単価が一番安い“5000円の食券”を買おうっていうのは納得できた。
命や寿命と同じくらい大事な金だもんな。
無駄の無いように大切にしたいって気持ちは物凄く良く解る。
それに、“王女の証バッグチャーム”。
きっと水森はこれを新しい思い出の宝物として大切にして行こうって思ってたんだろう。
だけど………その食券は盗られちまったんだよな─────
「それで……結局、その後はどうなったんだ?」
水森は首を振った。
「お母さんが必死で作ってくれたお金で買った食券を取られたなんて知ったら─────お母さんが悲しむし、絶対先生には言えないって思った。万が一にもお父さんの耳に入ったらまたお母さんが殴られるかもしれないし……」
お母さんを悲しませたくなかったの、と水森は悲壮感に満ちた表情を浮かべた。
母ちゃんを悲しませたくないって気持ちは痛いほど解る。
そうだよな。
俺だってそうだ。
母ちゃんには笑ってて欲しいんだ。
水森の胸中を思うと俺まで辛くなってくる。
「くぅちゃんは『絶対に弁償するね』って言ってくれたんだけど─────」
だけど、『いつ、いくらを弁償するか』とかそういう具体的な話が出来ないまま時間が過ぎちゃって ……と水森は言いにくそうに言葉を濁した。
そうか。
食券を失ったのは確かに夢野の落ち度ではあるが、水森もそれを催促し難い立場にあるんだな。
「弁償してくれるってくぅちゃんは言ってくれたけど、話も何もないままプリアリの劇場版の公開日が来ちゃって─────前売り券はお正月にお年玉で買ってたから手元にあったけど」
そうか。
5000円分の食券で当面の間の昼食代は賄える筈だったもんな。
食券が手元に無ければ一枚350円の割高な当日券を買うしかねぇし、コスパ悪いよな。
「いつお金を返して貰えるか判らない状態で手持ちのお金を減らせないし、土日の部活の食費やナプキン代で残りのお金も使っちゃってて─────」
だから、本当はすごく欲しかった”王女の証バッグチャーム“なんだけど買う事は出来なくて、と水森は俯いた。
本来なら気兼ねせずに食券も使って、欲しかったものも買えた筈だったんだよな。
それに、[先が見えない状態で手持ちの金を減らせない]っていう状況って滅茶苦茶よく解る。
俺だってそうなんだ。
手持ちが無くなればその日食う飯も無くなりかねない。
あれだけ欲しかった物を目前にして、断腸の思いで諦めた水森の心境は察するに余りある。
水森の悲惨過ぎる話に胸が痛んだ。
「くうちゃんに一緒に劇場に行こうって誘われたけど行けなくて断っちゃって……だけど」
辺りは少しずつ日が暮れ始めていた。
冷んやりとした風が頬を撫でる。
「くうちゃんのSNSに”王女の証バッグチャーム“の画像がアップされてるの見たらなんだか悲しくなって」
あたしに返すお金は無くても、バッグチャームは買ってるんだなって思ったら……水森はそこで声を詰まらせた。
優先順位。
確かにそうだよな。
誰かに借りた……或いは、支払う約束の金があったとして、だ。
自分の欲しいものを優先して買うのは別に悪いことじゃないっていう奴もいるかもしれねぇ。
夢野のやった事は別に犯罪でもなんでも無いし、法に触れるって訳でもねぇだろうよ。
だけど。
水森もそれを欲しがってたのを知ってて─────敢えてそれをネットに載っける必要って特に無かったんじゃねぇのか?
もしくは。
買ってもいいんだ。夢野だって楽しみにしてたんだよな?
じゃあせめてSNSに載せない配慮とかもあって良かったんじゃねぇのか?
過程はどうあれ、一度起こってしまったトラブルに対し『代金を弁償する』っていう約束をしたのなら─────
夢野はそれを優先するべきじゃなかったんだろうか。
金の貸し借りってのは人間関係を破壊しかねないからな。
約束の金銭を全く払ってない状態で自分の欲しいものや好きなものを買うことを優先すれば水森だって傷付くのは当然で、心の距離だって離れていくだろう。
夢野は『水森が余所余所しい』と言って泣いていたが─────
本当に泣きたいのは水森の方じゃないのか?
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。
主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。
ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。
しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。
その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。
「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」
これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる