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ep5.
ep5 . 『蜜と罰』 ニアリーイコール
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少年は目の前の令嬢の視線を逸らすようにテーブルに目を落とした。
少年の為に用意されたザッハトルテ。
気まぐれな少年の訪問がいつあっても良いように、令嬢が毎日菓子と軽食を用意しているのを彼自身も薄々気付いていた。
令嬢が向けてくれる優しさが“そういう意味”ではないと頭では理解しているつもりだった。
けれど、今この令嬢の優しさにつけ込むかのような形で手段としての目的を遂げることは正しいのだろうか。
自分から令嬢宅を訪れておきながら少年は怖気づいていた。
どうされましたの、と令嬢が不思議そうに少年を見つめる。
「よろしければまだ他にもありますのよ」
少年の葛藤を知る由も無い令嬢は柔らかく微笑んだ。
少年は何も答えることが出来なかった。
なんて説明したらいいんだろう。
時間を戻る呪いなんて到底言える筈もない。
あら、と令嬢は何かに気付いたように呟く。
「もしかして、夕食がお済みでなかったのかしら」
足りないようでしたら食事の準備を致しますわ、と令嬢は立ち上がる。
「違うんだ」
少年も思わず立ち上がり、令嬢の腕を掴む。
「えっ?」
令嬢は驚いたように少年を見つめる。
少年はしまったといった風に令嬢から視線を逸らす。
今日ここに食べに来たのは夕飯ではなくて、と言いかけて少年は言葉を詰まらせる。
『アンタだよ』なんてとても言えるはずも無く、少年は力なく項垂れる。
どうして令嬢にそんな事を頼めるなんて思ってしまったんだろう。
いくら聖女のような令嬢であっても、“目にかけて世話をしてやっている子ども”に過ぎない少年に純潔を差し出すような事がある訳なんてないのに。
少年は首を振った。
家族の居ない少年にとっても、この令嬢はかけがえのない存在だった。
大切にしたい存在。
それは恋愛感情とはニアリーイコールであることは彼自身が一番良く解っていた。
彼女は守るべき存在で、決してそのような目で見るべきではないのに。
少年は意を決して令嬢の顔を真っ直ぐに見た。
「悪ィ、リセさん。こんな時間に急に押しかけちまって……」
ちょっと悩んでる事とかあったんだけど、と少年は感情を飲み込んで言葉を続けた。
「でも、アンタの顔見てたらそうじゃ無いって……俺の考えは間違ってるって判ったから……」
令嬢は不思議そうな顔で少年の目を真っ直ぐに見ている。
少年は令嬢の手をそっと握った。
「ちょっと間違った事とか一瞬考えちまってたけど……」
でも、と少年は続けた。
「これだけは本当だから……アンタは俺にとって大事な存在なんだ」
これからも俺のことを見守ってて欲しい、と言いかけた少年の唇に令嬢の細く白い指が触れる。
「………嘘、なんでしょう?」
少年の心臓は急激に跳ねた。
少年の心の内も身体の昂りも全ては令嬢に見透かされていた。
少年の為に用意されたザッハトルテ。
気まぐれな少年の訪問がいつあっても良いように、令嬢が毎日菓子と軽食を用意しているのを彼自身も薄々気付いていた。
令嬢が向けてくれる優しさが“そういう意味”ではないと頭では理解しているつもりだった。
けれど、今この令嬢の優しさにつけ込むかのような形で手段としての目的を遂げることは正しいのだろうか。
自分から令嬢宅を訪れておきながら少年は怖気づいていた。
どうされましたの、と令嬢が不思議そうに少年を見つめる。
「よろしければまだ他にもありますのよ」
少年の葛藤を知る由も無い令嬢は柔らかく微笑んだ。
少年は何も答えることが出来なかった。
なんて説明したらいいんだろう。
時間を戻る呪いなんて到底言える筈もない。
あら、と令嬢は何かに気付いたように呟く。
「もしかして、夕食がお済みでなかったのかしら」
足りないようでしたら食事の準備を致しますわ、と令嬢は立ち上がる。
「違うんだ」
少年も思わず立ち上がり、令嬢の腕を掴む。
「えっ?」
令嬢は驚いたように少年を見つめる。
少年はしまったといった風に令嬢から視線を逸らす。
今日ここに食べに来たのは夕飯ではなくて、と言いかけて少年は言葉を詰まらせる。
『アンタだよ』なんてとても言えるはずも無く、少年は力なく項垂れる。
どうして令嬢にそんな事を頼めるなんて思ってしまったんだろう。
いくら聖女のような令嬢であっても、“目にかけて世話をしてやっている子ども”に過ぎない少年に純潔を差し出すような事がある訳なんてないのに。
少年は首を振った。
家族の居ない少年にとっても、この令嬢はかけがえのない存在だった。
大切にしたい存在。
それは恋愛感情とはニアリーイコールであることは彼自身が一番良く解っていた。
彼女は守るべき存在で、決してそのような目で見るべきではないのに。
少年は意を決して令嬢の顔を真っ直ぐに見た。
「悪ィ、リセさん。こんな時間に急に押しかけちまって……」
ちょっと悩んでる事とかあったんだけど、と少年は感情を飲み込んで言葉を続けた。
「でも、アンタの顔見てたらそうじゃ無いって……俺の考えは間違ってるって判ったから……」
令嬢は不思議そうな顔で少年の目を真っ直ぐに見ている。
少年は令嬢の手をそっと握った。
「ちょっと間違った事とか一瞬考えちまってたけど……」
でも、と少年は続けた。
「これだけは本当だから……アンタは俺にとって大事な存在なんだ」
これからも俺のことを見守ってて欲しい、と言いかけた少年の唇に令嬢の細く白い指が触れる。
「………嘘、なんでしょう?」
少年の心臓は急激に跳ねた。
少年の心の内も身体の昂りも全ては令嬢に見透かされていた。
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