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ep.3.
ep3 . 『夜間非行』 生暖かい、変な味のミルク
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目の前に置かれたマグカップを焦点の定まらない視線で少年は眺めていた。
少女が少年に飲むように促した。
「……飲んだら?落ち着くわよ」
気まずい空気が流れる。
いや、気まずいといったレベルではない。
何せ「望まない事後」である。
二人の間に世界の終わりのような空気と沈黙が流れる。
泣いていた少年の頭を撫で、肩を抱いて少女は呆れるように言った。
「……馬鹿ね。どうしてアンタの方が泣くのよ」
少年にもどうして自分が泣いているのかは判らなかった。
さっきまでの虚勢と挑発的な態度も相まって、情けなさと惨めさが少年を支配していた。
少年は無言のまま、少女が差し出した飲み物を一口飲む。
それはとても懐かしい味がした。
少年は黙ったまま、また少し泣きそうになった。
「……これ、死んだばあちゃんが入れてくれた味とおんなじだ」
少年はボソリと呟く。
あらそう、と少女は少し笑ってみせた。
「子どもの時からこんな日はよくホットミルクを飲んでたの」
蜂蜜が入っててね、飲んだらすごく安心するでしょ、と少女はすっかり秋の気温になった窓の外の景色を見た。
「……そっか、蜂蜜が入ってたのか」
どうりで俺が作っても同じ味にならないハズだな、と少年は小さく呟いた。
二人の間に不思議な沈黙が流れる。
少年はデスクの上のフォトフレームに視線を移す。
見覚えのある銀髪の人物と少女、相棒がそこで微笑んでいた。
3人での写真。
少女と仲のいい友人、そして恋人、幸せなはずの思い出だった。
「ああ、これ?」
少女は懐かしそうに写真を手に取る。
「隣の女子、すごく可愛い子でしょう。アタシ、この子のことが本当に大好きだったの」
本当にすごく大好きだったのに、と少女は言葉を詰まらせる。
「……アタシ、どうしてかこの子にずっと意地悪しちゃって……」
少女はテーブルに視線を落とす。
「……大好きな筈なのに拗らせちゃって、仲直りもできないまま結局この子、すごく遠くに転校させられてさ」
少女は静かに肩を震わせた。
「……後悔してるの。何もかも全部。アタシのせいでいつもいろんな人を傷付ける結果になって……」
少年はもう一度フォトフレームを見た。
少女と銀髪の人物、そして少年の友人である相棒は写真の中で静かにそこに佇んでいた。
転校した友人と別れた恋人。
少女の言葉や態度が足りなかったばっかりに行き違い、全員が傷を負う結果になった。
誰も得をしない結末を迎えてからの後悔だった。
少女は何も言わず、ただ静かに目を伏せた。
気づいた時には全て失っていたのだ。
誰が悪いかという事は少女が一番よく知っていた。
しかし。
少年が口を開く。
「……なあ。今からでもさ、まだ間に合うんじゃねぇの?」
何もかも全部、と少年は少女の目を見た。
「自分の気持ちを伝えるのに遅すぎるって事はねぇだろ?」
“拒否する”ってのも含めて相手にはそれを自由にする権利もあるだろうけどさ、と少年は続けた。
フォトフレームの下には青い絵の具のチューブが一本、大切そうに置かれている。
少女は驚いたように少年の顔を見た。
「その気になったらさ、まだやり直せるんじゃねぇの?」
多分だけど、と少年は呟く。
「お前が気持ちを伝えたい相手ってさ、多分それを受け入れてくれるヤツだと思うぜ?」
少年は自分の親友二人の顔を脳裏に思い浮かべていた。
……そう、とだけ少女は小さく返事した。
少年はそれ以上は何も言わなかった。
胸の奥が熱くなるような感覚を覚えた少年はマグカップに口を付ける。
なんか変な味がするな、と呟く少年を見て少女は少し笑った。
「だってアンタ、泣きながら飲むんだもん。涙が混ざって塩の味がしてるんでしょ?」
少年と少女はお互い静かに泣いて、その後また少し笑った。
「……アンタってなんか優しいね。アタシ、アンタと付き合えてよかったわ」
ありがとね、と少女は少年の顔を見た。
アイツと『やり直す』なら今度こそちゃんと仲良くしろよ、と言い掛けた少年は黙ったままホットミルクを喉に流し込んだ。
なんかコイツって俺のばあちゃんにちょっと似てるな、と少年は少し思った。
どこが、と言われれば判らない。
ただ、ばあちゃんにもう一度会えたような気が少しだけした。
少し冷めたホットミルクは人肌の温度でやっぱり変な味がする。
少年はまた少し泣いて、それから少女に別れを告げた。
少女が少年に飲むように促した。
「……飲んだら?落ち着くわよ」
気まずい空気が流れる。
いや、気まずいといったレベルではない。
何せ「望まない事後」である。
二人の間に世界の終わりのような空気と沈黙が流れる。
泣いていた少年の頭を撫で、肩を抱いて少女は呆れるように言った。
「……馬鹿ね。どうしてアンタの方が泣くのよ」
少年にもどうして自分が泣いているのかは判らなかった。
さっきまでの虚勢と挑発的な態度も相まって、情けなさと惨めさが少年を支配していた。
少年は無言のまま、少女が差し出した飲み物を一口飲む。
それはとても懐かしい味がした。
少年は黙ったまま、また少し泣きそうになった。
「……これ、死んだばあちゃんが入れてくれた味とおんなじだ」
少年はボソリと呟く。
あらそう、と少女は少し笑ってみせた。
「子どもの時からこんな日はよくホットミルクを飲んでたの」
蜂蜜が入っててね、飲んだらすごく安心するでしょ、と少女はすっかり秋の気温になった窓の外の景色を見た。
「……そっか、蜂蜜が入ってたのか」
どうりで俺が作っても同じ味にならないハズだな、と少年は小さく呟いた。
二人の間に不思議な沈黙が流れる。
少年はデスクの上のフォトフレームに視線を移す。
見覚えのある銀髪の人物と少女、相棒がそこで微笑んでいた。
3人での写真。
少女と仲のいい友人、そして恋人、幸せなはずの思い出だった。
「ああ、これ?」
少女は懐かしそうに写真を手に取る。
「隣の女子、すごく可愛い子でしょう。アタシ、この子のことが本当に大好きだったの」
本当にすごく大好きだったのに、と少女は言葉を詰まらせる。
「……アタシ、どうしてかこの子にずっと意地悪しちゃって……」
少女はテーブルに視線を落とす。
「……大好きな筈なのに拗らせちゃって、仲直りもできないまま結局この子、すごく遠くに転校させられてさ」
少女は静かに肩を震わせた。
「……後悔してるの。何もかも全部。アタシのせいでいつもいろんな人を傷付ける結果になって……」
少年はもう一度フォトフレームを見た。
少女と銀髪の人物、そして少年の友人である相棒は写真の中で静かにそこに佇んでいた。
転校した友人と別れた恋人。
少女の言葉や態度が足りなかったばっかりに行き違い、全員が傷を負う結果になった。
誰も得をしない結末を迎えてからの後悔だった。
少女は何も言わず、ただ静かに目を伏せた。
気づいた時には全て失っていたのだ。
誰が悪いかという事は少女が一番よく知っていた。
しかし。
少年が口を開く。
「……なあ。今からでもさ、まだ間に合うんじゃねぇの?」
何もかも全部、と少年は少女の目を見た。
「自分の気持ちを伝えるのに遅すぎるって事はねぇだろ?」
“拒否する”ってのも含めて相手にはそれを自由にする権利もあるだろうけどさ、と少年は続けた。
フォトフレームの下には青い絵の具のチューブが一本、大切そうに置かれている。
少女は驚いたように少年の顔を見た。
「その気になったらさ、まだやり直せるんじゃねぇの?」
多分だけど、と少年は呟く。
「お前が気持ちを伝えたい相手ってさ、多分それを受け入れてくれるヤツだと思うぜ?」
少年は自分の親友二人の顔を脳裏に思い浮かべていた。
……そう、とだけ少女は小さく返事した。
少年はそれ以上は何も言わなかった。
胸の奥が熱くなるような感覚を覚えた少年はマグカップに口を付ける。
なんか変な味がするな、と呟く少年を見て少女は少し笑った。
「だってアンタ、泣きながら飲むんだもん。涙が混ざって塩の味がしてるんでしょ?」
少年と少女はお互い静かに泣いて、その後また少し笑った。
「……アンタってなんか優しいね。アタシ、アンタと付き合えてよかったわ」
ありがとね、と少女は少年の顔を見た。
アイツと『やり直す』なら今度こそちゃんと仲良くしろよ、と言い掛けた少年は黙ったままホットミルクを喉に流し込んだ。
なんかコイツって俺のばあちゃんにちょっと似てるな、と少年は少し思った。
どこが、と言われれば判らない。
ただ、ばあちゃんにもう一度会えたような気が少しだけした。
少し冷めたホットミルクは人肌の温度でやっぱり変な味がする。
少年はまた少し泣いて、それから少女に別れを告げた。
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