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第2章 地球活動編

第156話 不本意な敵意 二節 聖者襲撃編

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 朝食を取った後、蛍が食器洗いをしてくれるというので言葉に甘える事にした。
 昨日は風呂に入りもせずに部屋で悶々としていたせいか、シャワーは鬱滞した気持ちが荒い流されるようで大層気持ちがよかった。
 部屋でメールを素早くチェックした後、通学の用意を済ませてリビングへ降りていく。
 蛍の食器洗いも丁度終わったところだったので、沙耶とアリスの準備が済むまで話しをした。と言っても、直ぐにステラとアリスが降りて来たので帰宅してから改めて話を聞くことになったわけだが。
 カーミュラさんは今日一日、昼間地球の斎藤商事を見学してもらうことになっており、その役は多忙ながらもステラが請け負ってくれることになっている。


 普段通り、沙耶とアリスを送っていき、明神高校へと到着する。
 周囲を見渡すが、朱花の姿はどこにも見当たらない。先ほどまで胸の中に停滞していたもやもやした暗雲が急速に晴れていく。昨日、とんでもない熱だった。竜玄が噂通り朱花を溺愛しているなら、今日、熱が引いても絶対に休ませる。久々に軽い足取りで校舎内へ入る。

 
 下駄箱を開けるバラバラと無数の封筒が勢いよく落ちて来る。いつもの画鋲や塵を想像していた僕は暫し、思考が停止してその異様な光景を眺めていた。

「恭弥、モテモテじゃんか!」

 茶髪、ボブカットの少女が満面の笑みで昨日と同様僕の背中をバンバン叩き、高笑いをして通り過ぎていく。
 七宝纏しちほうまとい、僕の苦手リストの一人だ。当然のごとく、こんな友人のようなスキンシップをするような関係では断じてない。
 そのしてやったりの態度に内心イラッときつつも、数通の手紙の封筒を開けると――。

『時雨先生から手を引け!』

 手を引けも何も、そもそも手を出してねぇよ!

『時雨たんを汚すな、このいかれ〇〇〇』

 時雨たんって……お前、あの人もうすぐ三十路だぞ?

『時雨お姉様に近づくな、近づけば、呪う、呪う、呪う、呪う、呪う!』

 怖ぇよ、怖すぎるよ! 仮にも魔術師が『呪う』だなんて書くなよ。洒落になってねぇよ。

「ほ~、すげぇな、楠。それ全部お前へ宛か?」

 肩越しに振り返ると、じんが興味深そうに僕の背後から覗き込み、対して真白ましろは無表情でその細い目で多量の手紙を眺めていた。
 真白ましろの機嫌がすこぶる悪いようだ。セリアさんと同様、低血圧ということも考えられるが、二人とも目の下に大きな隈ができていることから、迷宮で徹夜でもしたんだろう。徹夜した理由にも予想はつく。多分、悔しさからだ。
 この点、僕が与えた【破壊剣術】と【鬼神武闘術】を壬達がまだ有するなら、《魔闘》と《闘技実技》は二人で首位を独占したはずだ。だが、壬達が所持し得るスキル・魔術の数に限りがることを理由に、このスキルは思金神おもいかねの進言で、一度リセットされている。
 察するに、昨日の《魔闘》と《闘技実技》の結果は彼らにとって納得のいくものではなかったのだろう。
   
「一応ね、読む?」

「おいおい、流石にそれはマズくねぇか?」

「それは読んでみればわかるよ」

「そりゃ、そうだろうがよ」

 受け取り数通に目を通すが、二人とも僕から目を逸らすと身体を小刻みに振るわせ始める。その理由は彼らの姿を見れば明らかなわけだけど。

「悪い、俺もうすぐホームルームだ」「う、うちも――」

 口元を手で抑えながらも、脇目もふらずに校舎内に消えていく二人。
 ため息を吐き出しつつも、手紙に一通り目を通す。中には聖女たる朱花に金輪際近づくなというものもあったが、ほぼ時雨先生から手を引けという内容だった。
 近くの屑籠に多量の手紙を放り込み、教室へ向かおうとすると、視界の片隅にその手紙の中心人物が姿を見せる。
 時雨先生は僕と目が合った途端、歩きが機械のようにぎこちなくなり、熟したリンゴの様に全身を真っ赤に染め上げる。

「時雨先――」

 僕が口を開くのと時雨先生がその様相を一変させるのは同時だった。
 今は不適な笑みを浮かべ口元を扇子で隠した一柱ひとりの天族がそこにはいた。

(まだ駄目か――)

 心を細く枯れさせるような気持が身体の芯から湧き上がる。
 一礼して通り過ぎようとすると、イザナミに腕を掴まれる。僕が言える立場では断じてないが、これ以上この天族のお遊びに時雨先生を巻き込んで欲しくない。

「いい加減、時雨先生を使って遊ぶのは止めてもらえませんかね?」

 この天族の方向性はアルスと似ている。他者の気持ちを全く顧みないところとかは特に。それが今の僕にはどうしても許せない。

「そう怒るでない。わっちもそなたに少し聞きたいことがある」

 怒気を含んだ僕の言葉に肩を竦めるイザナミ。

「何です?」

 経験則上、天族と話しても埒が明かない。というより時間の無駄だ。なのについ聞き返してしまう自分自身に腹が立つ。

「なぜ時雨にこだわる? わっちから見ても、今回の件は普段から阿呆な行動をとって来た時雨の自業自得じゃ。こんな面倒な女など放っておけばよかろうに」
 
 時雨先生にこだわる理由? そんなの決まってる。彼女は僕にとって幼い頃から態度を変えない数少ない人物の一人だ。あの朱花の裏切りにより、倖月家に睨まれ、掌を返したように今まで優しいと信じていた人達は僕らにそっぽを向き、罵声を浴びせてきた。同じ楠家ですらもそうだ。その中で時雨先生は前のまま厳しくも優しい先生であり続けた。それが僕ら兄妹をどれほど力づけたことか。大人に対し不信感が根強い沙耶が懐いていることからも、それは明らかだろう。
 そう、僕ら兄妹にとって先生は――。

「五月蠅いのぉ~、悪いようにせんから任せておけと言っておろうが!」

 頭に右手の掌を当てて二言、三言呟くと、再度僕に視線を戻し、返答を待つイザナミ。

「大切な人だらかですよ」

 イザナミはニンマリと笑みを浮かべると、僕の頭を扇子でポンポンと叩き、職員室へと無言で姿を消す。
 いったいイザナミは何をしたいんだろうか。僕と時雨先生を合せず、意味不明な質問を投げかけて来る。

(まっ、気まぐれな天族の意図など考えても時間の無駄かもな)

 1-Dの教室へと足を運ぶ。


 教室前には金髪ピアスの生徒がポケットに手を突っ込みながら壁に寄りかかっていた。
 倖月陸人こうづきりくと、明神高校の中でも僕の嫌いなスリートップの一人だ。
 珍しくいつもいる取り巻きを引き連れていない。普段浮かべる薄気味の悪い笑みもなく、神妙な顔で僕を凝視していた。
 陸人りくとの僕に対する敵愾心は異常だ。その陸人りくとがこうも毎日、僕に関わってこようとしないのはセリアさんの件だけでは説明がつかない。倖月家は十中八九、陸人りくとに対し僕にちょっかいを出さないよう念を押している。
 
「おい」

「何?」

 無視してもいいが、どうもそんな雰囲気でもない。

「なぜ姉さんにあんな酷い熱があるとわかった?」

 陸人りくとの様子や発言から察するに、朱花しゅかの奴、どうやら家で竜玄にこってり油を絞られたのだろう。無理しがちなあいつには丁度良い薬だ。

(くそっ、またか……)


 不意に頭に浮かんだこの考えに、強烈な自己嫌悪に陥りつつも、首を左右に振ることにより振り払う。
 無意識に朱花しゅかの身を案じてしまう。ホント、僕は大馬鹿だ。

「別に、何となくだけど」

「……」

 陸人りくとは僕の顔を暫く観察していたが、舌打ちをすると、無言で表情すら変えずに廊下の人混みに姿を消す。

(訳の分からない奴だ)

 陸人りくとなど興味もないし、心底どうでもいい。早く教室に入ることにする。
 僕は1-Dの教室の扉を開き中へと足を踏み入れる。

                ◆
                ◆
                ◆

「楠君!」

 教室内に入ると新田さんが喜色に溢れた顔で僕の前までくる。
 この数日新田さんは、セリアさんと仲良くなっただけでなく、瑠璃とも頻繁に話すようになっており、新田さんに対する今まであった教室外での嫌がらせも大分なくなったように思える。それでも、今までの執拗な嫌がらせのトラウマからか、彼女が学校内で目立つ行為を取ることは滅多にない。その彼女がこれほど興奮するのだ。よほどのことだ。そしてその理由も、この教室に来る間に散々耳にした。

「学年別統一実技補充試験の合格、おめでとう。新田さん」

「あ、ありがとう」

 周囲から注がれる嫉妬と敵意の籠った視線に今日の新田さんは気付きもしない。
 有頂天となっている彼女を促し席まで連れて行き、セリアさんと共に話を聞く。
 新田さんは《魔撃》、《魔的》、《魔演》の総合得点で三分の一を獲得していた。
 《魔闘》は例年通りなら、倖月家の縁の者優位に進められたのだろうが、この度は倖月家の命運がかかっている。仮に不正をすれば敗北の際の責任問題にすらなりかねない。故に試験官も一切の雑念を捨てて臨んだのだろう。少し聞いただけでも実に真っ当な評価をしていた。
 《魔闘》においても上位の順位は動かず、当然席一つの奪い合いになる。
 この《魔闘》で高得点を収めた新田さんは総合得点で15位につけた。
 そして最後の《闘技実技》はランダムで選ばれた九人と戦いその勝率により合格点を決するという方法を採用している。
 これは一人に勝利すると50点という実に単純な方法だ。新田さんはその中で七人抜きをして350点を獲得し、上位九位に入った。
 クラス中に飛び交っている八割方の声は新田さんは運がよかっただけだと主張するものであったし、新田さんもそれを認めている。
 しかし、運だけで勝てるなら誰も苦労はしない。仮にも九人中七人に勝利したのは事実だ。その実力は疑いようがない。何より、そもそも教師達は総合得点順に合格させるとは誰も口にしてはいない。その上での新田さんの合格だ。教師陣も新田さんの合格に異論はなかったという証拠だろう。
この事実は新田さんの戦いを間近で目にした約二割の生徒達も理解している。現にポロポロとだが、新田さんを肯定する意見も耳に入って来ている。この家柄に凝り固まった明神高校で、彼女は独力でその実力を認めさせたのだ。このことが妙に僕は嬉しく、そして誇らしかった。

 ちなみに総合順位は概ね僕の予想通りとなった。
 一位――セリアさん、二位――瑠璃、三位――月彦、四位――じん、五位――藤丸、六位――まとい、七位――真白ましろ、八位――小栗行兵こくりぎょうへい、九位――新田さん。
 そんなこんなで午前の授業が開始される。


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