59 / 61
第2章 地球活動編
第155話 エルフの姉妹の選択 二節 聖者襲撃編
しおりを挟む
今僕は屋敷のリビングで晩御飯を作っている。ステラからついさっき、もう少しで帰宅するとのメールをもらった。
一方、ブラドさん、ルイズさん、ドルパさんは、この度できる吸血種達の新都市建設についての情報交換のための会合で、今晩泊りがけになり、実際には明日から僕の屋敷に住むことになる。
とは言っても、隣のリビングではしゃぎまくっている妹殿達を見ればルイズさん達の心配は杞憂だろう。
カーミュラさんも、根が子供なのか、妹殿達と完璧に打ち解けている様子だ。傍から見てると、同級生達の団欒にしか見えない。
もっともカーミュラさんは未だに僕の前にくると、血の気が引き、身体をガチガチに緊張させてしまうわけだが。その度に沙耶から『お兄ちゃん、カーミュラちゃんが怖がってるからあっち行ってて』とご無体なお叱りを受けたのだった。
ステラも帰宅し、そんなこんなで夕食の時間となった。
今晩はカーミュラさんの歓迎会も兼ねている。
カーミュラさんは生まれながらにして最高位吸血種であり、食性は人間と変わらない。だから今日は腕によりをかけてご馳走を振る舞うことにした。
まず、食材は迷宮で採取した伝説級レベル7の食材とグラムのバドコック商会から購入した高級食材だ。これらを用いて今晩は洋食をメインに色々作ってみた。凝った料理はホームステイという趣旨に合わない。なので、一般の食卓に上るような料理を作ってみた。
パンとピザは《森の食卓》に頼み、焼き上げてもらった。
スパゲッティにハンバーガー、フライドポテト、フライドチキン、ポテトサラダ、エビフライ。子供が好きそうなものばかりだが、沙耶達との意気投合っぷりを見ると、カーミュラさんの口にも合うような気がする。
震える手でハンバーガーを一嚙みするカーミュラさん。
毒でも入っているとでも思っているのだろうか。僕、どこまで信用されてないんだろう。少し悲しくなってきた。
「お、美味しいの」
カーミュラさんは二嚙み、三嚙みと口に入れる。忽ち、頬袋一杯に種を入れたハムスターの様な姿になり、思わず皆の顔に暖かな笑みが浮かぶ。
「カーミュラちゃん、これもどうぞ」
「ありがとうなの」
蛍からフライドチキンを受け取ると齧り付く。その幸せそうな姿にまったりとした空気が充満する。
歓迎パーティーは概ね成功と言えるだろう。
現在、沙耶の部屋でお子様達はカードゲームで熱戦を繰り広げている。
明日はルイズさん、ドルパさん、ブラドさんに加え、水咲さん、清十狼さん、喜美ちゃん、エル君も来る。さぞかし賑やかになることだろう。
(明日は日本料理にでもしようかな。沙耶、お寿司が好きだし、カーミュラさんもアリス達も食べた事はそう多くはないだろうし)
食器を洗い終えたところで、背後に気配がして振り返ると、ステラとアリスが佇んでいた。
二人の、敵地に足を踏み入れたような険しい顔は僕に言い表せぬ悪寒を呼び起こさせた。
「今朝言ってた僕に話したい事かい?」
頷く二人に席に座るように進めてお茶を入れる。
ステラは顔が真っ青で、アリスは俯いている。この姿からも、話の内容は僕が動揺すると考えられること。
お茶をクピクピと喉に通しながら、二人の言葉を待つ僕。
「マスター、ステラとアリスは九日の夜、アルスに会いに行きました」
「ア、アルス!?」
足元から強烈な寒気が駆けのぼってくる。当たり前だ。今の僕なら大抵な事は処理できる自信はあるし、ステラ達が危機に陥れば僕は全力でその障害を取り除こう。
しかしそれが不可能な数少ない例がアルス。奴はあの《裁きの塔》を短期間で化け物共の巣窟にし、倖月家の鬼才――倖月朧達を、時を超えて召喚してしまうほどの常識の埒外にある存在だ。奴にとっては今の僕など掌で滑稽に踊る駒にすぎまい。だからこそ今僕は力と仲間を獲得しようとしているのだ。
アルスはもはや天災に近い。奴と関わらないのが最大の不幸回避手段だったんだ。それを自ら会いに行く? 阿呆か! そんなの破滅願望に等しい。
「奴と何を話した? いやどんな契約を結んだ?」
アルスが手ぶらでステラやアリスを返すとは微塵も思っちゃない。奴の悪趣味な遊戯に強制参加させられているはずだ。そしてそれは今の僕には手出しができない事。
「……」
アリスが下唇を噛みしめ、ステラが僕の瞳を見つめて来た。
「《裁きの塔》の挑戦資格を得ました。これがそのカードです」
ステラがテーブルに青色のカードを置くとアリスも黄金のカードを躊躇いがちに置く。
「《裁きの塔》?」
(ふざけんなっ! よりにもよって!!)
ステラ達は《裁きの塔》を《終焉の迷宮》に毛が生えた程度であるとでも思っているんだろう。しかしそれは大きな間違いだ。雑魚敵で世界序列第75~第50位がわんさか襲ってくる魔境。常軌を逸したトラップも目白押しだろう。スリーや刈谷さんでも生き残るのは難しい。そう断言できる真の意味での地獄。それが《裁きの塔》だ。
「君らは自分がしたことを理解してるのか?」
「はい」「うん」
僕の感情が抜け落ちた言葉に二人ともビクッと身を竦ませるが、臆せず力強く答える。
「そうか……」
正直、ここで二人を怒鳴りつけてやりたい。でもそんな子供じみた事をしても意味はない。あのマジキチ天族なら例え僕が《裁きの塔》の攻略を断念しようとしても、否が応にでも挑戦せざるを得ない状況に僕を追い込む危険性すらある。その際に犠牲になるのは決まって僕の大切な何か。
今後の対策を練りたい。部屋へ戻ろう。思金神に相談しなければ。いや、そもそも奴はこの事を知っていたのか? ……そんなの今更考える意味もないか……。
(くく……笑えるよ、ホント滑稽だ)
ふらふらとよろめく足で、リビングの扉を開ける。
「マ、マスター――」
「来るなぁ!」
近寄ろうとするステラとアリスにみっともなく大声を張り上げる僕。
彼女達は初めてともいえる僕の拒絶に大きく目を見開いていた。
「頼むから一人にしてくれ」
扉を勢いよく開けると階段を駆け上がり、自室内へと飛び込む。もう頭の中は色々な気持ちやら考えやらで、シェイクされグチャグチャだった。
思考がまとまらず、次から次へと不安が湧き上がり、それらが更なる不安を大量生産し僕の心をプレス機のように押し潰していく。
今は時間が欲しい。この件につき考える時間が。アルスの奴も、僕がこの件につき即断できるとは考えていまい。というより、僕がこうして悩むことすら奴の遊戯の一環だ。確実に制限時間付きだろうが、後一週間ほどは許されているはずだから。
……
…………
………………
2082年9月11月(金曜日) 5時40分
窓からうっすらと差し込む光の柱。もう朝だ。少々寝坊をしてしまった。起きて朝食を作らねばならない。
今晩は沙耶の襲来もなく、朝方近くまでじっくりと考えることができた。午前二時半過ぎてから記憶がないから、その時間帯に寝入ったのだろう。お蔭でようやく正常な思考が復活してきた。
そもそも一番悪いのはあの迷宮のことを碌に話さなかった僕だ。彼女達がアルスに近づき破滅への遊戯へと参加することを多分僕は無意識にも恐れていた。それ故、塔の内部につき、詳しい事をあえて伏せていたんだと思う。それが逆に彼女達の不安を誘いこの様だ。今更だが、もっと彼女達を頼ればよかった。
兎も角、期間はそう長く与えられていない。できる限り早くステラとアリスをアルスの遊戯から逃れさせる策を見つけなければならない。
背伸びをして着替えつつもドアを開けるが今日は沙耶の姿は見当たらなかった。カーミュラさん達とある意味有意義な夜を過ごせたのだろう。
(今日、学校だぞ。せめて今晩にすればよかったものを……)
一階に降りていくとエプロン姿のステラが既に調理に取り掛かっていた。
「マスター、ステラ――」
ステラの目の下のクマができている。僕と同様、ステラも碌に眠れなかったのだと思われる。昨日はすまない事をした。
「悪い。寝坊した。時間もないし、早く作っちゃおう」
「はい!」
腕まくりをして調理に取り掛かる僕に、幽鬼のような顔を一転、花が咲いたように微笑み快活に答えるステラ。
僕らは調理という名の戦闘に没頭していく。
……
…………
………………
朝食と言ってもカーミュラさんは客人。変なものは出せない。
サラダに、コーンポタージュ、パンにオムレツ。朝にしては少々、重たいかもしれないが、沙耶達は成長期だ。別にいいだろう。太るなどと文句たれるようなら、毎朝叩き起こしてジョギングに連れ出してやるだけだし。
沙耶達も二階から降りて来る。沙耶は起きた直後は欠伸混じりで気のない挨拶をするのが通常だ。それが、今日に限っては初めて目にするような神妙な顔でリビングに入ってくる。後に蛍とカーミュラさんも続く。
「ほら、アリス」
沙耶に促されて、ひょこっとその背中から顔を出すアリス。いつもの元気一杯のアリスらしからぬ弱々しい面持ちで僕の様子を伺っていた。
「恭弥さん、事情は存じませんがアリスを許してあげてください」
「そうなの。アリス、許してなの」
蛍、カーミュラさんまで僕に頭を下げて来た。
よく見ると、アリスの目は真っ赤だ。今まで泣いていたのかもしれない。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
涙声で頭を下げるアリス。謝ることなど何一つない。ミスはステラ達に《裁きの塔》について話し、決して近づかないように念を押さなかった僕の不用意さが招いた事だ。
近づくと、アリスの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、アリス」
顔をクシャクシャに歪めるアリス。そして勢いよく抱きつくと僕の胸に顔を埋め、今度こそ声を上げて泣き出した。仕方なく、背中を右手で軽く叩き、左手で後頭部を撫でる。
「さあ、朝食が冷める。食べよう」
「うん」
涙を服の裾でこすりながら席に着くアリスと愛嬌よく笑いながら席に着き、快活に話し始める沙耶達。この光景、本当にほっこりする。
「マスター、ステラ……」
「ステラも同じだよ。早く食べよう」
ステラの頭をポンポンと優しく掌で叩く。
「はい」
ステラは涙ぐみそうになり唇を噛みしめつつも笑みを浮かべ大きく頷く。
ステラが皆のコーンポタージュを御椀によそって各人の席へと運び、僕もパンをテーブルの中央に乗せ、席へとつく。
少し湿っぽくなってしまったが僕らの一日はこうして開始された。
一方、ブラドさん、ルイズさん、ドルパさんは、この度できる吸血種達の新都市建設についての情報交換のための会合で、今晩泊りがけになり、実際には明日から僕の屋敷に住むことになる。
とは言っても、隣のリビングではしゃぎまくっている妹殿達を見ればルイズさん達の心配は杞憂だろう。
カーミュラさんも、根が子供なのか、妹殿達と完璧に打ち解けている様子だ。傍から見てると、同級生達の団欒にしか見えない。
もっともカーミュラさんは未だに僕の前にくると、血の気が引き、身体をガチガチに緊張させてしまうわけだが。その度に沙耶から『お兄ちゃん、カーミュラちゃんが怖がってるからあっち行ってて』とご無体なお叱りを受けたのだった。
ステラも帰宅し、そんなこんなで夕食の時間となった。
今晩はカーミュラさんの歓迎会も兼ねている。
カーミュラさんは生まれながらにして最高位吸血種であり、食性は人間と変わらない。だから今日は腕によりをかけてご馳走を振る舞うことにした。
まず、食材は迷宮で採取した伝説級レベル7の食材とグラムのバドコック商会から購入した高級食材だ。これらを用いて今晩は洋食をメインに色々作ってみた。凝った料理はホームステイという趣旨に合わない。なので、一般の食卓に上るような料理を作ってみた。
パンとピザは《森の食卓》に頼み、焼き上げてもらった。
スパゲッティにハンバーガー、フライドポテト、フライドチキン、ポテトサラダ、エビフライ。子供が好きそうなものばかりだが、沙耶達との意気投合っぷりを見ると、カーミュラさんの口にも合うような気がする。
震える手でハンバーガーを一嚙みするカーミュラさん。
毒でも入っているとでも思っているのだろうか。僕、どこまで信用されてないんだろう。少し悲しくなってきた。
「お、美味しいの」
カーミュラさんは二嚙み、三嚙みと口に入れる。忽ち、頬袋一杯に種を入れたハムスターの様な姿になり、思わず皆の顔に暖かな笑みが浮かぶ。
「カーミュラちゃん、これもどうぞ」
「ありがとうなの」
蛍からフライドチキンを受け取ると齧り付く。その幸せそうな姿にまったりとした空気が充満する。
歓迎パーティーは概ね成功と言えるだろう。
現在、沙耶の部屋でお子様達はカードゲームで熱戦を繰り広げている。
明日はルイズさん、ドルパさん、ブラドさんに加え、水咲さん、清十狼さん、喜美ちゃん、エル君も来る。さぞかし賑やかになることだろう。
(明日は日本料理にでもしようかな。沙耶、お寿司が好きだし、カーミュラさんもアリス達も食べた事はそう多くはないだろうし)
食器を洗い終えたところで、背後に気配がして振り返ると、ステラとアリスが佇んでいた。
二人の、敵地に足を踏み入れたような険しい顔は僕に言い表せぬ悪寒を呼び起こさせた。
「今朝言ってた僕に話したい事かい?」
頷く二人に席に座るように進めてお茶を入れる。
ステラは顔が真っ青で、アリスは俯いている。この姿からも、話の内容は僕が動揺すると考えられること。
お茶をクピクピと喉に通しながら、二人の言葉を待つ僕。
「マスター、ステラとアリスは九日の夜、アルスに会いに行きました」
「ア、アルス!?」
足元から強烈な寒気が駆けのぼってくる。当たり前だ。今の僕なら大抵な事は処理できる自信はあるし、ステラ達が危機に陥れば僕は全力でその障害を取り除こう。
しかしそれが不可能な数少ない例がアルス。奴はあの《裁きの塔》を短期間で化け物共の巣窟にし、倖月家の鬼才――倖月朧達を、時を超えて召喚してしまうほどの常識の埒外にある存在だ。奴にとっては今の僕など掌で滑稽に踊る駒にすぎまい。だからこそ今僕は力と仲間を獲得しようとしているのだ。
アルスはもはや天災に近い。奴と関わらないのが最大の不幸回避手段だったんだ。それを自ら会いに行く? 阿呆か! そんなの破滅願望に等しい。
「奴と何を話した? いやどんな契約を結んだ?」
アルスが手ぶらでステラやアリスを返すとは微塵も思っちゃない。奴の悪趣味な遊戯に強制参加させられているはずだ。そしてそれは今の僕には手出しができない事。
「……」
アリスが下唇を噛みしめ、ステラが僕の瞳を見つめて来た。
「《裁きの塔》の挑戦資格を得ました。これがそのカードです」
ステラがテーブルに青色のカードを置くとアリスも黄金のカードを躊躇いがちに置く。
「《裁きの塔》?」
(ふざけんなっ! よりにもよって!!)
ステラ達は《裁きの塔》を《終焉の迷宮》に毛が生えた程度であるとでも思っているんだろう。しかしそれは大きな間違いだ。雑魚敵で世界序列第75~第50位がわんさか襲ってくる魔境。常軌を逸したトラップも目白押しだろう。スリーや刈谷さんでも生き残るのは難しい。そう断言できる真の意味での地獄。それが《裁きの塔》だ。
「君らは自分がしたことを理解してるのか?」
「はい」「うん」
僕の感情が抜け落ちた言葉に二人ともビクッと身を竦ませるが、臆せず力強く答える。
「そうか……」
正直、ここで二人を怒鳴りつけてやりたい。でもそんな子供じみた事をしても意味はない。あのマジキチ天族なら例え僕が《裁きの塔》の攻略を断念しようとしても、否が応にでも挑戦せざるを得ない状況に僕を追い込む危険性すらある。その際に犠牲になるのは決まって僕の大切な何か。
今後の対策を練りたい。部屋へ戻ろう。思金神に相談しなければ。いや、そもそも奴はこの事を知っていたのか? ……そんなの今更考える意味もないか……。
(くく……笑えるよ、ホント滑稽だ)
ふらふらとよろめく足で、リビングの扉を開ける。
「マ、マスター――」
「来るなぁ!」
近寄ろうとするステラとアリスにみっともなく大声を張り上げる僕。
彼女達は初めてともいえる僕の拒絶に大きく目を見開いていた。
「頼むから一人にしてくれ」
扉を勢いよく開けると階段を駆け上がり、自室内へと飛び込む。もう頭の中は色々な気持ちやら考えやらで、シェイクされグチャグチャだった。
思考がまとまらず、次から次へと不安が湧き上がり、それらが更なる不安を大量生産し僕の心をプレス機のように押し潰していく。
今は時間が欲しい。この件につき考える時間が。アルスの奴も、僕がこの件につき即断できるとは考えていまい。というより、僕がこうして悩むことすら奴の遊戯の一環だ。確実に制限時間付きだろうが、後一週間ほどは許されているはずだから。
……
…………
………………
2082年9月11月(金曜日) 5時40分
窓からうっすらと差し込む光の柱。もう朝だ。少々寝坊をしてしまった。起きて朝食を作らねばならない。
今晩は沙耶の襲来もなく、朝方近くまでじっくりと考えることができた。午前二時半過ぎてから記憶がないから、その時間帯に寝入ったのだろう。お蔭でようやく正常な思考が復活してきた。
そもそも一番悪いのはあの迷宮のことを碌に話さなかった僕だ。彼女達がアルスに近づき破滅への遊戯へと参加することを多分僕は無意識にも恐れていた。それ故、塔の内部につき、詳しい事をあえて伏せていたんだと思う。それが逆に彼女達の不安を誘いこの様だ。今更だが、もっと彼女達を頼ればよかった。
兎も角、期間はそう長く与えられていない。できる限り早くステラとアリスをアルスの遊戯から逃れさせる策を見つけなければならない。
背伸びをして着替えつつもドアを開けるが今日は沙耶の姿は見当たらなかった。カーミュラさん達とある意味有意義な夜を過ごせたのだろう。
(今日、学校だぞ。せめて今晩にすればよかったものを……)
一階に降りていくとエプロン姿のステラが既に調理に取り掛かっていた。
「マスター、ステラ――」
ステラの目の下のクマができている。僕と同様、ステラも碌に眠れなかったのだと思われる。昨日はすまない事をした。
「悪い。寝坊した。時間もないし、早く作っちゃおう」
「はい!」
腕まくりをして調理に取り掛かる僕に、幽鬼のような顔を一転、花が咲いたように微笑み快活に答えるステラ。
僕らは調理という名の戦闘に没頭していく。
……
…………
………………
朝食と言ってもカーミュラさんは客人。変なものは出せない。
サラダに、コーンポタージュ、パンにオムレツ。朝にしては少々、重たいかもしれないが、沙耶達は成長期だ。別にいいだろう。太るなどと文句たれるようなら、毎朝叩き起こしてジョギングに連れ出してやるだけだし。
沙耶達も二階から降りて来る。沙耶は起きた直後は欠伸混じりで気のない挨拶をするのが通常だ。それが、今日に限っては初めて目にするような神妙な顔でリビングに入ってくる。後に蛍とカーミュラさんも続く。
「ほら、アリス」
沙耶に促されて、ひょこっとその背中から顔を出すアリス。いつもの元気一杯のアリスらしからぬ弱々しい面持ちで僕の様子を伺っていた。
「恭弥さん、事情は存じませんがアリスを許してあげてください」
「そうなの。アリス、許してなの」
蛍、カーミュラさんまで僕に頭を下げて来た。
よく見ると、アリスの目は真っ赤だ。今まで泣いていたのかもしれない。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
涙声で頭を下げるアリス。謝ることなど何一つない。ミスはステラ達に《裁きの塔》について話し、決して近づかないように念を押さなかった僕の不用意さが招いた事だ。
近づくと、アリスの頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ、アリス」
顔をクシャクシャに歪めるアリス。そして勢いよく抱きつくと僕の胸に顔を埋め、今度こそ声を上げて泣き出した。仕方なく、背中を右手で軽く叩き、左手で後頭部を撫でる。
「さあ、朝食が冷める。食べよう」
「うん」
涙を服の裾でこすりながら席に着くアリスと愛嬌よく笑いながら席に着き、快活に話し始める沙耶達。この光景、本当にほっこりする。
「マスター、ステラ……」
「ステラも同じだよ。早く食べよう」
ステラの頭をポンポンと優しく掌で叩く。
「はい」
ステラは涙ぐみそうになり唇を噛みしめつつも笑みを浮かべ大きく頷く。
ステラが皆のコーンポタージュを御椀によそって各人の席へと運び、僕もパンをテーブルの中央に乗せ、席へとつく。
少し湿っぽくなってしまったが僕らの一日はこうして開始された。
21
お気に入りに追加
6,388
あなたにおすすめの小説
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる