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第2章 地球活動編

第154話 倖月朧 二節 聖者襲撃編

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 思金神おもいかねに案内されて、ギルドハウスの応接室へ案内される。

「健太!」

 部屋に入ると、勢いよく立ち上がる二人の男女。その顔一面に溢れているのは、とびっきりの歓喜。

(健太? いや、そんなことより――)

 思金神おもいかねの奴、何ちゅう奴を連れてくるんだ。
 片方の赤髪のショートカットの美女に見覚えはない。しかし長身の黒髪の眼鏡の男を僕は知っている。いや明神高校の生徒で知らぬものなどいない。
 まだ魔術が世界に非公表であった時代、僅か十二歳で世界の魔術理論を体系化し、不十分だった基礎魔術の基礎を作った天才――倖月朧こうづきおぼろ。彼のこの功績のおかげで世界に魔術が公表され、審議会ができたという一説もあるくらいだ。さらに彼は、たった十三歳で倖月本家から《空月》の称号を得ていた。あの倖月家の魔神――倖月竜華こうづきりゅうかでも称号を得たのは十六歳。《空月》は『一族最強にして最高の者に贈られる称号』だ。倖月家最強はいつの時代も甘いものではなかろう。下手をすれば、竜華りゅうかと同じ強ささえ持ちかねない怪物。
四十年前に神隠しに遭い、魔道史から姿を消したが、現代日本魔術界の重鎮達に多大な影響を残した傑物けつぶつ。彼は倖月竜玄の憧れだったらしく明神高校の正面玄関前には倖月朧こうづきおぼろの肖像画がかけられている。
 不自然なのは倖月朧こうづきおぼろが失踪したのは四十年前。彼は肖像画の倖月朧こうづきおぼろより歳はとっているようだが、それでも二十歳そこらにしか見えない。彼は同化者なのだろうか。それなら納得はいくが。
 この世界の地球人は如月北斗きさらぎほくと焔雫ほむらしずくさん以外では初めて。大方アルスの奴が呼んだのだろうが、さてどうするか……。

「初めまして、僕は《妖精の森スピリットフォーレスト》のギルドマスター、楠恭弥くすのききょうや

 僕のこの言葉で彼らの歓喜が嘘のように砕け散り、代わりに悲痛が浮かび上がる。
 この頃、やけに間都場という人物と間違われるが、今度は健太か。まったくどんだけだよ。
 まてよ、というより――。

「もしかして、僕に似た人って間都場健太まとばけんた、そういうんじゃないんですか?」

「お、覚えてるの!?」

 赤髪ショートの女性が僕の胸倉をつかむとブンブン揺らす。どうやら当たりだ。北斗や雫さん達と一緒に召喚された人達。
 するとまた新たな謎が一つ浮上した。倖月朧こうづきおぼろが生きていた時代は四十年前、なら同化者でもない雫さんは五十歳半ばのはず。なのに今は十九歳。とすれば、時代を超えて召喚された? ……いやそれこそまさかだ。そんなの禁術でも不可能なはず。
 しかし、そう考えれば全て納得が行くのも事実。
 雫さんに聞くしか確かめようがないが、なぜか彼女は過去の一切を話したがらない。
彼らに聞くしかないか……。

「今、西暦何年だと思います?」

 倖月朧こうづきおぼろは眉を顰めつつも返答してくる。

「2046年だ」

 やはりな。でもこれで繋がった。まだわからないことだらけだが、彼らは過去から未来にこの異世界アリウスに召喚された。

(雫さん、そりゃ、過去を話したがらないわけだ……あのマジキチ天族、どこまでもむごいことしやがる)

倖月朧こうづきおぼろさん、今はね、西暦2082年です」

「2082年? 馬鹿を言うな、そんな事……あるはずが……」

 急に言葉を切るとおぼろさんは俯き顎に手を当てると、ブツブツと呟き始める。

「そんな事はどうでもいい! 健太、私達のこと、覚えてないの?」

 赤髪ショートの女性が必死で僕に縋りつく。
 彼女は僕を間都場健太と勘違いしている。違うか。間都場健太と信じたいんだ。多分、彼女は既に気付いている。

「申し上げにくいですが、僕は貴方達とは初対面です。勿論、記憶喪失などではありませんよ。僕は――」

「止めて!!」

 赤髪ショートの女性は顎を引き床に視線を移す。その身体は小刻みに震えていた。雫がぽたぽたと床に落ちることからも、どうやら泣かせてしまったようだ。どうにも困った。
 思金神おもいかねに助けを求めるが、ただ笑みを浮かべるのみ。奴にとってこの場は僕が処理すべき案件なのだろう。

日向ひなた、そいつのいうことは真実だ。お前もわかってんだろ?」

「黙れ……」

 さらにおぼろさんは続ける。

「今のこいつは四年前に別れた健太そのものだ。だがそんなことはあり得ない」

「黙れ!」

「健太と俺は歳も同じ、誕生日すらも数日違い。いくら健太が童顔でも俺達と同様、多少の変化くらいあるはずだ。それにもかかわらず此奴こいつは全く昔の健太そのもの――」

「黙れぇ!!」

 赤髪ショートの少女――日向ひなたさんの悲鳴のよう声が応接室に響き渡る。

「勘違いするなよ。俺は別に此奴こいつと健太が無関係だとは思っていない」

「え?」

 日向ひなたさんは涙でグシャグシャにした顔を上げ、おぼろさんをみる。

「他人の空似? 馬鹿を言うな。そんな妄想信じるほど俺は頭がお花畑ではない。
 現象には必ず理由がある。お前と俺は此奴こいつが間都場健太であると本能で理解している。それは間違いないな?」

「う、うん」

 涙を右袖で拭う日向ひなたさん。

「なら、その自分自身の感性を信じろ。それこそが、俺達がもう一度間都場健太まとばけんたに会うためのたった一つの道だ」

「感性って……せめて、『心』や『魂』とでも言ってよね」

「馬鹿を言うな。俗に言う『心』とは精神活動の一形態を漠然と表現した記号に過ぎない。そんなありもしないものなど信じられるものか。『魂』は俺の研究対象だが、今回の件とは関連性が見えない」

 アハハと口から乾いた笑みを絞り出す日向ひなたさん。

「どうやら話もまとまったようですねぇ~」

 思金神おもいかねが初めて口を開く。

「先刻の話、受けさせてもらおう。日向ひなた、お前も構わないな?」

「うん。最初から私、断る気なかったし」

(話が見えない。どういうこと?)

 席を立ち、おぼろさんが僕に右手を差し出してくる。

倖月朧こうづきおぼろだ。宜しく頼む」

「は、はあ」

 右手を握り返すと、おぼろさんを突き飛ばして、日向さんが僕の前に立つ。

「よ、宜しく」

 僕は右手を差し出そうとするが、代わりに女性特有の柔らかな感覚が生じる。それが抱きしめられていると感じたとき彼女の喜色溢れる声が耳元で響く。

「うん、この感覚、やっぱり健太だ」

「いや、だから違う――」

 僕の言葉は突然日向ひなたさんの小さな口で塞がれる。その事実を脳が認識するのに数分のときを要した。
 急速に発火する僕の顔と金縛りにあったかのように動かない身体。それは十秒にも満たない短い間。だが僕には無限に近いときに感じられた。
 日向ひなたさんは僕から離れると顔が首の付け根まで朱を注いだように真っ赤になりながらも、幸せそうな笑みを浮かべつつ、部屋を出て行ってしまう。
 おぼろさんも、口角を上げながら僕の背中をポンポンと軽く叩き日向ひなたさんに続く。

 よほど動揺していたのか、足に力が入らず直ぐに近くの椅子に腰を下ろす。
 この時ばかりは時雨先生の気持ちがよく分かった。今日初めて会った他人にされてもこれだ。弟同然の僕にされたならそれは動揺くらいするだろう。

(先生、傷つけちゃったな……)

 まったく、スイーツ程度で済まそうというんだから僕は大馬鹿だ。しかし、どうしよう。先生、あの調子なら僕に直接会ってくれないし、イザナミもそのつもりだろう。ときが経つのを待つしかないか。
 今はそれよりも。

「それで、説明願いたいものだね」

 極悪スキルにかなり強い調子で問いかける。

倖月朧こうづきおぼろ七宝日向しちほうひなたは《妖精の森スピリットフォーレスト》にこの度加入する運びとなりました」

 すまし顔で、そんなとんでもない事を言い出しやがった。

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