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第2章 地球活動編

第148話 学年別統一実技補充試験(1) 二節 聖者襲撃編

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 今日の午後は選抜試験だ。例によって時雨先生には何も言われていないが、僕のエントリーは強制のはずだ。
 来賓室で無限収納道具箱アイテムボックスから修練服と仮面を取り出し身に着けると第二修練所へと向かう。

 第二修練所は未だかつてないほどの熱気に包まれていた。
 凡そ三分の一にまで減った学年別統一実技補充試験に参加する生徒達とそれを見守る観客席の生徒達。あたかも戦場のような独特な緊迫した雰囲気が修練所中に充満している。
奴等の気持ちもこの時ばかりは容易に察することができる。
 担任である阿知波梓あしなみあずさは、今朝、今日《魔撃》、《魔的》、《魔演》、《魔闘》、《闘技実技》の試験を行い、その結果を踏まえて鳳凱祭ほうがいさいの一学年のメンバーを選出する、そう宣言した。これを裏返しに言えば、決定したはずの瑠璃達ですらもまだ確定していないことを意味する。要するに形式的には全てが振り出しに戻ったということだ。
 もっとも、学校側はあくまで『試験の結果を踏まえて選出する』としか説明していない。一学年は僕、瑠璃、藤丸、月彦、纏、セリアさんで既に決定している。そしてそんなことは改めて指摘されなくても周知の事実。それでも通常の三枠から一枠増えたのだ。それだけでも心は狂喜乱舞のはずだ。
 
 僕が修練所に姿を見せただけで、一学年の生徒達は息をのみ、悲鳴を飲み込みながらすかさず脇によける。忽ち、僕と時雨先生の間には人の道ができていた。

「待っておったぞ」

(この言葉遣いと雰囲気、イザナミか……先生、まだ怒ってるのか……もう二度とあんなことしないからさ。いい加減姿をみせてくれよ)

 妙な寂しさを覚えつつも、若干肩を落としつつイザナミの言葉を待つ。

「担任から既に説明があったと思うが、今日の《魔撃》、《魔的》、《魔演》、《魔闘》、《闘技実技》の結果により一学年統一実技補充試験の合格者を決定する」

 ここまでは時雨先生にしては不自然なくらい学校側の主張との乖離がない。これもイザナミのお蔭なのだろうか。だとすると気分は複雑だが、無事に実習が終わるならそれに越したことはない。そう考えてしまっていた。しかし僕はイザナミ――いや天族という種族を甘く見過ぎていた。

「ここまでは今朝、担任に説明を受けたと思う。だがぁ~、しかし! つい先刻、臨時職員会議で若干のルールの変更が決定された。そなた達、なんじゃと思う?」

 扇子を開き口に当てる時雨先生。

「……」

 死地に赴く軍人のように引き締まった表情になり、時雨先生の言葉を待つ一学年の生徒達。

「俺も暇じゃない。勿体を付けないでもらおう」

 僕の言葉に、肩を竦める時雨先生。

「来週の月曜日、この日に補充試験の合格者全学年30名により、『全学年統一実技試験』を行う。試験種目は《魔撃》、《魔的》、《魔演》、《魔闘》、《闘技実技》じゃ。
なお、《闘技実技》はトーナメント制で、この上位五名が《鳳凱演武》の代表メンバーとなる」

 そんなことは端から予想はしていた。だから、少なくとも今日、試験を受ける三分の一で驚いているものは皆無だ。

「なんじゃ、驚かんのか? つまらんのぉ~、ならこれならどうじゃ。
 月曜の、『全学年統一実技試験』には東部学生連合の幹部達も来るそうじゃ。中にはお前達の憧れの――十六夜兄妹もじゃ」

 生徒達から一斉に驚愕と歓喜の声が上がる。此奴こいつらのこの反応は別にこの明神高校で特異的なものではない。
 東部学生連合会長十六夜真八いざよいしんぱち、副会長十六夜六花いざよいりっかの兄妹は芸能活動も営んでおり、テレビで頻繁に登場している。魔術師というよりは芸能人と言った方がより正確かもしれない。

「総合得点の上位十名は十六夜兄妹との宴が漏れなくついてくる。どうじゃ、そそるじゃろう?」

(ざけんなよ 冗談じゃないぞ!)

 十六夜家は倖月家と最も繋がりが深い五摂家の一家。その宴の席には竜玄や竜華を初めとする倖月家の重鎮も揃い踏みをするはず。竜玄は兎も角、今竜華に会うのはマズイ気がする。これは僕の勘だが、多分当たってる。

「ベスト10に入ればそこの『下賤の者』も宴の参加資格があるということですか?」

 わあ、きゃあと子供じみた喜色の籠った声をあげる生徒達の中で、茶髪に耳ピアスの男子生徒小栗行兵こくりぎょうへいが僕に侮蔑の視線を向けつつも疑問を口にする。
 此奴こいつは僕に前回の実習で頭をかち割られている。皆が怯える中、此奴だけは常に僕に対し敵意を向けてきている。その度胸だけは正直、見直した。

「それはそうじゃろう。嫌なら、《空月》を打倒すればよいだけの話じゃ」

 さて面倒な事になった。総合得点十位内に入ればもれなく竜玄や竜華との会食が待っている。

「俺は是非、辞退したいんだがね」

「貴様、もう勝った気か!?」

 小栗の雑音を完全スルーし、一筋の望みにかける僕。

「十人の宴の席を用意するからの、辞退は不可能じゃ」

 ならば、作戦変更。《闘技実技》で五位になり、かつ《魔撃》、《魔的》、《魔演》、《魔闘》で得点調整をして二十位台に持っていけばよい。

「承知した」

 聞かねばならぬことは聞いた。あとは流れに任せるまで。
 イザナミは扇子をパチンと閉じると、口端を上げ、無邪気な笑みを浮かべる。

(猛烈に嫌な予感がするんだが……)

 時雨先生がこの手の顔をしたときは大抵、最悪な状況を突っ走ることになる。イザナミのこの姿は悪ふざけモードの時雨先生に酷似していた。

「そうじゃな、そなた達にもご褒美が必要じゃろう。
 総合優勝者にはわっちの接吻をくれてやろうぞ」

「は?」

 ――静寂。これほど適切な言葉を僕は知らない。この後の常軌を逸した混沌的事態が明確に予想でき思わず頭を抱える。

「時雨先生のキス?」

 男子生徒の一人が無感情の声色でボソリ呟く。

「時雨お姉様とキス……」

 同じクラスの女生徒も狂喜の籠った呟きを漏らす。
 『時雨先生とキス』の言葉が伝染していき、歓声が至る所で湧き上がる。場は僕の予想通り、忽ち歓天喜地かんてんきちの場と化した。

(クソ天族いい加減にしやがれ!)

 時雨先生は弟同然の僕に一度キスされただけであんなに心の奥に閉じ籠ってしまうような人なんだ。もう一度、同じことをすれば心が壊れかねない。

(アルスといい、イザナミといい、どうしてこうも天族って奴らはこうなんだ?
 楽しけりゃあとはどうでもいいのかよ! 事後処理する身にもなりやがれ!)

 イザナミに射殺すような視線を向けるが、あっさりスルーされる。
こういうときの幼馴染ほど厄介なものはない。変に狼狽えると瑠璃辺りが『空月』が僕だと勘付く危険性が高い。これ以上の動揺は禁物だろう。
 でもこの事態、どう収拾つけるんだ? 通常五界の中でも天族は清廉潔白であり偽りを述べない種族と言われてはいる。
 もっとも、昨日の女疫属などという俗物のせいでその僕の固定概念は若干崩れつつあるわけだが。ともあれ、イザナミは性格がアルスに近いが、奴と違い性根は腐っていないようにも思える。だとすると勝者へのご褒美とやらも本当だろうし、時雨先生に何らかのメリットがあるとふんだからか?
 一番は瑠璃か朱花にでも優勝してもらい、彼女達に思う存分してもらうことだ。
 朱花は今体調が悪いが、昨日の話ではただの風邪をこじらせただけのようだし、今日も含めて、四日も自宅で休めば月曜日には万全の体勢を整えられるだろう。瑠璃と朱花は時雨先生にとって歳の離れた妹同然。時雨先生が幼い朱花や瑠璃にキスするシーンなどそれこそ幼い頃に数えきれないほど目にしてきた。今は朱花とは上手くいっていないようだが、それでも朱花や瑠璃は時雨先生にキスをされようが別に何とも思わないだろうし、時雨先生も右に同じだろう。


 今は阿知波梓あしなみあずさから配られたプリントに目を通していることころだ。
 プリントの内容は全学年統一実技試験の得点配分表といくつかのルールと注意事項。

 《魔撃》、《魔的》、《魔演》が各100点満点。
 倖月家から派遣された臨時教官と戦う《魔闘》の250点満点。
 《鳳凱演武》に対応する『闘技実技試験』が450点満点。
 そして闘技実技試験はトーナメント制であり優勝者には満点の450点が与えられる。準優勝者には300点。他の競技が零点でも取らない限り、確実に優勝者が総合優勝する仕組みになっている。
 瑠璃と朱花も《魔撃》、《魔的》、《魔演》、《魔闘》では高得点をたたきだすだろうし、優勝させてやれば、総合優勝できる。
 万一、瑠璃と朱花が敗れれば、セリアさん達、女性陣が優勝すれば時雨先生には生贄になってもらうしかない。
 男しか残らなければ僕が一掃し、仮面の上から頬にでもキスさせることにする。別に嘘は言っていないし、ブーイングも起こるはずもない。寧ろ全校生徒に感謝されることは請負だ。
 問題はその後に開かれる宴とやらだが、鳳凱祭ほうがいさいの終了までは奴等は僕に強行的な態度はとれない。それにこれが竜玄や竜華と最後の会合だとすれば、野良犬のような扱いを受けても大して腹は立たない。
 時雨先生のためだ。僕の心など心底どうでもいい。

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