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第2章 地球活動編

第146話 焦燥観念 二節 聖者襲撃編

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 今は頭を冷やすため、無駄に豪華な冬月市のベンチに腰掛けて、星一つ見えない東京の夜空を見上げている。
 まったく、今日は朝から色々あり過ぎて頭がおかしくなりそうだ。まあ半分以上自業自得なわけだが。
 今僕の頭の中に渦巻くのは時雨先生の事。
 先生は、今朝の僕のキスを契機に一連の過剰な反応を経て、遂に天岩戸のごとく心象世界へ閉じ籠ってしまう。さらに、最後の突然のイザナミの行為。もう、全てが意味不明過ぎて、僕の常識処理機能はオーバーフローを起してしまっていた。

(明日、どんな顔で先生に会えばいいんだよ……あの天族、事態をさらにややこしくしやがって)

 僕のこの訪問で絡まった糸は外れるどころか、益々もつれ絡みつき、身動きが取れなくなってしまった。これでは意気揚々と救助者を助けにいったはいいが、二次遭難した救助隊のようなものだ。
 今、先生に無理に接触するのは同じことの繰り返しかもしれない。ほとぼりが冷めるまで距離を置くべきか……。
 ポツリ、ポツリと冷たい感触。どうやら、ただでさえ機嫌が最悪の空はとうとう癇癪を起したらしい。

(もうそろそろ終電だ……)

 時間を確認しようとポケットにあるスマホを探ると、一枚の紙が入っていた。

『九月九日、十七時に体育館裏で待つ』

「何だろ、これ?」

 口から洩れる声が滑稽なほど裏返っている。今まであれほど頭の大部分を占拠していた時雨先生はある人物の姿に置き換えられていく。だって、そうだろう? 今日、僕のポケットに紙を入れられるチャンスがあったのは彼奴あいつだけのはずなんだ。

「いや、いや、あり得ない。彼奴あいつのはずが」
 
 頭を振って有りえない空想を吹き飛ばそうとするが、まったく効果はなく、さらなる不安な点に気が付いてしまう。

(体育館裏って確か……)

 明神高校の体育館裏は背の高い草木が生い茂っている。そしてその奥には高木に囲まれた円状の草木が一本も存在しない植物の為す檻のような空間が存在する。
 あそこは僕が入学してから一時馬鹿どもから遠ざかるため、利用していた場所だ。だから、わかる。その場所は、一度中に入ってしまえば、外からは窺い知ることはできない。つまり、仮に彼奴あいつが襲われても誰にも知られない可能性があるということだ。

「阿呆か! 今はもう、二十三時。既に、六時間近くオーバーしている。いるわけないさ」

 そんな言い訳のような呟きとは裏腹に、今朝の時雨先生の言葉が、態度が頭をかすめる。一度、心の奥底に染みついた不安はジワジワと増幅し、さらなる不安を呼び覚ます。
 僕の言い表しようのない焦燥が身体の芯から噴出し暴れまわる。気が付くと、僕の足は学校に向けて動いていた。
                ◆
                ◆
                ◆
 
 帰来転移を使いたかったが、使えば僕に転移の能力があることが倖月家に知覚される。転移は僕らの生命線。それだけはできない。
 明神高校までは《冬月市》の建物の上を飛んで移動したので、時間は大してかからなかった。建物上空には監視カメラ等は設置されていないことからも、ばれる心配はあるまい。

 遂に明神高校前につく。
 いつの間にか雨は土砂降りとなり、勢いよくアスファルトを打ち付けている。
夜間は地上から数メートルもの魔術的付加を施した隔壁が迫り出し、広大な校舎と校庭を囲んでいる。さらにこの隔壁の上部には強力な結界が張り巡らされている。
 この学校の上部にある結界は錬金術により創造した伝説級レベル5の魔術道具により、張られたもの。上部から跳躍して入れば呪いを受けるが、僕にはLV11以下の武具・魔術道具によるあらゆる攻撃・状態異常を無効化する【アイギスの盾】があり、効果などない。
 跳躍し、上部の穴から明神高校への敷地へ入る。この僕の侵入が学校側に知られれば停学処分くらい待っている。

(僕は何をやってるんだ!)
 
 自分に対する馬鹿さ加減には心底嫌気がさす 。悪態を付きながらも、体育館裏に疾走する。
 

 木々を掻き分けて、木々が作る空間へと足を踏み入れると、そこには一筋の月明かりに照らされ、雨で頭からびしょ濡れの状態で立ち尽くす聖女がいた。
 聖女――倖月朱花は僕を見ると心の底から嬉しそうに微笑んでくる。

「お前、阿呆か!」

 悪夢から目覚めたようにほっとする反面、体中に形容しがたい憤りが生じ激昂していた。 
 六時間だぞ? 普通、一時間経てば諦めて帰るだろう。もし僕がこの場に訪れなかったらどうするつもりだったんだ?
 それに朱花の顔色――。
 朱花に近づき、彼女の額に右手の掌を当てる。案の定、すごい熱だ。

「すごい熱だぞ!」

 遂に立っていられなくなり、地面に倒れ込もうとした朱花を抱きかかえる。

「恭弥……貴方に話さなければ――」

「馬鹿! そんなの後回しだ!」

 朱花を両腕で抱きかかえると、そこで朱花の身体の力は失われた。意識を失ったのだろう。

(くそ! くそ! くそぉぉ!!)

  泣きたくなるほどの焦燥と今の今まで気付けなかった己に対する非難で頭がぐちゃぐちゃになる。
 まずは雨のしのげる場所で朱花にHP回復薬ポーションを飲ませる。少なからず、倖月家に僕の情報を与えることになるが、それでも朱花が死ぬよりかははるかにいい。
 朱花を抱きかかえたまま、校舎に向けて疾駆する。

 木々を掻き分けると、数人の人間が僕の前に立ちふさがる。
 その中心にいる人物には僕もよく知っていた。
 ――倖月阿雲こうづきあぐも、竜弦の懐刀だ。

「恭弥殿、朱花様は私達がお預かりいたします」

 朱花を渡す? 冗談じゃない。倖月家は信用できない。特に朱花を僕ら魔術師の危険な世界に引き入れた外道共なら猶更だ。

「断る」

 僕の言葉に周囲の倖月家の兵隊が殺気立ち、一斉に僕に魔銃の銃口を向けてくる。
 僕とやるか? ならやってやるさ。とことんまでな!

「朱花様は朝から風邪気味でした。見たところ、かなり悪化したようですが、命にかかわるような類のものではありません」

 阿雲が右手を肩付近まで上げ、静かに諭すような口調で僕に言葉を投げかける。倖月家の兵隊達は阿雲に一礼すると、銃口を僕から外す。

「……」

 確かに、朱花のHPは40%近くある。よほど気が動転していたのか、解析というそんな当たり前の行為すら失念していたらしい。

「朱花様の帰りが遅いので迎えに来たわけですが、お手間をおかけしたようですな」

 朱花の命に問題がないと知り、ようやく頭に上った血が下りて来た。
 確かにいくら朱花が僕ら魔術師の世界に足を突っ込んでいたとしても、竜弦の朱花と瑠璃の溺愛ぶりは周知の事実だ。朱花を犠牲にするなら、倖月家全体の未来を対価とするような重大案件となるだろう。風邪をひいただけで見殺しにすることは万が一にもあるまい。仮に、そのつもりならこうして倖月阿雲こうづきあぐもがこの場にいることもないだろうし。
 そもそも僕は朱花を治療した後、どうするつもりだったんだ? 仮に朱花を一時的はといえ連れ去ったら確実に倖月家と戦争となる。僕の【輪廻魂喰サンスクリットソウルイーター】はまだ研究段階。今、竜華とガチンコでぶつかれば敗北の可能性も決して低くはない。ギルドメンバーにも多くの死者がでるだろう。そんな危険を冒せるはずもない。
 朱花を倖月阿雲こうづきあぐもに渡すと、一瞥すらもせずに無言で校門へ足を運ぶ。


 校門は開いており、倖月家の兵隊も僕を空気のように扱っており、包囲されたり、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせかけるといったことはなかった。
 倖月阿雲こうづきあぐもの指示だろうが、正直助かった。今の僕は今日色々あり過ぎて精神的に限界が来ている。小競り合いになったら少々面倒なことになっていたかもしれない。


 それから終電の電車に乗り、屋敷へと帰宅する。
 もう正真正銘僕の精神は限界だった。バスタオルで体を拭き、寝間着に着替えると、ベッドにダイブし意識を手放した。





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