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第2章 地球活動編

第77話 怪物誕生 ブライ

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 《ブライ》はこの世界に化け物等の超常的存在がいるとは信じていない。
 ここでいう化け物とは五界の住人などでは断じてない。奴らは五界という世界に生きる列記とした生物だ。
 では魔族共が召喚、使役する魔物は? 姿形は大層なものだが、魔物も所詮、地獄界に生息する一生物に過ぎない。
 なら《神》は? 今の学説では《神》も超高位の五界の住人が人間と同化し神格を得た姿とされている。断じて超常的存在などではない。
 理不尽の代名詞たる13覇王ジャガーノートすらも、神格を得た五界の住人の中でも強力な生物と定義できる。
 ほら、怪物などこの地球にはどこにもいやしないだろう? 怪物等の超常的存在はいつの世も未知の恐怖から始まった。五界の存在を知らぬ一昔前の人類には、彼らこそが神や怪物に見えたのだ。
 そう確信してから、《ブライ》の人生から色が消えた。
 無理もない。両親が一般人に過ぎない《ブライ》が魔道の世界に魅入られた一番の理由は未知の存在の可能性にあったのだから。
 全のトリックがわかっている推理小説程興ざめなものはない。あれほど神秘に満ちて輝いていた世界はその時から《ブライ》にとってつまらないガラクタ同然となる。
 そうは言ってもこの世界は《ブライ》の生きる唯一の場所。つまらないと言っても死ぬわけにもいかない。だから魔術審議会に所属し、枯れ果てたはずの探求心を満足されるものを探そうとした。
探求心は満足しない反面、《ブライ》の戦闘技術はメキメキと上がって行く。他の同化者を押しのけて瞬く間の内に世界でもトップクラスの魔術師へと駆け上がって行く。 
 《ブライ》にとって戦闘とは自身探求心を満たすための手段であり、それ自体に意味はない。
 《殲滅戦域》の報酬は桁が違う。既に一生暮らしていくのに十分すぎる程の報酬を手に入れる事ができた。元々、探求心以外の物欲自体が皆無な《ブライ》は戦闘すらも興味を失っていく。
 そんなある日、魔術審議会日本東京支部支部長室まで伏見左京ふしみさきょうに呼び出され、女の捜査官の護衛を頼まれる。
 伏見左京ふしみさきょうには度々、新たな遺跡が発見される度に調査チームに入れてもらうなどの便宜を図ってもらっている。断る理由などなく、引き受けることにした。
 
               ◆
               ◆
               ◆

 海底都市。そこがこの度の戦場の名だ。
 《ブライ》の使命はあくまで女捜査官――藤原千鶴ふじわらちずるの護衛だ。
 確かに、《殲滅戦域》が4人も出動して吸血種達に敗北することは考えづらいが零ではない。最悪、全滅したとしても藤原千鶴ふじわらちずるさえ生還させれば《ブライ》の任務は完了する。
 
 任務には予想もしなかった異常事態がつきものだ。本任務もそれに漏れなかった。
 吸血種の強さは《ブライ》達が想定していたものとは別次元のものだった。
 エムプサ、モルモーとかいう未熟な吸血種は兎も角、《ブライ》と互角の戦いを演じた将軍ジェネラルや《ブライ》の右腕をもぎ取った白髪の吸血種ジャジャは強さの器が違った。
 特にジャジャは倒すことはおろか、藤原千鶴ふじわらちずるを逃がせるかさえ怪しい。いわゆる絶体絶命というやつだ。
 しかし、ブライと互角の戦いを演じた将軍ジェネラルは審議会が送り込んだ新たな《ライト》という名の《殲滅戦域》のエージェントによりなすすべもなく無力化される。
 《ブライ》は自身の強さを過信などしない。現に自身より強者など履いて捨てる程いる。それは序列100位内に入って特に強く感じるようになったこと。
 魔術審議会が認定する世界序列にはある落とし穴がある。そもそも、ナンバーズゲームを経なければ力があっても世界序列の上位には食い込まないことだ。魔術師は本来秘密主義の塊。現在は最新の魔術研究には他者の協力が必要なこともあり、その傾向は弱まりつつあるが、それでも富と名誉などに興味すらない者などざらにいる。その者達は世界に知られず自身の向かう魔術真理と己の強さの向上に日々練磨している。
 確かに、《ライト》がパーティー会場内の戦闘跡を根こそぎ消失させたことは多少、目を見張ったのも事実だが、それだけだ。
 弱者が強者に食われるのは絶対的なルール。より強力な力を持つものが勝利する。故にジャジャや《ライト》が《ブライ》よりも力をもっていたこと自体にさほどの意外性などない。
 そう単純に考えてしまっていた。


「僕は忠告した! せいぜい気を引き締めるんだな!」

 《ライト》は暫く俯き視線を床に落とす。

「吸血種、お前の負けだ」

 ぞっとする感情の籠っていない声。
 そして《ライト》は顔を上げる。――。

「っ~~~~!!!!!」

 その瞬間、身体中の血液が氷結する程の悪寒が走る。それは大蛇に雁字搦めに拘束され頭から今にも齧り付かれそうな心境ともいえばよいのだろうか。
 《ライト》の全身から赤黒色のオーラが決壊したダムのように濁流となって大量に放出される。そして禍々しい濃密なオーラは身体の中心に集まり球状の渦を巻き、その身体の末端へ侵食していく。
 ――両肩・上腕・前腕・指先へ。
 ――両方の大退部・両脚の爪先へ。
 ――両眼、髪の毛へ。
 赤と黒のオーラは超高度に凝集・圧縮され混じり合い、薄い衣を形成していく。
 マスクから覗く瞳は血のような赤と闇色に染め上げられる。
 それは時間としては僅かコンマ数秒にすぎまい。この世界に一匹の怪物が誕生していた。

(左京っ!! お前、一体何と契約した!!?)

 怪物を一目見ただけで吸血種の兵士達は悲鳴を上げる間もなく、意識を手放してしまう。
これは臆病などが理由では断じてない。《ブライ》でさえもあの怪物の姿を認識しただけで、奥歯が煩いくらいガチガチなり、激しい吐き気により酸っぱいものが喉元までせりあがって来るのだ。あんな悍ましいものを意識的に視界に入れていたら通常の精神は耐えられない。心は確実に壊れてしまう。
 
「し、指揮官……殿?」

 左京から藤原千鶴ふじわらちずるは魔術については天賦の才があるが戦闘においては素人と聞いている。その素人の彼女があの怪物を視界に入れて無事でいる保障はない。
 背後にいる藤原千鶴ふじわらちずるを振り返るが、彼女は怪物へ視線を向けてはいたが特段怯えている様子はなかった。
 怪物のいかれた姿を見て、モルモーは遂に恐怖で安眠し、《崩壊王子》も捨てられた子犬のように蹲ってガタガタ震えている。彼女が平然としている理由がわからない。

「ブライ、どうしました? 顔が真っ青ですよ! 大丈夫ですか?」

「指揮官殿は……あれを見て何ともないのか?」

「はい? 《ライト》が纏ったあの衣のことですか?」

 キョトンと小首を傾げる藤原千鶴ふじわらちずる
 この認識の誤謬は何だ? 
 藤原千鶴ふじわらちずるよりも幾多もの修羅場をくぐってきている《ブライ》達でさえこの様なのだ。なぜ千鶴ちずるは無事でいられる?

「お前、誰だ?」

 常に余裕のあったジャジャの顔には不安な感情が渦巻き、その目には僅かに怯えに似た色がある。

「…………」

 怪物は答えない。ただ拳をミシリッと握り締める音が鼓膜を刺激する。
 次の瞬間、《怪物ライト》は《ジャジャ》の眼前にいた。ジャジャにピクリとの反応も許さず、豪風を巻き起こしながらもその鳩尾に右拳を叩きつける。
 ドウンッという爆音共にジャジャの身体は数メートル浮き上がる。いつの間に移動したのか、天井付近へ移動した《怪物ライト》は身体が空中でクの字に折曲がるジャジャの後頭部に右踵を振り下ろす。鉄槌のごとくビュッと空気を切り裂き降下した《怪物ライト》の右踵はジャジャに衝突する。
 ゴシャリと骨を砕く音。ジャジャは顔面から地面に弾丸のような速度で着弾する。

 ドゴォォッ!!!

 床が陥没し、ジャジャの衝突の際に生じた衝撃派がパーティー会場内を吹き荒れる。
 ジャジャの後頭部は大きく陥没していた。
 《怪物ライト》は追撃をせずにジャジャから距離をとる。
 瞬きをする間もなく、ジャジャの陥没したはずの頭部は時間を巻き戻したかのように回復する。

「たっく! 用心深い野郎だ! 近づいたらミンチにしてやろうと思ったのによぉ!」

 ジャジャが首を右手でコキリッと動かし立ち上がる。その目からは怯えが消失し、代わりに絶対的な自信が読みとめる。今の《怪物ライト》の攻撃で滅びない確証でも得たのだろう。
 それにしてもあの回復力。いくら何でも速すぎる。あれはもはや回復というよりは時の巻き戻しに近い。
 文献では伝説の吸血種――吸血神祖ゴッドアンセスターはいかなる傷も数秒で回復する程の治癒力を持つと記載されている。
 審議会は仮に吸血神祖ゴッドアンセスターが世界に出現した場合、その討伐には世界序列の75位以内の数人の力をもってなさなければならないと結論づけている。
 そうでもなければ吸血神祖ゴッドアンセスターを殺し尽くせる程の力は得られないからだ。
 奴が吸血神祖ゴッドアンセスターならもはや審議会全体で討伐すべき案件だ。あの《怪物ライト》でも殺し尽くせないならば一人ではどうしようもあるまい。

「…………」

 やはり、《怪物ライト》は答えない。ただジャジャを眺めるだけ。
 ようやっと《ブライ》も《怪物ライト》の吐き気がする程の禍々しいオーラに慣れてきた。というより、精神が耐えられず一時的に麻痺しただけかもしれないが……。
 兎も角、いつもの観察し分析をする余裕は生まれている。

「だがよ。お前の力はもうわかった。
 お前に勝ち目などねぇよ!!」

 叫び声を上げつつ、ジャジャは《怪物ライト》に向けて疾走する。
 ジャジャの速さはまさに神速。《怪物ライト》を物言わぬ屍とせんと一筋の白色の光の帯と化す。
 《ブライ》が視認すらしえない程の速度だ。いかに《怪物ライト》でも避けられまい。傷の一つを負ってしかるべきだ。
 しかし、そんな《ブライ》の予想は見事に裏切られる。
 ジャジャの右拳が《怪物ライト》に到達する刹那、その身体は細切れの肉片まで分解される。
 バシャッと大量の赤いペンキが入ったバケツをひっくり返したように血肉がまき散らされる。
 いつの間にか、《怪物ライト》の右手には透明な一振りの紅の長剣が握られていた。
 
 先刻と同様、ジャジャの細切れとなった身体は十数秒で癒える。

「かはっ!!」

 息を吹き返したジャジャが床に四つん這いとなり咽ている。吸血神祖ゴッドアンセスターでも細切れの肉片までなれば死を免れない。魂から体を再生した反動だろう。

「お、お前――」

 愚者ジャジャはもはや言葉を最後まで紡ぐことすら許されてはいない。
 ジャジャの身体が揺らぐと、幾多の赤黒色の光の帯がパーティー会場内を走り抜ける。
 床には一瞬で物言わぬ肉の塊と化したジャジャ。そして、その足元で冷たい視線を向ける《怪物ライト》。
  やはりジャジャの傷は十秒そこらで癒える。

「うあ……」

 地面に這いつくばりながら恐る恐る顔を上げ《怪物ライト》を見上げ小さな悲鳴を上げるジャジャ。
 その石化したかのような青く強張った表情から察するに、《怪物ライト》の意図を理解したのかもしれない。

(ば、化け物めっ!! 何ちゅう悍ましい事を考えやがる!!)

 《ブライ》にも、いや、この戦闘を見ている誰もが《怪物ライト》のやろうとしている事を明確に予想している。
 確かにジャジャは不死身だ。数秒で傷など言えてしまうし、十数秒で死からすらも蘇る。だが、ここで少し視点を変えてみよう。それは逆に言えば決して死ねないということだ。
 実力が均衡していれば意味のある不死性も、蟻と像以上の圧倒的な力の差がある場合にはただの枷でしかない。
 そう、《怪物ライト》の目的は――。

               ◆
               ◆
               ◆


 約25分後、そこには部屋の片隅で膝を抱えて蹲り震える白髪の吸血種がいた。
 《怪物ライト》が幾度目かの死を与えんとすべく紅剣を手にゆっくりと近づいていく。

「そこまでです!!」

 藤原千鶴ふじわらちずるがジャジャを庇うかのように《怪物ライト》の前に割って入る。
 物怖じする小鹿のような表情でカタカタと身を震わすジャジャから、もはや戦意など完璧に喪失していることが伺われる。藤原千鶴ふじわらちずるを人質など取ろうとすら考えないだろう。
 しかし、無駄だ。この怪物がそんな慈悲を受け入れるとは思えない。
 吸血神祖ゴッドアンセスタークラスが精神生命体である以上、精神が消滅するときが真なる滅び。それまで幾多の死とたっぷりの苦痛と絶望を味わい尽くすことになる。それは実際に面と向かっているジャジャ本人が最もよく理解していることだ。

 案の定、藤原千鶴ふじわらちずるの脇を瞬時にすり抜け、ジャジャの胸部に紅剣を深々と突き刺す《怪物ライト》。

「ぐふっ!!」

 体中をのたうち回る激痛に苦悶で顔を歪めるジャジャ。

「っ!!? 
 これ以上はただのリンチです! 戦意失ったものに対する追撃は刑魔法109条により禁止されています! 直ちに攻撃を止めなさい!!!」

「…………」

 すぐ脇にいる藤原千鶴ふじわらちずるの言葉が聞こえているのかいないのか、《怪物ライト》は無言で紅剣を引き抜くと剣を上段に振りかぶる。

「止めるんです!!」

 ゆっくり振り下ろされる《怪物ライト》の紅剣はジャジャに到達することはなく寸前でピタリと停止する。
 別に《怪物ライト》が慈悲に目覚めたわけではない。ただ藤原千鶴ふじわらちずるがジャジャの小柄な身体に覆いかぶさっていたからだ。

 同時に黒いストライプスーツを着用した仮面の男が出現し、《怪物ライト》に右腕を胸に当てつつも首を垂れていた。
 この男も凄まじく強い。《ブライ》では指一本触れる事すら叶うまい。
何より存在感が《怪物ライト》と酷似している。
 
「マスター、勝敗は決しました。
 どうぞ、お気持ちをお静めください」

「…………了解だ」

 《怪物ライト》の纏う紅の衣と嘔吐をしそうなほどの悍ましい威圧感が跡形もなく消失し、目と髪の色が元に戻る。
 《ライト》は首を数回振ると、オールバックの黒いストライプスーツの男に眼球だけを動かし口を開く。

「白毛の吸血種共を全て捕縛しろ」

「待ってください!! 彼らは事件の重要な容疑者及び参考人です。《殲滅戦域》の一エージェントに捕縛の権限はないはず。彼らの身柄は私達審議会が預かります」

「あぁ? 君が? 何勝手を言いやがる。此奴らは僕の禁忌に悉く触れた。僕が処理させてもらう」

 先刻までの途轍もないプレッシャーはなくなったが、その代わり藤原千鶴ふじわらちずるに向ける二つの瞳には凄まじい憤怒が籠っていた。

「勝手なことを言っているのは貴方の方です。今の世で私的な復讐など認められておりません。しかも貴方の禁忌に触れる? そんな理由で他者に無用な苦痛を与える権利が貴方にあると思っているのですか?」

「あんたら審議会の犬がそれをいうか!? 
 あんたらも散々、敵となった吸血種を殺しまくっただろうが!!?」

「そうです。ですがそれは被害者の保護に必要だったから。被害者は無事保護されました。
 しかも敵は全て戦意すら失っています。これ以上の無用な殺戮や拷問などこの吸血種達と同レベル。いえそれにも悖る行為です」

「君は――」
 
 額に太い青筋を張った《ライト》の言葉を黒いストライプスーツの男が遮る。

「マスター、この場の事後処理は全て私がいたします。マスターも向こうの状況をお気になされているのではありませんか?」

 《ライト》は暫し天井に視線を向け、肺に溜まった息を吐き出すと、煙のように部屋から姿を消す。
 
 藤原千鶴ふじわらちずるはジャジャから離れると拘束系の魔術道具と令状を腰のバックから取り出す。

「白髪の吸血種。連続集団拉致事件及び殺人罪の容疑で捕縛します。
 他の者達も同様です。捕縛後の人権は刑魔法に基づき保障されます。
 それでよろしいですね?」

「ええ、私共はそれで構いませんよ」

 黒いストライプスーツの男が即答し、白髪の吸血種――ジャジャも幼子のように涙を流しながらも何度も頷いた。
 こうして《ブライ》にとって一つの事件が終わる。
 しかし、これは物語の序幕に過ぎない。なぜなら《ブライ》は正真正銘の怪物と出会ってしまったから。
 この日、世界は《ブライ》にとって既知のつまらないものから未知の探求心くすぐるものへと変貌したのである。

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 お読みいただきありがとうございます。
 あと2話で海底都市編が終了です。次は組織戦!! どちからというと次の組織編が1章のメインでして、海底都市編はもっとコンパクトに仕上げるつもりなのがかなりやり過ぎてしまいました。ご容赦ください。
 
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