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第2章 地球活動編
第59話 殲滅潜入(1) 藤原千鶴
しおりを挟む2082年9月8日(火曜日) 午前1時30分
横浜港羽黒ふ頭A-5
2070年、海底に豊富にある天然ガス等から莫大なエネルギーを産み出す魔道技術が開発され、横浜港付近に大規模な海底都市計画が持ち上がる。
この大規模計画に大手の不動産業者、観光業者が次々に名乗りを上げ、開発は勧められる。
しかし、この21世紀、世界が注目したこの開発は途中で呆気なく頓挫した。
頓挫の理由は複数存在する。
この計画を主導した時の内閣が倖月家、京都三家のいずれでもなかったこと。さらにこの画期的な魔道エネルギー変換技術を開発した企業が名もない中小企業であることも一因であろう。
いずれにせよ、この政府主導で為された大規模な開発計画は作業員が軽傷を負った事故により実に呆気なく中止にまで追い込まれてしまう。
安全技術に重大な欠陥がある。これが公式上の説明だが、そんな事が全くの出鱈目であることなど少し考えれば幼児でも推測が付く。
この事件の直後、この中小企業は取引先の企業や銀行から一斉引き上げに会い倒産し、その会社は安価で倖月グループに買収されたのだから。
そして海底都市は約12年間、海底で深い眠りにつくことになったわけだ。
資料では闇帝国はこの無人の海底都市を占拠し、東京で拉致した被害者を監禁しているらしい。
千鶴達捜査官はこの死んだ港――横浜港羽黒ふ頭の無人のコンテナの陰で待機している。
作戦決行は9月8日(火曜日)午前1時30分であり、あと2分程で時間となる。
コンテナから身を僅かに乗り出すと500mほど先の港湾に海底都市の入り口であるガラス張りのドーナツ型の巨大建物が見える。
(あれが海底都市……)
夜の吸い込まれそうな真っ黒の海に鎮座する巨大な建造物は無性に心の表面を粟立たせる。
もっともこの不安もただの杞憂に過ぎないことは周囲にいる本作戦を遂行すべく待機するエージェントを見れば一目瞭然だ。
百人を超える魔術審議会《第一級魔道特殊急襲部隊――MSAT》のエージェント。彼らはテロの排除等の任務を負う審議会の中でも超がつくエリート部隊。
さらに《殲滅戦域》から4人。この面子だけで一都市なら壊滅し尽すことも可能だろう。
止めにその中にいるのは――。
千鶴は傍で佇む2人の人物へと視線を向ける。
一人は色黒でやけに唇がぶ厚い20代前半の男性。黒いニット帽に白と青を基調とするジャージを着用している。だぶだぶのズボンのポケットに手を突っ込みつつも大きな欠伸をするさまを見るととても強そうには見えない。というより、この姿からは闇帝国に攻め込むという自覚は微塵も感じられない。とても審議会でも有数のバトルマニア――《狂王》とは思えない。
《狂王》の隣で冷たいコンテナの壁に腕を組みつつももたれ掛かっている長い黒髪の男性が《ブライ》。黒い上下のスーツに黒色のハットを被り、瞼を固く閉じている。当初、精神統一でもしているのかと思ったが、よく観察 してみると爆睡しているようだ。千鶴には戦場の目の前で眠る神経がわからない。
兎も角、伏見支部長は本気だ。そしておそらく今回の事件は審議会の上層部の意向でもある。
闇帝国も誰を拉致したのか知らないが、完璧に《藪をつついて蛇を出す》状態だ。本事件に絡んだ闇帝国の吸血種などおそらく塵も残さず屠られるだろう。
今回のミッションは《殲滅戦域》と《MSAT》が動員されている。故に原則捕縛の必要性はない。つまりこれから始まるのは唯の殲滅。
人間を家畜としか見ていない闇帝国に同情はしない。所詮吸血種と人間は水と油。決して交わることはない。そう。これは人間と吸血種との命と意地をかけた闘いなのだ。
腕時計を見ると時刻は午前1時29分50秒を示している。
あと10秒で決行だ。
「時間だ」
時計の針が午前1時30分を示すと《ブライ》が黒色の帽子を深くかぶり直す。この《ブライ》の言葉を契機に《殲滅戦域》の他の3人の様相は一変する。
――大気中に無数の黒色の球状の物体を浮かべるもの。
――全身がドロリと溶けて床にしみ込むもの。
彼らの変化は一言で表せば人畜無害な草食動物から腹を空かせた獰猛な肉食動物!
中でももっとも激烈な変化をしたのは《狂王》だった。今までのやる気のない姿は鳴りを潜め、顔一面に薄気味の悪い笑みを浮かべつつも全身からまるで陽炎のように濃密な魔力を漲らせている。
瞬時に変貌した爆発しそうな戦場の空気に全捜査官達が生唾をゴクリッと飲み込む。
あとは現場指揮官たる千鶴の一声で蹂躙が勃発する。
「2082年9月8日(火曜日)午前1時30分。これよりテロリスト共の殲滅を開始する」
千鶴の静かな声が海の香りのする闇夜に染みわたり、魔術審議会と闇帝国との戦争が開始される。
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