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第5話 冒険者

冒険者組合第一館は西地区と北地区の境目近くにあった。
建物の周囲には多数の屋台が立ち並び、威勢のいいセールストークが飛び交っていることから、公共施設というよりは商業施設という方がぴったりくる。屈強な冒険者達が絶えず出入りしていることでかろうじて、冒険者達を統括する組織があることがわかる。
第一館は小学校の校舎ほどもある屋敷であり、柱に刻まれた装飾などから、この世界の中ではかなり絢爛けんらんな造りをしていることが窺われた。
建物に入ると、人が多いせいか熱気が立ち込め、外より温度が五度は高いような気がする。右側には巨大な掲示板、左側には休憩所があり、それぞれで複数の冒険者が集まって話をしていた。
受付は正面で、列の最後尾に並んでいると程なく僕の番となる。
「ようこそ、冒険者組合へ。この度、お話を聞かせていただきますシュリ・ライアーです。どうぞよろしく」
メガネをかけた黒髪、ショートカットの可愛かわいらしいお姉さんが、まぶしい笑顔で僕に自己紹介をしてくれた。城門前の兵士から受けた粗雑な扱いとは正反対の礼儀正しさにいささかショックを受けていると、お姉さんは話を続ける。
「今日はどのようなご用でしょうか?」
「冒険者の登録に来ました」
シュリさんは一瞬僕の全身に視線を向けるが、すぐに笑顔で僕の目を見つめつつ、説明を始めた。
「では冒険者カードを作製しますので、名前、年齢、性別、職業ジョブ、ギルドに所属する場合にはギルド名をお教えください」
職業ジョブ? ギルド名? 意味不明な言葉が二つも出てきた。職業ジョブはゲームなら戦士、魔法使い、僧侶などだけど、この世界はとんでもなくゲームチックだからおそらくこの理解でいいと思う。
しかし、未熟といえど僕も魔術師。できる限り目立たず、自己の情報は秘匿ひとくすべきだ。職業ジョブは戦士にでもしておこう。ギルドについては全く意味不明だから、これは聞くしかない。
「名前はキョウヤ・クスノキ、年齢は一六歳、性別男、職業ジョブは戦士。ギルドについてはまだそのシステムがよくわからず決めかねているので、よければ詳しく教えていただけますか?」
これならそう不審がられることもないだろう。
「はい。承りました」
シュリさんも疑問に思っていない様子。ひとまずは成功と考えてよい。
「では、初めに冒険者組合の組織について説明いたします。御存知かとも思いますが、冒険者組合は冒険者の育成と管理、また魔物モンスターや災害発生時の冒険者の招集と指揮を任務とする組織であり、冒険者一人ひとりに直接対応するのが原則です。とはいえ冒険者の数はあまりに膨大ぼうだいなため、対応が行き届かない可能性があります。そこで冒険者と冒険者組合をつなぐ中間的な組織として、冒険者ギルドが存在するわけです。もちろん強制ではありませんが、様々な特典が得られますので、冒険者はいずれかのギルドに所属するのが通常です」
なるほどね……僕は絶対に既存のギルドには加入しないと決めた。
今のシュリさんの話から察するに、ギルドとは冒険者組合に代わって所属冒険者の管理や教育を請け負う組織。つまりギルドに所属する限り、一定の統制を受けることになる。元々僕の最終目標は、誰からも支配されない生活の構築。異世界に来てまで他者から管理されるなど真っ平御免だ。
だけど、ギルドの加入自体にメリットがある点は考慮しておくべきだろう。
「話の腰を折ってすみません。そのメリットとは?」
「いえ、不明な点があればいつでもご質問ください。ギルド加入のメリットですが、それは次の冒険者の権利と義務に直接関わるので、その際に一緒にご説明いたします」
「お願いします」
シュリさんは軽く頷くと話を再開する。
「冒険者の権利は、冒険者組合が管理する遺跡や迷宮などの施設への立ち入り権、クエスト受領権、ランク取得権、紅石・素材売却権から成ります。まず、話の前提となるランク取得権からご説明いたします。冒険者のランクはIからSSSまで存在し、どれほど力がある人でも最初はIランクからのスタートとなります。基本、ランクアップは週に一度開かれている試験の合格をもってなされます。この冒険者ランクは、入れる施設や個人ないしギルドで受けられるクエストの難易度などと密接に関係しますので、できる限り早くランクを上げることをお勧めします」
僕がこの世界を訪れているのは、観光などではなく力を獲得するためだ。僕の転移は一日二回までしか使えないから、この世界の貨幣があればここグラムを拠点として活動できる。とはいえ、クエストを受けてまで金銭を得る必要性は感じない。僕の予想では、より効率的な金銭の獲得手段があるはずだ。
一方、強力な魔物モンスターとの命懸けの戦闘は、今の僕が一番欲することだ。この観点から、冒険者ランクと「入れる施設」との関連性については是非頭に入れておきたい。
「『入れる施設』とは?」
「そうですね、では次に冒険者組合が管理する施設への立ち入り権についてご説明しましょう。冒険者組合が管理する施設への立ち入りは冒険者の権利ではありますが、全ての冒険者に認められるわけではありません。最も身近な例として、このグラムの周辺に位置する三つのダンジョンが挙げられます。まず、東の《終焉の迷宮》はギルドへの加入が、北の《死者の都》は冒険者ランクがF以上かつFランク以上のギルドへの加入が立ち入りの条件です。そして南に位置する《裁きバベルの塔》に入るには、当人の冒険者ランクがB以上かつBランク以上のギルドに加入していることが必要です。このような条件は、冒険者個人の保護と施設内での二次遭難防止の観点から定められました。これらの施設は魔物モンスターが強力で、なおかつ設置されているトラップも凶悪なものが多いため、ギルドによるチームでの攻略を強制したというわけです」
条件から察するに、難易度が高い順から《裁きバベルの塔》《死者の都》《終焉の迷宮》となると見た。それにしても参った。ギルドに加入しなければ、最も難易度が低いと予想される《終焉の迷宮》にすら入れない。だが既存のギルドへの加入は、情報のない今の状況では愚策だ。他の方法を見つけるヒントを得るためにも、より多くの正確な情報を得る必要がある。
シュリさんはさらに説明を続ける。
「次はクエスト受領権についてですが、あちらにある二種類の掲示板をご覧ください」
この世界での生活が長くなれば、しがらみも増えるだろう。今後、クエストを受ける必要も出てくるかもしれない。この際だ。しっかりと聞いておくことにする。
シュリさんが手を向けた方に視線を向けると、確かに赤色と青色の二種類の掲示板があった。青色の掲示板は赤色の数倍の大きさがある。
「あの赤色の掲示板が、ギルドに所属していない冒険者のための掲示板です。掲示板の小ささを見ていただければわかります通り、クエストの数が圧倒的に少ないです。しかも、自己の冒険者ランク以下のクエストにしか参加できません。それに対し青い掲示板はクエストの数も多く、ギルドの名で引き受けるため、ギルドランク次第で冒険者ランクが低い冒険者も参加できる可能性があります。もっとも《裁きバベルの塔》や《死者の都》内に入らなければ達成不可能なクエストの場合には冒険者ランクの規定もありますので、やはり冒険者ランクはなるべく上げることをお勧めします」
ギルドに加入しないと、受けられるクエストが著しく制限される。さらにいくつかのダンジョンに入ることすらできない。ここまでギルドが厚遇されるシステムでは、通常ならギルドに所属しないという選択肢は思い描けまい。
ダメだ。まだまだ情報が不足している。話の続きを聞こう。
「次がギルドランクの説明です。これは冒険者ランクとは全く別ものとお考えください。ギルドランクにも、IからSSSまでがあります。各ギルドがランクアップの請求をすると、冒険者組合が一定難易度以上のクエストの達成具合、構成メンバーの冒険者ランクなどを総合考慮して、その可否を決定します。また、毎年一度開かれるギルド大会に出場して上位入賞を果たしても、ギルドランクは上昇します。ギルドランクについてはまだまだお話しすべきことがありますが、それは実際にギルドに加入なされるときにさせていただきます」
僕が腕を組んで考え込み出したためか、シュリさんは躊躇ためらいがちに尋ねてくる。
「ここまでで何かご不明な点はありますでしょうか?」
「いえ、大変わかり易かったですよ」
「それはよかったです」
シュリさんはほっとため息をつく。何とも感情豊かな人のようだ。
実は、大分前から気になっていたことがあった。この際に聞いてみよう。
「ところで、この石は換金とかできますか?」
あらかじめポケットに入れていた【紅石】を、受付カウンターの上にコトリと載せる。
シュリさんは石を手に取ると、愛嬌のある笑みを浮かべつつも説明を開始する。
「【紅石】ですね。丁度、最後の権利である【紅石】と素材の売却権について、お話ししようと思っていたところです。冒険者は組合の受付に【紅石】や素材を持ってくれば、相当額で売ることができます。【紅石】や素材は特殊な魔法武具や魔法道具の原料ともなるので、手に入れましたら是非、持参していただきたく思います」
よし。どうやら売れるようだ。資金の目途が立った。これで一々地球に転移せずとも、このグラムを拠点として活動を展開できる。
「話を続けてください」
シュリさんはコクリと頷くと、口を開く。
「最後が冒険者の義務についてです。冒険者の義務は、災害時や強力な魔物モンスターが発生した際に生じる、冒険者ランク・ギルドランクに応じたクエストの受任義務だけです。この義務に違反する冒険者やギルドは一定のペナルティーを受けるので、ご注意ください。以上が冒険者の権利・義務についての説明です。ここまでで何かご質問はありますでしょうか?」
内容は大方把握した。
問題はやはり、ギルドに加入していない限り強力な魔物モンスターのいる施設には入れないことだ。僕が強くなるためには、それでは困るんだ。
ならば――
「少し突拍子もないことかもしれませんが、ギルドって新しく作ったりできます?」
シュリさんの顔色に変化は見られない。それほど奇怪な質問ではないようだ。
「いえ、別におかしな質問ではありませんよ。仲間同士でギルドを作ろうとする方も沢山いらっしゃいます。では次に、ギルド新設の条件をご説明いたしますね」
よし! ギルドを自分で作れれば、問題は全てクリアできる。
「お、お願いします!」
僕が身を乗り出すのを見て、シュリさんはクスリと頬を緩めた。
「ギルドを新設するには、三人以上のメンバーの登録と、登録料として一〇〇万ジェリーが必要です」
一〇〇万ジェリーについては、【紅石】を売却できるから時間をかければ十分可能だ。
問題はギルドメンバー三人の登録。
僕のような貧弱な冒険者とギルドを結成してくれる人など、果たしているだろうか。
話を聞く限り、冒険者とは命を懸けて報酬を得る職業。力がなければ富も名声も夢のまた夢だ。僕が相手の立場なら、なるべく頼りがいのある相手と組みたい。つまり、通常の方法では無理。
一つだけ考えがあるが、倫理的な面からあまり気が進まない。しかし、この際致し方ないか……
僕が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、シュリさんは励ますかのように快活に説明を続ける。
「まだ諦めるのは早いです。仲間と力を合わせてコツコツお金を貯めれば、今すぐには無理でもいつかきっとギルドを作ることができますよ」
やはりそうだよな。高い金を払ってまで新ギルドを作ろうとするなら、背中を預け合う仲間が先にいるのが普通だ。一人なら、既存のギルドへ加入した方がよほど楽だろう。

粗方あらかたの話は終わった。あとは【魔双頭鰐】を倒して手に入れた【紅石】一〇〇個が、どれほどの価格で売れるかを確認したい。
僕はリュックを机の上に載せる。無限収納道具箱アイテムボックスのような無茶苦茶な力を持つアイテムは十中八九、この世界でも一般的ではない。冒険者になってもいない僕がそんな魔術道具マジックアイテムを所持していれば怪しいことこの上ないので、街に入る前にリュックに【紅石】を移しておいたのだ。
「僕、すでに魔物モンスターを倒して【紅石】を持っているんですが、換金できます?」
「はい。もちろんできますよ。原則、【紅石】の買い取りは冒険者からしか受け付けませんが、魔物モンスターを討伐した時期は問いません。カードの作製中にでも拝見させていただきます」
そう言ってシュリさんは奥の部屋に姿を消し、代わりにメガネを掛けた白髪の御老人が現れた。
「冒険者になる前に魔物モンスターを倒した物好きはおみゃあかぁ?」
「はい。これがその分の【紅石】です」
リュックをひっくり返し、【紅石】を全部カウンターにぶちまける。その量にびっくりしたように目を見開いた御老人だったが、メガネをクイッと上げると【紅石】を手に取って調べ始めた。そして虫眼鏡むしめがねのようなもので観察していくうち、徐々にその手が震え出し、顔から急速に血の気が引いていく。
「…………ま、【魔双頭鰐】? ば、馬鹿な、Bランク以上の冒険者で構成されたパーティでのぞむべき魔物モンスターじゃぞ! それをこの数じゃと?」
そうひとごとを呟いたきり、以後沈黙してしまう御老人。その姿がよほど珍しいのか、部屋中の視線が僕らに集まる。
「あ、あの~、どうしたんですか?」
僕としては、レベル12程度の雑魚魔物モンスターでこんなオーバーリアクションをする意味がわからない。混乱気味に御老人に説明を求めた。
「そりゃあ、わしのセリフじゃ! この【紅石】をどうやって手に入れた?」
「もちろん、魔物モンスターを倒してですが」
「た、倒し……」
絶句し、再び沈黙してしまう御老人。
多数の冒険者達からの好奇心をたっぷり含んだ視線は、目立ちたくない僕には拷問に近い。早く換金代金を確定してもらって、この場を離れよう。
「それでいくらになりそうです?」
相場がどの程度なのか不明だが、一ジェリーが一円の価値だと仮定すると、【紅石】一個で一〇〇〇ジェリー前後にはなるはず。というよりなってほしい。もし一〇〇ジェリー程度だったら、一〇〇万ジェリーを稼ぐのに途方もない時間がかかってしまう。
「八万ジェリーじゃ」
八万ジェリーというと……一つ八〇〇ジェリーか。所詮はレベル12の雑魚。妥当かもしれない。
もっと強い魔物モンスターがいる穴場を探す必要がある。
「では、それ換金でお願いします」
「…………」
御老人は無言で頷き、【紅石】を専用の箱に入れると奥の部屋へ姿を消す。
数分後、血相を変えたシュリさんが僕の前に現れた。
「キョウヤさん。部長が会いたいと申しているので、少しお時間いただけませんか?」
おいおい焦り過ぎだろう。状況が全く把握できないが、ここでごねて目をつけられるのも馬鹿馬鹿しい。大人しく従うことにしよう。僕が頷くと、シュリさんはほっと胸を撫で下ろした。

案内された先は二階の応接間だった。
豪華な装飾がなされた長方形のテーブルに、純白のクロス。形のよい椅子も備え付けられている。
その椅子の一つに座るように勧められて待つこと五分。ゴリラのような顔の筋肉達磨きんにく だる まのおっさんと、黒いローブを着用して水晶を手に持った骨と皮ばかりの青年が応接間に入ってくる。ゴリラのようなおっさんが僕の正面に、骸骨がいこつのような青年が僕の左隣りに座った。
「俺は冒険者組合管理部部長のロイド・バートラム。このガリガリの奴がジキル・プート。よろしく頼む」
ゴリラのおっさんの言葉に、ジキルさんの眉がピクッと動く。一応外見を気にしているらしい。
「キョウヤ・クスノキです。よろしくお願いします」
ロイドさんは僕を舐めまわすように観察すると、ジキルさんに指示する。
「ジキル、頼む」
「了解。キョウヤ殿、この水晶に右手のてのひらを当ててもらえますかな?」
この水晶は高確率で、魔術的儀式に用いる小道具。魔術師としてこの申し出は断固として拒否したいところだ。
しかし、一応疑問形式の口調ではあるが、相手は有無うむを言わせぬ雰囲気をかもし出している。拒否した方がより面倒なことになるような気がする。
まあ殺されはしまい。いざとなったら自宅に転移すればいいし、ここは乗ることにする。
「こうですか?」
右手の掌で水晶に触れると、一瞬ピリッとしたものの、意識を失ったり激痛が走ったりすることはなかった。
水晶を眺めていたジキルさんだったが、先刻の白髪の御老人同様、顔面蒼白となる。
「レベル26……HP790/790 MP250/800 筋力262 耐久力264 俊敏性263 器用264 魔力265 魔力耐性260……」
ジキルさんの言葉が紡がれるごとに、ロイドさんも顔を引き攣らせていく。
「レ、レベル26? んな、馬鹿な! レベル20を超えてる奴はAランク以上でも限られるぜ。とても新米冒険者の強さじゃねぇぞ」
ちっ! 参ったな。やはりこの水晶、【解析の指輪】のような能力を有する魔術道具マジックアイテムのようだ。他者に力を知られるなど、本来魔術師として大失態だ。
「申し訳ありませんが、話を進めていただきたいです」
僕は若干肩を落としながらも、この不可解な状況の説明を求める。
「すまん!」
ロイドさんが僕に頭を深く下げてくる。
「へ? どういうことです?」
「いやな。ギルドにも未加入の新米冒険者が【魔双頭鰐】の【紅石】を一〇〇個も持ってきたって聞いたんで、てっきりな……」
気まずそうに、頬を人差し指でカリカリと掻くロイドさん。
「ああ! 僕が【紅石】を盗んだと疑われていたわけですか?」
ようやく、彼らの有無を言わさぬ態度や、ジキルさんがまるで僕の横を塞ぐかのように座ったわけがわかった。
「すまん、すまん。マジで悪かった。だがよぉ、新米冒険者が【魔双頭鰐】を、しかも一〇〇匹も倒したって言っても、普通信じねぇだろう?」
「所詮、レベル12の雑魚鰐ですよ。一〇〇匹くらい一日二日あれば楽勝で倒せます」
現にあと五〇匹以上倒したし。ロイドさんは肩をすくめ、大きなため息を吐く。
「レベル26にもなればそうかもしれんがなぁ。普通はそう簡単にいかねぇんだよ。最適な武具と道具、人員、作戦。この三つを揃えて臨むべき魔物モンスターなんだ。ともかく、これでお前の身の潔白は証明された。暫し待て。冒険者カードと共に、【紅石】の換金代金をここに持って来させる」
ジキルさんは水晶を持って部屋から退出し、その数分後、冒険者カードとパンパンに膨れた布袋を持ったシュリさんが姿を現した。
「冒険者カードと、【紅石】の換金代金八〇〇万ジェリーです。お確かめください」
八〇〇万ジェリー? ということは一個で八万ジェリーだったってこと?
冒険者登録した初日にこれだけの大金と換金し得る【紅石】を所持していれば、そりゃあ疑われる。目立ってしまったのは多少マイナス要因ではあるが、いずれにせよ【紅石】を換金しないわけにはいかなかった。これは通過儀礼とでも考えておくべきだ。とにかくこの世界の通貨を得たのは大きい。ギルドの登録料問題も楽勝でクリアだ。
残された問題はギルドメンバーだが、これも気は進まないなりに当てがある。
冒険者カードとやらを手に取ってみると、厚さ一ミリほどの鉄板に名前、年齢、性別、職業ジョブが刻まれていた。ざっと見たところ、この世界は地球の中世と同程度の文明水準であり、鉄板にこれほど精巧に文字を刻む技術があるとは思えない。魔術的な加工を施していると思われる。
こんなところか。時間は無限にあるわけではない。さっさと次の行動に移ろう。
「それでは僕はこれで失礼します」
カードをポケットに入れ、金がパンパンに入った布袋を肩に担ぐ。
「おう。よい冒険を祈ってる!」
「よい冒険を祈っています!」
ロイドさんとシュリさんに一礼し、僕は屋敷を後にした。



第6話 出会い(1)

さて、次は宿屋の確保だ。
僕の転移は一日に二回まで。緊急事態は常に想定し得るんだ。できる限り使用は控えたい。
それに、この世界の物価を知っておきたい。宿屋など衣食住は冒険者にとっての生命線。宿屋の主人によほど商売っ気がない場合でなければ、宿代は相当にとられるはずだ。
城門前で聞いた話では、東区に宿泊施設があったはず。取り敢えずそっちに足を運ぶとしよう。

東区は、商業区の西区とはまた別次元の賑わいを見せていた。
商人達の掛け声がない代わりに、酒盛りをする人達の笑い声、陽気な会話、喧嘩の怒号などが至るところから聞こえてくる。
手頃な食堂に入り、少し遅い昼食を取った後、一か月間の宿泊先を探し始める。
食堂にいた冒険者達に中堅どころの宿屋を尋ねると、いくつか候補を聞き出すことができた。十数件を片っ端から訪れて、値段やサービス内容を聞いていく。
最終的に選んだのは、冒険者達が候補の筆頭に挙げた《宿屋ルージュ》。
建物に入り、受付カウンターへ行くと、髪をおさげにした可愛らしい少女が応対してくれた。
「《宿屋ルージュ》にようこそ。何泊のご予定ですか?」
夏休みが終わり、あの鬱陶しい学園生活が始まるまで、宿泊することにする。
「三十五日の宿泊でお願いします」
冒険者が長期間泊まるのは、別段珍しくないのだろう。少女は淡々と話を進める。
「承りました。一泊一〇〇〇ジェリーですが、長期宿泊ですので二〇%引きとなり、二万八〇〇〇ジェリー頂戴します」
これでこの世界の物価のおおよその予測がつけられる。
《宿屋ルージュ》は複数の冒険者が口を揃えて中堅の宿屋として薦める宿泊施設。日本なら六〇〇〇円から八〇〇〇円くらいの代金を取ると思われる。つまり、一ジェリーはおよそ六円から八円ほどといったところか。
昼食のランチメニューも八〇ジェリーほどであったので、これでほぼ間違いないと思われる。まああくまで予測であって若干ずれはあると思うが、元より僕は商売のプロではない。大まかに予想が立てば十分だ。
袋の中から金貨を三枚取り出してカウンターに載せると、銀貨二枚を返された。ちなみにグラムでは金貨が一万ジェリー、銀貨が一〇〇〇ジェリー、銅貨が一〇〇ジェリーである。
おさげの少女から三一〇号室の鍵を渡され、三階へ行く。
部屋は一〇じょうほどもあり、僕一人が泊まるには贅沢過ぎるくらいだ。窓の木戸を開けると、涼しく心地よい風が吹き込んでくる。
ベッドに仰向けになり、今後の行動について考える。まずは修行場所をどこにするかだ。
ロイドさんの口調からすると、この世界における僕の強さはそれなりだ。迷宮、遺跡、塔などの強力な魔物モンスターが生息する場所で修行をするのがベストだろう。
僕が行きたいのは、この近辺では最も難易度が高いと推察できる《裁きバベルの塔》だが、ここに行くには冒険者ランクB以上の必要があり、まだ無理。同様の理由で《死者の都》も不可能。
ここに来るまでに通ったのが《永遠の森》だが、魔物モンスターのレベルがたかだか10を超える場所まで移動するのに数時間かかるのは、あまりにも非効率的だ。
となると、ギルドへの加入のみで許可が下りる《終焉の迷宮》での修行が望ましい。
新規ギルドの設立は金銭面の問題が解決した以上、残された問題はギルドメンバーを集められるかということのみ。しかし金があれば、これもこの世界ならではの方法で解決し得る。
即ち、奴隷の購入だ。
無論、人を購入することに凄まじい抵抗感があるのは事実だが、僕は魔術師なんだ。
魔術師の宣誓を済ませたときから、自己の強さと真理の探究のためなら、倫理観などどぶに捨てる覚悟はできている。それに、奴隷を購入しても、ギルドへの登録とその継続だけを約束してもらい、少しの金を持たせて解放するつもりだ。買われた側にとっても悪い話ではないだろう。
とにかくこの世界の情報が必要だ。《終焉の迷宮》については特に詳しく知りたい。最悪、今日明日は新規ギルドの登録と情報収集のみに費やしてしまってもよい。
では早速、南地区で奴隷を購入しよう。奴隷からこの世界についての情報を聞いてもいい。

東地区から中央区に出て、さらに南地区に向かう。
南地区に入ってすぐのところから娼館が立ち並び、真昼間にもかかわらず、人でごった返していた。奴隷市場はこの奥だ。
香水の匂いを撒き散らす蠱惑的こわく てきな女性達が、道行く男性達を挑発的に一時の夢の旅へといざなう。僕もどこぞの豪商のバカ息子とでも勘違いされたらしく、背中や腰を丸出しにした裸同然の女性に幾度となく言い寄られた。
去年までならこれで眩暈めまいの一つも覚えていたのだろうが、今の僕は異性にうつつを抜かしている場合ではない。これからの三年間で誓いを果たせなければ、僕と沙耶は文字通り破滅なのだ。
加えて、朱花のおかげで女性に対する幻想が僕の中からすでに完全消滅していることもあり、耳元で甘い声に誘われても豊満な胸を押し付けられても、心臓の高鳴り一つしなかった。
娼館を抜け、奴隷市場へ到達する。ひと際巨大な屋敷に入ると、客席と演壇というオペラ劇場のような作りになっていた。
前方の席について司会者の登場を待つこと数十分。いよいよ奴隷の売買が開始された。
最初に壇上に並べられたのは人間の男女。男は腰みの一枚。女性もやはり、胸当てと腰みのという裸同然の格好だった。
司会者が紹介を始める。
男はやれ力が強い、やれ魔物モンスターの盾にはもってこいだとか。
女性はおしとやかでメイドに使える。男を喜ばすのにも優れている、など。
そんな虫唾むしずが走る話に、僕はいつの間にか血が滲むくらい強く手を握りしめていた。
自ら足を運んでおいて恥ずかしげもなく内心を独白すれば、この場にいる者全てを皆殺しにしたくなっていた。それほどまでに、醜悪しゅうあくだったのだ。
だが精々、最大限この機会を利用すべきだ。そうでもしないと、何より僕の気が収まらない。
奴隷達の解析を開始する。《創造魔術クリエイトマジック》の摂取は黒蜘蛛の体毛でも可能だった。つまり、奴隷達の髪の毛からでもスキルを取得し得ると予想される。どうせなら、特殊スキルを持つ奴隷を購入し、僕の能力向上に役立てようという算段だ。
残念ながら、人間の奴隷には特殊なスキル持ちはいなかった。
次は頭に獣耳、臀部でんぶに尻尾を生やした獣人の男女であったが、彼らも同じ。その後はドワーフとおぼしき男女、竜人ドラゴニュートと思しき男女と続いたが、やはりスキルは保有せず。
碌な所持スキルが見つからず躊躇ためらっていたら、とうとうラストになってしまった。今日を無駄にしたくはない。次はスキルの有無にかかわらず問答無用で購入しよう。

連れてこられたのは、女神のごとき美女だった。
臀部まで伸びるつややかな金色の髪に、神の御業みわざと言っても過言でないほど整った顔。透き通るほど白い肌、ほっそりとした首筋にくびれた腰、短衣服に隠されていても豊かとわかる胸。まさに完成された奇跡の造形美だ。
司会者は紹介を開始した。
「最後は本日の目玉商品。長い耳と美形揃いでお馴染みのエルフの中でも、特にダントツに美しいエルフです。さらに、生娘きむすめで男性の経験はまだありません。こんな掘り出し物には二度と巡り合うことはないでしょう。まずは一〇万ジェリーからです」
会場の至るところから溜息が漏れ、歓声が上がる。
僕も彼女から一時も目を離せなかった。
もっとも、その理由は色欲にまみれた他の客とは異なる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ステータス:【ステラ・ランバート】
★Lv:1
★能力値:HP4/4 MP15/15
     筋力1 耐久力1 俊敏性1 器用1 魔力4 魔力耐性4
★スキル:《加護Lv1(0/5000)》
★魔術:《精霊召喚術》
★EXP:22/500
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《加護》
被加護者は加護者の魔術・スキルが一つだけ使用可能となる。ただし加護を与えられる相手は一
人だけであり、被加護者が魔術・スキルを使用中、加護者は使用できなくなる。
★Lv1:(0/5000)
★ランク:至高スプレマシー
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

僕の《進化》と同ランクのスキル持ち。何としても彼女は確保する。
「七〇万ジェリー」
丸々と太った図体に、カエルのような醜悪な顔を持つ中年のおっさんが手を挙げる。
「お~と、七〇万ジェリーが出ました。どうです? もう一声?」
他に誰も手を挙げようとしない。
金髪のエルフの女性――ステラは、カエルに蹂躙じゅうりんされる自身の薄幸はっこうの未来を想像してか、顔を絶望一色に染め上げる。
「いらっしゃらないようですので、そちらの紳士に――」
「二〇〇万ジェリー」
僕の言葉が会場に反響し、誰もが無言となる。
「え……え~と、坊ちゃん。ホントによろしいので?」
司会者の躊躇ためらいがちの声に、僕は大きく頷く。
司会者は僕が本当に支払えるのか大層疑問らしく、当惑気味に僕とカエル男の様子を窺っている。
日本円にすれば高級外車に手が届くような額を、僕のような貧相な餓鬼に払えると簡単に信じる方がどうかしているか。もし嘘だったら、カエルとの商談を逃したこの司会者は折檻せっかんものだろうし。
「小僧。貴様のような貧乏くさい餓鬼が二〇〇万ジェリーも払えるはずもあるまい。茶々を入れるのはやめてもらおうか!」
カエル男に続き、ポツポツとヤジが飛び始める。内訳は僕への罵倒が半分、期待の言葉が半分だ。
これ以上、下種カエルにかまっているほど暇ではない。隣の席に置いた布袋を持って席を立つ。奴隷購入のため、丁度二〇〇万ジェリーだけ布袋に入れておいたのだ。
僕が逃げると勘違いした観客から怒声を一身に浴びせられるが、無視して壇上の司会者のもとに行き、布袋を渡す。
司会者は布袋の中身を見て一瞬固まるが、流石はプロ。すぐに熱気が籠もった声で司会を続ける。
「確認いたしましたぁ! このお坊ちゃんから二〇〇万ジェリーの声が出ました! 他にお声はありますでしょうか?」
会場からまるで台風のようなドヨメキが巻き起こる。
下種カエルは悔しそうに地団駄じだん だを踏んでいた。これで決まりだろう。
「ないようですので、お坊ちゃんの落札となります」
早く、この薄汚い豚小屋から離脱したい。
やけに対応がよくなった司会者に奥の部屋へ案内され、売買契約書にサインし、奴隷についての簡単な説明を受ける。
なんでも、奴隷達の首には逃亡防止用の首輪が嵌められており、主人が「クローズ 」と唱えると首が締まる仕組みなんだそうだ。逆に「解放フリーイング」と唱えると外れるらしい。宿屋に帰ったら速攻で外そう。

従業員達に王族もかくやという見送られ方をしながらオークション会場を出て、震えながらついてくるステラを道の隅に連れて行き、正面に向き直る。
水着のような姿のままついてこられては注目の的だ。無限収納道具箱アイテムボックスから紺の衣服を取り出し、手渡す。
「これに着替えて」
ステラは目を見開いて、自身の手元にある衣服と僕の顔を何度も交互に眺めたまま、一向に衣服を身に着ける気配がない。どうしたのだろうか。エルフは肌をさらす習慣でもあるとか?
「裸のままでいるのが趣味なら悪いけど、僕と歩くときは服を着て」
僕の言葉に、ステラの頬がみるみる紅潮する。それでも着替えようとはせず、小刻みに震えながら無言で俯くだけ。
「先に断っておくけど、僕は君の体に興味はないし、危害を加えるつもりもない。確かにその服には魔術が編み込まれてるけど、君の身を守る類のものだ。悪いようにはしないから、身に着けて」
僕がこう言うと、少なくともこの衣服を着ても害はないことを感じ取ったのか、ステラは意を決したような面持ちで衣服を着用した。
紺のズボンと紺のジャケットのセット。これも兄さんが残してくれた魔術衣で、かなりの防御力を誇る一品だ。
ステラは自身から溢れる力に戸惑っているようで、体を軽く動かしていた。
そんなステラの姿を、頬を染め恍惚こうこついろどられたひとみで見る通行人達。
ステラには他者を魅了する不思議な力がある。一年前の僕なら完全に参っていたかもしれない。よくもまあこれまで貞操を守れたものだ。

ステラを促し、宿屋に連れて行く。
僕の部屋である三一〇号室へ入ると、部屋に備え付けられたテーブルにつき、正面で向かい合う。
ステラは不安と緊張で身をブルブルと震わせていた。時折、ベッドの方にチラチラ視線を向けていることからすると、まだ僕に襲われることを危惧しているのだろう。
軽く肩をすくめて話を始める。
「まずは自己紹介から。僕はキョウヤ・クスノキ。短い付き合いになると思うけどよろしくね」
「短い……付き合い?」
ステラは首をキョトンと傾げて繰り返す。初めて声を聞いたが、透き通るような美しい声だった。
「そう。君とはこれっきり。用が済み次第、二度と会うこともないよ。くどいのは好きじゃないんで、あと一回だけ言うね。僕は君の体には興味はない。たとえ頼まれても抱かない。同時に君を傷つけたりもしないから安心してほしい。あ、そうだ。これもういらないね。『解放フリーイング』」
パキーンという金属音と共に、ステラの首輪が外れてテーブルの上に落ちる。
「え? あ……嘘……」
呆気に取られたような表情で僕の目を見つめてくるステラ。脳がフリーズしてしまったようだ。
話を進めよう。
「君にはしてもらいたいことが四つほどあるんだ。僕もお金を出している。君に拒否権はないよ」
「ステラに……してほしいこと?」
ぱっと顔を紅葉こうようよりも赤くするステラ。この子はなぜ、卑猥ひわいな方向へ話を持っていきたがるのだろうか。さっさと用件を言おう。
「君も冒険者のギルドは知っているね?」
「…………」
ステラは無言でコクンと小さく頷く。
「僕は新規ギルドを作りたい。そのためには三人のメンバーが必要らしくてね。だから君に冒険者の登録をしてもらい、次いでギルドメンバーとして登録してほしいんだ」
「冒険者」という言葉を耳にしてから、ステラは何やら考え込み始めた。とりあえず話を続ける。
「もちろん、君にしてほしいことはこれだけじゃない。僕は情報を欲している。君が知る範囲でいいから、教えてほしい。それと、君の髪の毛も数本貰いたい。これは君の身には一切危険がないことを誓うよ。最後に、これらの話は一切他言無用にすると誓ってほしい。以上の四つが済み次第、君は自由。どこにでも好きな場所へ行っていいよ。どうだい、簡単だろう?」
「ほ、本当にそれだけでいいの?」
信じられない、という表情でステラは聞いた。
「ああ、それだけでいいよ。ギルドメンバーの件は、最初はギルドに未所属の冒険者にでも頼もうかと思ったんだけど、後々抜けられた場合が厄介だ。新しいメンバーを探さないといけないし、ギルドの情報が外に漏れる恐れもある。情報屋やギルドを抜けると言って恐喝してくる連中のカモにされるかもしれない。この点、君達奴隷なら過去がバレるのを嫌って秘匿してくれそうだからね」
「……わかりました」
ステラは自身の髪を数本プチンと抜くと、僕の手に載せる。
その金色の髪の毛を、僕は口に含み、呑み込む。ステラは頬を引き攣らせた。僕の行為に軽い嫌悪を覚えているようだが、構いはしない。どうせ彼女とはこれきりだ。
徐々に、体が燃えるように熱くなる。どうやら《創造魔術クリエイトマジック》の発動は成功したようだ。これだけで、二〇〇万ジェリー以上の価値はある。
だけど今回の熱はきつ過ぎる。少し体を休めたい。ベッドに横になると、意識をストンと失った。

   ◆◆◆

瞼を開けると、ステラが心配そうな顔で覗き込んでいた。
逃げるどころか看病までしてくれていたようだ。彼女は信用に値する人物であると判断する。
しかし、ここは奴隷の売買があるような物騒な世界。寝ている間に殺されてもおかしくなかったのだ、次からはもっと慎重に行動しよう。行き当たりばったりでは命がいくつあっても足りない。
重い体に鞭を打ち、椅子に座る。
体中が汗だくで気持ち悪い。水を浴びたいところだが、シャワーすらないのがキツイ。
「ありがとうございます」
ステラは僕に向かって頭を深く下げ、テーブルに額を擦り付けている。
「礼を言う必要はないよ。これは契約。僕は慈善事業をしているわけではない。じゃあ、早速僕の知りたいことで君が知っている限りを話しておくれよ」
ステラは頷き、話し始めた。
ステラ・ランバートは今年、二〇歳。といってもゲームや小説と同様、エルフの寿命は一〇〇〇歳と長寿らしく、まだまだ子供中の子供らしい。
元々は父、母、妹と共にエルフ国ミューの地方都市で暮らしていたが、丁度半年前、オルト帝国に攻め入られたそうだ。混乱の中、妹を連れて山へ逃げるも、そこで女性のみで構成される盗賊団――桜花おうかに捕らわれてしまう。貞操が無事だったのはそのせいだろう。
その後で売られた先の奴隷商にステラ姉妹は価値を見出みいだされて、最高の商品として扱われ、このグラムで僕に買われたというわけだ。
オルト帝国はエルフ国ミュー、獣人国ガルに攻め入るに当たり、エルフや獣人を捕らえて本国に連行し奴隷としているらしい。やっていることは盗賊と大差ない。ステラが人間の僕を過剰に警戒するのも、十分合点がいくというものだ。
それから魔術についても多少聞き出すことができた。
この世界では「魔術」ではなく「魔法」と称するらしい。
自然の力を利用する、精霊に力をお借りする、神の力をお借りする、といった彼女の言葉からすると、自然操作系の黒魔術、精霊を召喚する召喚術、霊を物に降ろす降霊術や五界のシステムを流用する青魔術に近いのかもしれない。
聞き出せたのはここまでだ。これ以上はステラの個人的な話になりそうだったので、強制的に切り上げた。
「それで、御主人様は明日も奴隷を買うおつもりでしょうか?」
僕は何度も、このステラの「御主人様」発言を訂正しているが、ことごとく無視されている。
若干、いや、確実にからかわれている。この娘も本来の調子を取り戻してきたのだろう。僕としても、辛気臭しんき くさい顔でいられるよりはずっといい。
「だから『御主人様』じゃなくて、僕はキョウヤ。明日奴隷市場に行くのかという質問の答えはイエス。あと一人ギルドメンバーが必要だからさ」
急に、敵地に足を踏み入れたような険しい顔をするステラ。
もじもじと手をいじりながら必死に言葉を探すが、なかなか出てこない。そんな感じだ。
「わかってるよ。君の妹さんのことだろう? 明日、君も僕と一緒に市場へ行く勇気があるなら、君の妹さんを身請けするよ」
「ほ、ほんとですか! ありがとうございます! ステラ、この恩一生忘れません!」
ステラは僕の両手を握りしめ、嬉しさに涙をはらはらと流す。
「まだ身請けできると決まったわけじゃない。喜ぶのは身請けしてからね。繰り返しになるけど、これは僕にもメリットがあるからそうするに過ぎない。君にお礼を言われる筋合いはないよ」
って、聞いちゃいないなこりゃ……

その後、興奮気味のステラを引きずって夕食に繰り出した。
ステラは本来話好きなようで、最初の無口が嘘のように終始話し続けている。この世界の情報を聞けるので、僕も大人しく耳を傾けていた。
故郷が焼野原なら、ステラも当分はグラムの街に住む必要があるかもしれない。夕食後、宿でもう一部屋借りて三〇日分の代金を払い、彼女に鍵を渡しておく。
それから再び僕の部屋に戻り、明日のステラの妹身請作戦について二人で話し合った。
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