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第2章 地球活動編

第18話 午後の修練(2)

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 第二修練所は教室数個分ある巨大なアリーナと観戦するスタンドからなる明神高校最大の施設だ。
 今日はクラス、男女の分け隔てのない合同の修練であることもあり、1学年の生徒でごった返していた。
 僕が集合場所である第二修練所のアリーナの中央に向かって歩を進めると、僕の眼前に人の道ができる。まあいきなり仮面の正体不明の男が近づいて来れば警戒くらいする。この反応も想定済みだ。
 人の道の先には案の定、時雨先生がいた。

「来たか。空月からつき

 空月からつき? 本盟約における僕のコードネームだろうが、またふざけた名前を付けてくれたものだ。
 空月からつきは倖月家にとって特別な意味を持つ言葉だ。即ち、それは一族最強にして最高の者に送られる称号。この称号を受ける権利を持つ者は18歳以下という制限があることもあり、長い倖月家の歴史上数人に限られている。
 この数十年では倖月朧こうづきおぼろ倖月竜華こうづきりゅうかの二人のみ。
 実に不本意だが、この明神高校ではこの手の倖月家に関する知識はただ生活しているだけで自然と耳に入って来る。

 予想に違わず、時雨先生の言葉にアリーナに集まった生徒達からどよめきが上がる。
 普段この手の話題には興味のない瑠璃でさえも面食らってぽかんとしていた。当たり前だがこの空月からつきの称号は倖月家本家のものにしか与えられることはない。とすれば、空月からつきは瑠璃との血縁者ということになる。そりゃあ驚きもする。
 僕の正体を知る教師達は例外なく頬を引き攣らせていた。倖月家に弓を引く僕が空月からつきと名乗ることを許したと竜玄を初めとする倖月家本家の者達が知れば失職程度で済むはずもないのだから。
 僕を含めた教師達の非難の視線を歯牙にもかけず、時雨先生は不敵な笑みを顔一面に張りつけながらも声を張り上げる。

「今から、一学年統一実技補充試験の第一次予選を行う」

 第一次予選? 今からか? 今日は統一実技補充試験の肩慣らしの修練だけだったはず。
 だが声色がマジだ。冗談ではあるまい。

「ちょ、時雨先生。今日は一般合同修練の予定では? 何よりこんな下賤な者に空月からつきを名乗ることを許すなどいくら何でも勝手が過ぎますぞ」

 学年主任――蒲松吉かわやなぎまつきちが時雨先生に食って掛かる。僕としてもよりにもよって空月からつきを名乗るなど御免被る。言葉の内容共に実に気に食わないが、今回ばかりは学年主任は僕の味方だ。

「五月蠅ぇ! 
 今度の《鳳凱祭ほうがいさい》は面子に構っている余裕なんてねぇんだよ。準優勝でも駄目だ。優勝以外は全てないに等しい。
 今年の《京覇高校》は強い。一日二日の修練でどうにかなるものではないし、駆け引きなどが介入できる余地もねぇのさ」

 時雨先生の強引さには不快しか覚えないが、その言葉には同意する。《京覇高校》に時雨先生レベルの奴がいる以上、こんな命の危険のない御遊戯をいくらやっても時間の無駄だ。
 僕が学校側でも今現在強い奴を選出しようとする。
 魔術師の秘密主義は本能だ。この学校にも隠れた強者がいる可能性が高いから。
 だがそんな真の強者が《鳳凱祭ほうがいさい》の優勝による特典という俗物的思考を持っているとは思えない。
 時雨先生がやろうとしていることも検討がつく。僕の存在を利用してその強者をあぶり出そうというのだろう。
 誓約における僕の使命は《鳳凱祭ほうがいさい》で明神高校を優勝させること。それには僕がいくら頑張っても限界がある。
 悪いが僕には倖月家の呪縛から逃れるという目的がある。仮にモグラの魔術師がいるなら力づくでも光のもとにさらけ出してやる。

「内輪もめならあとにしろ。は何をすればいい?」

 僕は停滞しかかっている話を強制的に先に進めるべく時雨先生に話を促す。
 ちなみに僕が楠恭弥だと知られないよう僕の声色や特徴は魔術道具マジックアイテムにより変えている。これなら僕だと見破られることは万が一にもあるまい。
  時雨先生は口端を上げて言葉を紡ぐ。

「今からその仮面の男と戦ってもらう。制限時間は1時間。
 予選はその結果によりオレが決定する」

 疑問と非難の声が至る所で上がる。僕の修練服は一学年の服。即ち同じ同級生。その同級生と戦って予選通過を判断するなど奴らにとっては屈辱以外のなにものでもないから。
 だが僕としては予想の範囲内だ。時雨先生は解析能力がある。僕のステータスは現在レベル200前後に設定してある。レベル200前後は、世界序列1500番台。世界序列1500番台の者に一般学生が太刀打ちできるとは端から考えてはいまい。あくまでどこまで食らいつけるのかを見たいのだろう。

「俺達も参加してもいいってことですか?」

 葛城藤丸かつらぎふじまるが腕を組みながら時雨先生に尋ねる。
 
「構わない。瑠璃達も参加は自由だ。
 勿論、怖いなら逃げてもいいぞ。その代わり《鳳凱祭ほうがいさい》の代表メンバーは辞退してもらう」

 今度こそ教師達の目の色が変わった。次々に時雨先生に対し拒絶の言葉を吐きかける。それに生徒達も便乗する。
 馬鹿馬鹿しい。時雨先生が一度言い出したら何を言っても無駄だ。既に僕とのバトルロイヤルは決定事項。ならば僕も暇ではない。とっとと初めてもらおう。どの道、ぬるま湯に浸かっている此奴らに何を言っても無駄だ。今の僕にとって此奴らの力はドングリの背比べ。ならばおそらく時雨先生が見たい予選通過の適正は一つだけ。
 即ち――。

「俺はそれで構わない。これ以上は時間の無駄だ」

 僕はゆっくりと自信の魔力を開放していく。

 昨日、鈴木や大田などという俗物の本性を目にした結果、この汚物共に手加減をするのはかなり難しくなっているのも事実だ。
 僕はさらに言葉を紡ぐ。

「貴様らは勘違いしているようだが、これは試験おあそびではなく闘争だ」

 前期に散々明神高校の生徒共に受けた嫌がらせが頭をよぎる。朱花や瑠璃による幾度となく遭遇した茶番を思い出す。父さんと兄さんに対する侮辱の言葉が僕の頭で何度も反芻する。そして昨日鈴木達が新田さんにした外道の所業が鮮明に脳裏に浮かぶ。
 徐々にグツグツと憤怒という名のマグマが僕の血液を煮えたぎらせ全身に行き渡っていく。

「お、おい、おい、おい!! きょ、いや、空月からつき! 少しは手加減しろよ!」

 僕の突然の変容に時雨先生の悲鳴染みた声が耳に飛び込んでくる。
今更何を言っている? この茶番を設定したのは時雨先生だ。僕の好きなようにさせてもらう。
 この明神高校の第一、第二修練所で受けた肉体のダメージは魔力の消費によって回復、復元される。ここでいうダメージは瀕死以上をも含む。つまりここで瀕死のダメージはおろか、仮に死んでも魔力切れで数時間の地獄を味わう程度で済む。
 この結界の悍ましさをしらない馬鹿共は激痛によるショック死の可能性があるとでも考えているようだが、この結界はそんな甘く中途半端ものでは断じてはない。
 ショック死という死すらも元ある状態に復元する錬金術の中でも禁忌に位置する奥義により創造されたもの。要するにこの観点からも手加減など必要ない。
 確かに死の可能性は零とはいえ、死の恐怖はたっぷり味わうことになる。
 だが仮にも魔術師として戦場に立ったのだ。賭けてもらうさ。その仮初の命を!!

 僕の魔力により大気はギシリと軋み、この第二修練所は断末魔の悲鳴を上げる。
 既に五分の一ほど生徒が僕の魔力によりバタバタと床に伏し安眠行という名の客船へと乗船し出向してしまう。

思金神おもいかね、気絶した奴らが邪魔だ。戦闘中に奴らの意識がなくなり次第、スタンドへと運べ)

《イエス・マイマスター》

 思金神おもいかねの言葉が頭内に響くと同時に次々に気絶した生徒達の姿が消失しスタンドへと現れる。
 お膳立ては全て整った。それでは始めよう。              


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 お読みいただきありがとうございます。
 北海ひぐま様、レビューを書いていただきありがとうございます。めっちゃ元気がでました。
 これからも気合を入れて書いていきたいと思いますので宜しくお願いいたします。
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