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第1章 異世界武者修行編
第72話 ギルドの強化(1)
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2082年8月23日(日曜日) 夏休み終了まで残り10日
不磨商事壊滅から10日ほど経過した。
地球とアリウスの両面において僕らは順調に勢力を伸ばしていった。
まずは地球側について。
8月14日金曜日の早朝、全テレビ局が不磨商事の一連の悪事を一斉に報道した。この日本企業による戦後最悪の不祥事は世界中に配信され、世界各国のワイドショーを賑わせることになる。
申し合わせたように8月14日午前9時に不磨商事の一斉捜索が始まり、拳銃や麻薬の密売、人身、臓器売買、違法カジノ、売春等様々な犯罪の証拠が押収された。
当初強い抵抗が予想された不磨商事を守っていた幹部達や魔術師達も《ナンバーズゲーム》により一時的にせよお菓子化したことがよほど堪えたらしく戦意は完璧に消失しており、一切の抵抗もせずに逮捕されることになる。
さらに被害者の会が結成され莫大な損害賠償を不磨商事に請求する予定だ。その請求が容認されるのはほぼ確実でありあっさりと不磨商事は破綻することになる。
こうして不磨商事はこの地球から完全消滅したのである。
案の定、不磨商事との《ナンバーズゲーム》の件で魔術審議会は《妖精の森》のトップの出頭を求めてきた。
言うまでもなく僕ではなくイギリスの研究機関との交渉でロンドンを訪れていた思金神が斎藤紫鐘としてイギリス支部を訪れた。
結果いくつかの取り決めが交わされた。
一つ目、魔術審議会は《お菓子魔術》を禁術に指定し《妖精の森》は《お菓子魔術》の情報を魔術審議会に公開する。(魔道書の作成協力要請)
二つ目、佐々木喜美を審議会の非常勤の特殊部隊のメンバーとする。
三つ目、魂の分離の魔術道具を《妖精の森》は審議会に技術提供する。
四つ目、《妖精の森》は魔術審議会の規則に従いその要請には最大限応える。審議会も《妖精の森》が前段を守る限り必要以上に干渉しない。
一つ目は端から予想はしていた。《お菓子魔術》の禁術指定。
若干僕の想定外だったのは《お菓子魔術》の魔道書の作成を求められたことだ。通常禁術指定されればその存在を口にすることさえ禁止され、魔道書の作成を求められることなどあり得ない。
この理由は二つある。
一つはこの《お菓子魔術》が完全な禁術とするには聊か使い勝手が良いためだ。不磨商事との《ナンバーズゲーム》の終了後お菓子化された者達はまるでお菓子だったことが嘘のように傷一つなく床で寝息を立てていた。この魔術が死者どころか軽傷者すら一人も出なかったことは審議会を驚愕させた。
さらにこの魔術の劣化版なら比較的適正者の範囲は広がることを思金神が伝えると審議会の役員達は例外なく狂喜した。
その後、《禁術指定を否定する派》と《禁術指定を肯定した上で魔道書を作成し安全性が確立されてからその禁術指定を解く派》に分れ白熱する議論がなされることになる。
数十時間もの議論の末、《禁術指定を肯定した上で魔道書を作成し安全性が確立されてからその禁術指定を解く派》が勝利し、魔道書の作成を《妖精の森》に求めてきたというわけだ
二つ目の喜美ちゃんの非常勤の特殊部隊のメンバーへの加入も《お菓子魔術》が死傷者を一切出さずに、ただその心に恐怖を植え付けることが可能な魔術であることに起因する。
喜美ちゃんが魔術審議会の先兵になれば今まで審議会に反抗的だった勢力のほとんどを一人の死傷者を出さずに抑えつけることができる。まさにこの魔術は審議会が求めていた魔術というわけだ。
当然僕は喜美ちゃんの特殊部隊への配属には反対したが、喜美ちゃんが特殊部隊の任務で出動する際には世界序列50位内の者が護衛につくとの事で渋々承諾した。
三つ目は今まで同化を解くには同化者二者の了解の元で解術の儀式を行う必要があった。それを審議会が一方的に行えるようになったことに意義がある。
即ち、審議会の規則に違反した者は同化を解かれ五界に強制送還される。地球の生活に意義を見出している五界の超越者達も再び退屈な生活に戻るのは御免のようで審議会の命に従うようになるとのことだった。
四つ目は《妖精の森》は魔術審議会に原則頭を垂れるが、その代り審議会も必要以上に干渉しないことを明らかにした規定だ。この干渉しないとは思金神の説明では《妖精の森》に対し一切の調査や監視をしないということを意味するらしい。
新技術の開発等の協力を頻繁に求められる可能性は高いが協力する限り《妖精の森》の行動の自由は確保される。
思金神の予測演算では僕らが協力している限り審議会がこの10年で裏切る確率は0.001%ほどしかないらしい。
しかも裏切られた際の算段まで思金神はしているようだし僕も異論はない。
この不磨商事との《ナンバーズゲーム》と審議会とのこうした取り決めは思わぬ副作用を起こす。
難航すると予想されていた《シーラカンス》との交渉があっけなく締結されたのだ。
《転移装置》の開発は魔術大国英国の重要な国策だ。世界の航空技術を根こそぎ時代遅れの産物化するほどの意義がある。故に米国を中心に世界各国で盛んに研究がなされている。
確かに英国は《転移装置》の基本骨子の開発に成功した。しかしライバルの米国も基本骨子の開発の一歩手前まで来ているらしく、転移の安定性の技術を既に持つ米国との間には技術的にそう差があるわけでもない。
つまりほんの少し英国から情報が漏洩するだけで米国が《転移装置》を完成させることもありうるのだ。
だから新興の魔術結社にすぎない《妖精の森》が転移の技術を完成される能力があると言われても容易に応じるはずはない。
それがこうも簡単に技術提供を受け入れたのは《妖精の森》が今まで不可能とされていた《魂の分離》の魔術道具を開発したことでハイレベルな技術がある魔術結社であると英国が認めたからだ。さらに、魔術審議会の統制化に入り特定の国の支配には属さない事が明らかになったことで信用性が増したのだろう。
最終的に技術提供の契約を英国政府と締結することができた。具体的な契約は以下の通りである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【契約内容】
〇1:魔術結社《妖精の森》は《転移装置》の開発に全面協力する。完成後は《妖精の森》はこの度開発した《転移装置》における取り決め以外の権利を永久に放棄する。
〇2:《転移装置》の完成を条件に《シーラカンス》は《妖精の森》は日本円にして300億円を払う。
〇3:《転移装置》の完成を条件に英国政府が建造・管理する9割近くのゲートと《妖精の森》のゲートを繋げ往来を可能とする。その際のゲートの賃料・通行料等の請求権をイギリス政府は一切放棄する。
〇4:《妖精の森》は英国政府の許可の元、《転移装置》のゲートを自由に設置する事が出来る。英国政府は著しく不当とされる場合を除いては許可を拒否することはできない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
当初の予定では250億円ほどだったはずだ。それが300億円となっている。《ナンバーズゲーム》により僕らの価値が飛躍的に増大したせいだと思われる。
思金神の報告では2週間ほどで《転移装置》は完成する。
いくつかの試験運転後にイギリス政府から税抜きで300億円が即金で支払われる。その直後、南米にある孤島を買い取る算段だ。
この契約で最も利が大きいのは《妖精の森》が《転移装置》のゲートを自由に設置可能となった事だ。事実上英国政府以外で商売に使用する事が可能となった。まあ《錬金工術》を用いなければ基本《転移装置》の設置には数千万かかる。僕らがそう簡単に造れない事を視野に入れての判断だろう。
無論僕らはほぼ無料で設置可能だがあえて敵を造る必要もあるまい。英国政府と競合する取引はできる限り行わない事にする。
次が血の吐息関連情報だ。
これも思金神からの事後報告。
不磨商事とのナンバーズゲームの後思金神に呼ばれて渋谷のホテルまで行ったことまでは覚えている。だがそれ以降の記憶は靄がかかったように全く思い出せないのだ。
ステラから聞くところによると僕はホテルでぶっ倒れて屋敷に直行したらしい。全く情けない話である。
では実際にその内容だ。ぶったまげたことに血の吐息は《妖精の森》の傘下に入ることになったのだ。より正確にいえば血の吐息という存在は消滅し、《妖精の森》の一メンバーとして再構成されることになった。
馬場から聞いた人間の血液以外の食糧を受け付けないという体質と人間の血液を摂取しないと発狂する《血渇》という状態は全住民が最高位吸血種まで進化することによりクリアできた。
ほとんどの市民が吸血種のクラスであり、2段階の進化を必要としたが、いくつかの実験により同時でなく数日間の期間を開けさえすれば2段階進化も可能であることが判明した。
もっとも全てがスムーズに進んだわけではない。血の吐息の国民の人口は2万5000人強。正直、僕一人で全員を使徒化したら何か月かかるかわからない。
それを見越して思金神が【神王軍化】をより効率化するための《魔術道具》を開発していた。これはスマホ型のアイテムを【神王軍化】とリンクさせたものだ。
使徒化はいたって簡単。ギルドマークを刻みたい身体の場所に一人一台配られたスマホの後ろにある認識装置を翳すだけ。それだけでギルドマークが身体に刻まれる。後は僕が持つマスタータブレットで2段階の進化の一斉入力の操作をするだけで進化は完了する。
この操作をした結果血の吐息全市民が最高位吸血種以上となり、食糧事情から解放されることとなった。
ちなみにこのスマホを操作することにより自己の魔術・スキルなどの確認や、一定の限度で思金神を通さずに魔術・スキルの開発ができるようになった。いくら思金神でも数万人の魔術・スキルを管理するのは多少なりとも負担になるはずであり、役だつ機能だと思われる。
精神生命体となり空気中の魔力を摂取すれば生存可能となると言っても、魔力は無味であり大層味気がない。そこで色々試した結果、精神生命体となった事により今まで汚物のような感覚しかなかった僕ら人間の料理に味が感じられるようになっていることが分かった。
その事実が判明したので《妖精の森》への歓迎も兼ねて料理を振る舞うことになった。
バドコック商会から仕入れた食材を《森の食卓》の皆がほぼ徹夜で調理してくれた料理は瞬く間になった。血の吐息の王ブラドさん曰く、あまりの美味しさに泣き出す柱もいたらしい。
食料も無限にあるわけではないので当面は大気中の魔力の摂取で我慢してもらうことになるが、料理という新しい神秘に出会った血の吐息の柱達からは自身の手で料理を作りたいとの声が多数上がっているらしい。
血の吐息の国民が飢えることがなくなったといっても、やはり生きがいという観点からも仕事は必要だし、《妖精の森》のギルドメンバーである以上はなんらかの役割を演じてもらわなければならない。
結論を先に言えば、血の吐息の戦闘職たる《近衛師団》と《血冥軍》の総勢5000柱は今度立ち上げる地球の警備会社の社員として働いてもらうことになった。
吸血種は地球では過去に『人間狩り』を行ったことから人間にすこぶる評判が悪い。だから当初僕はどの企業、組織からも当面オファーはないと考えていた。
だが思金神の奴が《教会》12聖天ペテロさんから『血の吐息の民はもはや吸血種にあらず。人類に一切の害をなさない』とのお墨付きを得た結果、魔術審議会はあっさり地球での血の吐息の商業活動を認めた。
それにしても思金神の奴……吸血種の天敵のはずの教会の大ボスに吸血種の商業活動を認めさせるとは一体どんな取引をしたのだろうか。正直聞くのが怖い。
元々吸血種の戦闘能力の高さは世界的に自明の理だ。魔術審議会と天敵たる教会に人類の敵ではないと認められたことによりその安全性は担保された。この情報を聞きつけた多数の組織から警備の依頼が現在殺到しているらしい。
次が軍に所属しない戦闘能力を持たない人々だ。勿論彼らにも迷宮を探索し自身の身を守れる程度のレベルは身に着けてもらう。
しかし彼らはあくまで非戦闘員。警備等の仕事はできない。いくら魔術審議と教会から商業活動をすることを認められたといっても一般の人間にとってはやはり吸血種は吸血種だ。恐ろしいのには変わりはない。警備員は寧ろ恐ろしい方が箔がつくが、一般の仕事はそうはいかないのである。
そのことをブラドさんから相談され僕は一つの提案をした。即ちアリウスでの商業活動だ。異世界アリウスならばそもそも吸血種が存在せず、外見上人間にしか見えない吸血種達は恐れられることはまずない。さらに人間の血液などもはや食料としないブラドさん達をアリウスの住民が今後恐れることもあり得ない。まさに人生を仕切り直したいブラドさん達にとっては最適の地だ。
ブラドさんも思金神も僕の提案に異論はないらしく具体的な計画を話し合った。
具体的に決定した計画の内容は次の通りである。
まずは拠点について。
アリウスで商業活動を営むなら拠点が必要だ。その拠点の候補地はグラムから南東10キロメートル先にある山脈に囲まれた平原だ。この山脈の名は――『死の山』。
山脈にはLV40付近の強力な魔物がゴロゴロいる。生息環境の関係からか魔物は山から下りてはこないが、よほど強力な冒険者ならともかく通常人がこの山を抜けるのは不可能。そんな理由でこの平原は広大な平地と豊富な資源があるにもかかわらずどの国や組織も手を付けていない未開の地となっていたのだ。
僕らはこの地を改良する。そして山脈にトンネルを掘り電車を通し一般人でもなんら不自由なく通行可能にする。交通の便と旅路の安全性さえ確保すれば商業都市としての条件にはなんら瑕疵はないのである。
次が職業について
僕らが振る舞った料理によほどショックを受けたらしく食品開発、調理系の仕事に就きたいとする市民が殊の外多いらしい。吸血種が料理系の職業に就くなどもはや吸血種とは言えないとも思うがまあ本人達が喜んでいるのならよいのだろう。それに食についてその需要がなくなる事はない。あって困るものでは断じてないのだ。
近い将来、この都市はこのアリウスで巨大食品商業都市に生まれ変わるかもしれない。
不磨五味の処遇について
僕らが嵌めたとは言え形式的には血の吐息は盟約を破った。それを理由に他の王家がちょっかいをかけてくることも考えられる。そうなると今の僕らでも少々厄介だ。特に第一王家――闇帝国の王は世界序列117位。今の僕らが戦うには荷が重すぎる相手だ。
そこで思金神の案により不磨五味を第一王家に引き渡しその怒りを鎮めることにした。
当然の如くこの案にはいくつかの問題が付きまとう。
一つ目は五味の身柄だ。五味は魔術師の盟約を破ったことを理由に魔術審議会に身柄を拘束中だった。もっとも魔術師ではない五味は、『今後いかなる魔術師とも自から積極的に関わらない』との呪い付の誓約をさせられて日本国の司法に引き渡される算段になっていた。
五味はやりすぎた。他の裏の組織から恨まれている。ただ街中を歩くだけでほぼ確実に攫われそれこそ想像を絶する拷問を受けることだろう。司法へ引き渡すなどそんな慈悲を僕らが認めるはずもない。
そこで思金神が審議会と五味の引き渡しにつき交渉をすることとなった。
魔術審議会も利用価値が高い《妖精の森》が闇帝国を初めとする他の王家との全面戦争の結果消滅する危険性を危惧しており、すんなり受け入れたようだ。
ただ流石は審議会。ただでは転ばない。他者のLVと身体能力の解析の技術の開発の協力を条件とした。
と言っても思金神の方からこの条件を審議会に持ちかけたのだが。
この《劣化解析の指輪》は審議会で18歳以上の魔術師に対して売られることになるが、売却代金の40%は《妖精の森》が受け取ることになった。
思金神の演算ではこの指輪だけで、週に特別魔道特許料だけで5~10億円ほどの収入が見込めるらしい。
特に魔術審議会という公益法人が魔術道具を販売する際に開発者に支払われる特別魔道特許料は魔術技術の発展の観点から税金が免除されている。これも大きなメリットの一つだろう。
デメリットは僕らだけの秘匿技術である解析の技術が不完全なものではあるが世間に広まることだ。
もっとも思金神は元々他者の身体能力に対する解析技術は広めようとする傾向にあった。
その理由はいくつかあるが、最も大きな理由は《妖精の森》にとってマイナスには全くならないからだろう。即ち《妖精の森》にとって危険な世界序列の最上位者は例外なくこの解析能力を持つ。隠す意味等皆無なのだ。
ならば逆に解析技術を公開して無駄な争いを減らした方が僕らのギルドのためになる。要は思金神は魔術審議会を利用して他者のステータスの能力値に限定した解析の技術を広めてさらに金までせしめたわけだ。まったくもって恐れ入る。
ちなみにこの解析能力は他者の現在の純粋な強さの識別を許してしまう。学生たちの間にまで広まると新たな差別やいじめ等の問題が生じる危険性がある。そこで心身が未成熟な18歳未満はその所持が禁止されるらしい。
もっとも僕ら《妖精の森》の持つ《神王の指輪》は擬態能力を持ち、指輪だけを隠す事も可能であり大した問題ではない。
こうして血の吐息の王――ブラド・ライガの名で不磨五味の身柄が闇帝国へ引き渡される。それを他の王家にも伝達すると了承の伝言が送られてきた。
闇帝国は吸血種の中では最も残忍であり、吸血衝動を誇りとし人間を家畜と見做している吸血種。こんな奴らが最も尊ぶ盟約に唾を吐いた五味が引渡されればどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。これで五味は名実ともに破滅した。
これが血の吐息関連情報についてだ。
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お読みいただきありがとうございます。
不磨商事壊滅から10日ほど経過した。
地球とアリウスの両面において僕らは順調に勢力を伸ばしていった。
まずは地球側について。
8月14日金曜日の早朝、全テレビ局が不磨商事の一連の悪事を一斉に報道した。この日本企業による戦後最悪の不祥事は世界中に配信され、世界各国のワイドショーを賑わせることになる。
申し合わせたように8月14日午前9時に不磨商事の一斉捜索が始まり、拳銃や麻薬の密売、人身、臓器売買、違法カジノ、売春等様々な犯罪の証拠が押収された。
当初強い抵抗が予想された不磨商事を守っていた幹部達や魔術師達も《ナンバーズゲーム》により一時的にせよお菓子化したことがよほど堪えたらしく戦意は完璧に消失しており、一切の抵抗もせずに逮捕されることになる。
さらに被害者の会が結成され莫大な損害賠償を不磨商事に請求する予定だ。その請求が容認されるのはほぼ確実でありあっさりと不磨商事は破綻することになる。
こうして不磨商事はこの地球から完全消滅したのである。
案の定、不磨商事との《ナンバーズゲーム》の件で魔術審議会は《妖精の森》のトップの出頭を求めてきた。
言うまでもなく僕ではなくイギリスの研究機関との交渉でロンドンを訪れていた思金神が斎藤紫鐘としてイギリス支部を訪れた。
結果いくつかの取り決めが交わされた。
一つ目、魔術審議会は《お菓子魔術》を禁術に指定し《妖精の森》は《お菓子魔術》の情報を魔術審議会に公開する。(魔道書の作成協力要請)
二つ目、佐々木喜美を審議会の非常勤の特殊部隊のメンバーとする。
三つ目、魂の分離の魔術道具を《妖精の森》は審議会に技術提供する。
四つ目、《妖精の森》は魔術審議会の規則に従いその要請には最大限応える。審議会も《妖精の森》が前段を守る限り必要以上に干渉しない。
一つ目は端から予想はしていた。《お菓子魔術》の禁術指定。
若干僕の想定外だったのは《お菓子魔術》の魔道書の作成を求められたことだ。通常禁術指定されればその存在を口にすることさえ禁止され、魔道書の作成を求められることなどあり得ない。
この理由は二つある。
一つはこの《お菓子魔術》が完全な禁術とするには聊か使い勝手が良いためだ。不磨商事との《ナンバーズゲーム》の終了後お菓子化された者達はまるでお菓子だったことが嘘のように傷一つなく床で寝息を立てていた。この魔術が死者どころか軽傷者すら一人も出なかったことは審議会を驚愕させた。
さらにこの魔術の劣化版なら比較的適正者の範囲は広がることを思金神が伝えると審議会の役員達は例外なく狂喜した。
その後、《禁術指定を否定する派》と《禁術指定を肯定した上で魔道書を作成し安全性が確立されてからその禁術指定を解く派》に分れ白熱する議論がなされることになる。
数十時間もの議論の末、《禁術指定を肯定した上で魔道書を作成し安全性が確立されてからその禁術指定を解く派》が勝利し、魔道書の作成を《妖精の森》に求めてきたというわけだ
二つ目の喜美ちゃんの非常勤の特殊部隊のメンバーへの加入も《お菓子魔術》が死傷者を一切出さずに、ただその心に恐怖を植え付けることが可能な魔術であることに起因する。
喜美ちゃんが魔術審議会の先兵になれば今まで審議会に反抗的だった勢力のほとんどを一人の死傷者を出さずに抑えつけることができる。まさにこの魔術は審議会が求めていた魔術というわけだ。
当然僕は喜美ちゃんの特殊部隊への配属には反対したが、喜美ちゃんが特殊部隊の任務で出動する際には世界序列50位内の者が護衛につくとの事で渋々承諾した。
三つ目は今まで同化を解くには同化者二者の了解の元で解術の儀式を行う必要があった。それを審議会が一方的に行えるようになったことに意義がある。
即ち、審議会の規則に違反した者は同化を解かれ五界に強制送還される。地球の生活に意義を見出している五界の超越者達も再び退屈な生活に戻るのは御免のようで審議会の命に従うようになるとのことだった。
四つ目は《妖精の森》は魔術審議会に原則頭を垂れるが、その代り審議会も必要以上に干渉しないことを明らかにした規定だ。この干渉しないとは思金神の説明では《妖精の森》に対し一切の調査や監視をしないということを意味するらしい。
新技術の開発等の協力を頻繁に求められる可能性は高いが協力する限り《妖精の森》の行動の自由は確保される。
思金神の予測演算では僕らが協力している限り審議会がこの10年で裏切る確率は0.001%ほどしかないらしい。
しかも裏切られた際の算段まで思金神はしているようだし僕も異論はない。
この不磨商事との《ナンバーズゲーム》と審議会とのこうした取り決めは思わぬ副作用を起こす。
難航すると予想されていた《シーラカンス》との交渉があっけなく締結されたのだ。
《転移装置》の開発は魔術大国英国の重要な国策だ。世界の航空技術を根こそぎ時代遅れの産物化するほどの意義がある。故に米国を中心に世界各国で盛んに研究がなされている。
確かに英国は《転移装置》の基本骨子の開発に成功した。しかしライバルの米国も基本骨子の開発の一歩手前まで来ているらしく、転移の安定性の技術を既に持つ米国との間には技術的にそう差があるわけでもない。
つまりほんの少し英国から情報が漏洩するだけで米国が《転移装置》を完成させることもありうるのだ。
だから新興の魔術結社にすぎない《妖精の森》が転移の技術を完成される能力があると言われても容易に応じるはずはない。
それがこうも簡単に技術提供を受け入れたのは《妖精の森》が今まで不可能とされていた《魂の分離》の魔術道具を開発したことでハイレベルな技術がある魔術結社であると英国が認めたからだ。さらに、魔術審議会の統制化に入り特定の国の支配には属さない事が明らかになったことで信用性が増したのだろう。
最終的に技術提供の契約を英国政府と締結することができた。具体的な契約は以下の通りである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【契約内容】
〇1:魔術結社《妖精の森》は《転移装置》の開発に全面協力する。完成後は《妖精の森》はこの度開発した《転移装置》における取り決め以外の権利を永久に放棄する。
〇2:《転移装置》の完成を条件に《シーラカンス》は《妖精の森》は日本円にして300億円を払う。
〇3:《転移装置》の完成を条件に英国政府が建造・管理する9割近くのゲートと《妖精の森》のゲートを繋げ往来を可能とする。その際のゲートの賃料・通行料等の請求権をイギリス政府は一切放棄する。
〇4:《妖精の森》は英国政府の許可の元、《転移装置》のゲートを自由に設置する事が出来る。英国政府は著しく不当とされる場合を除いては許可を拒否することはできない。
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当初の予定では250億円ほどだったはずだ。それが300億円となっている。《ナンバーズゲーム》により僕らの価値が飛躍的に増大したせいだと思われる。
思金神の報告では2週間ほどで《転移装置》は完成する。
いくつかの試験運転後にイギリス政府から税抜きで300億円が即金で支払われる。その直後、南米にある孤島を買い取る算段だ。
この契約で最も利が大きいのは《妖精の森》が《転移装置》のゲートを自由に設置可能となった事だ。事実上英国政府以外で商売に使用する事が可能となった。まあ《錬金工術》を用いなければ基本《転移装置》の設置には数千万かかる。僕らがそう簡単に造れない事を視野に入れての判断だろう。
無論僕らはほぼ無料で設置可能だがあえて敵を造る必要もあるまい。英国政府と競合する取引はできる限り行わない事にする。
次が血の吐息関連情報だ。
これも思金神からの事後報告。
不磨商事とのナンバーズゲームの後思金神に呼ばれて渋谷のホテルまで行ったことまでは覚えている。だがそれ以降の記憶は靄がかかったように全く思い出せないのだ。
ステラから聞くところによると僕はホテルでぶっ倒れて屋敷に直行したらしい。全く情けない話である。
では実際にその内容だ。ぶったまげたことに血の吐息は《妖精の森》の傘下に入ることになったのだ。より正確にいえば血の吐息という存在は消滅し、《妖精の森》の一メンバーとして再構成されることになった。
馬場から聞いた人間の血液以外の食糧を受け付けないという体質と人間の血液を摂取しないと発狂する《血渇》という状態は全住民が最高位吸血種まで進化することによりクリアできた。
ほとんどの市民が吸血種のクラスであり、2段階の進化を必要としたが、いくつかの実験により同時でなく数日間の期間を開けさえすれば2段階進化も可能であることが判明した。
もっとも全てがスムーズに進んだわけではない。血の吐息の国民の人口は2万5000人強。正直、僕一人で全員を使徒化したら何か月かかるかわからない。
それを見越して思金神が【神王軍化】をより効率化するための《魔術道具》を開発していた。これはスマホ型のアイテムを【神王軍化】とリンクさせたものだ。
使徒化はいたって簡単。ギルドマークを刻みたい身体の場所に一人一台配られたスマホの後ろにある認識装置を翳すだけ。それだけでギルドマークが身体に刻まれる。後は僕が持つマスタータブレットで2段階の進化の一斉入力の操作をするだけで進化は完了する。
この操作をした結果血の吐息全市民が最高位吸血種以上となり、食糧事情から解放されることとなった。
ちなみにこのスマホを操作することにより自己の魔術・スキルなどの確認や、一定の限度で思金神を通さずに魔術・スキルの開発ができるようになった。いくら思金神でも数万人の魔術・スキルを管理するのは多少なりとも負担になるはずであり、役だつ機能だと思われる。
精神生命体となり空気中の魔力を摂取すれば生存可能となると言っても、魔力は無味であり大層味気がない。そこで色々試した結果、精神生命体となった事により今まで汚物のような感覚しかなかった僕ら人間の料理に味が感じられるようになっていることが分かった。
その事実が判明したので《妖精の森》への歓迎も兼ねて料理を振る舞うことになった。
バドコック商会から仕入れた食材を《森の食卓》の皆がほぼ徹夜で調理してくれた料理は瞬く間になった。血の吐息の王ブラドさん曰く、あまりの美味しさに泣き出す柱もいたらしい。
食料も無限にあるわけではないので当面は大気中の魔力の摂取で我慢してもらうことになるが、料理という新しい神秘に出会った血の吐息の柱達からは自身の手で料理を作りたいとの声が多数上がっているらしい。
血の吐息の国民が飢えることがなくなったといっても、やはり生きがいという観点からも仕事は必要だし、《妖精の森》のギルドメンバーである以上はなんらかの役割を演じてもらわなければならない。
結論を先に言えば、血の吐息の戦闘職たる《近衛師団》と《血冥軍》の総勢5000柱は今度立ち上げる地球の警備会社の社員として働いてもらうことになった。
吸血種は地球では過去に『人間狩り』を行ったことから人間にすこぶる評判が悪い。だから当初僕はどの企業、組織からも当面オファーはないと考えていた。
だが思金神の奴が《教会》12聖天ペテロさんから『血の吐息の民はもはや吸血種にあらず。人類に一切の害をなさない』とのお墨付きを得た結果、魔術審議会はあっさり地球での血の吐息の商業活動を認めた。
それにしても思金神の奴……吸血種の天敵のはずの教会の大ボスに吸血種の商業活動を認めさせるとは一体どんな取引をしたのだろうか。正直聞くのが怖い。
元々吸血種の戦闘能力の高さは世界的に自明の理だ。魔術審議会と天敵たる教会に人類の敵ではないと認められたことによりその安全性は担保された。この情報を聞きつけた多数の組織から警備の依頼が現在殺到しているらしい。
次が軍に所属しない戦闘能力を持たない人々だ。勿論彼らにも迷宮を探索し自身の身を守れる程度のレベルは身に着けてもらう。
しかし彼らはあくまで非戦闘員。警備等の仕事はできない。いくら魔術審議と教会から商業活動をすることを認められたといっても一般の人間にとってはやはり吸血種は吸血種だ。恐ろしいのには変わりはない。警備員は寧ろ恐ろしい方が箔がつくが、一般の仕事はそうはいかないのである。
そのことをブラドさんから相談され僕は一つの提案をした。即ちアリウスでの商業活動だ。異世界アリウスならばそもそも吸血種が存在せず、外見上人間にしか見えない吸血種達は恐れられることはまずない。さらに人間の血液などもはや食料としないブラドさん達をアリウスの住民が今後恐れることもあり得ない。まさに人生を仕切り直したいブラドさん達にとっては最適の地だ。
ブラドさんも思金神も僕の提案に異論はないらしく具体的な計画を話し合った。
具体的に決定した計画の内容は次の通りである。
まずは拠点について。
アリウスで商業活動を営むなら拠点が必要だ。その拠点の候補地はグラムから南東10キロメートル先にある山脈に囲まれた平原だ。この山脈の名は――『死の山』。
山脈にはLV40付近の強力な魔物がゴロゴロいる。生息環境の関係からか魔物は山から下りてはこないが、よほど強力な冒険者ならともかく通常人がこの山を抜けるのは不可能。そんな理由でこの平原は広大な平地と豊富な資源があるにもかかわらずどの国や組織も手を付けていない未開の地となっていたのだ。
僕らはこの地を改良する。そして山脈にトンネルを掘り電車を通し一般人でもなんら不自由なく通行可能にする。交通の便と旅路の安全性さえ確保すれば商業都市としての条件にはなんら瑕疵はないのである。
次が職業について
僕らが振る舞った料理によほどショックを受けたらしく食品開発、調理系の仕事に就きたいとする市民が殊の外多いらしい。吸血種が料理系の職業に就くなどもはや吸血種とは言えないとも思うがまあ本人達が喜んでいるのならよいのだろう。それに食についてその需要がなくなる事はない。あって困るものでは断じてないのだ。
近い将来、この都市はこのアリウスで巨大食品商業都市に生まれ変わるかもしれない。
不磨五味の処遇について
僕らが嵌めたとは言え形式的には血の吐息は盟約を破った。それを理由に他の王家がちょっかいをかけてくることも考えられる。そうなると今の僕らでも少々厄介だ。特に第一王家――闇帝国の王は世界序列117位。今の僕らが戦うには荷が重すぎる相手だ。
そこで思金神の案により不磨五味を第一王家に引き渡しその怒りを鎮めることにした。
当然の如くこの案にはいくつかの問題が付きまとう。
一つ目は五味の身柄だ。五味は魔術師の盟約を破ったことを理由に魔術審議会に身柄を拘束中だった。もっとも魔術師ではない五味は、『今後いかなる魔術師とも自から積極的に関わらない』との呪い付の誓約をさせられて日本国の司法に引き渡される算段になっていた。
五味はやりすぎた。他の裏の組織から恨まれている。ただ街中を歩くだけでほぼ確実に攫われそれこそ想像を絶する拷問を受けることだろう。司法へ引き渡すなどそんな慈悲を僕らが認めるはずもない。
そこで思金神が審議会と五味の引き渡しにつき交渉をすることとなった。
魔術審議会も利用価値が高い《妖精の森》が闇帝国を初めとする他の王家との全面戦争の結果消滅する危険性を危惧しており、すんなり受け入れたようだ。
ただ流石は審議会。ただでは転ばない。他者のLVと身体能力の解析の技術の開発の協力を条件とした。
と言っても思金神の方からこの条件を審議会に持ちかけたのだが。
この《劣化解析の指輪》は審議会で18歳以上の魔術師に対して売られることになるが、売却代金の40%は《妖精の森》が受け取ることになった。
思金神の演算ではこの指輪だけで、週に特別魔道特許料だけで5~10億円ほどの収入が見込めるらしい。
特に魔術審議会という公益法人が魔術道具を販売する際に開発者に支払われる特別魔道特許料は魔術技術の発展の観点から税金が免除されている。これも大きなメリットの一つだろう。
デメリットは僕らだけの秘匿技術である解析の技術が不完全なものではあるが世間に広まることだ。
もっとも思金神は元々他者の身体能力に対する解析技術は広めようとする傾向にあった。
その理由はいくつかあるが、最も大きな理由は《妖精の森》にとってマイナスには全くならないからだろう。即ち《妖精の森》にとって危険な世界序列の最上位者は例外なくこの解析能力を持つ。隠す意味等皆無なのだ。
ならば逆に解析技術を公開して無駄な争いを減らした方が僕らのギルドのためになる。要は思金神は魔術審議会を利用して他者のステータスの能力値に限定した解析の技術を広めてさらに金までせしめたわけだ。まったくもって恐れ入る。
ちなみにこの解析能力は他者の現在の純粋な強さの識別を許してしまう。学生たちの間にまで広まると新たな差別やいじめ等の問題が生じる危険性がある。そこで心身が未成熟な18歳未満はその所持が禁止されるらしい。
もっとも僕ら《妖精の森》の持つ《神王の指輪》は擬態能力を持ち、指輪だけを隠す事も可能であり大した問題ではない。
こうして血の吐息の王――ブラド・ライガの名で不磨五味の身柄が闇帝国へ引き渡される。それを他の王家にも伝達すると了承の伝言が送られてきた。
闇帝国は吸血種の中では最も残忍であり、吸血衝動を誇りとし人間を家畜と見做している吸血種。こんな奴らが最も尊ぶ盟約に唾を吐いた五味が引渡されればどうなるかなど火を見るよりも明らかだ。これで五味は名実ともに破滅した。
これが血の吐息関連情報についてだ。
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