扇丸逐電す

武蔵守政元

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第四話 扇丸vs氏家蛇ノ介

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小童こわっぱやりおる!」
 そう言って大喜びする源心入道。禅師と声を揃えて哄笑する。
「笑い事ではありませんぞ父上!」
 顔を真っ赤に染め上げた弾正是久だんじょうこれひさの怒りは尤もだ。桐島の名において開催された武芸大会で、自らの流派をよりにもよって「衆道」などと称し憚らないのだから家名を虚仮こけにされたと憤るのは当然のことであった。
「しかし当代。扇丸は衆道以外に流派を持たないのですから仕方ございますまい。無いものを求めても詮ないことですぞ。がはははは!」
 鞍山禅師がそう言って笑うものだから弾正是久としてももうこれ以上重ねる言葉がなく、憤然として押し黙るよりほかになかった。
 思えば両親を飢餓で亡くし、飢えというものをなによりも恐れる扇丸の血色がやたら良く、殊更痩せてもいないことは不自然というべきであった。要するに扇丸は、自らの肉体を売り物に春をひさぐことによって今日まで糊口を凌いできたのである。
 しかし飢饉の時代に生まれ育った扇丸にとって、飢餓は永遠に続く日常そのものであった。翻って若さゆえの色香など期間限定の儚いもの。
 扇丸はあのよわいにして知っているのである。春をひさぐなどいつまでも続けられる性質のものではないということを。身体は否応なく成長してゆき、男らしくたくましく成長した身体など、やがてどこの誰からも求められなくなる事実を、扇丸はあの齢で既に知り尽くしているのだ。だからこそ持てるすべてを駆使してでも今のうちに高名の侍に召し抱えられんと欲して、危険を顧みることなく死地に身を投じているのである。
 誰が、いったい誰がこんな世の中にしてしまったのか!
 禅師大笑しながらも目尻に光る一滴の涙。

 しかしそれにしても噴飯ものなのは扇丸の相手となる蛇神開眼流なる鎖鎌の使い手氏家うじいえ蛇ノ介じゃのすけと申す者である。見れば三十がらみのいい大人であって、それが自らの物の具である鎖鎌にかけたものかどうかは知らぬ、蛇神だの蛇ノ介だのと名乗って憚らないあたり、それはそれで恥を知らぬ振る舞いといって良い。いわゆる「痛いヤツ」の登場である。
 扇丸が自らの流派を衆道と言ってのけたことを笑ってやれた源心入道と鞍山禅師といえど、蛇ノ介に関していえば、
「毎度ながらこういうともがらがしゃしゃり出てくるのはなんとかならんものか」
 とやや食傷気味であった。
 幾度となく武芸大会を見分してきた彼らは、こういった手合いに限って大した実力を持ち合わせてはいないことを知り尽くしていたのである。
 ただ彼らは扇丸がなにか特別の戦闘能力を備えているといった甘い見通しも抱いていなかった。あまつさえ扇丸は得物を持たぬ徒手である。蛇ノ介の技量など多寡がしれているというものだが、それでも勝負は一瞬で片が付くだろう。かわいそうだが仕方がない。逃げる機会は与えた。

「始め!」
 開始の合図である陣太鼓が打たれた。と同時に
「きぃえぇぇえー!!」
 金切り声を上げて扇丸を威嚇する蛇ノ介。手にした鎖鎌を振り回すと、その刃先がヒュンヒュンと音を立てて風を切る。
 扇丸はといえばまるで棒立ちだ。恐怖のためか心なしか青ざめて見える。桐島源心入道を相手に一歩も引かず物を言ったさすが扇丸も、他ならぬ自分自身を殺そうとして迫る相手を前に恐怖したとしてなんの責めるところがあろう。
 その扇丸が意を決したものの如く一歩踏み出した。同時に自ら腰帯をしゅるしゅる解くと、襦袢の下は下帯も締めぬ赤裸である。
 これには控える歴然の旗本どもからも
「おお……」
 とどよめきが起こった。あの小僧いったい何をやる気なのか。
「これは……」
 瞠目する源心入道。

 扇丸の白くの細かい肌はこれまで幾度か面謁して知っていたが、こうやって一糸まとわぬ肢体を改めてまじまじと眺めれば、うなじから背中にかけての流麗な曲線美。
 この曲線は腰のあたりで最大屈曲をむかえ、そこから改めてなだらかな登りの丘陵を描いている。尻である。
 尻と太腿がたたえる、中身のぎゅっと詰まったような肉感。かといって無駄に肥え太っているわけではないしなやかさとを兼ね備えており、あまつさえちらりちらりと見え隠れする逸物は無毛。逸物そのものはこの緊迫した状況下、性的興奮に由来する怒張など望むべくもなかったのだから仕方がないが、萎えしぼんだそれは却って追い詰められた扇丸の窮状を何よりも雄弁に物語っているようであり、これはこれでわざとらしいところがひとつもない。
(こんなことやりたくてやってるんじゃない。でもおいらにはこれ以外に得手がないんだ)
 扇丸の声なき声が聞こえてくるようであった。

 調子よく振り回されていた蛇ノ介の鎖鎌の軌道に乱れが生じる。或いは動揺か。
 それでもこのまま扇丸が策もなく突っ立っておれば蛇ノ介はたちまち心理的衝撃から立ち直り、当初の決意に立ち帰って扇丸を鎌の刃先の錆としていたことだろう。そうならなかったのは、扇丸が蛇ノ介を襲った一瞬の動揺を見逃さなかったためかどうかは知らぬ、兎も角も間を置かず
「おっちゃん、おいらおっちゃんを倒すことは出来ないけれど、気持ちよくしてあげられるよ。
 気持ちよくなろうね?」
 扇丸が上目遣いにそう言いながらずけずけと蛇ノ介の制空圏に足を踏み入れたからである。
 桐島家首脳陣の見守るこんなところで、裾を絞った袴をずり下ろされ、下帯を解かれたにもかかわらず蛇ノ介は扇丸を打ち倒そうとしない。それどころか扇丸に為されるがままだ。跪いていそいそと蛇ノ介の下帯を解く全裸の扇丸に任せておけば、快楽が約束されているのだから打ち倒すわけがない。
 扇丸は快楽への期待が詰まって怒張した蛇ノ介の逸物をその小さな口腔に含んだ。 
 愛用の鎖鎌は、いつの間にか蛇ノ介の手から離れ落ちていた。
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