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コミュ症な妹のデートを覗きに行ったら

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 オレの29年という長い人生において、とても嬉しいことが起きた。
 3歳年下の妹に、ついに彼氏が出来たのだ。
 まさに奇跡。
 まさに僥倖。
 オレは舞い上がらんばかりに喜んだ。

 いや、実際舞い上がっていたかもしれない。

 なぜなら、妹は極度なコミュ症なのだ。
 他人に対しては一切会話ができないほど激しい人見知りなのだ。
 家族間では普通に話せるのに、第三者が入ると黙り込んでしまうほどひどいもので、今まで恋人はおろか友達のひとりも家に呼んだことはなかった。

 とはいえ、自分で言うのもなんだが妹はとても可愛い。
 ものすごく可愛い。
 オレが友人を家に招くと100%と言っていいほど「紹介してくれ」と頼まれた。

 こちらとしても妹には家族以外の誰かと仲良くなってもらいたいから、全力で紹介した。

 けれども、デートをこぎつける事はできても、大抵はそこ止まり。
 それ以上の進展はなく、友人たちからはこぞって「ごめん、無理」と謝られた。


 そんな妹についに彼氏が出来たのだ。
 勤めてる会社で何度かやりとりをしてるうちに仲良くなったというが、なるほど。
 なかなかの好青年だ。

 と言うのも、今オレは妹のデートに尾行している。
 二人で喫茶店にいるところを、少し離れたテーブルの先から覗いている。

 きっと、大の大人がなにをしてるんだとお思いだろう。
 シスコンか? とお思いだろう。
 だが仕方がない。
 オレは本当に妹が心配なだけなのだ。

 もしも今回も妹の外見だけで付き合おうとした輩だったとしたら。
 コミュ症だと知らずに無理やりデートに誘った狼だとしたら。
 オレは全力で妹を守らねばならない。
 そう思うと、オレの尾行にも力が入る。

 しかしそれも杞憂だったようだ。
 相手は大草原の小さなお家で羊相手に語りかけてそうな優しそうな顔をしている青年だった。
 あんなにさわやかそうなイケメン君だったら、しっかり妹をリードしてくれるだろう。


 安心したオレは、この喫茶店のケーキセットを注文して帰ろうと手をあげかけた。
 と、その時、何か違和感を感じた。

「………」
「………」

 さっきからあの二人、まったく会話をしてない。
 テーブルに向かい合って座っているのに、微動だにしてない。

 そういえば、最初から変な感じはしていた。
 公園で待ち合わせをしていた妹は、さわやかイケメンと出会ってすぐに何のコミュニケもとらずにここまでやってきたのだ。
 それまでの間、会話らしい会話はほとんどなかった。
 いや、皆無といっていい。

「………」
「………」

 緊張しているのか、二人はいまだに何の会話もしていない。
 二人が座っている窓際の席に、異様な空気が立ち込めているのがわかる。
 お互いにお互いの顔を見ようともしていない。


 あれはどう見ても……会話を失った恋人のソレだ。


 大丈夫か?
 大丈夫なのか?
 妹の方はまだいいとして(よくはないが)、男の方が心配になってくる。
 あれだけのさわやかイケメンだ。
 きっと、明るくいろんな話題を振ってきていたに違いない。
 たぶん妹はそれをことごとくスルーしていったんだと思う。

 いや、妹の名誉のために言わせてもらえば、妹は決して無視スルーしたくて無視スルーしてるわけじゃない。
 どう答えていいかわからないのだ。
 そして答えたくとも、それを声に出して言うのが怖いのだ。
 きっと男はそのことを知らずに全スルーされて途方に暮れてるのだろう。

 どうしよう。
 どうすればいい?

 この場合、「兄です」と言って登場したほうがいいのだろうか。
 いや、それだと今までのパターンとまったく同じになってしまう。
 過去、それで何度も相手の方から「妹にごめんって伝えて」と通訳係にさせられている。
 ここは様子を見た方がいいかもしれない。

 そもそも今回は妹の方から「彼氏とデートしてくる」と言ってきたのだ。
 オレのほうから「○○くんが食事したいって」と仕向けたわけじゃない。
 つまり、本気で付き合っている二人ということだ。
 ここでオレが登場したら、強制的にそこで終了となるではないか。
 まだ判断は早い。

「………」
「………」

 二人はなおも会話をしようとしない。
 端から見てると、会話を切り出そうという気配すら感じられない。
 本当に大丈夫なのか?

 さすがに喫茶店の店員さんも注文に聞きに行こうかどうしようか迷いながら、メニュー表を持ってオロオロしている。
 カウンターの方にチラリと目をやると、中年のダンディーなマスターが「何もするな」と首を振っているのが見えた。

 やっぱり、そう見えますよねえええぇぇッ!!
 ちょっとワケありなカップルに見えますよねええぇぇッ!!

 ああ、妹のデートはどうなってしまうんだ。
 まさかこのまま何も話さずお開きになってしまうのか……。


 ハラハラしながら見守っていると、さわやかイケメンが動き始めた。
 スッとポケットからスマホを取り出し、何やらピコピコやり始めたのだ。

 ええええぇぇー……。

 もしかしてゲームですか?
 スマホゲームですか?
 沈黙に耐え切れず一人遊び始めちゃった?

 そして妹はそれを見て何も言わない。
 黙って相手の顔を見つめている。

 ていうか、おい妹!
 なんか言えよ!
 バカにされてるぞ、お前!

 と。

 今度は妹の方がスマホを取り出し、ピコピコやり始めた。

 おお!
 そっちがその気ならこっちもってやつか!
 さすがは我が妹。
 ただでは退かないらしい。
 ふふふ、これには男も後悔するはずだ。
 なにせ妹はああ見えてコアなゲーマーなのだ。
 スマホゲームを課金せずに延々24時間ぶっ続けでやり通すほどの猛者なのだ。
 黙っていればずっとやり続ける。
 さすがにその時はオレが止めたが、あのままいってたら死ぬまでやっていただろう。


 しかし、男の方は妹がスマホゲームを始めても気にした風もなくピコピコとスマホをいじっている。
 なんだこいつは。
 こいつもゲーマーか?

 と、なんだか恥ずかしそうに笑い始めた。

 ………。

 ……それ、どんな心境?

 え、なに?
 わかんない。
 デート中にスマホゲームやって笑うって、なに?
 全然わかんない。


 すると突然、今度は妹の方がクスッと笑った。

 えええええぇぇぇぇぇーーー!?

 なになに?
 何が起きてるの?
 もしかして、お互い腹の探り合いでおかしくなっちゃった?

 妹は笑いながらスマホを高速で操作して何やら打ち込んでいる。
 その手が止まったかと思いきや、今度は男の方がクスッと笑う。

 その瞬間、オレはハッとした。
 そして気づいてしまった。
 気づいてしまったのだ。


 この二人、スマホで会話してやがる!!!!!


「………」
「………」

 相変わらず、お互いに声は発していない。
 けれども指は高速回転で動いている。
 なるほど、沈黙していたのはこのためか!
 だから会話してなかったのか!

 危ない危ない。
 あやうく早合点して帰らせるところだった。

 ………。

 ていうか、どうなのよ。
 目の前に相手がいるのに、目はスマホに向けられて会話は文字って……恋人としてどうなのよ。
 それは健全なお付き合いと呼べるのか?

 いや、まあ、そんなこと部外者のオレが口を出すことではないのだが。
 二人がそれでいいならいいのだが。

「……クスッ」
「……ふふ」

 でも、ああ、釈然としない!
 無言で笑いあうなんて不気味すぎる!
 いったいどんな会話してるんだ!?
 声がないから内容が全然わからない!

「……クスクスクス」
「……ふふふ」

 あまりにもスマホの会話が続いたため、オレは思わず立ち上がって叫んだ。

「お、おい!」

 それと同時だった。

「ち、ちょっと!」

 隣の席に座っていた女性が立ち上がってオレの声に合わせるかのように妹たちに向かって叫んだ。

 思わず女性のほうに目を向ける。
 女性も、ビックリした顔でオレを凝視していた。

 だ、誰、この人。

 立ち上がったまま顔を見合わせていると、妹がオレに気づいて声を上げた。

「お、お兄ちゃん!?」
「姉ちゃん!」

 さわやかイケメンも女の人に目を向けながら叫ぶ。
 姉ちゃん?
 姉ちゃんって、妹の彼氏のお姉さん?

 握りこぶしを作って立っている女性も、こちらに顔を向けながら
「お、お兄さん?」
 とキョトンとしている。

「んもー、お兄ちゃん、なんでついて来てるの?!」
「姉ちゃん、ついて来んなって言ったろ!?」

 二人がワーキャー言ってるが耳に入らない。
 なんだ?
 何が起きてるんだ?

「……もしかして、こちらのお嬢さんのお兄様でいらっしゃいますか?」

 女性が先に声をかけてきてオレはハッとした。

「は、はい、そうです……。あの、もしかして、あなたはこちらの男性の……お姉さんですか?」
「ええ」

 言いながらゆっくりと会釈する。
 ものすごく綺麗な人だった。
 こんな綺麗な人が隣に座っていただなんて……。
 思わず胸をおさえる。

 ヤバい、キュンキュンしちゃう。

 いや、それよりもだ。

「お兄ちゃん! 聞いてるの!?」

 妹がものすごい剣幕で怒っている。
 ああ、早くなだめないと。
 いや、その前に言ってやらないと。

「聞いてるよ。てか、なんだお前らはさっきから。スマホを見ながらクスクス、クスクスと。会話をしろ、会話を」
「会話してたもん! スマホで。ていうか、妹のデートについてくるなんて信じらんない!」
「スマホじゃなくて、しゃべろよ。こっちはハラハラしてたんだぞ」
「そんなのお兄ちゃんに関係ないじゃない!」

 妹の言葉に、隣でやりとりを聞いていたお姉さんがグイッと詰め寄る。

「か、関係なくはないわ! 私も弟の初デートが気になって後つけてたけど、二人ともスマホばっかりいじってて、端から見ててすっごくドキドキしてたのよ!?」

 え、お姉さんもオレと同じことしてたの?
 ていうか弟さん初デートだったの!?
 こんなにイケメンなのに……。

「………」

 つーか、妹!
 ここにきてコミュ症発揮ですか!?

 すると今度は弟くんが食って掛かる。

「姉ちゃんはすっこんでてよ! てか、弟のデートについてくるって、どんな神経してんだよ!」
「お、おい! すっこんでろは酷いと思うぞ? お姉さん、君のことを心配して見に来てたんだろ? 弟思いのいいお姉さんじゃないか」
「………」
「………」
「………」

 ってー!
 オレは無視ですかー!?

「ふふ、ごめんなさい。この子、すごく恥ずかしがり屋で。家族以外の方とは口きかないんです」
「え?」
「私とは普通に話せるんですけど……。コミュ症っていうんですか? そういうので」

 コミュ症?
 このさわやかイケメンもコミュ症?
 もしかしてこの女性ひと、オレと同じ立場の人?

「とにかく、帰ってくれ! デートの邪魔」
「お兄ちゃんも帰って。せっかくの初デートが台無し」

 ま、まあ、確かに。
 二人がどう付き合おうがオレたちにはまったく関係ないことで。
 スマホ同士の会話が気になって思わず声をかけてしまったけれど、邪魔だと思ったのならそうなんだろう。
 だとすれば部外者は退散すべきだ。

「……す、すまなかったな。お前のことが心配で、後つけたりして。会話がないから気になって思わず声をかけてしまった」

 オレは妹の頭に手をやって心から謝った。

「にしても彼氏、いい声してるじゃないか。生の声で会話したほうが、もっと楽しいと思うぞ? まあ、お前の勝手だけどな」
「……もん」
「ん?」
「私だって……今、初めて声聴いたんだもん」

 ………。

 ……マジかッッッ!?

 え、なにそのトンデモ発言。
 もしかしてこいつ、声も聴いたことない相手と付き合ってたの!?
 我が妹ながら、ちょっと引くんですけど……。

「オレも、初めてこいつの声聴いた」

 人の妹指差して「こいつ」呼ばわりすな。
 そしてなぜオレにじゃなく、姉に言う。

「へ、へえ……」

 ほら、ドン引きしてるじゃない!
 お姉さん、めっちゃドン引きしてるじゃない!
 そりゃそうだよ。
 声も聴いたことのない相手と恋人になるなんて、前代未聞だわ!

「ねえ、お兄さん。ちょっと」

 お姉さんがそう言ってオレを引っ張ると、耳元に口を近づけた。
 ふおおおお、ち、近い!
 妹がどうこう以前に、オレもまだ彼女歴ゼロなんですけど!

 ドキドキしながらお姉さんに顔を近づけていると、彼女はこれまたとんでもない提案をしてきた。

「あの、どうせなら4人一緒にデートしませんか? お互い家族相手にはしゃべれるようですので、通訳という形で……」
「よ、4人でデート……ですか?」
「はい。弟の会話を私が妹さんに伝えて、妹さんの会話をあなたが弟に伝えるっていう。それなら会話の内容もわかりますし、何より話す練習にもなると思うんです」
「ど、どうでしょう……。オレはいいとして、二人は……」
「オ、オレは別にいいよ」

 気付けば、オレたちの背後に弟くんがいた。
 顔を赤く染めながらソッポ向いている。

「あ、あの声聴きながらデート続けられるんなら……」

 そう言いながらどんどん顔を真っ赤に染めていく弟くん。
 ヤバい、なにこの子。めっちゃ可愛い!

「……私もいいよ」

 さらにその隣には妹までいた。
 どうやら、弟くんの影に隠れて妹も聞いていたらしい。
 それには弟くんもビックリしていた。
 忍びか。

「私も……あの声で会話してもらえるなら……」

 モジモジしながらつぶやくように言う我が妹。

 ああ、可愛い!
 なんでこんなに可愛いんだ、こいつは!
 弟くんも可愛かったけど、妹は世界で一番可愛い!
 やっぱり弟くんにはあげたくない!
 ……なんて言ってる場合じゃなかった。

「あの、二人ともOKみたいなんで……」

 そう言うと、お姉さんは親指を突き出して「じゃ、決まりね」とウィンクしてみせた。
 カ、カッコイイーーーッ!!
 このお姉さんも、めっちゃカッコイイ!

 ………。

 あれ?

 もしかしてこの中で一番イケてないの……オレか?
 妹や弟くんはリア充カップルだし。
 お姉さんは綺麗でカッコよくて光り輝いてるし。
 オレは上下とも黒のジャージだし……。

 ………。
 
 ま、まあ、もともとは妹のデートが上手くいくか見に来ただけだから、別にいっか。

「このあとどうする?」
「私、動物園行きたい」

 二人の会話を通訳しながら喫茶店を出ると、お姉さんがこっそりと耳打ちしてきた。

「あの。もしよろしければ、連絡先を教えてくれません?」
「へ? 連絡先?」
「また二人がデートするようなら、連絡取り合ってついていきたいですし」
「え、あ、ああ、そうですね」
「それに……」
「それに?」
「同じ境遇の人とこんなところで出会うなんて……思っても見なかったし」
「それはオレも思いました」
「なんだか運命感じちゃいました」
「は、はいぃ!?」

 思わぬセンテンスに一瞬意識が飛ぶ。

「できれば、弟たちがいない時にも会いたいです」

 ふふふ、と笑いながら二人のあとを追いかけるお姉さんの姿を見て、オレは思った。


 もしかしたら、今後はオレがコミュ症になるかもしれない、と。


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