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エピローグ
愛の魔法
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二人、ベッドの中で抱き合っていた。夜空の中にとろとろと眠気が襲い掛かる。思考がぼんやりとしていく。ふわふわとした脳内に、一つぼんやりと考えが浮かんだ。あの呪文のことだった。ヴァートと共に過ごす、満たされた生活の中で、すっかり、口にすることはなくなってしまった「愛の魔法」の呪文。のこと。
夜空は魔力を持ってはいないが、もしかしたら、魔力を注がれたら、もしかしたら使えるのかもしれない、と思ってしまったのだ。
「ヴァートさん……」
「どうしたんだ?」
「……あの、魔力を注がれた後って、人間でも、魔法を使えたりするんですか?」
ヴァートはうーん、と少しうなるような声を出した。どこか考えているような様子。
「……量によっては使えなくはないかもしれない。ただ、今君が持っている魔力は私が元から持っている魔力よりもずっと少ない。だから、唱えても何も起こらない確率の方が高いだろう」
「……そうなんですね」
「……何か、使いたい魔法があったのか?」
「その、俺、一つだけ、知ってる魔法の呪文があるんです」
「魔法の呪文?」
「はい。小さい頃、元いた世界の図書館で読んだ本に古い紙が挟まってて、そこに書かれていた呪文なんです。その紙に書かれていた文字は、こちらの世界の本のような文字で描かれていたんです。けれども当時の俺も、不思議とその呪文だけ読めて……。何度か唱えたんですけれど、30日前に、その呪文を唱えたら、こっちの世界に来たんです……」
夜空の言葉に、ヴァートは首をかしげる。
「……。そうか、不思議な話だな……。こちらの文字を読める人間界の人間は一定数いる、という話は聞くが、人を移動する、させる魔法はかなり大きな魔力を使う。当時の私がギリギリ使用できるくらいであったから、人間の君が使うのは難しい。おそらく君が呪文を唱えるタイミングと、こちらが魔法を使ったタイミングが偶然かみ合っただけだろう……」
「そうなんですね……」
「ちなみに、どういった呪文なんだ?」
「えっと…………」
思い出しながら、一つ一つ、噛みしめるようにして、その呪文を唱える。もう、この魔法は必要がない。愛はたくさん与えられて、満たされているから。
唱えるのは、きっと、これが、最後になる。夜空はそう、確信していた。
「 」
呪文を唱えた瞬間、ヴァートの表情が変わった。目を見開き、ひどく驚いた表情をしている。
「君が、どうして……その、呪文を……」
「え……?」
瞬間、目の前が、きらきらとしたまばゆい光に包まれた。今まで見た中で一番強い光。こちらの世界に来た時よりもずっと強い光だった。眩しくて思わず目を瞑った。眩しいだけで、衝撃は何も襲ってこない。
やがて、強烈な眩しさがおさまり、夜空はゆっくりと目を開ける。何が起こったのか、全く分からなかった。
「………………一体、何が……?」
夜空は戸惑いながら、ヴァートの方に視線を向ける。けれども、ヴァートは信じられない、と言ったような喜びの表情を浮かべている。彼の瞳が、涙で潤んでいた。
「……愛の、魔法だ」
「え……?」
ヴァートは夜空の身体を抱きしめる腕を緩め、そして、自身の左手を夜空に見せる。彼の左手の薬指に、紋様が入っていた。
「愛する者に、無限の魔力を与えることができる、という魔法だ。魔力量の消費はこの世界の魔法の中で一番少ない。しかし、発動が非常に難しく、選ばれたものにしか使えない強力な魔法だ。使った者と使われた者には、証のようにして左手の薬指に、紋様が入る」
夜空もヴァートを抱きしめている腕を緩めて、自身の左手に視線を向ける。左手の薬指に、円を描くようにして刺青のような、繊細な紋様が入っていた。まるで、誓いの指輪のように。
「どうして、それが……」
「……孤独だった過去の私は、その魔法に焦がれ、憧れていた。そして、いつか、その魔法を使いたい、と、夢想していた。けれども、つらい日々を送る中で、私を愛する者などいない、と自棄になって、その呪文のページだけ、破いて、遠くの世界に捨ててしまった」
その言葉で、夜空が思い出したのは蔵書庫に不自然に置かれていたあの本。隠すように置かれていて、ページが破かれていた本のことだった。
「私は、その魔法の存在を、忘れてしまおうとしたんだ。その魔法のページが行き着いた先が、君が幼い頃に目にした本だったんだ……」
本に挟まれていたあの紙は、それだったのか。驚くと共に、こうして、今、巡り巡って、大切な人のために使えたことを、ひどく嬉しく思った。
「…………その魔法が、私が、ずっと、使いたかった、魔法だ」
ヴァートの瞳から一筋涙が零れ落ちた。それが、大粒の涙となって、でも、その表情は、嬉しさでいっぱい、と言えるような、そしてひどく美しい表情であった。
「……ありがとう。ヨゾラ……」
ヴァートは、夜空のことを愛おしそうに、強く抱きしめた。夜空も、彼のことを抱きしめ返した。あたたかな体温が伝わってくる。満たされていた。
「……お願いです。一つだけ、約束してください」
「ああ」
「この、魔法の力を、復讐ではなくて、あなたが、幸せになるために使ってください」
「……もちろんだ」
一緒に、幸せになるために使おう。
夜空は魔力を持ってはいないが、もしかしたら、魔力を注がれたら、もしかしたら使えるのかもしれない、と思ってしまったのだ。
「ヴァートさん……」
「どうしたんだ?」
「……あの、魔力を注がれた後って、人間でも、魔法を使えたりするんですか?」
ヴァートはうーん、と少しうなるような声を出した。どこか考えているような様子。
「……量によっては使えなくはないかもしれない。ただ、今君が持っている魔力は私が元から持っている魔力よりもずっと少ない。だから、唱えても何も起こらない確率の方が高いだろう」
「……そうなんですね」
「……何か、使いたい魔法があったのか?」
「その、俺、一つだけ、知ってる魔法の呪文があるんです」
「魔法の呪文?」
「はい。小さい頃、元いた世界の図書館で読んだ本に古い紙が挟まってて、そこに書かれていた呪文なんです。その紙に書かれていた文字は、こちらの世界の本のような文字で描かれていたんです。けれども当時の俺も、不思議とその呪文だけ読めて……。何度か唱えたんですけれど、30日前に、その呪文を唱えたら、こっちの世界に来たんです……」
夜空の言葉に、ヴァートは首をかしげる。
「……。そうか、不思議な話だな……。こちらの文字を読める人間界の人間は一定数いる、という話は聞くが、人を移動する、させる魔法はかなり大きな魔力を使う。当時の私がギリギリ使用できるくらいであったから、人間の君が使うのは難しい。おそらく君が呪文を唱えるタイミングと、こちらが魔法を使ったタイミングが偶然かみ合っただけだろう……」
「そうなんですね……」
「ちなみに、どういった呪文なんだ?」
「えっと…………」
思い出しながら、一つ一つ、噛みしめるようにして、その呪文を唱える。もう、この魔法は必要がない。愛はたくさん与えられて、満たされているから。
唱えるのは、きっと、これが、最後になる。夜空はそう、確信していた。
「 」
呪文を唱えた瞬間、ヴァートの表情が変わった。目を見開き、ひどく驚いた表情をしている。
「君が、どうして……その、呪文を……」
「え……?」
瞬間、目の前が、きらきらとしたまばゆい光に包まれた。今まで見た中で一番強い光。こちらの世界に来た時よりもずっと強い光だった。眩しくて思わず目を瞑った。眩しいだけで、衝撃は何も襲ってこない。
やがて、強烈な眩しさがおさまり、夜空はゆっくりと目を開ける。何が起こったのか、全く分からなかった。
「………………一体、何が……?」
夜空は戸惑いながら、ヴァートの方に視線を向ける。けれども、ヴァートは信じられない、と言ったような喜びの表情を浮かべている。彼の瞳が、涙で潤んでいた。
「……愛の、魔法だ」
「え……?」
ヴァートは夜空の身体を抱きしめる腕を緩め、そして、自身の左手を夜空に見せる。彼の左手の薬指に、紋様が入っていた。
「愛する者に、無限の魔力を与えることができる、という魔法だ。魔力量の消費はこの世界の魔法の中で一番少ない。しかし、発動が非常に難しく、選ばれたものにしか使えない強力な魔法だ。使った者と使われた者には、証のようにして左手の薬指に、紋様が入る」
夜空もヴァートを抱きしめている腕を緩めて、自身の左手に視線を向ける。左手の薬指に、円を描くようにして刺青のような、繊細な紋様が入っていた。まるで、誓いの指輪のように。
「どうして、それが……」
「……孤独だった過去の私は、その魔法に焦がれ、憧れていた。そして、いつか、その魔法を使いたい、と、夢想していた。けれども、つらい日々を送る中で、私を愛する者などいない、と自棄になって、その呪文のページだけ、破いて、遠くの世界に捨ててしまった」
その言葉で、夜空が思い出したのは蔵書庫に不自然に置かれていたあの本。隠すように置かれていて、ページが破かれていた本のことだった。
「私は、その魔法の存在を、忘れてしまおうとしたんだ。その魔法のページが行き着いた先が、君が幼い頃に目にした本だったんだ……」
本に挟まれていたあの紙は、それだったのか。驚くと共に、こうして、今、巡り巡って、大切な人のために使えたことを、ひどく嬉しく思った。
「…………その魔法が、私が、ずっと、使いたかった、魔法だ」
ヴァートの瞳から一筋涙が零れ落ちた。それが、大粒の涙となって、でも、その表情は、嬉しさでいっぱい、と言えるような、そしてひどく美しい表情であった。
「……ありがとう。ヨゾラ……」
ヴァートは、夜空のことを愛おしそうに、強く抱きしめた。夜空も、彼のことを抱きしめ返した。あたたかな体温が伝わってくる。満たされていた。
「……お願いです。一つだけ、約束してください」
「ああ」
「この、魔法の力を、復讐ではなくて、あなたが、幸せになるために使ってください」
「……もちろんだ」
一緒に、幸せになるために使おう。
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