【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第七章 三十日目

第三十一話 ヴァートの想い

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 首筋に、ひやりとした、金属の感触のような何かが、伝ったような気がした。同時に、カシャカシャと金属の小さな粒がいくつも落ちるような音が聞こえた。けれども、それ以外に、夜空の身体に、痛みも、意識が薄れる感覚も、何も襲ってこなかった。どれだけ時間が経っても、それ以外に、何も起こらない。

恐る恐る目を開ける。目の前には、先ほど見えた石で出来た壁。何も変わっていない。視線を足元に向けた。首枷だったであろうもの。それが、粉々に砕け、その場に散っていた。

「え……?」

 夜空が、動揺の声を上げる。

「……首枷を、壊しただけだ。君の、身体には、傷は、ついていない」

 すると、ひどく弱々しいヴァートの声が聞こえてきた。後ろを振り向く。ヴァートはその場にしゃがみこんでいた。自分自身の身体を抱きしめるようにして、身体をがたがたと震わせている。

「ど、どうして……」
「……無理に、決まっている……。私に、君を、殺せる訳がない……」

 夜空が問いかけると、ヴァートは蹲りながら首を横に振り、答えた。ヴァートの声は震えていた。恐怖を感じている、というのがはっきりと分かる。

「……君だって、分かっているだろう……。私に、君を殺す気なんて、もう、とっくに、ないことが……」
「……」

 夜空は何も言えなくなってしまった。
最初から、人を殺せるような人ではないと、人を殺す、にしては、あまりにも優しい人だ。と思っていたから。彼に、ひどく残酷なことを強いてしまった、と夜空の中に後悔の念が渦巻く。自棄になっていたとはいえ、どうして、あんなことを望んでしまったのだろうか、と思ってしまった。

「……最初は、ただの贄、としか君のことを見ていなかった。縋るようにして見つけた、「魔力を得る魔法」を使うために呼び出した。それは、事実だ。君に、食事や寝床を与えたのも、ただの自己満足だった。贄だとしても凄惨な扱いをすると、過去の自分を思い起こしてしまいそうで、家の者達と同じことをしていると、思ったから。ただの、偽善のような、自己満足だ……」
「……そんな、ことは、」

 「されたくないことをしたくない」ではあったけれど、夜空が感じていたのは確かに優しさだった。でも、夜空の言葉を遮るように、ヴァートは続ける。

「君の意志とは関係なく、無理矢理こちらの世界に呼び出した時点で、大概ではあるがな……」

 ヴァートは身体を震わせながらぽつぽつと呟く。その姿を、夜空はじっと眺めることしか出来なかった。

「……贄として呼び出したけれど、それでも、君との生活は、掛け値なしに楽しかったし、幸せだった。私の、28年間の人生の中で、ずっと求めていたもの。そう思ってしまうほどに楽しく、幸せな時間だった」

ヴァートも、同じ気持ちだったことに、夜空の涙腺が緩む。夜空にとっても、ヴァートと過ごしていた時間は、今まで過ごした時間の中で、一番幸せな時間だったから。

「けれども、私と君を繋いでいるものは、“あの魔法”だけだった。本当にそれだけだ。それ以外に何もない。だから、それを失ったら、もう、君との繋がりが切れてしまうと思ったんだ……」

 夜空とヴァートの関係性は「30日後に、殺し、殺される関係性」だった。それ以外に何もない。

「“あの魔法を、もう使う気はない”なんて言ったら、それで、終わりになってしまうような気がしてしまった。25日目までは、なんとか、目的を、果たそう、としていた。けれども、あの日、君が、苦しむ姿を見てから、もう、無理だ、と思った。でも、今更、やめる、なんて言い出せなかった。君が、殺して欲しい、と言った時に、やめよう、と言えばよかったのに、離れていくのが怖くて、何も、出来なかった。ただ、怖くて、言えなかったんだ」

 ヴァートは、頭の中を精査せずに直接取り出すように、ぽつぽつと、想いを全て吐露していく。まるで、子どもが、言いたいことを一気に言うように、どこか支離滅裂で、それでいて、ひどく心許ない姿だった。それでも、夜空に、ヴァートの想いはしっかりと伝わってきた。

「……私が本当にしたかった事は、君が一番最初に言った通り、復讐、ではなかった。たくさんの魔力を得ることでもなかった。ただ、幸せに、なりたかった」

 ヴァートの声の震えがさらに強くなる。声に、嗚咽が混じり始める。

「君と一緒にいられるのは、幸せだった。どこかで、たった一言、“君と、一緒に、幸せになりたい”と言えばよかったのに、君が離れていくのが怖くて、それが出来なかった。“もうあの魔法は使わない。それでも君と一緒にいたい” なんて言ったら、君は、ここから出て行きたい、というかもしれないと思ったから、こうして、ずっと、引き留めてしまった。君を、苦しめて、本当に、……すまなかった」

 ヴァートは肩を震わせながら、嗚咽混じりに言葉を紡いでいた。

「……君はもう、自由の身だ。私の魔力は、まだ、僅かに残っている。その魔力で、君を、元の世界に返そう。無理矢理、こちらの世界に呼び出して、つらい想いをさせてしまって、すまなかった……。自由を奪って、すまなかった……。無理をさせてしまって、すまなかった……」

 まるで、小さな子どもが「ごめんなさい」を何度も繰り返しているかのよう。つられるようにして、夜空の瞳にも涙が浮かぶ。

 夜空は、確かめるように、自身の首に触れる。もう、自身の動きの自由を制限しているものは何もない。
 夜空はゆっくりとヴァートに近づく。そして、ヴァートの身体を覆うようにして、ぎゅ、と固く、抱きしめた。ヴァートのしっかりとした身体の感触と、そして、小さな小さな震えが伝わる。

「ヴァートさん。俺こそ、すみませんでした……。酷なことを、お願いしてしまって。ヴァートさんがよければ、俺は、これからも、ヴァートさんの、そばに、いたいです」

 夜空の瞳にも、涙が浮かんでいた。

「……。どう、して……」
「ヴァートさんと、過ごした日々は、俺の人生の中で、一番幸せな時間でした」

 夜空は、ヴァートを抱きしめる腕の力をさらに込める。もう、決して離さない、と言わんばかりに。

「ヴァートさん、これからも、ヴァートさんと、一緒に、いさせてください。魔法も何も使えない。魔力も返せない。きっと、唯一無二にもなれない。それでも、あなたと、一緒にいさせてください。俺も……あなたと、幸せになりたい。優しくて、あたたかいあなたのそばに、これからも、いたいんです。俺にとって、ヴァートさんは、代わりのきかない存在なんです」

 自身の発した言葉に、嘘は全くなかった。贄であったとしても、あの生活は、幸せでしかなかった。
だから、もし、許されるなら、彼と一緒に、これからも過ごしていきたい。そう思ったのだ。
夜空の腕の中、ヴァートの身体がゆっくりと動いた。そのまま、ヴァートは夜空を抱きしめる。その手は、少し震えてはいる。けれども、しっかりとした抱擁の感触が伝わってきた。

「……私も、これからも、君と、一緒にいたい。君と、幸せになりたい……」

 嗚咽が混じっている。けれども、はっきりと言葉にしたのが伝わった。夜空も、ヴァートに抱きしめられながら、はい、と返事をする。

「……君は、私にとって、唯一無二の存在だ」

 ヴァートが強く口にして、抱きしめる腕の力を強める。

 一瞬、夜空は、ヴァートの言葉の意味を、受け取ることが出来なかった。

「君は……、ヨゾラは……、私にとって、代わりのきかない存在だ。だから、これからも、ずっと、一緒にいて欲しい」

 どこか泣いた余韻の残る、でも、しっかりとした優しい声が、夜空の鼓膜を震わせた。瞬間、夜空の瞳から、ぼろぼろと嬉し涙が零れる。
ずっと、ずっと、渇望していたものが手に入った。ヴァートに、すがりつくようにして、子どものように、泣いていた。

「……もっと早く、この言葉を言えていればよかったな……すまなかった……」

ヴァートが泣き笑いのような声で言う。震えていたヴァートの手の動きは、あたたかく、柔らかく、夜空の背中をさするような動きに変わっていた。
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