【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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番外編

パンケーキの話

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 その日、二人でゆっくりとした時間を過ごしていた。ヴァートが一人で暮らしていた頃は、家事以外の時間は全て研究に当てていたそうで、こういう「休日」のような過ごし方をすることはあまりなかったそう。二人、書斎兼寝室で隣あって座っていた。

「……何か、したいことはあるか?」
「……そう、ですね……」

 こんな会話をよくするようになっていた。「したいこと」というのは物理的なものでもあるし、魔法を使ったことでもある。
ヴァートは夜空の「愛の魔法」により無限の魔力を手に入れることが出来た。しかし、その魔力を使うことはほとんどなかった。ヴァートも夜空も満たされてしまっていたから、いざ魔力を手に入れても、何に使うかが思いつかなかったのだ。

 そんな話をしていて、夜空があ、と一言声を出した。彼の頭の中に浮かんだことがあった。

「あの、一つ、やりたいことがあったんです」
「どんなことだ?」

 子どもの頃に出来なかったことをやりたいと思ったのだ。

「パンケーキを作りたいんです」
「……。パンケーキ……」

 ヴァートは少し首をかしげる。この世界にパンケーキに該当するものはないのかもしれない。けれども、夜空がどういう料理なのかを説明すると、彼はああ、と納得したような表情を見せた。

「作り方は違うかもしれないが、こちらの世界にも似た料理があるし、何度か作ったことがある」
「そうなんですね……!」
「いいのか? いつもとあまりしていることは変わらないが……」
「はい、小さい頃、本で読んでて、ずっと憧れてたんです」


 小さい頃、話の中身は忘れてしまったが、主人公と、中のいい大人がパンケーキを作る、という話があった。それを見て憧れたのだ。
 もちろん、何度か作ったことがあるし、大人になったから、一人でも簡単に作ることができる。けれども、一緒に作って、というのをやってみたかったから。

「材料もあるし、早速作ってみるか」
「はい……!」

 そして、二人のパンケーキ作りが始まった。材料はヴァートの家にもあった。粉類を振るい、卵と牛乳を割り入れ、混ぜる。デコレーション用の、生クリームに似た食材もあるから、それも泡立てて、フルアの実も刻む。二人で手分けして、談笑しながら行っていた。
 時々、お互いの視線が、それぞれの左手に向かった。あの「愛の魔法」の証として刻まれた文様を、幸せそうに眺めていて、それに気づいて、二人で目線を合わせて笑い合った。

 混ぜ終わり、生地を焼いた。甘く香ばしい香りが空間中に漂う。そして、二人で飾り付け。フルアの実も乗せる。

「出来た……!」

見た目は生クリームとリンゴの乗せられたパンケーキ。それを、二人でテーブルまで運んでいった。

「いただきます」
 
 30日の間、向かい合って座っていた席は、隣になっていた。
 ふんわりとした優しく、柔らかなパンケーキの味。それに混じるフルアの実の味と、そしてとろけるような生クリームの食感。思わず頬が緩んだ。

「美味しい……」
「ああ……」

ヴァートの方に視線を向ける。彼も、柔らかな表情をしていた。

「これからも、食べたいものがあれば、一緒に作ろう」
「はい……」

「ごちそうさまでした」

 二人で、食べて、片づけて、柔らかな時間を過ごしていた。

「……結局、魔法、使ってないですね」
「……そうだな」
 
 心地よく腹が満たされ、二人はソファの上にいた。パンケーキは作ったけれど、やっていることはいつもとあまり代わらない。二人で料理を作って、二人で食べて。

「……あれだけ渇望していたというのに、大きな力を得た生活が、こうなるとは思っていなかったな」

 そうは言うものの、ヴァートは、夜空を愛おしそうに眺めている。そして、君がいるだけで、満たされているよと、彼の頬を優しく撫でた。

「……俺もです」

 夜空はそっとヴァートの方に身体を寄せる。そして、その身体をヴァートが軽く抱きしめた。

「また、これから考えていきましょうか」
「そうだな」

 未来のことを考えて、二人で笑い合う。これから、たくさん幸せになれることがある。それが幸せだった。
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