【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第七章 三十日目

第三十話 望んでいること

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 30日目を迎えた。

ヴァートがいつも座っている机の前に夜空は座っていた。ヴァートが用意した椅子に座り、彼と向かい合うようにして座っている。面接試験を思い起こさせるような距離感だった。

「身体はもう大丈夫か?」
「はい。ありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみません……」
「いや、気にしなくて大丈夫だ。治ったのなら、それだけでいい」

そこからしばらく沈黙が走る。ヴァートは、夜空にどう切り出すか迷っているようだった。
そして、間もなく、恐る恐る、という雰囲気でヴァートの透き通った、美しい瞳が夜空に向けられる。その瞳は、迷いと戸惑いで満たされている。

「……もう一度訊こう。君は、どうしたい?」
「ヴァートさんの、魔力のために、殺して欲しいです」

夜空の答えに迷いはなかった。夜空が答えると、その迷いの色がさらに濃くなる。元々、「魔力を得る魔法」を使うために、贄として殺すために夜空をこちらの世界に呼んだというのに、そんな、迷いがはっきりと現われた態度でいいのだろうか、と思うくらいに。

「……失敗したことに責任を感じているのか?」
「それが、ゼロではないと思います。でも、あなたが魔法を使った分だけでも、返したいんです。それは、きっと、俺にしか出来ないことだから」

 夜空は、魔法を使うことは出来ない。ヴァートはは少ない魔力を使って、夜空に優しさを与えてくれた。
夜空がいなくても、きっとヴァートの生活は成り立つ。それまでだって、ヴァートは一人で過ごしてきたのだから。隣にいるのだって、自分じゃなくても、いい。だから、少しでも、魔力を返したい。

「俺を、殺してください。俺を、殺して、ヴァートさんが、少しでも魔力が得られるなら、それで、幸せになれるのなら、それが、俺にしか出来ないことなら、本望です」

 ヴァートは迷いを秘めたような表情を一瞬浮かべた後、夜空から視線をそらすように俯いた。長めの髪が、表情を隠してしまう。

「………………本当に、君は、それでいいのか?」
「はい。俺は、あの魔法のために、殺されるために、こちらに、来たんですから」

そういう、運命だった。最初から、怖さはあったけれど、受け入れてはいた。
 
殺されることに迷いはなかった。夜空は、表情の見えないヴァートのことを、真っ直ぐに見つめていた。優しい人に、殺しをさせてしまうことを、申し訳なくは思う。でも、これが、夜空のわがままで、望みだった。
 長い長い沈黙が、空間に響く。

「…………君が、それを、望むのなら、そうしよう」

 ヴァートは、どうすればいいか分からない、と言った風に、頷いた。表情は、見えなかった。

 これから殺される、というのに、穏やかな一日を過ごしていた。いつもよりも言葉は少なかったけれど、二人で料理をして、食事をして、ヴァートの仕事を手伝って、蔵書庫の本を読んで……。 
この世界に来てからの日常で、そして、あたたかく幸せな時間だった。

 夜になった。食事の後、ヴァートに、呼び出された。

「地下に行く前に、少しだけ、外に出ようか」
「え?」
「……今日は、満月だ。美しいから、せっかくだから、見せたい、と思ったんだ」
「……ありがとうございます」

 ひどく迷ったように言われる。これから殺すというのに。
 逃げ出さないように、と手を繋がれる。少し冷たく震えている。濃紺の空に、美しく大きな月が輝いている。町の中ではないから、随分と大きく見えた。

「……月が、綺麗ですね」
「……ああ」

 高校時代、国語の授業で教師が雑談していた、どこか気障な言葉を口にしていしまった。その言葉に含まれている意味も、返しも、ヴァートは知らない。きっと、知るよしもないと思う。でも、それでいい、と思った。
 二人でしばらく濃紺の空に浮かぶ月を眺めていた。

「……本当に、いいのか?」

 沈黙の中、ヴァートが、訊ねる。その声も、どこか震えている気がした。
 夜空は、迷わずに、はい、と答えて頷く。もう、夜空の心は決まっていた。幸せだった。だから、その幸せを、魔力として、少しでも、返したい、と思った。ヴァートの代わりのきかない存在

「そろそろ、行きましょうか。俺の、気持ちが変わらないうちに」
「……」

 ヴァートは、夜空に視線を隠すようにして頷く。二人で、家の中に入り、地下室へと向かった。手は、繋がれたままだった。

 地下室の階段を降りていく。一番最初は随分と距離があったのに、今は、こうして手まで繋いでいる。ちら、と隣に視線を向ける。長めの髪が、表情を覆い隠して見えなかった。元々、夜空を殺す為に呼び出していたというのに。

「……今まで、ありがとうございました。すごく、楽しかったです」
「……ああ」

 ヴァートは、それ以上は、何も言わなかった。薄暗い地下室、手が解かれた。そして、ヴァートが夜空の後ろに回る。

「目を閉じているんだ。今から、君の首枷に術を掛ける。苦痛は、ないようにする」
「はい。ありがとうございます」

最後に見えたのは、一番最初に見えた、あの、石夜空が目を閉じてしばらくした後、ヴァートが呪文を唱え始めたのが聞こえた。間もなく、それに混ざって、首枷から、ぱき、と小さな金属音が首枷から聞こえてくる。これから、死ぬんだ、と思った。

 瞬間、走馬灯のように、今までの記憶が頭の中に流れ込んで来る。

 衝撃と共に魔法界に呼び出されたこと。
 あたたかな食事。
 蔵書庫の本。見せてくれた柔らかな表情。
 外の柔らかな空気と、ヴァートの手の感触と体温。
 ずっと、求めていた幸せな時間。

 流れ込んで来るのは幸せであたたかな記憶ばかりだった。
 夜空が生きてきた、20年間の人生のうちのたった30日だけ。でも、彼と過ごした30日間は、とても濃くて、そして、人生の中で一番幸せだった、と言い切れた。

夜空は、ヴァートの唯一無二の存在ではない。でも、夜空にとっては、ヴァートは代わりのきかない存在、唯一無二だった。

自分が死ぬことに関して、恐怖は一切ない。心残りがあるとすれば、これから、ヴァートの歩んでいく未来がを見ることが出来ないことが心残り。自身を殺して得た魔力を使って、幸せになってくれることを、使えなかった魔法を使えるようになることを、夜空は祈っていた。
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