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第六章 想い
第二十八話 その後の話
しおりを挟む強い陽の光で、夜空はゆっくりと目を開ける。気がついたらベッドの上にいた。どこか意識がぼんやりとしている。身体を動かすのも億劫で、頭がぼんやりとして、思考がまとまらない。おそらく、熱を出しているのだと思った。額の上に冷えた感触。おそらく、氷嚢のようなものが乗っているのだろう。そして、目の前にきらきらとした光が散らばっていた。ヴァートの魔法の光だろう。
「……大丈夫か?」
ヴァートの声が聞こえる。夜空は、額に乗せられている氷嚢を緩慢な動作で枕元に置き、視線を、声の方向にゆっくりと動かす。不安そうな表情のヴァートがそこにいた。
「……なんの、魔法ですか?」
「……君の苦痛を和らげる魔法だ」
魔力を注ぎ込む行為は失敗してしまった。だから、もう、彼が大量の魔力を手に入れられる算段はないのに。どうして、ただでさえ少ない魔力を、自身を癒やすために使っているのか。申し訳なくなってしまった
「そんなことに、使わないで、ください……。もう、失敗したんですから……」
「……君がこうなってしまったのは私のせいでもある。使わせて欲しい」
使わせてしまう申し訳なさと、自身を思いやってくれる嬉しさで、涙腺が緩んだ。熱のせいもあるのかもしれない。そっと、目元を手で覆い、涙が流れるのを防ぐ。やっぱり、優しい人だ。と思った。熱を出した時に、こうしてそばにいてくれる人なんていなかったから。涙を押し込めた後、ゆっくりと腕を目元から外す。やはり、ヴァートの不安そうな表情は消えてくれなかった。
「……あの、本当に、すみませんでした。俺の、せいで……」
「もういい。私こそ、すまなかった」
ヴァートに逆に謝られてしまった。失敗したのは、自分のせいなのに。申し訳なくなってしまう。
ヴァートは穏やかな表情を夜空に向けた後、夜空が先ほど枕元に置いた氷嚢を持ってどこかに行こうとする。
「……ぬるくなっているだろうから、換えを持ってくる」
ヴァートは、夜空の元を去ろうと、軽く身体の向きを変えた。
「あ……」
その場を去ろうとするヴァートに向けて、夜空は思わず手を伸ばしてしまった。幼い頃に味わった、体調を崩した時に、一人でいる、あの感覚を味わいたくなくって。同時に、彼がもう戻ってこないような気がして。
夜空の動きに気がついたヴァートが歩みを止めて、再び夜空の元へ戻る。
「……つらいのか?」
「……いえ、あの、そうじゃなくて……」
熱のせいか、上手く言葉が出てこない。同時に、これを正直に言うのはあまりにも子どもじみていて少し恥ずかしくて。夜空は、熱のせいで潤んでぼやけた瞳でヴァートに視線を向ける。
「……まだ、行かない方がいいか?」
ヴァートが柔らかく問いかける。その声は、初日の冷ややかさは一切感じられない。優しい声だった。小さな子どもにかけるような柔らかい声。
「……はい」
「そうか……」
再び、ヴァートが夜空の側に戻る。しゃがんで、少し目線を彼に近づける。夜空の不安を和らげるかのように。
「……君が眠るまでは、側にいよう」
「……すみません、ありがとう、ございます」
やっぱり、優しい人だ。
彼の優しさに、胸が苦しくなる。ヴァートにとって、自身はなんなのだろうか。もう、贄ではないのに。優しくても、もう、「贄」でもなんでもない存在なのに。
安心感と、別のごちゃついた感情と共に、夜空の意識がだんだんと、眠りへと落ちていった。
――
昔の夢を見た。風邪をひいた時の夢。ずっと一人の、誰もいない部屋。ただ寝て、起きて、用意されたレトルトのおかゆを温めて食べる、を繰り返していた。風邪特有のつらさよりも、ずっと、寂しかったのを覚えている。
記憶を辿るように、夢の中で場面が流れていく。そこそこ成長してからの記憶に映っていく。ぼんやりした意識の中で、翌日のアルバイトの欠勤連絡を入れた。その日はたまたまシフトが入っていなくて、次の日にシフトが入っていたから。
快復してからバイトに向かった。自身の名前の上についていた×印。「出られなくなった」という意味を表すだけの記号ではあるというのはもちろん頭では理解している。けれども、そこに、申し訳なさと、代わりがきく、ということを強く感じてしまった。
「あの、今月分です……」
アルバイト代は全額「父親」に渡していた。父親は無言でそれを受け取っていた。家にいさせてもらうために。そして少しでも自身の存在を認めてもらいたい、という願いを抱きながら。
けれども、渡した金は、卒業する時に、「これは引っ越し代の足しにしてくれ」と一切手を付けずに返された。その言動だけ取れば気を遣われているようにも見える。けれども、それは、手切れ金のようなものなのだと思う。「お前とはもう関わりたくない」と言う空気が漂っていた。期待をしていたわけでもない。けれども、強烈な絶望感が、夜空の中にあった。
「……今まで、お世話になりました」
夜空は、逃げるようにして、今まで住んでいた場所から離れて暮らし始めた。高校時代の延長線上のように、アルバイトをいくつか掛け持ちして過ごしてきた。
お金も、生活に必要なくらい手に入っていた。生活としてはそこまで苦労はしていなかった。けれども、満たされることはなかった。
卒業してから一度だけ、アルバイトの都合で、住んでいた家の近くに来たことがある。その時、偶然、「父親」を見かけた。知らない女性と、知らない子どもと、手を繋いでいる姿を目撃した。夜空の前では見たことのない幸せそうな表情をしていた。凄まじい絶望と寂しさが過って、そこから、その寂しさを埋めるために、躍起になるようになった。
そして、夜空は寂しさを紛らわせる手段を覚えた。付き合う、よりもほんの一瞬だけ、気持ちが紛れた。顔も身体も褒められた。でも、嬉しくはなかったし、欲しいものは手に入るわけではない。代わりはいくらでもいた。
その日だけしか会わないであろう相手と別れ、それなりの金額のお金と、すぐに消える熱の余韻を抱きながら、夜空はまた、あの「愛の魔法」を唱えてしまう。
「 」
満たされなかった感情を埋めるように、あの愛の魔法を唱えてしまった。
誰かに取っての唯一無二――代わりのきかない存在になりたい。そして、愛されたい。きっと、一生叶わない願いだと思っていた。
あの「愛の魔法」を、最後に唱えたのは、いつだっただろうか。この世界に来てから、「愛の魔法」をほとんど、唱えることがなかった。ヴァートと一緒に過ごした生活に、寂しさはなかった。満たされていた。
贄のために呼び出された存在だ。「自分にしか出来ないことがある」という意味で嬉しかった。ヴァートは、贄でも自身のことを丁寧に扱ってくれた。優しくしてくれた。「愛」とはまた違うと思う。けれども、幸せだった。
ヴァートにとって、代わりのきかない存在にはきっとなれない。夜空が求めているような「愛」を受け取ることが出来ない、というのは分かっている。「贄」でそれ以上でも以下でもないのだから。
もう、贄になることも出来ない。でも、自分にしか、出来ないことをしたい。少しでも、彼に、幸せになって欲しい。
夜空の中で、決意は固まっていた。
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