26 / 39
第五章 二十五日
第二十五話 前日
しおりを挟む
24日目を迎えた。殺される、にしてはあまりにも凪いだ日常の時間を過ごしている。まるで、あの「魔力を得る魔法」を使うまでの、残り僅かな時間を噛みしめるかのように。
「あの……」
その日の仕事を終えた夜空。いつものように紙の上にペンを走らせているヴァートに声を掛ける。夜空には一つ気になっていることがあったのだ。
「どうした?」
ヴァートの手が止まり、視線が夜空に向けられる。
「……その、明日が、25日目なんですけれど、魔力を注ぐってどういう方法をとるんですか……?」
魔力を注ぐ、と言っても、その方法を夜空は知らなかった。ヴァートからも具体的な方法は聞いていなかったし、彼から言い出すこともなかったから気になったのだ。
以前、ヴァートが魔法を使って、本の文字が読めるようになったことがあった。そのように、何か魔法を使うのだろうか。
夜空に向けられていた視線が、どこか気まずそうに逸らされる。
「……すまない、説明していたと思っていたが……まだ、説明して、いなかったな」
夜空の方に視線を向けずに、口元をもごもごとさせている。ひどく言い出しづらそうなことを言おうとしているような、そんな雰囲気があった。
「……その、魔力を保持するものの魔力を、魔力を持たないものに直接注ぎ込む、というもので、いくつか、方法があるんだ……」
ヴァートはたどたどしく口にした。けれども、いくつか方法があるんだ、の後、ヴァートからはなかなか言葉が出てこなかった。口元を抑え、うーん、とうなるような声を発している。今まで生活した中であまり見たことのない姿。悩みながら言葉を選んでいる、ということは夜空にも分かった。そして、随分長い時間が経った後、例えば、と言いながらヴァートは話し始めた。
「…………」
難しい顔をしたヴァートが、言葉を選びながら、たどたどしく話していく。ヴァートが話している方法は、吸血鬼をモチーフにしたホラー作品やスプラッタ映画でしか聞いたことのない突拍子もない、それでいて随分と猟奇的な方法。夜空の顔がだんだんと青ざめる。
「……すまない。あまり気分のいい話ではなかったな」
夜空の様子を見たヴァートが言葉を止めた。流石に現実的にそれらの方法は出来そうにない。
「そ、その……他に、方法は……? できればあまり、血とかが出ない方法で……」
夜空は訊ねる。ヴァートはさらに難しい顔をした。
「…………ないわけではない。……ただ、そちらも、あまり、その、君にとっては、快いものでは、ないだろう」
そしてヴァートはやはり、なんと言えばいいのか分からない、という雰囲気で、視線を夜空に向けないまま、小さく口を開いた。
「……夜伽だ」
ヴァートが言葉を発した瞬間、夜空の口がぽかん、と開いた。衝撃で、夜空は何も言うことは出来なかった。夜伽、ということは、ヴァートと身体を重ねる、ということ。
今まで味わったことのない空気が流れている。
夜空も、どういう反応を返せばいいのか困ってしまった。ヴァートもヴァートで、視線を横にずらして、どうすればいいのか分からない、という風に唇を閉じている。
夜空が元いた世界で、「身体を重ねて力を得て戦う」というような謳い文句の過激なフィクション作品の広告を何度か見たことがある。フィクションの世界の出来事でしかない、と思っていたけれど、まさか、こんなことが実際に起こるなんて思わなかった。
でも、先ほど聞いた猟奇的で突拍子もない方法群よりは、ずっと、いいだろう。それに、身体を重ねる、という行為自体は何度も行ったことがあるから慣れている。選ぶとしたら、この方法だろう。それに、これは、身体を重ねる、という形をとるけれど、「魔力を注ぐ」ための手段で、それ以上でも、以下でもない。手段として割り切ればいいだけの話だ。
「……。それじゃあ、それで……」
夜空は恐る恐る答えた。答えた瞬間に、なぜか、寂しさが広がってしまった。
「え?」
ヴァートは、戸惑った瞳で夜空の方を見つめている。
「……その、必要、なんですよね……。魔法を使うために。だから、ヴァートさんさえ、よければ、その方法で……」
手段だ、必要なことだ、と自分自身に言い聞かせながら、言葉を重ねていく夜空。しかし、なぜか、寂しさが広がっていく。一瞬の熱を求めるための行為なんて、何回もしたことがあるというのに。なぜか、寂しさが、広がっていった。
「……君が、いいのなら」
そして、ヴァートもたどたどしく頷いた。
「あの……」
その日の仕事を終えた夜空。いつものように紙の上にペンを走らせているヴァートに声を掛ける。夜空には一つ気になっていることがあったのだ。
「どうした?」
ヴァートの手が止まり、視線が夜空に向けられる。
「……その、明日が、25日目なんですけれど、魔力を注ぐってどういう方法をとるんですか……?」
魔力を注ぐ、と言っても、その方法を夜空は知らなかった。ヴァートからも具体的な方法は聞いていなかったし、彼から言い出すこともなかったから気になったのだ。
以前、ヴァートが魔法を使って、本の文字が読めるようになったことがあった。そのように、何か魔法を使うのだろうか。
夜空に向けられていた視線が、どこか気まずそうに逸らされる。
「……すまない、説明していたと思っていたが……まだ、説明して、いなかったな」
夜空の方に視線を向けずに、口元をもごもごとさせている。ひどく言い出しづらそうなことを言おうとしているような、そんな雰囲気があった。
「……その、魔力を保持するものの魔力を、魔力を持たないものに直接注ぎ込む、というもので、いくつか、方法があるんだ……」
ヴァートはたどたどしく口にした。けれども、いくつか方法があるんだ、の後、ヴァートからはなかなか言葉が出てこなかった。口元を抑え、うーん、とうなるような声を発している。今まで生活した中であまり見たことのない姿。悩みながら言葉を選んでいる、ということは夜空にも分かった。そして、随分長い時間が経った後、例えば、と言いながらヴァートは話し始めた。
「…………」
難しい顔をしたヴァートが、言葉を選びながら、たどたどしく話していく。ヴァートが話している方法は、吸血鬼をモチーフにしたホラー作品やスプラッタ映画でしか聞いたことのない突拍子もない、それでいて随分と猟奇的な方法。夜空の顔がだんだんと青ざめる。
「……すまない。あまり気分のいい話ではなかったな」
夜空の様子を見たヴァートが言葉を止めた。流石に現実的にそれらの方法は出来そうにない。
「そ、その……他に、方法は……? できればあまり、血とかが出ない方法で……」
夜空は訊ねる。ヴァートはさらに難しい顔をした。
「…………ないわけではない。……ただ、そちらも、あまり、その、君にとっては、快いものでは、ないだろう」
そしてヴァートはやはり、なんと言えばいいのか分からない、という雰囲気で、視線を夜空に向けないまま、小さく口を開いた。
「……夜伽だ」
ヴァートが言葉を発した瞬間、夜空の口がぽかん、と開いた。衝撃で、夜空は何も言うことは出来なかった。夜伽、ということは、ヴァートと身体を重ねる、ということ。
今まで味わったことのない空気が流れている。
夜空も、どういう反応を返せばいいのか困ってしまった。ヴァートもヴァートで、視線を横にずらして、どうすればいいのか分からない、という風に唇を閉じている。
夜空が元いた世界で、「身体を重ねて力を得て戦う」というような謳い文句の過激なフィクション作品の広告を何度か見たことがある。フィクションの世界の出来事でしかない、と思っていたけれど、まさか、こんなことが実際に起こるなんて思わなかった。
でも、先ほど聞いた猟奇的で突拍子もない方法群よりは、ずっと、いいだろう。それに、身体を重ねる、という行為自体は何度も行ったことがあるから慣れている。選ぶとしたら、この方法だろう。それに、これは、身体を重ねる、という形をとるけれど、「魔力を注ぐ」ための手段で、それ以上でも、以下でもない。手段として割り切ればいいだけの話だ。
「……。それじゃあ、それで……」
夜空は恐る恐る答えた。答えた瞬間に、なぜか、寂しさが広がってしまった。
「え?」
ヴァートは、戸惑った瞳で夜空の方を見つめている。
「……その、必要、なんですよね……。魔法を使うために。だから、ヴァートさんさえ、よければ、その方法で……」
手段だ、必要なことだ、と自分自身に言い聞かせながら、言葉を重ねていく夜空。しかし、なぜか、寂しさが広がっていく。一瞬の熱を求めるための行為なんて、何回もしたことがあるというのに。なぜか、寂しさが、広がっていった。
「……君が、いいのなら」
そして、ヴァートもたどたどしく頷いた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説


獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる