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第三章 進む
第二十一話 使いたい魔法
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夜空が魔法界に来てから、10日が過ぎようとしていた。緩い日常が過ぎていった。ヴァートの顔色も、出会った時に比べて、随分とよくなっていたような気がする。
その日も、仕事を終え、彼が向かっていたのは、蔵書庫だった。興味のある本を眺めていた。その日読んでいたのは、「魔法界の風景」に関しての本だった。そこに描かれていたのは、虹色の水晶が輝く洞窟に、七色の雪が降るという雪山など、夜空が空想でしか想像したことのないような世界。魔法界のどこかに、それはあるのだという。その本に描かれている内容はまるで、小さなころに読んだファンタジー小説の一節のようで、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。ページをめくる速度が随分と早くなってしまう。
本に夢中になっていたから気がつかなかった。人の気配を感じる。夜空が振り向くと、ヴァートがそこにいた。
「ヴァートさん、すみません、もしかして、何か……」
ヴァートがここに来るのは初めてだった。この間のように、仕事をそっちのけ、ということはしていない。何か仕事に不備があったのだろうか。
「……お前の様子を見に来ただけだ」
じ、っと夜空に視線を向けられる。
「今日も、随分と楽しそうに読んでいるな、と思ったんだ」
「は、はい……」
読んでいて構わない。とヴァートは言った。視線を感じながら、夜空はページをめくっていく。その視線は監視、とは違う柔らかなもの。でも、少し緊張が走った。
「お前が始めて蔵書庫に来た時の事だ」
「は、はい…」
「本の背表紙興味津々に眺めていたことがあっただろう?」
「あ、そ、その時は、すみません…」
仕事よりも本の方に気を取られてしまった時のことだ。思い出して、少し恥ずかしくなってしまった。
「いや、責めたいわけじゃないんだ」
「随分と楽しそうな顔をして本を読んでいたからな。つい、見とれてしまったんだ」
ヴァートは柔らかな表情を浮かべる。夜空があまりみたことのない表情であった。
「その、前も言ったかもしれないんですけれど、小さい頃、図書館によく行ってたんです。その、一人が寂しい時期があって、それを、本を読んで、癒してて、だから、好きなんです」
「……私も、そんなことをしている時期があった」
「え?」
「寂しさを紛らわせるために、現実から逃げるために。いつか、魔法が使えたら、なんて空想したこともあったよ」
ヴァートは話す。その響きは、ふわふわと柔らかいものだった。まるで、幸せな思い出を思い出すような、そんな声。あまり聞いたことのない声だったから、夜空は戸惑った。と同時に、なんだか柔らかな気持ちになった。
「……お前が、以前訊いてきたことがあっただろう。“どんな研究をしているのか”と」
「は、はい……」
「……今はいろいろと少しずつかいつまんで研究を行っている。が、主な研究分野は、魔力が低い人間でも、魔法を使えないかどうか。ということだ」
「……それは、復讐のために?」
「……そうだと思っていた」
「え……?」
「…………魔法が使えないことは腹立たしかったし、家の者はひどく憎い。それは永遠に変わらないと思っている。でも、根底には、復讐、ではなく、魔法を、純粋に、使いたい、という思いがあったのかもしれない。それを、お前を見て、そして、昨日の質問で、なんとなく思い出してしまったよ」
「ヴァートさん……」
「お前が訊ねてきたように、使いたい魔法というのも、あったのかもしれないな」
「そうなんですね……」
心の中を打ち明けてくれたのは嬉しかった。もしも、小さい頃に、どこかで出会えていたなら、一体どんな関係性になっていたのだろう。そんなことを思ってしまう。
そんなことを考えながら、夜空はヴァートに視線を向けた。
瞬間、夜空の心臓がとくりと跳ねた。ヴァートは、懐かしそうにどこか、遠くを見つめている。柔らかな笑みを浮かべていた。こんな風に笑う人なのか、と。
まだ、死ぬのに恐怖がない訳ではない。でも、使って欲しい、と思ってしまった。この人が満たされるなら、自分を使って欲しい。と。そんなことすら思ってしまうような表情だった。
「ヴァートさん」
「……なんだ」
「……もうすぐ、使えるようになりますよ」
「………………」
今まで味わったことのない、とろけるような感情につられて、そんなことを、つい、口にしてしまった。
ヴァートは、一度、夜空に少し驚いた表情を向けた。そして、再び、髪の毛で視線を隠すようにして横を向いた。ああ、とどこか小さく、濁った返事が返ってきたような気がした。
日付はだんだんと進んでいく。柔らかで穏やかな生活が続く。殺される日も近づいてきている。だというのに、恐怖も何もない。それどころか、死ぬまでに与えられた幸せな生活、とすら思ってしまったのだ。この生活が、ずっと、続いてほしい、と思ってしまうような生活だった。
夜空にとっては、寂しかった子ども時代を取り戻していくようなあたたかく、やわらかな生活だった。同時に、それとはまた違った感情も、夜空の中に生まれ始めていた。
14日目から15日目に変わる日の深夜、夜空は目を覚ました。隣で、ヴァートが眠っている。その表情は、きっと優しい夢を見ているのだ、と思えるような表情であった。穏やかに眠っている彼を眺めて安心すると同時に、どこか心が高鳴るような感覚を覚えてしまう。
……お前だから、なのかもしれないな
数日前に言われた、そんな言葉を頭の中で反芻する。代わりが効かない、とばかりに言ってくれたその言葉が、嬉しかった。柔らかな表情を見て、この人のこんな柔らかな表情をもっと見たい、と思ってしまった。
ずっと、この人の側にいられる生活が送れたら、幸せなのかもしれない。そんなことを、不意に思ってしまった。
「だって、俺は、魔法のために、呼ばれたんだから……」
でも、それは叶わない、と言い聞かせる。期待をしたって、何も得るものはない。この人が優しくしているのは「されたくなかったことをしたくない」でそれ以上でも以下でもないんだと思う。優しいけれど、そういうことだ。それ以上を望んでしまうのは、おかしいことだ。ヴァートが夜空をこちらの世界に呼び出した理由は、自身を殺し、多くの魔力を得るため。そして、自身を殺して得た魔力の使い道は……。
――じゃあ、逆に質問する。お前が多くの魔力を手にしたらどう使うんだ。その魔法があれば人を生き返らせることと時間を戻すことと記憶を操作すること以外は全て出来ると思え
あの日の質問に、今ならきちんと返すことができる。夜空の中で、はっきりと、そう思えた。同じ質問を返されたら、今度は、きっと、きちんと返せる、と。そう思えたのだ。
その日も、仕事を終え、彼が向かっていたのは、蔵書庫だった。興味のある本を眺めていた。その日読んでいたのは、「魔法界の風景」に関しての本だった。そこに描かれていたのは、虹色の水晶が輝く洞窟に、七色の雪が降るという雪山など、夜空が空想でしか想像したことのないような世界。魔法界のどこかに、それはあるのだという。その本に描かれている内容はまるで、小さなころに読んだファンタジー小説の一節のようで、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。ページをめくる速度が随分と早くなってしまう。
本に夢中になっていたから気がつかなかった。人の気配を感じる。夜空が振り向くと、ヴァートがそこにいた。
「ヴァートさん、すみません、もしかして、何か……」
ヴァートがここに来るのは初めてだった。この間のように、仕事をそっちのけ、ということはしていない。何か仕事に不備があったのだろうか。
「……お前の様子を見に来ただけだ」
じ、っと夜空に視線を向けられる。
「今日も、随分と楽しそうに読んでいるな、と思ったんだ」
「は、はい……」
読んでいて構わない。とヴァートは言った。視線を感じながら、夜空はページをめくっていく。その視線は監視、とは違う柔らかなもの。でも、少し緊張が走った。
「お前が始めて蔵書庫に来た時の事だ」
「は、はい…」
「本の背表紙興味津々に眺めていたことがあっただろう?」
「あ、そ、その時は、すみません…」
仕事よりも本の方に気を取られてしまった時のことだ。思い出して、少し恥ずかしくなってしまった。
「いや、責めたいわけじゃないんだ」
「随分と楽しそうな顔をして本を読んでいたからな。つい、見とれてしまったんだ」
ヴァートは柔らかな表情を浮かべる。夜空があまりみたことのない表情であった。
「その、前も言ったかもしれないんですけれど、小さい頃、図書館によく行ってたんです。その、一人が寂しい時期があって、それを、本を読んで、癒してて、だから、好きなんです」
「……私も、そんなことをしている時期があった」
「え?」
「寂しさを紛らわせるために、現実から逃げるために。いつか、魔法が使えたら、なんて空想したこともあったよ」
ヴァートは話す。その響きは、ふわふわと柔らかいものだった。まるで、幸せな思い出を思い出すような、そんな声。あまり聞いたことのない声だったから、夜空は戸惑った。と同時に、なんだか柔らかな気持ちになった。
「……お前が、以前訊いてきたことがあっただろう。“どんな研究をしているのか”と」
「は、はい……」
「……今はいろいろと少しずつかいつまんで研究を行っている。が、主な研究分野は、魔力が低い人間でも、魔法を使えないかどうか。ということだ」
「……それは、復讐のために?」
「……そうだと思っていた」
「え……?」
「…………魔法が使えないことは腹立たしかったし、家の者はひどく憎い。それは永遠に変わらないと思っている。でも、根底には、復讐、ではなく、魔法を、純粋に、使いたい、という思いがあったのかもしれない。それを、お前を見て、そして、昨日の質問で、なんとなく思い出してしまったよ」
「ヴァートさん……」
「お前が訊ねてきたように、使いたい魔法というのも、あったのかもしれないな」
「そうなんですね……」
心の中を打ち明けてくれたのは嬉しかった。もしも、小さい頃に、どこかで出会えていたなら、一体どんな関係性になっていたのだろう。そんなことを思ってしまう。
そんなことを考えながら、夜空はヴァートに視線を向けた。
瞬間、夜空の心臓がとくりと跳ねた。ヴァートは、懐かしそうにどこか、遠くを見つめている。柔らかな笑みを浮かべていた。こんな風に笑う人なのか、と。
まだ、死ぬのに恐怖がない訳ではない。でも、使って欲しい、と思ってしまった。この人が満たされるなら、自分を使って欲しい。と。そんなことすら思ってしまうような表情だった。
「ヴァートさん」
「……なんだ」
「……もうすぐ、使えるようになりますよ」
「………………」
今まで味わったことのない、とろけるような感情につられて、そんなことを、つい、口にしてしまった。
ヴァートは、一度、夜空に少し驚いた表情を向けた。そして、再び、髪の毛で視線を隠すようにして横を向いた。ああ、とどこか小さく、濁った返事が返ってきたような気がした。
日付はだんだんと進んでいく。柔らかで穏やかな生活が続く。殺される日も近づいてきている。だというのに、恐怖も何もない。それどころか、死ぬまでに与えられた幸せな生活、とすら思ってしまったのだ。この生活が、ずっと、続いてほしい、と思ってしまうような生活だった。
夜空にとっては、寂しかった子ども時代を取り戻していくようなあたたかく、やわらかな生活だった。同時に、それとはまた違った感情も、夜空の中に生まれ始めていた。
14日目から15日目に変わる日の深夜、夜空は目を覚ました。隣で、ヴァートが眠っている。その表情は、きっと優しい夢を見ているのだ、と思えるような表情であった。穏やかに眠っている彼を眺めて安心すると同時に、どこか心が高鳴るような感覚を覚えてしまう。
……お前だから、なのかもしれないな
数日前に言われた、そんな言葉を頭の中で反芻する。代わりが効かない、とばかりに言ってくれたその言葉が、嬉しかった。柔らかな表情を見て、この人のこんな柔らかな表情をもっと見たい、と思ってしまった。
ずっと、この人の側にいられる生活が送れたら、幸せなのかもしれない。そんなことを、不意に思ってしまった。
「だって、俺は、魔法のために、呼ばれたんだから……」
でも、それは叶わない、と言い聞かせる。期待をしたって、何も得るものはない。この人が優しくしているのは「されたくなかったことをしたくない」でそれ以上でも以下でもないんだと思う。優しいけれど、そういうことだ。それ以上を望んでしまうのは、おかしいことだ。ヴァートが夜空をこちらの世界に呼び出した理由は、自身を殺し、多くの魔力を得るため。そして、自身を殺して得た魔力の使い道は……。
――じゃあ、逆に質問する。お前が多くの魔力を手にしたらどう使うんだ。その魔法があれば人を生き返らせることと時間を戻すことと記憶を操作すること以外は全て出来ると思え
あの日の質問に、今ならきちんと返すことができる。夜空の中で、はっきりと、そう思えた。同じ質問を返されたら、今度は、きっと、きちんと返せる、と。そう思えたのだ。
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