【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第三章 進む

第二十話 就寝

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「ヴァートさん……?」

 その日の夜、夜空が寝ようとした時だった。夜空はヴァートを見て戸惑いの声を上げた
随分と緩い服装でベッドに近づいていた。いつも身に着けているローブを身に着けていな
い。夜空の世界で言うハイネックと柔らかな素材のズボンに似た、緩い服装をしていた。
これは、ヴァートが就寝する時の服装であった。寝起きの時にこの服装をしているのを
見たことはあったものの、夜に、この服装で動いているのを見るのは初めてだった。いつも、夜空よりも遅く寝ていたから。

「……寝ようと思っている」
「あ、はい……」

夜空は、ヴァートがベッドに入るまでの姿をどこか戸惑いながら目で追いかける。いつもよりも緩い服装で、ベッドの上に乗り、そして、毛布を掛けて、す、と背中を向けられた。
振動も何も伝わってこない。魔法が使われている。でも、確かに彼の身体がそちらにある、というのが夜空には見えた。

「灯り、消してもいいか?」
「あ、はい。おやすみなさい」
「……ああ」

 背中を向けて言われた。間もなく、灯りが消える。背中は向けられていて、魔法の壁はあるものの、あまり距離は感じなかった。

 部屋の暗さに任せて、夜空が目を閉じる。すると、ヴァートが小さく息を吐く音が聞こえてきた。それは、何かを話す前の呼吸と似ている。夜空は閉じた目をもう一度開けて、ヴァートが話はし始めるのを待った。

「……こんなに早く寝るのは随分と久しぶりだ」

独り言のようにも、夜空に話しかけているようにも聞こえてきた。答えた方がいいか少し迷う。

「……そう、ですね」

 少し迷った末、夜空はヴァートの言葉に答えた。どこか、手探りで。こう答えるのが正解かわからなかったけれど。

「……以前、お前が私に対して、“寝ないのか”と訊ねたことがあったな」

 ヴァートは話し始める。これは、間違いなく夜空に向けてのものだった。どこか、独り言にも似た会話をしようとしているのだ。

「はい……」
「……その時にお前の監視、や寝込みを襲われないため、と答えた。それは、嘘ではないが、それだけが理由ではない……。そもそも私は寝るのが好きではなかった。見る夢の大概が悪夢だったんだ……」

 ヴァートは、どこか、たどたどしく、頭の中をまとめるようにして話す。それを、夜空は、魔法の壁の向こうで、相槌を打つように訊いていた。

「でも、……こうして、お前が隣にいると、悪夢を見ないんだ。最初は偶然かと思ったけれども、そうではなかった。このベッドの上でも、何度も眠っていたし、隣に誰かがいたことも、初めてではないというのに」

 そして、ヴァートは、少しの間の後、小さくふ、と息を吐いて口にした。

「……お前だから、なのかもしれないな」

 お前、の部分を強調して、ヴァートは言う。その言葉は、夜空に向けられたものだった。
瞬間、夜空の中にぎゅ、と熱くなるような想いが溢れた。まるで、夜空でなければいけない、という風に言われたような気がして、嬉しい、という一言だけでは言い表せないような気持ちになる。この間言われた「お前がいなければ、出来ないことだってあった」という言葉も嬉しかった。でも、この言葉は、さらに特別な、夜空だけのプレゼントのように、感じられてしまったのだ。

「寝入るところを邪魔したな。おやすみ」

 夜空は、おやすみなさい、と答えるのが精いっぱいだった。


――お前だから、なのかもしれないな。

 夜空は、その言葉を何度も頭の中で繰り返す。その言葉が、嬉しかった。昼間、ヴァートに質問をした時に、「代わりのきかない存在になりたい」と言ったから、気を遣ってくれたのかもしれないし、本当のことなのかもしれない。
でも、ヴァートのその言葉で、胸が熱くなった。それは、あたたかさ、や柔らかさとはまた別の感情を伴っている。まるで、ときめきのような、とろけるような響きがあった。
嬉しさのあまり、その日、夜空はなかなか寝付くことができなかった。
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