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第三章 進む

第十九話 魔力を得たらの話

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「ヴァートさんって、魔力を得た後って、復讐以外に何か使ったりとかするんですか?」

 食事の時、夜空はヴァートに訊ねてみた。先ほど読んだ本に影響されて、もしも、ヴァートが復讐以外に魔法を使うとしたらどうするのか、気になったのだ。
先ほど読んだ本も、「人間が魔法を使えるのか」みたいな話で、彼の所持している本のラインナップからもあまり刺々しいものが見えなかったから。「魔法で呪い殺す方法」みたいなものはあまり見えなかったから。優しい、と感じられるような彼の性格も相まって、本当にしたいことはやはり違うのかもしれない、と。思った。

「……何を言っている。全て復讐のために使うに決まっているだろう。なぜ今更そんなことを訊ねた」

 訊ねた瞬間に、久しぶりにヴァートからひどく冷えた空気が発せられた。今まで、穏やかな雰囲気ばかりであったから、少し、恐怖を感じてしまった。

「あ、えっと、すみません。その、俺を殺して魔力を得る魔法って、その、たくさんの魔力を得られるんですよね? だから、他に、何か使い道、考えてたのかなあって……。その、美味しいものをたくさん食べる、とか、見たことない場所に行く、とか……」

夜空は弁明のように謝罪をする。悪気がないことをヴァートは察したのか、ほんの少しだけ、冷えた雰囲気は緩まった。

「……全く。復讐をする以外に考えられなかった」
「そうなんですね……」

 少しの沈黙。もしかして、怒らせてしまったかもしれない。申し訳なくなって、謝罪しようとした時だった。ヴァートが夜空に問いかけた。

「じゃあ、逆に質問する。お前が多くの魔力を手にしたらどう使うんだ。その魔法があれば人を生き返らせることと時間を戻すことと記憶を操作すること以外は全て出来ると思え」

 それらは今まで誰がやっても出来なかったし、出来たとしても、それを行った時点で重罪だ。とヴァートは言う。

「…………うーん」

いざ訊かれたら困った。自分で言っておいて、ものに関しても、食事に関しても、あまり執着がなかった。魔法で、出来ること。人を生き返らせることと、時間を戻すこと以外……。

「……あ」
「何だ」
「……誰かの、唯一無二に、なりたい、ですかね」
「……どういうことだ」

 夜空の中にずっとあった想いだ。その奥に眠っている「愛されたい」は反応に困るかと思って、流石に言わないでおいた。

「その、代わりの効かない存在に憧れていたんです。誰かにとっての特別、というんでしょうか。誰かにとって、いなきゃいけない、と思われるような存在に、なりたいなって思って……」

 夜空は目を伏せながら言葉を紡いでいた。

「君の代わりはいない」と電話の向こうで言われていた誰か。「あなたの代わりはいないの」とテレビの向こう側で見ていた恋人たち。
皆、代わりの効かない存在だというのは明らかだった。同時に、自分にはなり得ない存在だ、というのが。自分のことを、

「だから、その、変な話なんですけれど、殺される、っていう役割でも、代わりが効かないっていうのは、ちょっと、嬉しい、みたいな感じになったんです……」

ヴァートから、愛を得られるわけでもない。優しくはしてくれていたけれど、それは、夜空に特別の情があるものでもない。それでも、代わりの効かない存在、という事実は、夜空にとって、今まで受けたことのないものであったから。

「……そう、か」
「すみません、変な話をしてしまって」
「……いや」
「まあ、でも、その、魔法を使って人の心を変えたり、っていうのも、あんまりいい使い方じゃない気がするので、もう少し、考えておきます……」
 
 魔法で、人の心を動かして誰かの特別になる、というのも違う気がする。
 空想であればいろんなことを考えられたのに、いざこういう状況となると、全く思いつかなかった。

「……お前は、私が殺す日までは、代わりの効かない存在だ。特別、ではないにしろ、お前のことは必要としている」

 ヴァートが夜空に対して言った。言葉通り取れば、脅しのようにも聞こえる。けれども、その言葉は、どこか夜空の事を想うような、柔らかな響きだった。気を遣ってくれたのかもしれない、と思うほどに。

「……はい、ありがとう、ございます」

 けれども、同時に、夜空に不安と疑問が浮かんだ。30日を前に殺したら、「魔法薬の材料くらいにはなる」ということをどこかで言っていた。じゃあ、30日を過ぎたらどうなるのだろうか、と。

「……あの、もしも、殺されなかった場合って、どうなるんですか? 例えば、その、魔力を注ぐ25日目に、俺が大怪我をして、とかが起こったら……」
「……25日目に出来なかった場合、それは、失敗と同じことになる」

 ヴァートが話し始める。こちらに来てから30日を過ぎてしまうと、人間界の人間は、魔法界の環境に馴染んでしまって、器としての力を失ってしまうのだという。だから、25日を過ぎたら、魔力を注いでも、器としての意味はなくなってしまうのだという。

「……まあ、迷信に近いものだ。だから、それも、根拠のないものかもしれないし、本当のことなのかもしれない」
「……そうなんですね」

 失敗は出来ない。夜空の中に、少しの緊張が走った。もしも、失敗したら、自分は、どうなってしまうのだろうか。と。死ぬことよりも、自分の存在意義がなくなってしまう事の方が怖かった。

「じゃあ、失敗したら、俺は、用済みって、こと、でしょうか……?」
「……もしも失敗しても、お前は貴重な人間だ。魔法薬の材料にでも、何でもなるだろう。こちらの世界に呼び出した意味くらいは見いだしてやる」
「……あ、ありがとうございます」

 ヴァートが少しの沈黙の後に答えた。随分と不器用な、どこか迷いのあるような、たどたどしげな口調だった。でも、そこに、ヴァートの優しさが見えるような気がしてしまった。「代わりの効かない存在になりたい」という夜空の想いを汲み取るような、そんな雰囲気が。やはり、優しい人だ、と思った。やろうとしていることは随分と残虐で、所々で物騒な発言はあるけれど、根は優しい人だ、と思った。
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