【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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むかしのはなし

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夜空(よぞら)の母親は、夜空が物心つく前に蒸発した。連絡先どころか、今生きているか死んでいるかも分からない。どんな人物なのか、夜空の「父親」からもきちんとした話を聞いたことがない。まだ、小学校に入学する前の夜空が、「父親」に、母親について訊ねた瞬間、ひどく恨みのこもった視線を向けながら「話すことがない」、と言われてしまった。それから、夜空は母親に関してを訊ねてはいけない、ということを悟ったのだ。

 唯一知っているのは、写真での姿だった。赤いワンピースを身に纏い、赤子の夜空を抱きかかえる女性の写真。それが、夜空の知っている母親の唯一の姿。写真からでもわかるつややかな長い黒髪。つり目気味のぱっちりとした瞳。すっと通った美しい鼻筋。赤い口紅を塗り、弧を描く形のいい唇。息子だという贔屓目を抜きにしても、綺麗な女性だと思った。でも、どこか遠い他人のような気がしてしまった。

 その写真は、夜空が小学校に入って少し経った頃に、夜空の「父親」から渡された。「それがお前の母親だ」とどこか憎々しげに言ったのを、夜空ははっきりと覚えている。
夜空と、夜空が父親だと思っていた男の血が繋がっていない、と分かったのは、それから少し経ってからのことだった。

 夜空の「父親」は父親として最低限のことはしてくれた。肩書きのある仕事に就いていたから、体裁的な理由かもしれない。ある程度の年齢になるまで、生活には不自由のないようにしてくれた。食事はいつも冷蔵庫に用意されていたし、学校に提出が必要な書類は、机の上に置いておけば、期限内にしっかりと返ってきていた。けれども、それだけだった。夜空は、家にいる時間のほとんどを一人で過ごしていた。団らん、なんて夢のまた夢。参観日にも遠足にも来ることはない。「父親」が夜空に向ける視線は、憎しみと、苛立ちのこもった視線だった。夜空がテストでいい点を取っても、夜空がいくら「いい子」として振る舞っても、「父親」からの愛をもらえることはなかった。

 「父親」が家にいることはほとんどなかった。「仕事が忙しい」という言葉が「父親」の口癖。それも本当かもしれないけれど、きっと、別な家に行っている、と夜空は思っていた。「君の代わりはいないんだ。君のことを愛している」と、電話の向こうの誰かに対して話していたのを夜空は聞いたことがあったから。

 一人の寂しさを紛らわすために、夜空はよく図書館へと向かっていた。図書館であれば、遅くまで開いていたから。放課後に友人と遊び終えた夜空は、みんなと一緒に家に帰るフリをして、遊び終わった後の時間でも空いている図書館へと向かっていた。そこで、寂しさを紛らわせていた。図書館の職員の大人に、遅くまでいることを窘められないように、陰の方に隠れて本を読んでいた。
 夜空が図書館でよく読んでいたのは、ファンタジーの物語だった。強い戦士や魔法使いが、悪い敵と戦う話、魔法の世界で宝を探しに行く話、たくさんの魔法の本に囲まれた空間で、幻の本を見つける話……。そんな、空想の世界を描いた物語に浸って、寂しさを紛らわせていた。そして、空想の、現実にはあり得ない物語、だとは分かっていても、どこかにそんな世界があるんじゃないか、そこに行ったらどうなるのだろうか、と夢想をして、わくわくとした気持ちになっていた。

その日も、夜空はファンタジー小説を読んでいた。森の奥に住む恐ろしい魔法使いを倒しに、一人ぼっちの魔法使いが戦いを挑みにいく話だった。

「あれ……?」

 主人公の魔法使いが魔法を唱えるシーンに、栞のようにして紙切れが挟まっていた。夜空はそれを手に取る。随分と古びた紙だった。まるで、古い本の一部分が乱暴に破かれたような紙だった。

「何の紙だろう……」

 そこに記されていたのは、ひらがなでもカタカナでもアルファベットでもない。今までの夜空の生活の中では見たことのない文字が並んでいる。でも、不思議なことに、一部だけではあるけれども、その紙に書かれている文字を読むことが出来てしまった。

「愛、の、魔法……?」

読むことができたのは「愛の魔法」という題名らしきものと、呪文にあたるもの。
誰かのいたずらだ、と最初は思ってしまった。魔法の呪文なんてあるわけない、と。
呪文やおまじないを夜空はもう信じてなかった。どんなおまじないを試しても、自分の周りの状況は、何も変わることはなかったから。でも、なんだか、その「愛の魔法」は書かれている文字も相まって、夜空にとって特別なものに思えた。

「   」

 唱えてみる。今まで学校で習った言葉や、おまじないの本で得た知識とは全く違う響きをしていた。
もちろん、何も起こらなかった。でも、少しだけ寂しさが薄らいだ気がした。

 それから夜空は、寂しい時に、その「愛の魔法」を唱えるようになった。他のおまじないはすっかり忘れてしまったのに、「愛の魔法」の不思議な響きだけが、ずっと残っていた。「愛の魔法」と書かれてはいたけれど、それに、どんな効果がある呪文なのかは知らないし、叶うはずもない。けれども、どこか、特別なお守りのように思えてしまったのだ。
その紙が挟まれていた小説の結末が、恐れられていたけれども、寂しかっただけの魔法使いと一人ぼっちの魔法使いが、心を通わせて、二人で楽しく暮らす、という結末だったから、その内容とつなげるように覚えていたのだ。

図書館の閉館時間ギリギリまでいた後、一人ぼっちの家に帰る。それが、夜空の日常だった。
 その日も冷蔵されていた食事を温めて食べ、宿題や風呂を追えた後に、一人の寂しさを紛らわせるために、一人の部屋でドラマを眺めていた。身の回りの人間達に苦しめられてきた二人が出会い、お互いの唯一無二の存在となる話。

「あなたの代わりはいないの!」

 そんな風に言いながら抱き合う画面越しの恋人達を眺めながら、ひどく羨ましく思ってしまった。
 「父親」も口にしていた。電話越しの誰かに、「君の代わりはいないんだ」って。
 代わりのきかない存在になったら、きっと愛されるのかもしれない。だから、夜空は、代わりのきかない存在になりたい、と願ってしまった。

「代わりのきかない存在になりたい」 そんな想いを、夜空は渇望していた。

 一つ、また一つと学年が上がっていくに連れて、人との付き合い方を覚えてきた。ニコニコとした笑顔を作って、愛想よく立ち回る。そうすれば、いつか、代わりのきかない存在になって、愛してもらえるかもしれない、と淡い希望を抱いてしまったから。
「父親」にもそんな風に接していた。愛想よく立ち回っていれば、いつか、もしかしたら、愛を向けて貰えるかもしれないから。と。勿論それは無駄な努力に過ぎなかったけれど。

 夜空が成長して、一人で家事をこなせるようになるのと同時に、父親はめっきり家に帰らなくなった。夜空の分の食事を用意して冷蔵することもなくなった。会うことの方が珍しかったかもしれない。
 いつからか「父親」のことを「お父さん」と呼ぶことはなくなり、鼓さん、と呼ぶようになっていた。そして「家にいる」というよりも、「いさせてもらう」「居候」のような気持ちになって、名字を名乗る事も申し訳なくなってしまった。

 そして、アルバイトもしていた。あの家に「いさせてもらう」ために。いさせてもらうために、「家賃」を稼ごうとしたのだ。「父親」が家を空けていたから、家事は随分と得意になっていた。アルバイトの手際も随分とよくて、どこに行っても重宝される人材になっていた。それでも、代わりはいた。自分がいなくても、仕事も、何もかもが回っていた。

 そして、成長した夜空は満たされないものを埋めるために、何人もの人間と付き合った。けれども、求められていたのは、表面上の彼の愛想のいい姿や、母親譲りの見てくれだけ。夜空の奥底の、本当の寂しさを向けようとすると、みんな離れていった。「鼓くんの代わりはいないの」と言った人間も、夜空と別れた後、他の誰かと楽しそうに過ごしていたことを、夜空は知っている。誰と付き合っても、自分の代わりはいた。俺じゃなくてもいいんだ、という想いが、夜空の中に渦巻くだけだった。

「今までありがとう」

 笑顔を浮かべながら、夜空は、別れを告げる。

「鼓くん! こちらこそありがとう!」

 今日もそうだ。付き合っていた人と別れた。やはり、長続きしなかった。「他に好きな人ができたの」と言われてしまった。
寂しい表情を浮かべながら、夜空は付き合っていた人の後ろ姿に手を振る。後ろ姿が見えなくなると、また彼は唱えてしまった。

「    」

 縋るようにして。いつか、自身が、代わりのきかない存在になって、愛されるように祈りながら。
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