【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第三章 進む

第十七話 一緒に朝食作りを

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 魔法界に呼び出されて、8日目の朝。夜空は、いつもよりも少し早く目が覚めた。そっと身体を起こす。ヴァートの魔法の壁で、振動も伝わらない、と言っていたからあまり意味のある行為ではないのだろう。けれども、なんとなく静かに身体を起こしていた。
夜空は、そっとヴァートの方に視線を向け、安心したような表情を浮かべる。ヴァートはまだ目を覚ましていないみたいだ。ヴァートが穏やかに眠っているのが見えたから。今日は、仰向けに眠っていた。いつも、背中を向けているというのに、仰向けで眠っていた。目の下の隈も、初日より薄れているのが分かる。安堵の表情を浮かべる。
ヴァートは、夜空のことを贄だとしか思っていないだろう。でも、夜空は、贄として呼び出された、というのに、ヴァートのことを気に掛けてしまっていたし、何よりも、今まで過ごした誰との日々よりも、心地よくあたたかな日々を送っていた。

 ゆっくりとヴァートが目を覚ます。ヴァートの視線が夜空に向けられる。

「おはようございます。ヴァートさん」
「……おはよう」

 少し、驚くと同時に、夜空の口元に笑みが浮かぶ。初めて、おはよう、が返ってきた。今までは、彼の方が先に目を覚ましているか、「ああ」という声が返ってくるだけだったから。

 身支度を調えて、夜空はいつものように朝食を作りに行こうとする。

「それじゃあ、今日も朝ご飯を……」
「一緒に、作ろうか」

 夜空の言葉を遮るように、ヴァートが言う。初日以外は「監視」はしていたものの、夜空が食事を作っていた。放っておくとヴァートは夜空の分だけ食事を用意して、自分は食事をしなさそうな雰囲気があったので、夜空が作っていたのだ。メニューに対して何か言われるわけでもなく、ほとんど好きに作らせてもらっていたし、「監視」はされていたものの、口出しされることはなかった。

「え……?」
「さすがに、お前ばかり全てを任せておくわけにはいかないからな。多少は手伝わせて欲しい」

 言葉の表面上だけ取れば、どこか、冷えた響きはある。でも、その中に、夜空を気遣うような響きがあった。

「は、はい、ありがとうございます……」

 夜空の中に嬉しさが走った。誰かと一緒に、自分達の食事を作る、っていうことは夜空の人生の中であまりなかったから。アルバイト先で商品として、料理を作って出したり、バイトの合間で、まかないを作ったり、ということはあっても、自分の分の食事を誰かと一緒に作る、ということは、ほとんどなかったから。

キッチンへ向かい、ヴァートと共に朝食を作る。昨日夜空が作ったパンと、スープと卵を焼いたものやオムレツのようなものを作ろうとしていた。ようなもの、というのは、料理名が違うし、材料もやや異なっていたから。

 夜空はまな板の上で、野菜を切っていた。スープを作ろうとしていたのだ。ヴァートはオムレツのようなものを焼いている。 ヴァートは夜空にちらちらと監視のような視線を向けながら、随分と離れた所で何かを調理している。手際は随分といい。食には頓着はなさそうだけれども、料理は出来る人なのだろう、と思っていた。
 野菜を切りながら、夜空は気になっていたことがあった。食料をどこで入手しているのか、ということだった。ヴァートが買い物に行くところを見たことがなかったから。

「そういえば食品ってどうやって調達しているんですか? お買い物に行くとかでしょうか?」

 ふと気になって、夜空は手を動かしながらヴァートに話しかけた。ヴァートが外に出るところをあまりみたことがないから。

「……街からたまに配達が来る」

ヴァートは、調理をしながら答える。視線は料理の方へと向いていた。

「そうなんですね」

この世界にも宅配便のようなものはあるのか、と夜空は思った。

「こちらの世界にないものもあるかもしれないが、もし何か食べたいものがあれば言うんだ。頼んでおく」
「あ、ありがとうございます……」

 気を遣わせてしまったかも、とも思ってしまった。
それぞれの調理の音が聞こえて来る。随分と昔の、記憶の中の調理実習とも、アルバイトでの仕事とも、一人で食事を作る時とも違う感覚を味わっている。なんだか、楽しかった。幼い頃に観たテレビドラマの中で憧れていた光景と似ている。恋人同士が朝起きて、一緒に食事を作る、という光景。ヴァートとは恋人同士、でもなんでもないのに。でも、誰かと一緒に、日常の中で食事を作るのは、どこか心が躍っていた。

やがて、キッチン中に柔らかく香ばしい匂いが漂ってきた。そして、その頃に夜空のスープ作りも終わった。

「終わりました」
「ご苦労だった。それを鍋に入れてくれ」
「わかりました」

ヴァートの方も作業が一段落したようだ。二人分の皿の上に、レモンのような形状の、卵が焼かれた柔らかそうなものが乗っている。オムレツのようなもの。料理名がこちらの世界では随分と難しいものになっていて、ヴァートの言っていた調理方や味付けも、オムレツとは少し異なっていた。けれども、美味しそうだ。

「あ……」

そして、夜空の視線が、すぐ側にあったフルーツのようなものの方へと向いた。ヴァートがどこかで出したのだろう。形状は楕円形。オレンジ色と紫色の、グラデーションのような、鮮やかで綺麗な色をしている。まるで黄昏のよう。もといた世界では見たことのない色の果実だ。これは、夜空が用意したものではない。
 夜空が料理をしていた時に使っていたのは、見知った材料。元いた世界にあるものと似た食材や、同じ食材を使っていた。ヴァートは材料について訊ねると丁寧に教えてくれていた。元いた世界にあったものと、見た目は似ていても、味などが違うものもあって、調理が難しそうだと思ったものには、手を付けてなかった。だから、魔法界にしかない見た目をした食材は、どう扱えばいいのか分からず、手をつけないでいたのだ。

「そういえば、これは……」
「庭から採ってきたフルアの実だ。お前が来て一番最初の食事に出したものだ」
「あ……」

 一番最初の食事を思い出す。形状はリンゴに似ていた。でも、不思議な味をした、でも美味しかった果実。それが、このフルアの実なのだろう。

「そうだったんですね。美味しかったです」
「……それなら、今日も切って出そう」
「ありがとうございます……!」

 そう言ってヴァートはその実を切った。中はやはり、リンゴの果肉の色合いに似ていた。

「……昔、よく食べていて、唯一、安心して食べられるものだった。だから、つい、出してしまったんだ」

 ヴァートは言いながらフルアの実を切っている。どこか、夜空に過去を打ち明けるように。

「そう、だったんですね……」

 ヴァートの態度が、少しだけ柔らかくなったような気がした。それが夜空は嬉しかった。

 二人で出来た朝食をテーブルまで運んでいく。パンと野菜スープとオムレツのようなもの、そしてフルアの実。美味しそうな朝食だった。

「いただきます」
「いただきます」

 二人で手を合わせていただきます、を言う。そして、二人は食べ始めた。夜空はヴァートの作ったオムレツのようなものをフォークで切って口に入れる。

「美味しいです……!」

ふわりとした卵の食感が口の中に広がる。元いた世界のオムレツよりも、どこか甘辛さのある味がした。でも、迷いのない美味しい、だった。

「……そうか」

 ヴァートは柔らかな表情を浮かべながら答える。

「二人で作ったからでしょうか、いつもより、美味しく感じる気がします」

 ヴァートは確かめるようにして、夜空の作ったスープを一口飲む。表情がさらに和らいでいった。

「……確かに、そうかもしれないな」
 
 そして、柔らかな夜空に視線を向けながら言う。夜空の口元にも笑みが浮かんだ。夜空もフルアの実を口に入れる。柔らかく、酸味が強めの、柑橘類にも似た味がする。

「あの、また、一緒に食事、作りませんか? その、楽しかったで……」

 ヴァートは、少し戸惑ったような表情を浮かべる。けれども、恐る恐る、という雰囲気で頷いた。

「……お前ばかりに、負担を掛けるわけにはいかないからな」

 どこか、照れ隠しのように言う。そして、これまで作ってくれたこと、感謝する、と礼を言う。その反応に、夜空も嬉しくなった。

「はい。ありがとうございます……!」

 あたたかな気持ちが、夜空の中に浮かんでいた。
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