【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

文字の大きさ
上 下
16 / 39
第二章 奇妙で穏やかな生活

第十五話 空間

しおりを挟む
夜空は、口元に笑みを浮かべるヴァートを眺めてしまっていた。一体、どんな美しい表情をしているのだろう、とその表情の柔らかさに思いを馳せると同時に、どこか、無邪気に遊ぶ子どものような楽しい雰囲気と、無防備さを感じとってしまった。この人の本当の姿は、こちらなのだろう、と夜空は感じる。
そして、夜空は一瞬思ってしまった。
もしも、ヴァートが、たくさんの魔力を持っていたのなら、どんな魔法を使ったのだろう。と。たくさんの魔力を与えられるなら与えたい、と。そう思わせるような表情だった。
夜空の視線に気がついたヴァートが顔を上げる。一瞬、驚きの表情を見せ、そして、先ほどの柔らかな表情を隠すようなどこか冷たさの混じる表情に変わる。けれども、見られたくないところを見られてしまった、と言わんばかりの恥ずかしさが混じっていた。

「……戻ってきていたのか」

 ヴァートは視線をそらし、少し恥ずかしそうに言う。一体何をしていたのか、夜空は気になってしまった。

「あの、ヴァートさん、先ほどまで、一体何をされていたんですか?」
「……研究だ。別にお前には関係ない。お前はどうだったんだ。気は済んだか?」

 ヴァートは、どこか恥ずかしそうに口元を覆い、顔を背けるようにして目線をそらした。
これ以上は追求するな、という風に。でも、夜空は、先ほどの柔らかな表情が忘れられなか
った。

「はい、ありがとうございました。すごく、楽しかったです……!」
「……そうか。暇な時は自由に読んでいて構わない。蔵書庫の中の本であれば大体は目を通してある。だから、乱雑に扱わない限りは何をしてもいい」
「……! ありがとうございます……!」

 あの空間にまた入れる、ということを嬉しく思うと同時に、ヴァートの優しさを感じた。

そして、就寝時刻を迎えた。時計の針は、日付が変わる少し前を指している。夜空はベッドの側に立って、ヴァートの方西線を向けていた。ヴァートはやはり机に座って手を動かしている。就寝の準備をする様子はない。

「……」

夜空は、少し考えていたことがあった。ヴァートにもきちんとベッドの上で睡眠を取って欲しい、と思っていたのだ。
他の部屋で寝ることも不可能。だとすれば……。
 自分でもおかしなことを言おうとしている、と思った。でも、それ以外に思いつかなかったのだ。

「……あの、ヴァートさん」

 夜空は、恐る恐るヴァートに切り出した。なんだ、とヴァートは手を動かしながら答える。

「その、さすがに今日は俺、床で寝ますね……」

 夜空が言うと、ヴァートは手を止めた。そして、夜空の方に視線を向けた。

「……何が目的だ」

 ヴァートはひどく訝しげな視線を夜空に向けていた。「何を言っているんだ」と言わんばかりの目。不思議そう、というよりも夜空が何か企んでいるのかもしれない、という警戒の目。自分でもひどくおかしなことを言っていると思う。

「い、いえ……やっぱり、その、家主を差し置いてベッドで寝るわけにはいかない、と思いまして……。今日はヴァートさんがベッドで寝てください」

昨日、椅子の上であんな風に魘されていたのを見たら、自身がベッドを占領して眠るわけにはいかない、と思ってしまったのだ。悪夢を見る確率、が下がるかどうかは分からないけれど、椅子の上で寝るよりは、ベッドの上で寝た方が間違いなく安眠できると思ったから。 
それに、先ほど読んだ本では、魔法使いも人間と身体の組成は同じだと書かれていた。休息は必要ではあるだろう。ヴァートの隈も、やはり濃いままだ。
 ヴァートは再び、紙の方に視線を向けた。

「別に寝なくていい、と言っている。訳の分からないことを言っていないで、さっさと寝るんだ」
「えっと、でも……やっぱり……。その……」

 夜空は言葉に詰まる。昨日、「魘されているところを見たから」と正直に言うのは気が引けて、理由を上手く紡ぐことが出来なかった。それでも、夜空はベッドの上に乗ろうとはせず、立ったままだった。夜空も引く気はなかった。

「…………」

 膠着状態が続いた後、ヴァートが視線を夜空に向ける。そして、はあ、と大きく溜息をついた。本日何度目か分からない溜息。

「…………それじゃあ、こうしよう」
「え……?」

 ヴァートが呪文を唱えると、きらきらと、夜空の視界の端に、きらきらとした光が舞った。間もなく、透明な壁のようなものが、ベッドの上、ほぼ半分を区切るようにして出現した。ベッドに近づいて、それに触れてみる。透明な、ビニールカーテンのような不思議な感触の壁がそこにあった。

「……これは?」
「魔法の壁だ。結界のようなものだ。声は多少は聞こえるが、お前がこの空間に入ることはできないし、振動が伝わることもない。防御用の壁のようなものだ。多少狭くはなるが、我慢するんだ」
「ま、魔力は……大丈夫なんですか?」

 魔力が少ないヴァートに魔力を再び消費させてしまった。夜空の中に申し訳なさと、不安が走る。

「この程度の魔法に使う魔力、大したものではない」

 夜空を気負わせないようにか、ヴァートはそう言い切った。そして、ヴァートは椅子から
立ち上がると、毛布を持ってきて、仕切りの向こうのベッドの上に置いた。

「……すみません、ありがとうございます……」

夜空は礼と謝罪をヴァートに告げる。ヴァートは、別に礼を言われるほどのことをしていない、と言い、再び机に戻った。
夜空はベッドに上がって横になる。柔らかなベッドの感触が伝わってくる。昨日よりも少し狭い空間。でも、きちんと休息が取れるくらいの広さではあった。

「……ヴァートさん」
「なんだ。手は打っただろう。さっさと寝るんだ」
「その、ちゃんと、寝てくださいね。……その、寝ないと、身体に悪いので……」

 ヴァートが穏やかに眠れるように、祈るようにして、夜空は言う。

「……私は後で寝る」

 お前は、本当にお節介でおかしなやつだ、とヴァートが言うのが聞こえた。けれどもその響きは朝よりも優しい響きがあった。
 
「……おやすみなさい」

夜空が呟いた言葉に、ああ、と小さく返事が返ってきたような気がした。

 夜中、夜空は目を覚ました。机の方にヴァートはいない。今度は視線を隣に向ける。透明な壁。そしてその奥にヴァートがいるのが見えた。 毛布を被り、背中を向けてはいるものの、規則正しく身体が上下しているのが見えた。昨日の夜のようなあの、雰囲気は感じ取ることが出来ない。穏やかな空気。彼が眠れていることに、夜空も安堵する。
ヴァートの穏やかな寝姿を焼き付けるようにして眺めながら、夜空は再び眠りに着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

秘めやかな愛に守られて【目覚めたらそこは獣人国の男色用遊郭でした】

カミヤルイ
BL
目覚めたら、そこは獣人が住む異世界の遊郭だった── 十五歳のときに獣人世界に転移した毬也は、男色向け遊郭で下働きとして生活している。 下働き仲間で猫獣人の月華は転移した毬也を最初に見つけ、救ってくれた恩人で、獣人国では「ケダモノ」と呼ばれてつまはじき者である毬也のそばを離れず、いつも守ってくれる。 猫族だからかスキンシップは他人が呆れるほど密で独占欲も感じるが、家族の愛に飢えていた毬也は嬉しく、このまま変わらず一緒にいたいと思っていた。 だが年月が過ぎ、月華にも毬也にも男娼になる日がやってきて、二人の関係性に変化が生じ──── 独占欲が強いこっそり見守り獣人×純情な異世界転移少年の初恋を貫く物語。 表紙は「事故番の夫は僕を愛さない」に続いて、天宮叶さんです。 @amamiyakyo0217

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

パブリック・スクール─薔薇の階級と精の儀式─

不来方しい
BL
 教団が営むパブリックスクール・シンヴォーレ学園。孤島にある学園は白い塀で囲まれ、外部からは一切の情報が遮断された世界となっていた。  親元から離された子供は強制的に宗教団の一員とされ、それ相応の教育が施される。  十八歳になる頃、学園では神のお告げを聞く役割である神の御子を決める儀式が行われる。必ずなれるわけでもなく、適正のある生徒が選ばれると予備生として特別な授業と儀式を受けることになり、残念ながらクリスも選ばれてしまった。  神を崇める教団というのは真っ赤な嘘で、予備生に選ばれてしまったクリスは毎月淫猥な儀式に参加しなければならず、すべてを知ったクリスは裏切られた気持ちで絶望の淵に立たされた。  今年から新しく学園へ配属されたリチャードは、クリスの学年の監督官となる。横暴で無愛想、教団の犬かと思いきや、教団の魔の手からなにかとクリスを守ろうする。教団に対する裏切り行為は極刑に値するが、なぜかリチャードは協定を組もうと話を持ちかけてきた。疑問に思うクリスだが、どうしても味方が必要性あるクリスとしては、どんな見返りを求められても承諾するしかなかった。  ナイトとなったリチャードに、クリスは次第に惹かれていき……。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...