12 / 39
第二章 奇妙で穏やかな生活
第十一話「いただきます」
しおりを挟む
昨日と同じような距離で、二人、向かい合いながら座った。やはり距離がある。昨日と違うのは、ヴァートの前にも、食事――夜空が作ったパン粥が置かれていたことだった。
警戒にも似た戸惑いの視線を、パン粥に向けている。ふわふわと湯気が立ったパン粥を、ヴァートはじっと見つめている。
「……。大丈夫です。その、怪しいものは入れていませんので……」
作り始めから作り終わりまでずっとヴァートは夜空のことを眺めていた。でも、念のために、ヴァートを安心させるように言う。
「……それは、分かっている」
けれどもヴァートが夜空の食事を見る目線は、警戒と戸惑いがあった。どうすればいいのか分からない、と言った視線だ。まるで、初めてのことをしている、と言った雰囲気。
先に食べた方が安心するかもしれない、と思って、夜空は手を合わせて、「いただきます」と口にする。一度味見はしていたけれど、パン粥の甘い味がする。夜空が数口食べて平気そうなところを眺めると、ヴァートも、警戒と戸惑いを混ぜながらも、手を合わせた。
「……いただき、ます」
ヴァートは、少し、手を震わせながら、木のスプーンを持ち、パン粥をすくう。そして、少量それを口に入れ、ゆっくりと口を動かし咀嚼する。夜空は、その光景を緊張しながら、じっと眺めていた。
「……どうですか?」
夜空の問いかけに、ほんの少し、首をかしげる。けれども、その表情は柔らかだった。
「美味しい、と思う……」
「本当ですか?」
「……ああ」
そして、もうひとすくい、先ほどよりも滑らかな動きで、スプーンでパン粥をすくって口に入れる。そのまま、ゆっくりと食べ進め始めた。
ヴァートの雰囲気が少しだけ緩まったような気がした。
会話は少ない。けれども、器の中のパン粥は、着実に減っている。一度、ヴァートが手を止め、パン粥に視線を向けた。
「どうされましたか?」
「……不思議な、感覚だ」
「え……?」
「……誰かに、自分のために、あたたかな食事を作ってもらって、出来たてのものを、落ち着いて、一緒に食べて、なんて、ほとんどなかったから、分からない……」
ひどく、戸惑っている様子を見せていた。
「そうですか。俺もなんです」
小さい頃、自分のために、食事を作ってもらったことはあった。ありがたさはある。でも、それのほとんどが冷蔵庫の中に入った食事で、一人で食べていて。寂しさがあった。出来たてを、二人で食べたことは、ほとんどなかった。
「だから、昨日、お食事、作っていただけたりして、嬉しかったんです」
「……そうか」
ヴァートは答える。戸惑いと警戒の中に、どこか、子どものような雰囲気が見えた木がした。
殺される相手と食事をしている。というのに、今まで味わったことのないようなあたたかさと、穏やかさがあった。
やがて、二人の皿が空になる。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそう、さま、でした」
ヴァートもどこかたどたどしく、ごちそうさま、と口にする。その言葉に、夜空の口角が柔らかく上がった。
食事の片付けを終えた。でも、まだ一日は始まったばかりだった。
「ヴァートさん」
「どうした?」
「他に、何か手伝うこと、ありますか?」
隣あって、廊下を歩きながら、夜空は訊ねる。先ほどの食事の影響か、少しだけ、ヴァートの空気が柔らかくなったような気がした。
「……それでは、簡単なものであるが、仕事をしてもらおうか」
「仕事、ですか?」
「ああ」
ヴァートの歩みに合わせて、夜空も歩く。そして、ある一室に辿り着いた。その一室は、南京錠のかかった、それこそファンタジー世界の中にあるような、鉄で出来た大きな扉の部屋だった。
警戒にも似た戸惑いの視線を、パン粥に向けている。ふわふわと湯気が立ったパン粥を、ヴァートはじっと見つめている。
「……。大丈夫です。その、怪しいものは入れていませんので……」
作り始めから作り終わりまでずっとヴァートは夜空のことを眺めていた。でも、念のために、ヴァートを安心させるように言う。
「……それは、分かっている」
けれどもヴァートが夜空の食事を見る目線は、警戒と戸惑いがあった。どうすればいいのか分からない、と言った視線だ。まるで、初めてのことをしている、と言った雰囲気。
先に食べた方が安心するかもしれない、と思って、夜空は手を合わせて、「いただきます」と口にする。一度味見はしていたけれど、パン粥の甘い味がする。夜空が数口食べて平気そうなところを眺めると、ヴァートも、警戒と戸惑いを混ぜながらも、手を合わせた。
「……いただき、ます」
ヴァートは、少し、手を震わせながら、木のスプーンを持ち、パン粥をすくう。そして、少量それを口に入れ、ゆっくりと口を動かし咀嚼する。夜空は、その光景を緊張しながら、じっと眺めていた。
「……どうですか?」
夜空の問いかけに、ほんの少し、首をかしげる。けれども、その表情は柔らかだった。
「美味しい、と思う……」
「本当ですか?」
「……ああ」
そして、もうひとすくい、先ほどよりも滑らかな動きで、スプーンでパン粥をすくって口に入れる。そのまま、ゆっくりと食べ進め始めた。
ヴァートの雰囲気が少しだけ緩まったような気がした。
会話は少ない。けれども、器の中のパン粥は、着実に減っている。一度、ヴァートが手を止め、パン粥に視線を向けた。
「どうされましたか?」
「……不思議な、感覚だ」
「え……?」
「……誰かに、自分のために、あたたかな食事を作ってもらって、出来たてのものを、落ち着いて、一緒に食べて、なんて、ほとんどなかったから、分からない……」
ひどく、戸惑っている様子を見せていた。
「そうですか。俺もなんです」
小さい頃、自分のために、食事を作ってもらったことはあった。ありがたさはある。でも、それのほとんどが冷蔵庫の中に入った食事で、一人で食べていて。寂しさがあった。出来たてを、二人で食べたことは、ほとんどなかった。
「だから、昨日、お食事、作っていただけたりして、嬉しかったんです」
「……そうか」
ヴァートは答える。戸惑いと警戒の中に、どこか、子どものような雰囲気が見えた木がした。
殺される相手と食事をしている。というのに、今まで味わったことのないようなあたたかさと、穏やかさがあった。
やがて、二人の皿が空になる。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそう、さま、でした」
ヴァートもどこかたどたどしく、ごちそうさま、と口にする。その言葉に、夜空の口角が柔らかく上がった。
食事の片付けを終えた。でも、まだ一日は始まったばかりだった。
「ヴァートさん」
「どうした?」
「他に、何か手伝うこと、ありますか?」
隣あって、廊下を歩きながら、夜空は訊ねる。先ほどの食事の影響か、少しだけ、ヴァートの空気が柔らかくなったような気がした。
「……それでは、簡単なものであるが、仕事をしてもらおうか」
「仕事、ですか?」
「ああ」
ヴァートの歩みに合わせて、夜空も歩く。そして、ある一室に辿り着いた。その一室は、南京錠のかかった、それこそファンタジー世界の中にあるような、鉄で出来た大きな扉の部屋だった。
10
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】試練の塔最上階で待ち構えるの飽きたので下階に降りたら騎士見習いに惚れちゃいました
むらびっと
BL
塔のラスボスであるイミルは毎日自堕落な生活を送ることに飽き飽きしていた。暇つぶしに下階に降りてみるとそこには騎士見習いがいた。騎士見習いのナーシンに取り入るために奮闘するバトルコメディ。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる