【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第二章 奇妙で穏やかな生活

第九話 申し出

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 窓から入ってくる光で夜空の意識が浮上する。随分と早い時間に夜空は目を覚ました。夜空が目を覚まして一番最初にしたことは、ヴァートの様子を確かめることだった。夜空は身体を起こし、ベッドの上で、ヴァートの方に視線を向ける。ヴァートはよっぽど疲れているのか、椅子に座って腕組みをしたまま眠っていた。長めの銀髪が顔を隠してしまっているから、表情を伺うことは出来ない。けれども聞こえてくる微かな寝息は夜中よりはずっと穏やかなもの。あの夢からは抜け出せたのかもしれない、と夜空は少し安堵する。
 そして夜空はヴァートを起こさないようにそっとベッドから降り、そっと着替えをする。
用意されていたのは、白色の、襟のないシャツとスラックスのような黒いズボン。やはりシンプルなもの。ヴァートのものなのか、ほんの少しだけ服のサイズは大きい。それでも、清潔なもので、上質なものだ、ということも分かる。動きやすく、着心地もいい。彼の心遣いに夜空は感謝する。
 そして、乱れたベッドの上を直していた時だった。身じろぎのような音が聞こえてきて、夜空はそちらに視線を向ける。ヴァートが目を覚ましていた。

「おはようございます。ヴァートさん」

 ヴァートは、口を開け、動揺と驚きの混ざった表情を浮かべながら、夜空の方を眺めている。

「………私は、眠っていたのか……?」

 隙を晒してしまうとは……と、独り事のように呟くのが聞こえた。そして、不覚だ、と言わんばかりにヴァートは眉間を押さえ、俯く。けれども、ヴァートはこれ以上の弱みを見せまい、と、冷えた態度を取り繕った。ヴァートの纏う雰囲気が、冷たいものに変わる。

「ここで待っているんだ。朝食を用意する」

 ヴァートは何事もなかったかのようにす、と立ち上がり、部屋の外に出ようとする。

「あの……」

 ヴァートが部屋の外に出ていこうとするのを、夜空は引き留めた。

「なんだ?」

 訝しげな視線を夜空に向ける。

「もしよかったら、何かお手伝いさせていただきたけませんか? 朝ご飯の準備とか……」
「どういうことだ?」
「その、これから一緒に過ごすので、ヴァートさんも、楽しく心地良く生活出来るように、お手伝い出来ることがあれば、したいなって思いまして……。その、大したことは出来ませんが……」

 夜空の申し出に、ヴァートはひどく怪訝そうな表情を浮かべた。

「何を考えているんだ、お前は。私に媚びを売ろうとしても無駄だ。媚びを売っても私の気持ちは変わらない」

 ヴァートは怪訝そうに言うも、夜空の突然の申し出に、ひどく困惑しているようだった。

「その、媚び、とかではなくて、昨日、すごくよくしていただいたので、何かお手伝いさせていただけたらなって思って……」
「……だから、それは別にお前に喜んでもらうためにやっている訳ではない」
「でも、俺は嬉しかったんです。あんな風にあたたかくしてくださって……。だから、代わりに、何か、出来たらな、って思って……」

 見返りを求めて、こんな風に媚びを売るような態度を取ったこともあるし、こんな風に申し出をしたこともある。
けれども、今はそういった見返り、みたいな目的はなかった。あたたかな生活のお礼と、そして、純粋に、彼に心地いい生活を送って欲しいと思ったから。
そして、幼い頃の寂しかった自分と、ヴァートを重ねてしまっている部分もあるんだと思う。
夜空が引かない、と分かると、ヴァートは、はあ、と、大きく溜息をつく。理解が出来ない、と言う風に。

「そこまで言うなら、お前の分の食事作りはお前に任せよう」
「ありがとうございます……!」

 ヴァートは気を引き締めるように、夜空に冷ややかな視線を向ける。

「…………しかし、何かを企んでいても無駄だからな。私を殺そうとしても、お前が痛い目に遭うだけだからな」
「はい」

 夜空は敵意のない瞳をヴァートに向ける。それを見て、ヴァートは再び大きな溜息をつく。そして、ぼそりと「やはり、おかしな奴だ」と言うのが聞こえてきた。
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