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第二章 奇妙で穏やかな生活
第六話 丁寧
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夜空は、目の前の光景を見て、口をぽっかりと開けてしまった。夜空の目の前に広がっていたのは、 シンデレラが暮らしていた屋根裏部屋、ではなくて、彼女が幸せになってから暮らしたであろう場所を思い起こさせるような空間であった。
「えっと、俺、本当に、俺、ここで生活するんですか……?」
夜空は戸惑いの声混じりに、その空間を眺めていた。
「そうだ。逃げ出さないように、私と一緒に過ごして貰う」
「そう、なんですね……」
おそらくヴァートもここで暮らしている。屋根裏部屋のような部屋を想像するのはひどく難しかった。
「これから家の中を案内する。ついてくるんだ」
「あ、案内、ですか……?」
「そうだ」
「贄」という立場だ。どこかの部屋に入れられて終わり、だと思っていた。だから、案内されるなんて夜空は思ってもいなかった。
ヴァートの歩みに合わせながら、夜空はゆっくりと廊下を進んでいく。その間にも、夜空はきょろきょろと視線を動かしてしまう。戸惑いと、恐れ多さのような視線が混ざっている。
「……どうした」
「いや、すみません。その、すごく、綺麗なところだなって思って……」
「……学校を卒業した後に、辺鄙な所にあった無人の家を買い取っただけだ。元いた家とは比べものにならなんくらいの小さな家だ。家の者は街の中心にあって、こことは比べものにならないさらに大きな家に住んでいる」
「すごいですね。買い取るなんて……」
家を買い取る、なんて夜空には考えられないようなことだ。夜空は、素直に口にした。
「……。だから、大した場所ではない」
褒められ慣れていないのか、ヴァートは、どう答えていいのか分からない、といった声色で返事をした。
ヴァートに案内されながら、夜空は廊下を進んでいく。廊下を照らしているのは人工的なランプ。ろうそくでもガス灯でもないのだろう。それがいたる場所に置いてあり、空間を明るく照らしていた。
買い取った、という話であったから、誰かが住んでいたのだろう。その前にも誰かが住んでいたのかもしれない。木の部分は年季が入っており、扉の蝶番の部分は、雑貨屋で見かけたアンティークの金具のような色合いになっている。建てられてから時間が経っているのを感じた。けれども、ぼろ、とか古びた、という雰囲気はなく、どこか温かみを感じた。そして、随分と丁寧に手入れされていることが分かる空間であった。
「こちらは、ヴァートさん一人でお住まいなんですか?」
一人で暮らすには随分と広い家だと思った。
「そうだ。客人は荷物や郵便以外はほとんど来ることがない。皮肉だが、ここまでしっかりと部屋の中に入り込んだのはお前が初めてだ」
ふ、と自嘲をするようにヴァートは笑う。そこに、どこか、寂しげな雰囲気が見えた。
ヴァートに、これから使うであろう場所を丁寧に案内された。それこそ、客人を招くように。この家は、地下と一階、という構造の家のようだ。どの部屋も、ファンタジーの中で、王子様やお姫様が出てくる絵本に出てきてもおかしくないような雰囲気がある。日本の家とは明らかに違う。ただ、電気を始め、インフラ周りは現代日本と変わらないくらいに発達していた。人間界と繋がりがあるような、そんな雰囲気。
そして、どの部屋も、随分と綺麗に整頓されていた。まるで誰かが来るのを待っていたかのような印象を夜空は覚えてしまった。
そして、風呂場であろう場所に彼は案内された。
「風呂はこちらだ。これから夕食の準備をするから、その間に入っているんだ」
「え……?」
まさか、風呂と食事までちゃんと用意がされているとは思わなかった。
「あの……」
「なんだ」
「どうして、こんなに、丁寧なんですか……?」
30日間、それこそどこかの部屋に閉じ込めておけば終わりのはず。ヘンゼルとグレーテルの童話のように、お菓子の家で二人をおびき寄せる。殺す、とあるから。綺麗な家でおびき寄せて……というのもなくはないのかもしれない。けれど、そういった企みの雰囲気は、はどこにも見えなかった。「贄」である自分にどうしてこんなに丁重な扱いをしているのだろうか。夜空はひどく戸惑った。
ヴァートは視線をそらす。そして、どこか遠くを眺めながら答える。
「……いくらお前を殺すとはいえ、自分がされたくなかったことを、したくないと思っただけだ」
「…………」
されたくなかったことをしたくない。その言葉に、ヴァートの今まで過ごしてきたつらさが、詰まっているような気がした。そして、夜空に対する情のようなものも、感じてしまった。
「勘違いするな。お前自身に情なんてないし、優しくしよう、なんて思ってるわけでもない。お前のことは、30日後に殺すのだ。それまでにお前に対して凄惨な扱いをして、逃げられたり抵抗ないようにするだけだ。30日後にお前のことは殺すからな」
ヴァートは、自身に言い聞かせるように呟いた。でも、夜空にはそれが、出来ないことを無理にやろうとしているように感じられてしまった。
夜空は、風呂場で、降り注ぐような温かな湯の感触を味わっていた。
どこからか人間の情報を得ているのかもしれない。風呂場には、シャワーに似た設備があり、夜空にも容易に使うことが出来た。出てくるのはあたたかな温水で、石鹸も柔らかく甘い匂いがした。自宅の安アパートよりもずっと広くて、心地のいい場所だった。
温かな湯の感触を身体に感じながら、夜空はぼんやりと考えていた。
「ほんとに、俺、殺されるの……?」
殺されるにしてはあまりにも丁寧過ぎる、と思った。もっとひどい扱いをされると思ったのに、あまりにも温かく丁寧だ。これまで過ごしてきた中で、下心なしにこんな扱いを受けたことはない。今まで、夜空がこういう風な扱いを受けたのは、「そういう目的がある」時の前だったから。
30日目に殺す、というのは自分を油断させるための嘘で、もしかしたら、30日を待たずして、殺されるのかもしれない、とも思ってしまった。でも、それにしてはあまりにも隙だらけだ。隣を歩いていた時に魔法で殺す、とか油断して、武器で殺す、とか出来ただろうに。今こうしている間にも、殺す事だってできそうだ。けれども、彼が来る様子は全くなかった。
風呂場の磨りガラスで出来た窓の外は濃紺が広がっている。おそらく夜なのだろう。先ほどヴァートは「満月」と言っていたし、この世界にも朝と夜の概念はあるのだろう。と夜空は思っていた。
逃げる、という目的ではなく、外がどうなっているのか、の興味が勝って、夜空が窓に触れようとした時だった。
「っ……!」
瞬間、文字通り、身体が動かなくなった。まるで、自身の身体が石になったかのように、その場で動きが止まる。痛みも何もないけれどそれ以上動くな、とでも言うように、身体が固まってしまったのだ。逃げる、とこの「首枷」に判断されたのだろう。
夜空は、恐る恐る窓から手を遠ざける。すると、先ほど固まっていたのが嘘みたいに身体が動いた。痛みも、苦しさもない。首枷が付けられた時のように、電撃とか、痛みが走るとか、そういうことをされてもおかしくないはずなのに、ただ、身体が動かなくなっただけ。
首枷で、夜空が逃げ出すことをヴァートに通知する、ということもなさそうだ。
本当に、拘束、にしてはあまりにも緩い、と再び、身をもって感じてしまう。
――いくらお前を殺すとはいえ、自分がされたくなかったことを、したくないと思っただけだ
――勘違いするな。お前自身に情なんてないし、優しくしよう、なんて思ってるわけでもない。
そう、彼は言っていた。けど、「殺す」「情がない」にしては、あまりにも丁寧で、そして、優しすぎる、とすら夜空は思ってしまった。
彼に対する恐怖心は薄れていく。あの人は、本当は、優しい人なのかもしれない。そんなことを夜空は思ってしまった。
「えっと、俺、本当に、俺、ここで生活するんですか……?」
夜空は戸惑いの声混じりに、その空間を眺めていた。
「そうだ。逃げ出さないように、私と一緒に過ごして貰う」
「そう、なんですね……」
おそらくヴァートもここで暮らしている。屋根裏部屋のような部屋を想像するのはひどく難しかった。
「これから家の中を案内する。ついてくるんだ」
「あ、案内、ですか……?」
「そうだ」
「贄」という立場だ。どこかの部屋に入れられて終わり、だと思っていた。だから、案内されるなんて夜空は思ってもいなかった。
ヴァートの歩みに合わせながら、夜空はゆっくりと廊下を進んでいく。その間にも、夜空はきょろきょろと視線を動かしてしまう。戸惑いと、恐れ多さのような視線が混ざっている。
「……どうした」
「いや、すみません。その、すごく、綺麗なところだなって思って……」
「……学校を卒業した後に、辺鄙な所にあった無人の家を買い取っただけだ。元いた家とは比べものにならなんくらいの小さな家だ。家の者は街の中心にあって、こことは比べものにならないさらに大きな家に住んでいる」
「すごいですね。買い取るなんて……」
家を買い取る、なんて夜空には考えられないようなことだ。夜空は、素直に口にした。
「……。だから、大した場所ではない」
褒められ慣れていないのか、ヴァートは、どう答えていいのか分からない、といった声色で返事をした。
ヴァートに案内されながら、夜空は廊下を進んでいく。廊下を照らしているのは人工的なランプ。ろうそくでもガス灯でもないのだろう。それがいたる場所に置いてあり、空間を明るく照らしていた。
買い取った、という話であったから、誰かが住んでいたのだろう。その前にも誰かが住んでいたのかもしれない。木の部分は年季が入っており、扉の蝶番の部分は、雑貨屋で見かけたアンティークの金具のような色合いになっている。建てられてから時間が経っているのを感じた。けれども、ぼろ、とか古びた、という雰囲気はなく、どこか温かみを感じた。そして、随分と丁寧に手入れされていることが分かる空間であった。
「こちらは、ヴァートさん一人でお住まいなんですか?」
一人で暮らすには随分と広い家だと思った。
「そうだ。客人は荷物や郵便以外はほとんど来ることがない。皮肉だが、ここまでしっかりと部屋の中に入り込んだのはお前が初めてだ」
ふ、と自嘲をするようにヴァートは笑う。そこに、どこか、寂しげな雰囲気が見えた。
ヴァートに、これから使うであろう場所を丁寧に案内された。それこそ、客人を招くように。この家は、地下と一階、という構造の家のようだ。どの部屋も、ファンタジーの中で、王子様やお姫様が出てくる絵本に出てきてもおかしくないような雰囲気がある。日本の家とは明らかに違う。ただ、電気を始め、インフラ周りは現代日本と変わらないくらいに発達していた。人間界と繋がりがあるような、そんな雰囲気。
そして、どの部屋も、随分と綺麗に整頓されていた。まるで誰かが来るのを待っていたかのような印象を夜空は覚えてしまった。
そして、風呂場であろう場所に彼は案内された。
「風呂はこちらだ。これから夕食の準備をするから、その間に入っているんだ」
「え……?」
まさか、風呂と食事までちゃんと用意がされているとは思わなかった。
「あの……」
「なんだ」
「どうして、こんなに、丁寧なんですか……?」
30日間、それこそどこかの部屋に閉じ込めておけば終わりのはず。ヘンゼルとグレーテルの童話のように、お菓子の家で二人をおびき寄せる。殺す、とあるから。綺麗な家でおびき寄せて……というのもなくはないのかもしれない。けれど、そういった企みの雰囲気は、はどこにも見えなかった。「贄」である自分にどうしてこんなに丁重な扱いをしているのだろうか。夜空はひどく戸惑った。
ヴァートは視線をそらす。そして、どこか遠くを眺めながら答える。
「……いくらお前を殺すとはいえ、自分がされたくなかったことを、したくないと思っただけだ」
「…………」
されたくなかったことをしたくない。その言葉に、ヴァートの今まで過ごしてきたつらさが、詰まっているような気がした。そして、夜空に対する情のようなものも、感じてしまった。
「勘違いするな。お前自身に情なんてないし、優しくしよう、なんて思ってるわけでもない。お前のことは、30日後に殺すのだ。それまでにお前に対して凄惨な扱いをして、逃げられたり抵抗ないようにするだけだ。30日後にお前のことは殺すからな」
ヴァートは、自身に言い聞かせるように呟いた。でも、夜空にはそれが、出来ないことを無理にやろうとしているように感じられてしまった。
夜空は、風呂場で、降り注ぐような温かな湯の感触を味わっていた。
どこからか人間の情報を得ているのかもしれない。風呂場には、シャワーに似た設備があり、夜空にも容易に使うことが出来た。出てくるのはあたたかな温水で、石鹸も柔らかく甘い匂いがした。自宅の安アパートよりもずっと広くて、心地のいい場所だった。
温かな湯の感触を身体に感じながら、夜空はぼんやりと考えていた。
「ほんとに、俺、殺されるの……?」
殺されるにしてはあまりにも丁寧過ぎる、と思った。もっとひどい扱いをされると思ったのに、あまりにも温かく丁寧だ。これまで過ごしてきた中で、下心なしにこんな扱いを受けたことはない。今まで、夜空がこういう風な扱いを受けたのは、「そういう目的がある」時の前だったから。
30日目に殺す、というのは自分を油断させるための嘘で、もしかしたら、30日を待たずして、殺されるのかもしれない、とも思ってしまった。でも、それにしてはあまりにも隙だらけだ。隣を歩いていた時に魔法で殺す、とか油断して、武器で殺す、とか出来ただろうに。今こうしている間にも、殺す事だってできそうだ。けれども、彼が来る様子は全くなかった。
風呂場の磨りガラスで出来た窓の外は濃紺が広がっている。おそらく夜なのだろう。先ほどヴァートは「満月」と言っていたし、この世界にも朝と夜の概念はあるのだろう。と夜空は思っていた。
逃げる、という目的ではなく、外がどうなっているのか、の興味が勝って、夜空が窓に触れようとした時だった。
「っ……!」
瞬間、文字通り、身体が動かなくなった。まるで、自身の身体が石になったかのように、その場で動きが止まる。痛みも何もないけれどそれ以上動くな、とでも言うように、身体が固まってしまったのだ。逃げる、とこの「首枷」に判断されたのだろう。
夜空は、恐る恐る窓から手を遠ざける。すると、先ほど固まっていたのが嘘みたいに身体が動いた。痛みも、苦しさもない。首枷が付けられた時のように、電撃とか、痛みが走るとか、そういうことをされてもおかしくないはずなのに、ただ、身体が動かなくなっただけ。
首枷で、夜空が逃げ出すことをヴァートに通知する、ということもなさそうだ。
本当に、拘束、にしてはあまりにも緩い、と再び、身をもって感じてしまう。
――いくらお前を殺すとはいえ、自分がされたくなかったことを、したくないと思っただけだ
――勘違いするな。お前自身に情なんてないし、優しくしよう、なんて思ってるわけでもない。
そう、彼は言っていた。けど、「殺す」「情がない」にしては、あまりにも丁寧で、そして、優しすぎる、とすら夜空は思ってしまった。
彼に対する恐怖心は薄れていく。あの人は、本当は、優しい人なのかもしれない。そんなことを夜空は思ってしまった。
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