【完結】孤独の青年と寂しい魔法使いに無二の愛を ~贄になるために異世界に転移させられたはずなのに、穏やかな日々を過ごしています~

雨宮ロミ

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第一章 魔法界

第四話 俺にしかできないこと

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「レーヴェ、家……?」
「私の家の話だ」

 忌々しい、と言わんばかりに、ヴァートは口にする。夜空は、彼の姿をじっと見つめていた。

「私は、レーヴェ家の生まれだ。レーヴェ家は魔法の名門、と言われており、魔法界で知らない人間はいない。レーヴェ家の人間達は皆、非常に多くの魔力を持っており、それまで誰にも使いこなせなかった魔法を使いこなせたものもいた」

 ヴァートは目を伏せた。そして再び、怒りを込めたようにぐ、と拳を握る。

「しかし、私はレーヴェ家に生まれながらも、生まれつき魔力が少なく、大した魔法は使えなかった。落ちこぼれだったのだ。家の者からは手ひどい扱いを受け、のけ者にされ、苦汁を嘗めるような思いばかりをしてきたのだ……」

「…………」

「レーヴェ家の者」たちに夜空は会ったことがない。しかし、ヴァートの怒りと憎しみの響きが夜空に痛いほど伝わった。

「家の者たちには“弱く価値のない存在”“レーヴェ家の恥さらし”お前のような者はいらない”そんなことばかりを言われて過ごしてきた。幸せ、とは無縁の生活を送ってきた」

同時に、夜空には、ヴァートが味わったであろう別な感情も伝わってきてしまった。それは、寂しさだった。ヴァートの過去は、彼が話していること以外は何も知らない。けれども、怒りと憎しみだけではなく、その裏に、寂しさが包まれているように感じてしまったのだ。孤独な想いをしてきたのかもしれない、というのが、夜空に伝わってしまったのだ。

 そして、話を聞いているうちに、夜空に、一つの疑問が生まれ始めた。

「だから、私は強い魔力を得て、家の者達に復讐をするのだ。28年間、私を苦しめ続けてきたレーヴェ家の者たちに。お前を殺し、魔力を得て、家の者達にその力を見せつけるのだ。そうすれば私はきっと……」

 ヴァートの言葉が途中で止まる。夜空がヴァートに視線を向けていたのを、ヴァートも気がついたのだろう。睨むような視線を夜空に向ける。

「なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」

 無神経かもしれない。言ってもいいのだろうか。迷いが生じる。けれども、ヴァートは視線を夜空に向けたまま。言わないと、この視線が離れることはない。夜空は、恐る恐ると言った雰囲気で話し始めた。

「……あの、ヴァートさんのしたいことって、本当に復讐、なんですか……?」
 
夜空には、ヴァートが本当に望んでいることが、復讐ではないように思えてしまったのだ。
 夜空が、質問した瞬間、ヴァートの表情に、ほんの一瞬、動揺の色がうつった。見抜かれていた、とばかりに。表情の読み取りにくい顔に、はっきりとその動揺がうつる。けれども、その表情は、何事もなかったかのように、すぐに、冷ややかな表情へと変わった。

「何を言っている。当たり前だろう。私は、家の者達への復讐を望んでいる」

 余計な事を言うな、とばかりに冷やかさと圧のこもった視線が向けられる。

「…………そう、です、よね。すみません、変なことを言ってしまって」

 夜空は彼に謝罪した。けれども、ヴァートの中にあるであろう寂しさを感じ取ってしまった夜空はもう、ヴァートの圧は、あまり強いものには感じられなくなってしまったのだ。むしろ、その圧は、ヴァートが自身を守るための、鎧のようなものに思えてしまったのだ。
 ヴァートは一つ息を吐いた。

「魔力を得て、復讐するために、私はお前を呼び出した。逃げることも出来ない。お前は贄として、私に殺される運命なのだ。運が悪かったと思え」

ヴァートは夜空と目を合わせずに、ひどく残酷な言葉を口にした。

「……」

夜空は、これまでのことをもう一度頭の中で思い返し、噛み砕き始めた。

今、夜空がいるこの世界は、魔法使いが暮らす魔法界。そして、目の前にいる美青年は魔法使いのヴァート。ヴァートが夜空を呼び出した。呼び出した理由は、「魔力を得る魔法」のため。魔法使いは自分の持っている魔力を消費して魔法を使うが、ヴァートは生まれつき魔力が少なく、魔法があまり使えずに、つらい目に遭っていた。ヴァートをつらい目に遭わせたレーヴェ家の人間に復讐するために、ヴァートは魔力を渇望した。そして、「魔力を得る魔法」を使うことを決意した。その「魔力を得る魔法」は、人間を呼び出し、25日目にヴァートの魔力を人間に注ぎ、満月の日に魔力を注いだ人間を殺すという魔法。成功率はゼロに近いであろう迷信に近いものだ。しかし、魔力の少ないヴァートが魔法を得る手段はこの魔法しかなかった。そして、その魔法に使われるため、今日から30日後の満月の日に夜空は殺されることになる。

 何度考えても、現実だとは思えない。

幼い頃、魔法の国が舞台の物語に触れて、自分が魔法の国に行ったらどうなるか、とわくわくしたことや、もしも自分が恐ろしい魔法使いと遭遇したらどうなるか、と想像して恐怖を抱いたこともある。空想だと思っていたそんな世界に今、自分はいて、空想のような状況の中に夜空はいる。でも、これは、現実におこっているkと。
軽く、手の甲をつねってみる。確かな痛みがある。やはり、現実だ。

「…………。俺、殺される、のか……」

 これからの運命を、口に出してみた。やはり、あまり実感がわかない。
先ほどは「殺される」と聞いて動揺したものの、全ての話を聞いた今、あまりにも現実味がなくて、ひどく他人事のように思えてしまう。物語の中の話だ、と言われてもおかしくないくらいに。今すぐ殺す、ではなくて30日、という期間があるからなおさら遠いことのように思ってしまう。

「ああ、そうだ。お前は、私が魔力を得るため犠牲になってもらう」

ヴァートという魔法使いも、客観的に見れば、随分と理不尽なことを言っている。それこそ、夜空が幼い頃に読んだ魔法ファンタジー物語の中の残酷非道な敵のように。
もしも、今、この場面が、夜空が読んでいる物語の中のワンシーンだとしたら、「なんて理不尽なんだ! 勝手に知らない世界に呼び出して、自分の目的のためだけに殺そうとするなんて! ひどい魔法使いだ!」と怒っていたかもしれない。いや、「恐ろしい魔法使いだ……! 殺されたくない!」と恐怖を抱いていたかもしれない。

けれども、不思議と、目の前にいるヴァートには、そのどの思いも抱かなかった。理不尽だという思いも、怒りも、恐怖も。
それどころか、なぜか親近感のようなものを覚えてしまった。迷信のような魔法に縋っている彼に。唱えても何も起こるはずのない、「愛の魔法」を唱えていた自分と、どこか似た行いをしている、とすら思ってしまったのである。家への怒りと憎しみの中に、別な感情が見えてしまった、というのもあるのかもしれない。

「……………」

 そして、だんだんと、夜空の中に、浮かんできた想いがあった。

「あの……」
「なんだ? 命乞いか?」
「いえ、この世界に、他に人間界からいらした方は……?」
「魔力が少なく魔法の使えない者はいるだろう。ただ、人間界から来た人間は、少なくとも私の知る限りではお前一人だ」
「これから、俺以外に、人間を呼び出す、ということは……」
「お前を呼び出すために随分な量の魔力を使った。もう、人間界から人間を呼び出すくらいは残っていない。残ったのは人間に注ぐための魔力と、大したことのない魔法を使うくらいの魔力だ」
「…………俺が、必要、なんですよね」
「ああ。魔力を得るためにな。それ以上でも以下でもない」

 呼び出される人間は、夜空ではなくてもよかった。もしかしたら、夜空ではなくて、別の誰かがここにやってきたのかもしれない。でも、夜空の中に、その想いは浮かんだままだった。嬉しさ、とはっきり言い表すのも、使命感、と言い表すのも、期待感、とも違う。でも、なんだか、高揚するような、今までに味わったことのない感情があった。

「こちらの世界にいる人間界の人間って、俺だけ、なんですね……」

確かめるように口にした。ヴァートは再び「ああ」と肯定の返事を返す。
すると、夜空の口元が、少しだけ緩む。自分でもおかしなことを考えてる。と思ってしまった。
 それを見て、ヴァートは訝しげに夜空に視線を向けた。

「……何がおかしい」
「……いえ。その、個人的なことで、その、あなたとは関係なくて……」
「……何を企んでいる」
「…………」

ヴァートはじっと夜空の方に、先ほどのような強い視線を向けている。夜空が答えを言うまで、その視線はこちらに向いたままだろう。ヴァートは、夜空が、ヴァートを殺して逃げる為の策を謀っていて、いい案が思いついた、と思っているのかもしれない。けれども、夜空が思っているのは、それとは真逆のこと。夜空自身もひどく戸惑っていた。

夜空は、ゆっくりと口を開いた。

「……その、企み、とかではないんです。変な話なんですけれど……今の俺は、ヴァートさんが魔法を使うためではあるけれど、俺にしかできないことで、そして、代わりのきかない存在だって思ってしまったんです。それが、なんだか、ちょっと、嬉しい、みたいに思えてしまって……」

この世界に、人間界から来た人間は夜空しかいないし、ヴァートは人間を呼び出す力が残っていない。だから、必然的に、ヴァートが「魔力を得る魔法」を使うために代わりはいない、と思ってしまった。それで、高揚感に似た何かを感じてしまったのだ。

ヴァートは自身の利益のために呼び出したのだ。代わりがきかない、ではあるけれど、自身に対する愛も情もないだろう。それに、呼び出されるのは、自分ではなくて違う誰かだったのかもしれない。

もちろん、夜空は死を望んでいるわけでもない。痛いのも、怖いのも、味わいたくはない。「別の誰かがこちらの世界に呼び出される前に自分が殺される役目を負う」という風な自己犠牲を考えているわけでもない。贄として、魔法界に呼び出されたのだから、死んだって、ヴァートに感謝されるわけでも愛されるわけでもない。それなのに、どうしてこんな考えが浮かんできたのかは分からない。けど、確かに、「代わりのきかない存在だ」という高揚した想いが、夜空の中に浮かんで来てしまったのだ。

ヴァートは、夜空の目の前で、ぽかん、と小さく口を開けている。ヴァートにとっても、夜空のその答えはあまりにも予想外のものだったのだろう。

「おかしな、奴だ……」

ヴァートは動揺したように口にする。ヴァートからは、先ほどの冷えた空気も圧も失われていた。
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