36 / 58
第二章
36. 美人殿下の登場
しおりを挟む
扉から入ってきたアンドレ様は、いつもの穏やかな顔で私を見る。そして告げた。
「今日は少し早く帰れそうだ。一緒に夕食を食べよう」
「はい」
笑顔で答えるが、心臓がドキドキして止まない。そんな嫌な予感は、見事に的中することになった。
「アンドレ、久しぶり」
私の隣にいたマリアンネ様が、嬉しそうに声をかける。アンドレ様は……普段、他人には興味がなく、無表情のアンドレ様は……
「殿下!」
嬉しそうに頬を緩め、彼女を見た。そのままつかつかと彼女のほうへ歩み寄る。
「殿下、お帰りになられていたのですか」
そして、丁寧に一礼した。
私は今まで、アンドレ様が他の女性に笑顔を向けたところを見たことがなかった。他の女性だけでなく、友人というフレデリク様でさえ。それなのに、私以外の女性にあんな顔をされると、酷く不安になる。
(これが嫉妬と言うのですか)
胸がズキッとする。
さらに、マリアンネ様とアンドレ様が並ぶと、まるで絵に描いたような美しさだ。お似合いのカップル、そんな言葉が思い浮かんでしまう。
「アンドレ、相変わらず堅いわね」
マリアンネ様はそう告げ、アンドレ様の胸をぽんぽんと叩く。そしてそのまま、
「ちょっと相談があるの」
アンドレ様の腕を掴んで、部屋の外へ出て行ってしまった。アンドレ様は一瞬振り返り、
「また後で、リア」
なんて言葉を残して去って行った。
拒否して欲しかった。だが、アンドレ様は、マリアンネ様のことを全て受け入れているようだった。むしろ、私よりも親しげにさえ思える。
ぽかーんと二人が去った扉を見ていると、
「誰にも心を開かないアンドレなのに、お姉様には懐いているんだから」
ルイーズ殿下がため息混じりに告げる。そして、分かっていたが、その言葉が私の胸をギュッと痛めつける。
私は暗い顔をしていたのだろう。
「……あっ!でも、アンドレはリア先生のことが、ちゃんと好きだからね?
りっ、リア先生とアンドレは、とてもお似合いだと思うわよ」
私は馬鹿だ。アンドレ様の妻として、こんな時に動揺していてはいけないのに。それなのに、まだ幼いルイーズ殿下にまで気を遣わせて、何をしているのだろう。
「殿下、私は気にしておりません」
笑顔を作る。
「アンドレ様を信じていますから」
必死にバレないように、平静を装った。
アンドレ様を信じないといけない。だが、前婚約者に浮気されていた事実が蘇り、震えが止まらないのだった。
私はいつの間にか贅沢になっていた。アンドレ様のあの優しい言葉、優しい瞳は私にだけ向けられるものだと思っていた。……そうであって欲しいと願うようになっていた。そもそも、貧乏男爵令嬢の私と、将軍であり次期公爵であるアンドレ様の結婚なんて、普通でないことくらい分かっているのに。
それから、平静を装うものの、ルイーズ殿下の指導をしながらも、心はマリアンネ様のことばかり考えていた。綺麗な女性だったなぁ。所作も丁寧で、王族の女性という言葉が相応しかった。アンドレ様ともお似合いだった。なんて、卑屈な考えばかりが浮かび上がる。そして、指導を終えると逃げるように宮廷を去ったのだった。
逃げるように館へ戻る途中、アンドレ様とマリアンネ様に鉢合わせしないかハラハラした。二人一緒にいるところを見ると、次こそ泣いてしまうかもしれない。そして、アンドレ様を困らせてしまうかもしれないと思ったからだ。だが、幸いにも二人に出くわすことはなく、見慣れた大きな館に駆け込んだ。
(こんな時は、ピアノです!)
私はまっすぐにピアノへ向かい、蓋を開ける。そして、剥き出しになった白と黒の鍵盤を、一心不乱に押し続けた。
前世でも、思い悩むことがあったらピアノを弾いて気を紛らわせた。ピアノを弾いている間は、辛いことを考えずに済んだ。この世界にも、ピアノがあって本当に良かった。
「今日は少し早く帰れそうだ。一緒に夕食を食べよう」
「はい」
笑顔で答えるが、心臓がドキドキして止まない。そんな嫌な予感は、見事に的中することになった。
「アンドレ、久しぶり」
私の隣にいたマリアンネ様が、嬉しそうに声をかける。アンドレ様は……普段、他人には興味がなく、無表情のアンドレ様は……
「殿下!」
嬉しそうに頬を緩め、彼女を見た。そのままつかつかと彼女のほうへ歩み寄る。
「殿下、お帰りになられていたのですか」
そして、丁寧に一礼した。
私は今まで、アンドレ様が他の女性に笑顔を向けたところを見たことがなかった。他の女性だけでなく、友人というフレデリク様でさえ。それなのに、私以外の女性にあんな顔をされると、酷く不安になる。
(これが嫉妬と言うのですか)
胸がズキッとする。
さらに、マリアンネ様とアンドレ様が並ぶと、まるで絵に描いたような美しさだ。お似合いのカップル、そんな言葉が思い浮かんでしまう。
「アンドレ、相変わらず堅いわね」
マリアンネ様はそう告げ、アンドレ様の胸をぽんぽんと叩く。そしてそのまま、
「ちょっと相談があるの」
アンドレ様の腕を掴んで、部屋の外へ出て行ってしまった。アンドレ様は一瞬振り返り、
「また後で、リア」
なんて言葉を残して去って行った。
拒否して欲しかった。だが、アンドレ様は、マリアンネ様のことを全て受け入れているようだった。むしろ、私よりも親しげにさえ思える。
ぽかーんと二人が去った扉を見ていると、
「誰にも心を開かないアンドレなのに、お姉様には懐いているんだから」
ルイーズ殿下がため息混じりに告げる。そして、分かっていたが、その言葉が私の胸をギュッと痛めつける。
私は暗い顔をしていたのだろう。
「……あっ!でも、アンドレはリア先生のことが、ちゃんと好きだからね?
りっ、リア先生とアンドレは、とてもお似合いだと思うわよ」
私は馬鹿だ。アンドレ様の妻として、こんな時に動揺していてはいけないのに。それなのに、まだ幼いルイーズ殿下にまで気を遣わせて、何をしているのだろう。
「殿下、私は気にしておりません」
笑顔を作る。
「アンドレ様を信じていますから」
必死にバレないように、平静を装った。
アンドレ様を信じないといけない。だが、前婚約者に浮気されていた事実が蘇り、震えが止まらないのだった。
私はいつの間にか贅沢になっていた。アンドレ様のあの優しい言葉、優しい瞳は私にだけ向けられるものだと思っていた。……そうであって欲しいと願うようになっていた。そもそも、貧乏男爵令嬢の私と、将軍であり次期公爵であるアンドレ様の結婚なんて、普通でないことくらい分かっているのに。
それから、平静を装うものの、ルイーズ殿下の指導をしながらも、心はマリアンネ様のことばかり考えていた。綺麗な女性だったなぁ。所作も丁寧で、王族の女性という言葉が相応しかった。アンドレ様ともお似合いだった。なんて、卑屈な考えばかりが浮かび上がる。そして、指導を終えると逃げるように宮廷を去ったのだった。
逃げるように館へ戻る途中、アンドレ様とマリアンネ様に鉢合わせしないかハラハラした。二人一緒にいるところを見ると、次こそ泣いてしまうかもしれない。そして、アンドレ様を困らせてしまうかもしれないと思ったからだ。だが、幸いにも二人に出くわすことはなく、見慣れた大きな館に駆け込んだ。
(こんな時は、ピアノです!)
私はまっすぐにピアノへ向かい、蓋を開ける。そして、剥き出しになった白と黒の鍵盤を、一心不乱に押し続けた。
前世でも、思い悩むことがあったらピアノを弾いて気を紛らわせた。ピアノを弾いている間は、辛いことを考えずに済んだ。この世界にも、ピアノがあって本当に良かった。
134
あなたにおすすめの小説
妹に全て奪われて死んだ私、二度目の人生では王位も恋も譲りません
タマ マコト
ファンタジー
第一王女セレスティアは、
妹に婚約者も王位継承権も奪われた祝宴の夜、
誰にも気づかれないまま毒殺された。
――はずだった。
目を覚ますと、
すべてを失う直前の過去に戻っていた。
裏切りの順番も、嘘の言葉も、
自分がどう死ぬかさえ覚えたまま。
もう、譲らない。
「いい姉」も、「都合のいい王女」もやめる。
二度目の人生、
セレスティアは王位も恋も
自分の意思で掴み取ることを決める。
「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。
しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。
王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。
絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。
彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。
誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。
荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。
一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。
王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。
しかし、アリシアは冷たく拒否。
「私はもう、あなたの聖女ではありません」
そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。
「俺がお前を守る。永遠に離さない」
勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動……
追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
聖女じゃない私の奇跡
あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。
だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。
「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる