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第一章
13. 前世を引きずっている俺 ーアンドレsideー
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俺は偶然通り過ぎた風を装い、妻の様子をちらっと見た。
彼女は相変わらず楽しそうに、館の者とともにダンスを踊っている。俺は長年この館に住んでいるが、住み始めて一ヶ月も経たないあの女性のほうが、館の者と親しくなっている。俺には近付いてもこないが、皆見たこともない笑顔で妻の周りに集まっていることに気付いたのは、二週間ほど前だった。
俺は館の者と馴れ合うつもりはないのだから、羨む気持ちはもちろんない。だが、複雑ではあった。
妻は、俺が拒否をしても、毎日出迎えてくれる。酷いことを言っても常に笑顔だ。おまけに、宮廷で開かれるダンスパーティーのために、必死で慣れないダンスをしているらしい。
(頭おかしいのか、あの女は……)
俺は心の中で呟いた。
というのも、俺はダンスパーティーなんて嬉しくもない。国王に無理を言って中止していただこうかとさえ思っていた。だが、妻があんなにも必死で踊っているのを見て、中止する気さえ失せてしまった。
俺が色々考えていると、息絶え絶えに妻の声が聞こえてくる。
「どうでしょう? これなら、アンドレ様が恥ずかしい思いをしなくても済むでしょうか? 」
「おおかた大丈夫ですが、ワルツのステップが軽やかさが必要でしょう。あと、頑張って踊られるのはいいですが、動きが大きいです」
続いて笑い声。
(俺が恥ずかしい思いをするって、どういうことだ)
思わず頭を掻いていた。
「さぁさぁ、リア様。足も傷だらけで負担が大きいでしょう。
今日はここまでにいたしませんか? 」
「いえ、もう少し頑張ります!」
そしてまた、音楽と足音が響いてくる。彼女は頬を染め、肩で息をして、真剣な面持ちでダンスをしている。足を怪我しているのだろうか、右足を少し引き摺りながら。
(もう、何なんだあの女は。
これ以上俺に付け入るなと言っているのに)
俺は足早にその場を離れ、寝室へ閉じこもった。そしてベッドに腰掛け、髪を掻き上げる。
俺のためになんて、何もしなくてもいい。俺は人を愛する資格なんてないのだから。そう思うのは、前世の記憶があるからだ。
俺には前世、結婚間近の香織という彼女がいた。香織のことを愛していたし、香織とともに幸せに暮らすつもりだった。
その頃、俺は仕事が忙しかった。そして、結婚式の準備も大詰めになっていた。おまけに、結婚式の翌日からは自衛隊の長期訓練が組まれており、彼女との新婚旅行にさえ行けない雰囲気だった。だから俺はイラついていた。……香織は何も悪くないのに。
その日の朝、些細なことから香織と喧嘩をした。香織に八つ当たりした俺は、言ってはいけないことを口走った。
「それなら、結婚するの辞める? 」
その日の夕方だった。職場に病院から電話がかかって来て、香織が窓から飛び降りたという話を聞いたのだ。
俺は急いで病院へ向かったが……着いた時には香織は帰らぬ人となっていた。
俺は冷たくなった香織の手を握って、ずっと震えていた。
俺のせいで、香織は死んだ。
俺が香織にきつく当たったからだ。
俺は人殺しだ。誰かを愛することなんて、今後二度としてはいけない。
香織、愛してる。俺は香織と結婚して、ずっと笑って幸せに生きていこうと思ったのに……なんでこんなことをしてしまったんだ。
それから俺は、笑い方を忘れた。
訓練での爆発事故に巻き込まれて命を落とし、気付いたらこの世界で生まれ変わっていた。見た目や性格は全く別人になってしまったが、前世の記憶は残っている。それゆえ、もとから冷たい性格であったのが、さらに冷たくなってしまった。
俺はこの世界でも、香織を殺してしまったことを償って生きていくと思っていた。
それなのに……
あの女は、どうして俺に付き纏い続けるのだろうか。俺がこれだけ全力で拒否しているのに、どうしてぐいぐい心の隙間に入ってくるのだろうか。
あの女がピアノで弾いていた曲は、どれも香織が弾いていたものだ。そして、香織を思い出させるものだった。香織の好きだった作曲家、フレデリック・ショパンも知っている。あの女も前世は俺と同じ世界に生き、生まれ変わったのだろう。
あの女は、どうしてこうも俺の心を掻き乱すのだろう……ーー
彼女は相変わらず楽しそうに、館の者とともにダンスを踊っている。俺は長年この館に住んでいるが、住み始めて一ヶ月も経たないあの女性のほうが、館の者と親しくなっている。俺には近付いてもこないが、皆見たこともない笑顔で妻の周りに集まっていることに気付いたのは、二週間ほど前だった。
俺は館の者と馴れ合うつもりはないのだから、羨む気持ちはもちろんない。だが、複雑ではあった。
妻は、俺が拒否をしても、毎日出迎えてくれる。酷いことを言っても常に笑顔だ。おまけに、宮廷で開かれるダンスパーティーのために、必死で慣れないダンスをしているらしい。
(頭おかしいのか、あの女は……)
俺は心の中で呟いた。
というのも、俺はダンスパーティーなんて嬉しくもない。国王に無理を言って中止していただこうかとさえ思っていた。だが、妻があんなにも必死で踊っているのを見て、中止する気さえ失せてしまった。
俺が色々考えていると、息絶え絶えに妻の声が聞こえてくる。
「どうでしょう? これなら、アンドレ様が恥ずかしい思いをしなくても済むでしょうか? 」
「おおかた大丈夫ですが、ワルツのステップが軽やかさが必要でしょう。あと、頑張って踊られるのはいいですが、動きが大きいです」
続いて笑い声。
(俺が恥ずかしい思いをするって、どういうことだ)
思わず頭を掻いていた。
「さぁさぁ、リア様。足も傷だらけで負担が大きいでしょう。
今日はここまでにいたしませんか? 」
「いえ、もう少し頑張ります!」
そしてまた、音楽と足音が響いてくる。彼女は頬を染め、肩で息をして、真剣な面持ちでダンスをしている。足を怪我しているのだろうか、右足を少し引き摺りながら。
(もう、何なんだあの女は。
これ以上俺に付け入るなと言っているのに)
俺は足早にその場を離れ、寝室へ閉じこもった。そしてベッドに腰掛け、髪を掻き上げる。
俺のためになんて、何もしなくてもいい。俺は人を愛する資格なんてないのだから。そう思うのは、前世の記憶があるからだ。
俺には前世、結婚間近の香織という彼女がいた。香織のことを愛していたし、香織とともに幸せに暮らすつもりだった。
その頃、俺は仕事が忙しかった。そして、結婚式の準備も大詰めになっていた。おまけに、結婚式の翌日からは自衛隊の長期訓練が組まれており、彼女との新婚旅行にさえ行けない雰囲気だった。だから俺はイラついていた。……香織は何も悪くないのに。
その日の朝、些細なことから香織と喧嘩をした。香織に八つ当たりした俺は、言ってはいけないことを口走った。
「それなら、結婚するの辞める? 」
その日の夕方だった。職場に病院から電話がかかって来て、香織が窓から飛び降りたという話を聞いたのだ。
俺は急いで病院へ向かったが……着いた時には香織は帰らぬ人となっていた。
俺は冷たくなった香織の手を握って、ずっと震えていた。
俺のせいで、香織は死んだ。
俺が香織にきつく当たったからだ。
俺は人殺しだ。誰かを愛することなんて、今後二度としてはいけない。
香織、愛してる。俺は香織と結婚して、ずっと笑って幸せに生きていこうと思ったのに……なんでこんなことをしてしまったんだ。
それから俺は、笑い方を忘れた。
訓練での爆発事故に巻き込まれて命を落とし、気付いたらこの世界で生まれ変わっていた。見た目や性格は全く別人になってしまったが、前世の記憶は残っている。それゆえ、もとから冷たい性格であったのが、さらに冷たくなってしまった。
俺はこの世界でも、香織を殺してしまったことを償って生きていくと思っていた。
それなのに……
あの女は、どうして俺に付き纏い続けるのだろうか。俺がこれだけ全力で拒否しているのに、どうしてぐいぐい心の隙間に入ってくるのだろうか。
あの女がピアノで弾いていた曲は、どれも香織が弾いていたものだ。そして、香織を思い出させるものだった。香織の好きだった作曲家、フレデリック・ショパンも知っている。あの女も前世は俺と同じ世界に生き、生まれ変わったのだろう。
あの女は、どうしてこうも俺の心を掻き乱すのだろう……ーー
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