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第一章
2. 嫁ぎ先は、冷酷無慈悲な将軍様
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「良かったわね。陛下が新たな婚約を結んでくださって」
国王の間から出るや否や、テレーゼが馬鹿にするように言う。だが、心底ホッとしている私は、
「はい! 」
笑顔で答えていた。
パトリック様とテレーゼ様に嵌められたことには傷ついたが、意外と気持ちは前向きだ。こんな男と結婚しなくて良かったとさえ思う。
だが、こんな明るい私の気持ちは、テレーゼ様の嘲笑うように吐き出されたその言葉に消えてしまった。
「貴女、ご存知かしら? シャンドリー王国のアンドレ将軍は、冷酷無慈悲な男性として有名ですわ。
悪名高いため、二十七歳になられる今現在まで婚約が結ばれることはありませんでした」
……え?
「その事実を聞いて、どう思われますか?
二十七歳になるまで結婚されなかった。その事実が全てを物語っていますわ」
そうなのか。アンドレ将軍は、一癖も二癖もある人なのか。そんな将軍の妻になることは、確かに罰かもしれない。だが、パトリック様の本性を知ってしまった今、パトリック様との結婚だって相当な罰だ。
私は笑顔で二人にお辞儀をし、家路についた。お父様とお母様は今日の出来事を聞いて、何を思われるだろう。悲しむかな。でも、私は意外にも前向きだ。
ただ……慣れ親しんだこの地を離れるのは、少し切ない。貧乏だったけど、優しい両親と弟と、明るい街の人々に囲まれて、私は幸せだった。
街の外れに立つ、古びた家の扉を開ける。煉瓦で出来た二階建てのその家からは、微かにシチューの香りがする。いつもと同じ夕方。だが、私の世界はがらっと変わってしまった。
「ただいま帰りました」
平静を装って告げると、家の奥からドタドタとお父様とお母様が出てくる。その泣きそうな顔を見ると、もうすでに知らせは届いているのだろう。
「リア……」
お父様が私の前に跪いて、手を握る。
「そんな縁談、受けなくてもいい。罰なら私たちがいくらでも受けるから」
私は幸せ者だ。パトリック様には欺かれたが、お父様やお母様が守ろうとしてくれるから。
「リョヴァン公爵の恋人の件も、私たちは知らなかった。
私のせいで、リアに辛い思いをさせてしまって……本当に申し訳ない」
お父様は泣きそうな顔で私を見上げる。そんな顔で見ないで欲しい。私だって泣きそうになってしまうから。
私はお父様とお母様からたくさんの愛情をもらって生きてきた。貧乏だったが、この家で過ごせたことはかけがえのない幸せな時間だった。
だから私は、お父様お母様に恩返しをしたい。
「シャンドリー王国の将軍様と結婚だなんて、私はやっと親孝行が出来ます。
不誠実なパトリック様よりも、見知らぬ将軍様と結婚したほうが、私は幸せです」
こうして私は、お父様とお母様と抱きしめ合って涙を流した。
この時の私は、人生のどん底を味わった気分だった。まさか、その冷酷無慈悲な隣国の将軍と甘い恋に落ちるなんて、思ってもいなかった……ーー
◆◆◆◆◆
次の日の早朝、私は迎えに来た馬車に乗った。初めて着るような上質な白いドレスと、たくさんの嫁入り道具とともに。
ドレスや嫁入り道具は、有り金を叩いてお父様が準備したものだった。結婚相手がリョヴァン公爵であったため、失礼のないようにと両親が揃えてくれたものだ。パトリック様にとっては地味で安いものかもしれないが、私たちにとっては高級品だった。両親はそこまで私の幸せを願ってくれていたのだ。
馬車と護衛は、陛下が準備してくださった。というのも、ブランニョール家には使用人はおらず、隣国まで辿り着けるような高性能な馬車だってなかったからだ。陛下としても、何としてもこの縁談を成立させたかったのだろう。そんな陛下にも感謝の気持ちでいっぱいだった。
極上馬車は、カタカタと揺れながら隣国へと向かっていく。生まれて初めての極上体験に喜んでいたのも束の間、隣国までの旅路は長い。次第に暇になってきて、私はぼーっと考え事をしていた。
誰にも言ったことはないが、私には前世の記憶がある。
日本という国で育ち、ピアニストを目指していた。だが、ピアニストになることは出来ず、企業の事務員として働いていた。
平凡な私だが、慎司という恋人がいた。彼の職業は自衛官で、入籍間近だった。
ある日私は、些細なすれ違いにより、彼と大喧嘩をした。そして、気晴らしに掃除しようと窓を開けた瞬間、窓から転落した。すごい勢いで近付く地面が最後の記憶である。私はきっと、あの時死んだのだ。
慎司のことは大好きだったのに、彼とは喧嘩したまま別れることになってしまった。慎司に謝ることが出来なかったのがいまだに心残りではある。そして、あの相思相愛の関係は、この世界では望めないことも理解している。
だけど私は、アンドレ将軍との結婚により、お世話になった両親に恩返し出来ることがとても嬉しかった。
国王の間から出るや否や、テレーゼが馬鹿にするように言う。だが、心底ホッとしている私は、
「はい! 」
笑顔で答えていた。
パトリック様とテレーゼ様に嵌められたことには傷ついたが、意外と気持ちは前向きだ。こんな男と結婚しなくて良かったとさえ思う。
だが、こんな明るい私の気持ちは、テレーゼ様の嘲笑うように吐き出されたその言葉に消えてしまった。
「貴女、ご存知かしら? シャンドリー王国のアンドレ将軍は、冷酷無慈悲な男性として有名ですわ。
悪名高いため、二十七歳になられる今現在まで婚約が結ばれることはありませんでした」
……え?
「その事実を聞いて、どう思われますか?
二十七歳になるまで結婚されなかった。その事実が全てを物語っていますわ」
そうなのか。アンドレ将軍は、一癖も二癖もある人なのか。そんな将軍の妻になることは、確かに罰かもしれない。だが、パトリック様の本性を知ってしまった今、パトリック様との結婚だって相当な罰だ。
私は笑顔で二人にお辞儀をし、家路についた。お父様とお母様は今日の出来事を聞いて、何を思われるだろう。悲しむかな。でも、私は意外にも前向きだ。
ただ……慣れ親しんだこの地を離れるのは、少し切ない。貧乏だったけど、優しい両親と弟と、明るい街の人々に囲まれて、私は幸せだった。
街の外れに立つ、古びた家の扉を開ける。煉瓦で出来た二階建てのその家からは、微かにシチューの香りがする。いつもと同じ夕方。だが、私の世界はがらっと変わってしまった。
「ただいま帰りました」
平静を装って告げると、家の奥からドタドタとお父様とお母様が出てくる。その泣きそうな顔を見ると、もうすでに知らせは届いているのだろう。
「リア……」
お父様が私の前に跪いて、手を握る。
「そんな縁談、受けなくてもいい。罰なら私たちがいくらでも受けるから」
私は幸せ者だ。パトリック様には欺かれたが、お父様やお母様が守ろうとしてくれるから。
「リョヴァン公爵の恋人の件も、私たちは知らなかった。
私のせいで、リアに辛い思いをさせてしまって……本当に申し訳ない」
お父様は泣きそうな顔で私を見上げる。そんな顔で見ないで欲しい。私だって泣きそうになってしまうから。
私はお父様とお母様からたくさんの愛情をもらって生きてきた。貧乏だったが、この家で過ごせたことはかけがえのない幸せな時間だった。
だから私は、お父様お母様に恩返しをしたい。
「シャンドリー王国の将軍様と結婚だなんて、私はやっと親孝行が出来ます。
不誠実なパトリック様よりも、見知らぬ将軍様と結婚したほうが、私は幸せです」
こうして私は、お父様とお母様と抱きしめ合って涙を流した。
この時の私は、人生のどん底を味わった気分だった。まさか、その冷酷無慈悲な隣国の将軍と甘い恋に落ちるなんて、思ってもいなかった……ーー
◆◆◆◆◆
次の日の早朝、私は迎えに来た馬車に乗った。初めて着るような上質な白いドレスと、たくさんの嫁入り道具とともに。
ドレスや嫁入り道具は、有り金を叩いてお父様が準備したものだった。結婚相手がリョヴァン公爵であったため、失礼のないようにと両親が揃えてくれたものだ。パトリック様にとっては地味で安いものかもしれないが、私たちにとっては高級品だった。両親はそこまで私の幸せを願ってくれていたのだ。
馬車と護衛は、陛下が準備してくださった。というのも、ブランニョール家には使用人はおらず、隣国まで辿り着けるような高性能な馬車だってなかったからだ。陛下としても、何としてもこの縁談を成立させたかったのだろう。そんな陛下にも感謝の気持ちでいっぱいだった。
極上馬車は、カタカタと揺れながら隣国へと向かっていく。生まれて初めての極上体験に喜んでいたのも束の間、隣国までの旅路は長い。次第に暇になってきて、私はぼーっと考え事をしていた。
誰にも言ったことはないが、私には前世の記憶がある。
日本という国で育ち、ピアニストを目指していた。だが、ピアニストになることは出来ず、企業の事務員として働いていた。
平凡な私だが、慎司という恋人がいた。彼の職業は自衛官で、入籍間近だった。
ある日私は、些細なすれ違いにより、彼と大喧嘩をした。そして、気晴らしに掃除しようと窓を開けた瞬間、窓から転落した。すごい勢いで近付く地面が最後の記憶である。私はきっと、あの時死んだのだ。
慎司のことは大好きだったのに、彼とは喧嘩したまま別れることになってしまった。慎司に謝ることが出来なかったのがいまだに心残りではある。そして、あの相思相愛の関係は、この世界では望めないことも理解している。
だけど私は、アンドレ将軍との結婚により、お世話になった両親に恩返し出来ることがとても嬉しかった。
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