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57. 私は意外にも強いようです
しおりを挟む物思いに耽っている私は、急に冷たく濡れた手で口を塞がれた。驚きと恐怖心が共に襲ってくるが、濡れた体でドレスごと拘束され、身動きが取れない。
そして、髪からぽたぽた水を垂らしながら、私を捕らえた男は耳元で囁いた。
「お前がポーレット侯爵の妹か。なかなかいい女だな」
背筋がゾクっとする。その間にも、私のドレスはこの男によってどんどん濡れていった。
「俺はお前を捕らえるため、運河を泳いで渡ってきたのだ。
お前を人質にして、ポーレット侯爵から身代金を取ってやる」
この男が濡れているのは、なんと運河を泳いできたからなのだ。哀れで馬鹿な男だ。そして、もちろん怖くて怖くて仕方がないのだが……こんな時、ジョーならどうするだろうと思った。
せっかくジョーから護身術を学んだのだ。この男は刃物も持っていないみたいだし、何とかなるかもしれない!
私は勇気があるタイプではなかった。
だが、ジョーとの旅や黒い騎士の件で、少しずつ心が強くなっていたようだ。
オオカミの群れを追い払ったこと、ジョーの背後に迫る黒い騎士にナイフを命中させたこと、どれもジョーの手柄に比べたら言うのも恥ずかしいことだが、それが少しずつ自信になっていた。
昔の私なら、こんなふうに捕らえられたら怖くてぼろぼろ泣いていただろうに。
男は私が怖がっていると思って油断していた。怖がっているのは事実だが……その油断の隙を、私は見逃さなかった。
素早く手を振りほどき、その腕を抱えて男性を投げ飛ばす。
もちろん男を投げ飛ばすなんてただの薬師には不可能だが、私はジョーに力の入れ方とか、人の押さえつけ方なんかを習っていたのだ。
男は宙を飛び、どさっと私の前に崩れ落ちた。そして自由になった私は、大声でジョーの名を呼んでいた。
投げ飛ばされた男は、侯爵の妹にやられたことに腹を立てているらしい。腰を押さえて立ち上がり、ようやく腰に差してある短剣を抜いた。
私はもちろん武器なんて持っていないし、何よりドレスを着ていて動きにくい。もしかして、ここまでなのだろうか……
「貴様……女のくせに……」
男は怒りで震えている。
「気が変わった。殺してやる!!」
だけど……不意に背後に回ったジョーに、まるで子供でも相手にするように簡単に捕らえられてしまった。もちろん手に持った短剣は、一瞬で地面に落ちていた。
「俺の婚約者に、手を触れるな」
ジョーは怒りで満ち溢れている。その怒りのオーラだけで、この男を殺してしまいそうだ。
さらにジョーは付け加えた。
「俺の名は、ジョセフ・グランヴォル」
その瞬間、男は震え上がり断末魔の悲鳴を上げる。ジョーはその名が恐れられていることを知り、わざとやっているのだろう。そして、最強の騎士に捕らえられたこの男も、また哀れだった。
「どうか命だけはお助けを」
泣きながら命乞いする男を、ジョーは護衛の騎士に引き渡した。
「牢屋にぶち込んでおけ」
なんて言いながら。
こうやって、私は甘々のジョーの訓練を受け、意外にも強くなってしまったようだ。もちろん、ジョーの足下にも及ばないが。
色々と危険な目に遭った私は意外と平気だったが、ジョーはそうでもないらしい。
「アン、心配した」
その声は少し震えている。そして、濡れてしまった私ごとぎゅっと抱きしめる。
ジョーは国内で最強の騎士だが、その心は意外と脆いことも知っている。そんな人間味溢れるジョーが大好きだし、安心させてあげたい。
ジョーの腕の中でその大きな胸と体温を感じ、頬が緩んでしまう私。ジョーにこんなにも大切にされて、すごくすごく幸せだ。
「アン、見事な背負い投げだった」
甘くて切ない声で告げるジョーに、
「ジョーのおかげだよ」
笑顔で告げる。
「ポーレット侯爵の妹が男を投げ飛ばしたなんて話を聞くと、人々は大男ジョセフ様とお似合いだって思うよね」
「……そうだな」
ジョーふっと笑い、優しく唇を重ねる。その愛を感じながら、私は幸せを噛み締めていた。
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