53 / 58
53. 国王から謝られました
しおりを挟む◆◆◆◆◆
見慣れた立派な城壁に、立派な城。そして、それを取り囲む広大な城下町……
ほんの数ヶ月前までここで生活していたのに、ここにいたのは何年も前のように感じられる。
私は馬車を降り、久しぶりに見る王宮を見上げていた。
ここまでの道のりは長かった。馬車に揺られて三日間。だが、ジョーと甘くて楽しい時間を過ごし、とうとうここに辿り着いた。
私の後に馬車から降りたジョーは、私の隣に立って立派な王宮を見上げている。
「王都はすごいな」
そんなことを言うが、私はオストワル辺境伯領のほうがずっと好きだ。そこには温かい人々と、甘いジョーがいるのだから。
馬車から降りた私たちを、王宮騎士団が迎えてくれる。王宮騎士団を見て、胸がずきんと痛んだ。王宮を追放された時の恐怖が、まだ心の中にしこりとなって残っているからだ。
「お待ちしておりました!ジョセフ•グランヴォル様!」
一番前にいる騎士が言うが、顔がめちゃくちゃ緊張している。そしてジョーは不機嫌そうに、
「俺ではなく、アンに挨拶しろ」
なんて言い始める。
それで騎士が慌てふためき、
「アン•ポーレット様!!」
付け加える。
もちろん、私はこんな待遇は望んでいない。むしろ、目立たないようにしたいほどだ。前までは騎士に名前すら呼ばれないような対応だったのだから。おまけに、追放される時は騎士に剣を向けられた。
そして、この騎士たちはジョーが怖いのだと思い知る。国内最強と言われるジョーは、騎士たちにとって脅威でしかないのかもしれない。
騎士に連れられて、慣れた王宮の中を歩く。
いつもは来客があると道を開け、頭を下げるのが決まりだった。だが、今日は私が頭を下げらる番だ。
すれ違う人が皆道を開け、頭を下げるのを見ると申し訳ない気分でいっぱいになる。
途中、薬師の先輩に会った。だが、先輩は私に気付くそぶりもなく、他の人と同じように頭を下げるのだ。それで、王宮に居場所はないと悟った。
そして、国王陛下の謁見の間に通された。長い赤いカーペットが敷かれ、両側には騎士たちが並んでいる。そしてその向こうには、見慣れた陛下が椅子に座っていた。
陛下は少し見ないうちに、随分老け込んだみたいだ。
だが、私を見て椅子から立ち上がり、名前を呼んだ。
「アン!」
そのまま前に歩こうとするが、よろめいて再び椅子に腰掛ける。隣にいる側近が、
「陛下!」
と焦っていた。
どうやら陛下の病状は良くないらしい。肝臓をさらに痛めてしまったのだろうか。
だが……
「アン……」
陛下は、椅子に座ったまま私に手を差し伸ばした。私はかつてのように陛下のもとへ駆け寄り、跪く。
「アン……サイロンの件は、アンに本当に申し訳ないことをした。
私からも、詫びさせて欲しい」
陛下はなぜか、私にすごく甘かった。身寄りもなく若い頃から王宮で暮らしているため、同情をしていたのだろう。
陛下が私を祖父のように可愛がってくれるから、私が陛下の薬を運ぶ係となっていた。だから、ああやって嵌められる格好の餌食になったのだろうが。
「陛下、そのようなことは言わないでください。
陛下がお元気になられて、何よりです」
跪いたまま、陛下にそう告げた。そんな私に、
「アンよ。頭を上げてくれ」
陛下は弱々しく告げる。
顔を上げた私は、やつれて顔色の悪い陛下と視線がぶつかった。
陛下はやはり、あの頃と同じ優しい祖父の瞳で私を見下ろしている。
「アン……そなたは、私の恩人ガーネットにそっくりだ」
「え……」
ガーネット……それは最近知った、私の母親の名前だ。彼女は結婚前、王宮で薬師長をしていた。
「私が毒にやられた時、ガーネットが助けてくれたのだよ。
だから私は、ガーネットの娘であるアンが、そんなことはしないと思っていた。それなのに、信じてやれなかった」
お母様が恩人だから、陛下は私に優しかったのだろうか。きっとそうなのだろう。
私の特別扱いはお母様のおかげだが、それでもお母様のことを誇りに思っている。私も、お母様みたいな薬師になろうと心から思った。
「陛下、気にされないでください」
私は陛下に笑顔で告げた。
「私が王都を去ったため、ジョセフ様と出会うことが出来ました。
私は今、ジョセフ様と一緒に居られてとても幸せです」
陛下は少し寂しそうな顔をし、そして聞く。
「それならば、アンはもう王都に戻ってこないのか?」
「左様でございます。
……私の心は、オストワルと共にあります」
ジョーを見上げると、嬉しそうに目を細めて私を見下ろしてくれる。こんなジョーが隣にいてくれるから、私はずっと幸せに暮らしていけそうだ。
陛下が王都に戻って欲しいと思ってくださるのは、とても嬉しいのだが。
陛下は、ジョーのほうをようやく見た。そして、悲しげだが嬉しそうに告げる。
「ジョセフ・グランヴォル。そなたの名は、聞き飽きるほど聞いておる。
いつも辺境の地で我が国を守ってくれ、感謝しかない。
今回も、そなたにも多大なる迷惑をかけ、申し訳なく思っている。
アンがそなたほど名の知れた騎士と結婚することを、私は嬉しく思う」
ジョーは出発前、陛下のことを敵視し、謝らせてやろうと言っていた。だからどんなことを言い始めるのか不安だったのだが、意外にもおとなしく頭を下げるだけだった。
陛下が先に謝ったため、ジョーの攻撃心もなくなったのかもしれない。
そして、陛下がジョーを認め祝福してくださったことも、すごく嬉しい。
私はまたジョーを見上げ、ふふっと笑ってしまった。すると、やはりジョーも甘くて優しい瞳で私を見下ろす。私はこうして、ジョーと一緒に居られて、とても嬉しい。
480
お気に入りに追加
1,601
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる