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51. 彼の治療も一苦労です
しおりを挟むその後、ジョーと夕食を食べる。
いつもはソフィアさんに料理を教えてもらって一緒に作って食べたりしていたが、騎士団の炊事係の料理は比べ物にならないほど美味しかった。
そして、二人で豪華なシャンデリアの下ご飯を食べ、庶民ではないことを思い知る。だが、ずっと質素な暮らしをしてきた私にとって、この環境は落ち着かないのだ。たまには豪華な料理を食べるのもいいが、今までのように質素な暮らしのほうが私に合っている。なんだかホームシックになってしまいそうだった。
浮かない顔をしている私に、ジョーは敏感に気付く。そして、
「どうした、アン?何かあったのか?」
心配そうに聞く。
「それとも、俺が何かしたのか?」
私は愚かだ。優しいジョーを、こうやって心配させてしまうから。だから笑顔で何でもないと答えるが、ジョーは見抜いてしまう。
その綺麗な顔で心配そうに私を見ながら、静かに告げた。
「俺とアンは夫婦になる。夫婦の間に隠し事はいけない」
そうだよね……信じられないけど、私はジョーと夫婦になるのだ。だけど、もう少し庶民的な暮らしがしたいなんて言うと、ジョーは幻滅するのではないか。ジョーを傷つけることになるのではないか。
何より、ジョーは今までもこんな暮らしをしてきたのだから。
だから私は、ジョーを傷付けないよう注意して話す。
「私は侯爵家生まれだったみたいだけど、ずっと平民として暮らしてきたの。
だから、こんなに豪華な生活、戸惑ってしまって……」
「そうか……」
そう言ってジョーは、ナイフとフォークで綺麗に牛肉を切って食べる。つられて私もそれを口に入れたが、頬が落ちるほど美味しい。平民では食べられない肉質だ。
思わぬ美味しさににやけてしまった私を、ジョーは嬉しそうに見る。
「本来ならば、グランヴォル家よりもポーレット家のほうが爵位が高く、豪華な暮らしをしているはずだ。だから、この家での生活なんてたいしたものではないだろうが……」
ジョーはまた、甘い瞳で私を見る。
「俺は、アンと二人で旅していた時が一番楽しかった。だから、最低限の威厳は保ちつつ、飾らない暮らしをしよう」
ジョーは魔法でも使えるのだろうか。私が何を考えていたのか、感じ取ってしまったのだろうか。ジョーの言葉を聞いてホッとしてしまう自分がいた。
そして、こうやって迷惑ばかりかける私を大切にしてくれて、すごく嬉しい。私だってジョーに出来ることはないだろうか、なんて考えてしまった。
「俺はアンと触れ合いたいから、召使いがたくさんいても困る」
「そ、そこ!?」
ジョーの言葉に赤面しつつも、余計なことを言わなかったほうが良かったかもしれないと後悔した。人の目があるからこそジョーもぐいぐい迫ってこないが、二人きりになってしまうと、まずいかもしれない。
ジョーは熱っぽい瞳で私を見る。そんな目で見られると、ドキドキして食事すら喉を通らない。
同居生活は始まったばかりだというのに、前途多難だ。
なんとか食事を終えると、
「次は、俺の傷の消毒だったな」
ジョーは立ち上がる。だから私もつられて立ち上がっていた。そのまま部屋を出て、これまた豪華な階段を上る。
階段を上っていると、不意にジョーと手が触れた。ビクッとして身を引こうとするが、ジョーが強引にも手を絡め取る。そしてそのまま、私に身を寄せた。
ジョーは反則だ。こうやって、不意打ちで色仕掛けをしてくるのだから。そしてジョーの色仕掛けに、私は狂わされっぱなしだ。
「まだ信じられない。アンが一緒にいるなんて」
そして、酷く甘ったるい言葉に身体中を甘い震えが走る。
ジョーは、時々こんな甘い声で話をする。そうすると、私は何も反論出来なくなり、ただ胸のときめきに耐えるしかない。
「黒い騎士たちにやられた日に引き続き、今日も情けない姿を見せてしまったけど、惚れ直させるから」
「情けないって何?」
ジョーはまだ訓練でやられてしまったことを悔やんでいるのか。思わず笑ってしまった。
「情けなくなんてないよ。
ジョーはすごく強いしみんなから慕われていて、最高の指導者だと思ったよ」
くすくす笑いながら告げる私を、ジョーは驚いたように見る。
「私なんかがジョーと釣り合わないって悩んでいたけど、ジョーが私を好きでいてくれるんだもんね。
私も自信を持たなきゃ」
笑っている私を、ジョーは不意に抱きしめた。そしてそのまま、唇を重ねる。不意打ちを喰らって、私は真っ赤になって固まってしまった。
こんな私を、ジョーはアイスクリームでも舐めるように、甘く優しく堪能する。ジョーに抱きしめられて何度もキスをされて、幸せだと思った。ジョーがこんなにも私に愛を注いでくれるのだから、卑屈になるのはもう辞めにしたい。
ジョーは唇を離し、熱い瞳で私を見て、甘い声で囁く。
「アン、愛してる」
その言葉がさらに、私の胸を熱くする。
「俺が強くなくてもヘタレても、そうやって甘やかしてくれるアンを、誰よりも愛している」
再び唇を塞がれた。頭がぼーっとして顔が熱くなる私は、完全にジョーに絆されている。
ジョーは真っ赤な顔の私の手を引き、大きな扉を開けた。そこには天蓋の付いた大きなベッドが置かれている。ジョーの寝室だろうか。
そのベッドの横で、不意にシャツを脱ぎ始めるジョー。もちろん、男女の関係とかそういうものではなく、消毒のためにシャツを脱ぐのだが……不覚にも、鍛え上げられた彫刻みたいなその肉体から目が離せなくなった。
剣を振るう盛り上がった二の腕、割れた腹筋、そして、爽やかなイケメン……もはや目の前のジョーは神々しいほどだ。
ジョーとそんな関係になった時、私は耐えられるのだろうか。
真っ赤な顔の私はジョーを直視出来るはずもなく、必死に見ないようにと消毒薬を取り出す。そして、
「ベッドに下向きに寝てね!」
平静を装って告げるが、その語尾は震えていた。
ジョーは私の言葉通り、ベッドの上に伏せる。これで綺麗な顔と割れた腹筋を見なくて済むためホッとするが……その広い背中に貼ってある大きなガーゼを見て、ズキンと胸が痛んだ。
ジョーは私を守ろうとして、こんな深い傷を負ってしまった。
そっとガーゼを取ると、まだ生々しい傷口が見える。深く抉られていて、ジョーに申し訳ないと思いながら数針縫ったその傷口だ。毎日消毒しているため、化膿していないことだけが幸いだった。
怪我はまだ全然回復していないのに、ジョーはいつも通り生活して、騎士団にも復帰しているなんて……
「ごめんね、ジョー」
傷口に消毒薬を付け、新しいガーゼを貼りながら謝っていた。
「ジョーは私のせいで、大怪我を……」
私の言葉は、不意にぐるっと上向きになって、素早く私を捉えたジョーによってかき消されていた。
気付いたら、私はジョーの熱い胸板に、ぎゅっと抱き寄せ押さえつけられている。どぎまぎして逃げようとするが、ジョーの力で押さえつけられたら身動き一つ取れない。
「俺のせいだ。俺が弱いから……」
「いや、ジョーが弱いとかふざけてるの?」
必死で抵抗する私だが、やっぱりジョーには勝てないらしい。ジョーはそのままぐるっと体勢を変え、私をベッドに押さえつけて覆い被さる。そしてまた、唇を重ねた。
ジョーの熱い口付けは、次第に唇から首へと下りていく。ジョーのキスした部分が熱く、思わず身を捩ってしまった。
「ジョー……やめてよ……
恥ずかしいよ……」
真っ赤な顔で抵抗するが、ジョーは切なげに告げた。
「今すぐ、抱き潰してしまいたい……」
ジョーといると危険だ。
ジョーは日に日に甘くなっていき、私がオストワル辺境伯領に残った日から、さらに数段甘さが上がってしまった。
もちろんジョーのことは好きなのだが、この溺愛に耐えられるだろうか。私はこうも全身で、ジョーに甘く震えている。
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