追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

Mee.

文字の大きさ
上 下
51 / 58

51. 彼の治療も一苦労です

しおりを挟む


 その後、ジョーと夕食を食べる。
 いつもはソフィアさんに料理を教えてもらって一緒に作って食べたりしていたが、騎士団の炊事係の料理は比べ物にならないほど美味しかった。
 そして、二人で豪華なシャンデリアの下ご飯を食べ、庶民ではないことを思い知る。だが、ずっと質素な暮らしをしてきた私にとって、この環境は落ち着かないのだ。たまには豪華な料理を食べるのもいいが、今までのように質素な暮らしのほうが私に合っている。なんだかホームシックになってしまいそうだった。

 浮かない顔をしている私に、ジョーは敏感に気付く。そして、

「どうした、アン?何かあったのか?」

心配そうに聞く。

「それとも、俺が何かしたのか?」

 私は愚かだ。優しいジョーを、こうやって心配させてしまうから。だから笑顔で何でもないと答えるが、ジョーは見抜いてしまう。
 その綺麗な顔で心配そうに私を見ながら、静かに告げた。

「俺とアンは夫婦になる。夫婦の間に隠し事はいけない」

 そうだよね……信じられないけど、私はジョーと夫婦になるのだ。だけど、もう少し庶民的な暮らしがしたいなんて言うと、ジョーは幻滅するのではないか。ジョーを傷つけることになるのではないか。
 何より、ジョーは今までもこんな暮らしをしてきたのだから。

 だから私は、ジョーを傷付けないよう注意して話す。

「私は侯爵家生まれだったみたいだけど、ずっと平民として暮らしてきたの。
 だから、こんなに豪華な生活、戸惑ってしまって……」

「そうか……」

 そう言ってジョーは、ナイフとフォークで綺麗に牛肉を切って食べる。つられて私もそれを口に入れたが、頬が落ちるほど美味しい。平民では食べられない肉質だ。
 思わぬ美味しさににやけてしまった私を、ジョーは嬉しそうに見る。

「本来ならば、グランヴォル家よりもポーレット家のほうが爵位が高く、豪華な暮らしをしているはずだ。だから、この家での生活なんてたいしたものではないだろうが……」

 ジョーはまた、甘い瞳で私を見る。

「俺は、アンと二人で旅していた時が一番楽しかった。だから、最低限の威厳は保ちつつ、飾らない暮らしをしよう」

 ジョーは魔法でも使えるのだろうか。私が何を考えていたのか、感じ取ってしまったのだろうか。ジョーの言葉を聞いてホッとしてしまう自分がいた。
 そして、こうやって迷惑ばかりかける私を大切にしてくれて、すごく嬉しい。私だってジョーに出来ることはないだろうか、なんて考えてしまった。

「俺はアンと触れ合いたいから、召使いがたくさんいても困る」

「そ、そこ!?」

 ジョーの言葉に赤面しつつも、余計なことを言わなかったほうが良かったかもしれないと後悔した。人の目があるからこそジョーもぐいぐい迫ってこないが、二人きりになってしまうと、まずいかもしれない。

 ジョーは熱っぽい瞳で私を見る。そんな目で見られると、ドキドキして食事すら喉を通らない。
 同居生活は始まったばかりだというのに、前途多難だ。



 なんとか食事を終えると、

「次は、俺の傷の消毒だったな」

ジョーは立ち上がる。だから私もつられて立ち上がっていた。そのまま部屋を出て、これまた豪華な階段を上る。
 階段を上っていると、不意にジョーと手が触れた。ビクッとして身を引こうとするが、ジョーが強引にも手を絡め取る。そしてそのまま、私に身を寄せた。

 ジョーは反則だ。こうやって、不意打ちで色仕掛けをしてくるのだから。そしてジョーの色仕掛けに、私は狂わされっぱなしだ。

「まだ信じられない。アンが一緒にいるなんて」

 そして、酷く甘ったるい言葉に身体中を甘い震えが走る。
 ジョーは、時々こんな甘い声で話をする。そうすると、私は何も反論出来なくなり、ただ胸のときめきに耐えるしかない。

「黒い騎士たちにやられた日に引き続き、今日も情けない姿を見せてしまったけど、惚れ直させるから」

「情けないって何?」

 ジョーはまだ訓練でやられてしまったことを悔やんでいるのか。思わず笑ってしまった。

「情けなくなんてないよ。
 ジョーはすごく強いしみんなから慕われていて、最高の指導者だと思ったよ」

 くすくす笑いながら告げる私を、ジョーは驚いたように見る。

「私なんかがジョーと釣り合わないって悩んでいたけど、ジョーが私を好きでいてくれるんだもんね。
 私も自信を持たなきゃ」

 笑っている私を、ジョーは不意に抱きしめた。そしてそのまま、唇を重ねる。不意打ちを喰らって、私は真っ赤になって固まってしまった。
 こんな私を、ジョーはアイスクリームでも舐めるように、甘く優しく堪能する。ジョーに抱きしめられて何度もキスをされて、幸せだと思った。ジョーがこんなにも私に愛を注いでくれるのだから、卑屈になるのはもう辞めにしたい。

 ジョーは唇を離し、熱い瞳で私を見て、甘い声で囁く。

「アン、愛してる」

 その言葉がさらに、私の胸を熱くする。

「俺が強くなくてもヘタレても、そうやって甘やかしてくれるアンを、誰よりも愛している」

 再び唇を塞がれた。頭がぼーっとして顔が熱くなる私は、完全にジョーに絆されている。



 ジョーは真っ赤な顔の私の手を引き、大きな扉を開けた。そこには天蓋の付いた大きなベッドが置かれている。ジョーの寝室だろうか。
 そのベッドの横で、不意にシャツを脱ぎ始めるジョー。もちろん、男女の関係とかそういうものではなく、消毒のためにシャツを脱ぐのだが……不覚にも、鍛え上げられた彫刻みたいなその肉体から目が離せなくなった。

 剣を振るう盛り上がった二の腕、割れた腹筋、そして、爽やかなイケメン……もはや目の前のジョーは神々しいほどだ。
 ジョーとそんな関係になった時、私は耐えられるのだろうか。

 真っ赤な顔の私はジョーを直視出来るはずもなく、必死に見ないようにと消毒薬を取り出す。そして、

「ベッドに下向きに寝てね!」

平静を装って告げるが、その語尾は震えていた。
 ジョーは私の言葉通り、ベッドの上に伏せる。これで綺麗な顔と割れた腹筋を見なくて済むためホッとするが……その広い背中に貼ってある大きなガーゼを見て、ズキンと胸が痛んだ。
 ジョーは私を守ろうとして、こんな深い傷を負ってしまった。

 そっとガーゼを取ると、まだ生々しい傷口が見える。深く抉られていて、ジョーに申し訳ないと思いながら数針縫ったその傷口だ。毎日消毒しているため、化膿していないことだけが幸いだった。
 怪我はまだ全然回復していないのに、ジョーはいつも通り生活して、騎士団にも復帰しているなんて……

「ごめんね、ジョー」

 傷口に消毒薬を付け、新しいガーゼを貼りながら謝っていた。

「ジョーは私のせいで、大怪我を……」

 私の言葉は、不意にぐるっと上向きになって、素早く私を捉えたジョーによってかき消されていた。
 気付いたら、私はジョーの熱い胸板に、ぎゅっと抱き寄せ押さえつけられている。どぎまぎして逃げようとするが、ジョーの力で押さえつけられたら身動き一つ取れない。

「俺のせいだ。俺が弱いから……」

「いや、ジョーが弱いとかふざけてるの?」

 必死で抵抗する私だが、やっぱりジョーには勝てないらしい。ジョーはそのままぐるっと体勢を変え、私をベッドに押さえつけて覆い被さる。そしてまた、唇を重ねた。

 ジョーの熱い口付けは、次第に唇から首へと下りていく。ジョーのキスした部分が熱く、思わず身を捩ってしまった。

「ジョー……やめてよ……
 恥ずかしいよ……」

 真っ赤な顔で抵抗するが、ジョーは切なげに告げた。

「今すぐ、抱き潰してしまいたい……」


 ジョーといると危険だ。
 ジョーは日に日に甘くなっていき、私がオストワル辺境伯領に残った日から、さらに数段甘さが上がってしまった。
 もちろんジョーのことは好きなのだが、この溺愛に耐えられるだろうか。私はこうも全身で、ジョーに甘く震えている。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...