48 / 58
48. なぜか同居することになりました
しおりを挟むこうして、私の置かれる環境は、再び目まぐるしく変わっていった。
私はすぐにオストワル辺境伯領騎士団の宿舎の隣にある、騎士団長邸に居を移した。
騎士団長邸は立派な一軒家で、多くの部屋と多くの侍女が揃っている。ジョーは今まで一人でこの大きな一軒家に住んでいたのだろうか。そして、騎士団長がいかに身分が高い者なのか実感した。
私が騎士団長邸に足を踏み入れると、
「奥様、お待ちしておりました」
侍女が一斉に頭を下げる。その中には治療院で診たことがある人もいるし……奥様!?その言葉に飛び上がった。まだ結婚もしていないし、今までのように薬師のアンちゃんのほうがずっとマシだ。
私はずっと平民として暮らしてきたから、こういう特別扱いは苦手だ。
「よ、よろしくお願いします」
引き攣った顔を必死に笑顔にして、頭を下げた。
そして……
「アン!」
奥の扉が開き、ジョーが現れる。
ジョーは勤務中なのだろうか、いつもの見慣れた隊服姿をしていた。いつものことながら、ジョーがすごく嬉しそうに甘く微笑むから、顔が真っ赤になってしまう。そして、相変わらずかっこいいと思う。
こんなにかっこよくて強いジョーと……結婚するんだ。今まで実感がなかったが、この家に来てから少しずつその状況を理解し始めた。
「アン、俺はすごく嬉しい」
そんな子供みたいな笑顔で言わなくてもいいのに。そんな無邪気な顔をするから、私は何も反論出来なくなってしまう。
ジョーは私に駆け寄り、ぎゅっと手を握る。不意に握られるものだから、どぎまぎして真っ赤になる。
「アンの部屋は、俺の部屋でいいな?」
……えっ!?と驚いたのも束の間……
「団長……それは駄目です」
部屋の奥から騎士が現れ、ため息混じりにそう告げた。その言葉を聞いてホッとしたのも事実だ。ジョーと同じ部屋で過ごすなんてとんでもない。心の準備もまだ出来ていないのに。
ジョーは騎士を不服そうに見るが、騎士も強かった。
「ジョセフ団長、アン様の名誉を守ってあげてください。
それに私は、セドリック様から団長が暴走しないように見張っているよう、命じられています」
セドリック様はチャラチャラしていると思ったが、意外とジョーよりもまともなのかもしれない。
そして、オストワル辺境伯領随一の凄腕ジョーだが、騎士団の中では和気藹々とやっているのだろう。ジョーはこの騎士から、意外にも酷い言葉を浴びせられていた。
そんな様子を見て、なんだかおかしくて笑ってしまう。
ジョーは不服そうに私を見て、拗ねた子供みたいに告げた。
「俺が暴走するはずなんてない」
いや、ジョーは始終暴走していると思うが。だけど、それにも負けないくらい、私だって暴走しているのかもしれない。
「さあ、アン。引っ越しも済んだし、明日からは治療院に行くのだろう。今日はこの家でゆっくり休んだらどうだ?
……俺は夕方には帰るから、一緒に食事でもしよう」
ジョーは私の前に跪いて、手に唇を当てる。こうやって、いちいち騎士みたいに振る舞うのも罪だ。隊服を着ているのもあり、ジョーがさらにかっこよく見えるから。
こうやって騎士の振る舞いをするのに、次の瞬間、
「良かったら、一緒に寝るか?」
なんて、あり得ないことを言い始める。だから私も、
「ねっ、寝るはずないでしょう!!」
なんて抗戦することしかできない。
こうやって必死に抵抗しながらも、もうジョーから離れられないことは知っている。だから、おとなしくジョーの妻となるしかないのだろう。
「行ってきます、アン」
ジョーは眩しい笑顔で立ち上がり、私を抱きしめ頬にキスをする。例外なく顔が熱くなって、胸がドキドキした。
私はもうすでに、身も心もジョーのものだ。
ジョーが出て行った扉を見ながらもドキドキしている私は、まだジョーの余韻に浸っている。こんな私に、ジョーとともに入ってきた騎士が告げる。
「今日は第一騎士団の訓練の日です。
もしよろしければ、アン様も第一騎士団の訓練を見学されますか?
ジョセフ団長の訓練を見れば、惚れ直されること間違いないでしょう」
惚れ直すも何も、ジョーが戦っているところは何度も見たことがある。そして、問答無用で強かった。これ以上ジョーに惚れられないほど惚れているのも事実だが、かっこいいジョーをもっと見たいと思ってしまう。
「ありがとうございます」
私は騎士に告げる。そして、
「ですが、ジョセフ様はまだ怪我が完治されていません。訓練をされても、大丈夫でしょうか」
気になっていたことを聞いた。
そう、ジョーの傷はもちろん治っていないし、今も一日に一回消毒とガーゼ交換をしている。あの傷に剣が当たったら、また出血してしまうに違いない。
「恐らく大丈夫でしょう。
誰も団長にダメージを負わせることが出来る人はいませんから」
そうなんだ……国内最強のオストワル辺境伯領騎士団の中でも、ジョーは極めて強いのだと改めて分かった。
話を聞く私に、彼は続けて告げる。
「ジョセフ団長は、今まで騎士団に全てを捧げてこられました。騎士団のことを第一に考え、危険な任務でも必ず遂行する。私たちも、団長に何度も命を助けられました。
団長はこれまで、浮ついた話も一切ありませんでした。そんな団長がアン様に初めて狂っておられるのです。
私たちは、アン様が団長のことをもっと好きになって欲しいと願うばかりです」
ジョーは幸せだろう、こんなにも周りの人に愛されて。街の外に出ればジョーは怖い人になってしまうが、本当は誰よりも優しくて誰よりも正義感が強い。私は、こんなジョーに愛されて、幸せで仕方がない。そして、もっと好きになれないほど、十分にジョーが大好きだ。
「ありがとうございます」
私は騎士に告げる。
「私も彼が幸せになれるよう、頑張ります」
幸せは一人では成り立たないから……だから、ジョーが私にしてくれたみたいに、私もジョーに愛を返したい。だけど、何かと恥ずかしくなって素直になれない自分もいるのだ。
493
お気に入りに追加
1,598
あなたにおすすめの小説
入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる
九日
恋愛
仕事に行こうとして階段から落ちた『かな』。
病院かと思ったそこは、物語の中のような煌びやかな貴族世界だった。
——って、いきなり結婚式を挙げるって言われても、私もう新婚だし16歳どころかアラサーですけど……
転んで目覚めたら外見は同じ別人になっていた!?
しかも相手は国宝級イケメンの領主様!?
アラサーに16歳演じろとか、どんな羞恥プレイですかぁぁぁ———
私の婚約者に、私のハイスペックな後輩が絡みまくるお話
下菊みこと
恋愛
自分のことは棚にあげる婚約者vs先輩が大好きすぎる後輩。
婚約者から先輩をもぎ取る略奪愛。
御都合主義のハッピーエンド。
ざまぁは特になし。
小説家になろう様でも投稿しています。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
【第2部開始】すべてを奪われたので、今度は幸せになりに行こうと思います
不死じゃない不死鳥(ただのニワトリ)
恋愛
※第二部始まりました。
皇帝の一人娘であるアリシア。
彼女の人生は不幸の連続だった。
大好きだった母は毒殺され、
帰るべき帝国は内戦中。
避難先の王国でも、不遇な扱いをうける辛い日々。
大切な家族も、仲間もいなくなってしまった。
彼女はすべてを奪われたのだ。
これ以上、父には迷惑を掛けられない。
そう思い、アリシアは崖から身を投げる。
脳内に流れるのは、楽しかった日々の映像。
彼女は思った。
これで、もう痛い思いをしなくてすむのだと。
これはそんな少女の物語。
※設定ゆるめです。
お気に入り、感想いただけると、執筆の励みになります。
誤字多めかもです。申し訳ありません。
少し文章を変えました。
読みにくいなどありましたらご指摘お願いします。
hotランキング入りできました。皆様、本当にありがとうございます
狂犬を手なずけたら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
気がつくと知らない国に生まれていたラーミア、この国は前世で読んでいた小説の世界だった。
前世で男性に酷い目にあったラーミアは生まれ変わっても男性が苦手だった。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる