追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

Mee.

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29. 彼の甘さにやられています

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 それから、ジョーとオストワルの街を歩いた。
 通り過ぎる人が振り返り二度見をするが、それにはもう慣れてきた。また騎士団長がアンにべたべたしていると思われているのだろう。恥ずかしいが、諦めの境地に達している。

 そして、ジョーは尻尾を振る犬のように私に擦り寄り、嬉しそうに見下ろすのだ。美男の笑顔の破壊力は凄まじく、どきどきして顔が真っ赤になってしまう。だから、ジョーから目を逸らしている。

 ジョーは、服の店やらアクセサリーの店やら、たくさん私を連れて回った。そして、可愛いとかいいねとか反応したものを、全て買ってしまうのだ。一体いくらかかっているのだろう。だから、必要以上に反応しない作戦を取ることにした。


「結婚したら、毎日がこんな生活なのか」

 ジョーがしみじみと言うが、

「だから……結婚出来ません」

 私は苦し紛れに答える。
 ジョーが私に好意を抱いてくれているのはよく分かるが、身分というどうしようも出来ない障害だってあるのだ。
 私がジョーと結婚するためには、本当に駆け落ちしなければならないだろう。そして、ジョーがこの地を去るということは、この地の混乱を意味する。私情で多くの人々を苦しめるのは、さすがにいけないと思った。

 それなのに、

「どうしてだ?」

ジョーはなおも不服そうに言う。

「俺と結婚したら、絶対に大切にする。一生尽くす」

 そんなこと言わないでよ、ますます離れられなくなってしまうから。

「でも……ジョーは騎士団長だから……貴族だから……」

 身分云々の話だけではなく、凄まじく価値観も違うだろう。現に、ジョーはこうやって私のために浪費しまくっている。
 
 ジョーは大量に買った袋やら箱やらを抱えて店を出る。ジョーはこんなにたくさん持っているのに、私は手ぶらだ。

「ジョー、私も持つから!」

 慌てて駆け寄るが、

「アンは黙って俺に甘えてろ」

ジョーはまた甘いことを言う。

「アンに荷物を持たせるなんて、出来るはずがない」

 ほら、こんなところも価値観が違うのだろう。ジョーは騎士という言葉がぴったりな紳士だから。
 おまけに、

「そこにいる男に、アンの家まで運んでもらおう」

 なんて言って、自分の部下である騎士に、私用を押し付けている。意外とタチが悪いのだ。




 騎士に荷物を押し付けて、ようやく手ぶらになったジョーは、

「少し話そうか」

私に告げ、不意にぎゅっと手を握った。それでまた、どぎまぎしてしまう私。
 ジョーの大きい手にそっと包まれ、胸が甘く切なく鳴る。これ以上、私を虜にしないで欲しい。今がこうも幸せだと、この幸せが壊れた時に辛くなってしまうから。

 だが、ジョーは私の手を握ったまま歩き、立派な塔のある建物に入っていく。扉の両隣には騎士が立っていて、ジョーを見ると頭を下げる。そして、すれ違う騎士たちも、ジョーを見て頭を下げた。
 私はどういうわけかジョーと友達みたいな関係になってしまったが、本来ならば私が近付ける存在ではないのだろう。それをまざまざと見せつけられているようだった。

 広大な中庭を通り抜け、大きな建物に入る。隣にある建物からは、剣の打ち合う音も響いていた。何となく察した、ここは騎士団本部なのだろう。
 その建物の横を通り抜け、ジョーは螺旋階段を上がる。上を見ると果てしなく高いところまで階段が続いているようだ。

 上を見て驚いている私に、

「上れるか?」

ジョーは言う。私はスカートの裾を持ち、一段一段気をつけて階段を上がる。正直、あの天辺の明かりが漏れているところまで辿り着く自信はない。
 戸惑っている私を、ジョーは軽々しく持ち上げた。不覚にもジョーにお姫様だっこをされている形となり、真っ赤になってしまう私。間近でジョーの顔を見て、さらにドキドキする。

「あの……上れるから離して!」

 真っ赤な顔で告げる私を、甘い瞳で見下ろすジョー。

「やっぱり、お嬢様に上らせる訳にはいかないな」

「お、お嬢様じゃないって!」

 慌てて告げる。
 貴族のジョーにお嬢様だなんて言われたら、からかわれているも同然だ。私はただの平民なのに!

 ジョーは軽々私を持ち上げたまま、ゆっくり階段を上がる。ふふっと楽しそうに笑いながら。

「その余裕の笑いが憎いんだけど!」

 頬を膨らませて悪あがきすると、

「余裕ではない」

 ジョーは口元を歪めて静かに告げた。

「え……」

「俺は全然、余裕ではない」

 ジョーは何を言っているのだろう。こうやって私を抱っこしたりしても、ドキドキなんてしないくせに。甘い言葉で女の子を誑かすのも、慣れているのでしょう?

 だけど……階段を見上げるジョーの頬は赤くて、口元はきゅっと閉じられていて……

「あっ、あの!
 私が重いから、私を抱えてこの階段を上るのが余裕ないんだよね!!」

 必死で理由を考える。
 そうだ、きっとそうに決まっている。いくらジョーほどの強者とはいえ、この階段を女性をかかえて上がるのは辛いだろう。

 ジョーはそっと私の手を取り、ジョーの胸に当てる。服を通り越して、ドクドク打つ速い鼓動が伝わってくる。これもきっと、必死で私を抱いて階段を上がっているからだ……

 ジョーは甘い瞳で私を見て、ちゅっと額にキスをする。それで私は、さらに真っ赤になってしまうのだ。 
 私の心臓も、ジョーと同じくらいドキドキいってる。

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