追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

Mee.

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17. 彼が甘くなりつつあります

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 私は転がるように階段を駆け下りた。そして扉を開くソフィアさんに変わって、大慌てで告げる。

「ちょ、ちょっと!!何やってるの!?」

「何やってるって、見回りだ」

 ジョーはぐいっと扉を開け、断りもなく治療院の中に入ってくる。ソフィアさんは焦っていて、それ以上に私はパニックを起こしている。そして、ソフィアさんがいるというのに、

「ジョー!勤務中だっていうのにこんなところに来ていると、評判が悪くなるよ!?」

なんて、可愛げのない言葉を吐いていた。
 こんな時に甘えられる女性だったら、どんなに良かっただろう。

「評判?そんなもの、どうでもいい」

 そう言って、ジョーはまた酷く甘い瞳で私を見つめる。そして私の手をそっと取る。

「外はもう暗い。アンが夜道を一人で歩いて帰るだなんて、俺は心配で居ても立っても居られない」

「お、大袈裟だって!私の家は、歩いてすぐそこじゃないの!!」

 その声は、叫び声に近かった。私だって困る、ジョーと結ばれるはずがないのだから、これ以上変な噂がたってしまったら。
 
 それなのに、私はジョーにまんまと言いくるめられてしまう。ジョーに逆らえなくなる。だって、ジョーは握っている私の手を、そっと大切そうに自分の頬に付けるから。

「会いたかった」

 そんなこと、甘くて切ない声で言わないで。この街に来てから、ジョーの糖度は確実に上がっている。しかも、どんどん甘くなっている!

 真っ赤な顔の私と、私の手を頬に当てて嬉しそうなジョー。駄目だと分かっているのに、私の気持ちは大きくなっていく。



 視線を感じてはっと我に返った。
 私の隣には、真っ赤な顔のソフィアさんがいて、真っ赤な顔の私と至って普通のジョーを見ている。ばばっとジョーの手を振り払う私の隣で、

「ソフィアさん」

全く取り乱すことなく、クールに話すジョー。そんなジョーを、ソフィアさんはまだ真っ赤な顔で見ている。

「アンを受け入れてくださって、ありがとう。
 これからも、アンをお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 ソフィアさんはかろうじてそう告げた。ソフィアさんが固まっているため、ジョーを連れて早くこの場を去らなければと思った。

「じ、ジョー、待ってて!
 皿洗いをすぐに終わらせて帰るから!」

 階段を駆け上がる私のあとを、ソフィアさんが追う。

「アンちゃん!もういいから帰って!!」

 ソフィアさんの悲鳴のような声が聞こえる。そして……

「皿洗いなら、俺がする」

 流し台に立つ私の手から、ジョーがひょいっと皿を取り上げてしまう。そしてそのまま、じゃぶじゃぶと洗い始めた。
 ちょ、ちょっと待って。これはさすがにいけないよね。貴族の上に騎士団長であるジョーに、皿洗いをさせるだなんて。おまけに、その立派な隊服が濡れてしまう。

「ジョセフ様!!やめてください!!」

 混乱して思わずそう言ってしまった私を見て、

「そんなこと言うな!」

 嫌そうに言うジョー。そのままの勢いで、ジョーはまた信じられない言葉を吐いたのだ。

「キスするぞ!!」

 その瞬間、かあーっと顔に血が上った。私だけではない、言った張本人のジョーだって真っ赤な顔をしている。ジョーってこんな顔するんだ。そしてそのまま、しまったとでも言うように口を押さえる。
 意外なジョーの顔に、胸のきゅんきゅんが止まらない。どうしよう……私、おかしい。私もおかしいけど、ジョーだっておかしい。



 こうして、ソフィアさんとは後味の悪い別れかたをして、私はジョーと治療院を出た。
 標高が高いだけあって、この街の夜は冷え込むらしい。思わずぶるっと震えた私に、ジョーは上着を脱いでぱさっとかけてくれる。ジョーの香りがふんわり漂って、かぁーっと体が熱くなる。
 そのままジョーは、そっと私の肩を抱いて身を寄せ歩き始めた。

 夜道は危ないとジョーは言うが、至るところに街灯があり、騎士たちがいるから大丈夫だろう。その騎士たちと同じ隊服を着ているジョーを見て、騎士たちは背筋をピシッと伸ばし敬礼する。この様子からも、ジョーがいかにすごい人なのかを思い知らされた。

「アン。君がいると、俺の毎日がこうも違う」

「そう。それはジョーが、仕事をサボって抜け出すようになったからじゃない?」

 ジョーに呑まれないように必死で抵抗する私だが、

「そうかもな」

 ジョーは低く甘い声でそっと告げた。

「俺は騎士団に全てを捧げてきた。でも、今は違う。騎士団以外にも、大切なものを見つけた」

 甘くて綺麗な瞳から、目が離せなくなる。私がジョーに釣り合う女だったら良かったのにと、心から思う。

「アン。俺は仕事を抜け出しても、君に会いたい。アンの顔を見ると、なんでも頑張れる気分になる。
 アンの存在が、俺の薬なんだ」

 もうやめて、そんな甘いことを言わないで。ジョーはいつからこんなにも、私に依存するようになったのだろう。そして私も、どんどんジョーから離れられなくなっている。惚れ薬を飲んだように、頭の中はジョーでいっぱいだ。

「アンが分かってくれるまで……分かってくれても、俺はアンのそばを離れない」

 ジョーは私の家の前で立ち止まり、名残惜しそうに手に口付けをする。それだけで、私はまたぼっと赤くなる。

「おやすみ、アン」

 甘い甘いその声を聞くのが嬉しいと思ってしまう。

「本当は、君と一緒に眠りたいよ」

 そんなことをしたら、私は発火して燃えてしまうかもしれない。それくらい、ジョーに焦がされているのだ。

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