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16. 私の知っている彼とは別人のようです

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 部屋を片付けて、治療に使用したものを入念に消毒した。そして、診察台やドアノブまでも、徹底的に清潔にする。こうやって感染症対策をした後、私はようやくソフィアさんと二階の食堂の椅子に座った。

「せっかくアンちゃんが来てくれたから、今日はご馳走するね」

 そう言って、ソフィアさんは料理の腕をふるってくれた。シチューにサラダに手作りのパン。どれもこれも美味しかった。そして、王宮暮らしで料理なんてしなかった私は、料理の腕を磨かないといけないと思い始めた。王宮では宿舎にいたため、炊事係が自動的に食事を作ってくれた。だけど、ここではそうはいかないのだ。
 恥を忍んでソフィアさんに料理を教えてくださいと頼むと、彼女は頷きながらも不思議な顔をした。

「アンちゃん……料理ができないって……今までどこにいたの?
 まさか貴族様ってことはないよね?」

 私の両親が貴族だったかは知らないが、一度もそんな話は聞いたことがない。だから少なくとも、貴族ではないだろう。ジョーは騎士団長だし、間違いなく貴族だ。釣り合わないのは言うまでもない。
 ソフィアさんは続ける。

「それに、アンちゃんの薬師としての知識は、とても凡人だとは思えないわ」

 それは、王宮薬師だったから……なんてことは、言えるはずもない。万が一ここでその話をして、どこからともなく私が国王を殺害しようとしたなんて噂が浮かび上がったら……この街にも居られなくなるかもしれない。
 この街に居られない?……ジョーと会えない?そう思うと胸がきゅうっと絞られ、酷く悲しくなるのだった。

「私は……とある濡れ衣を着せられて、元いた街にいられなくなりました。
 だから新しく生活する場所を探すため旅に出たのですが……旅の途中、倒れているジョセフ様を見つけたのです」

 苦し紛れにソフィアさんに告げた。こんな私の話を、ソフィアさんはうんうんと聞いてくれる。

「ジョセフ様は助けた恩返しにと、私をこの街に連れてきてくださいました。
 だから私は、ジョセフ様とはそんな仲でもないし、ジョセフ様だって私をからかっていらっしゃるんでしょう」

 こう告げながらも、我ながら悲しくなった。私は浮かれていたが、ジョーは私が恩人だから優しいのだろう。私は愚かにも舞い上がりすぎだった。

「でも……」

 ソフィアさんはその長い手を合わせて、じっと私を見た。

「私はあんなジョセフ様、見たことがないわ」

「……え?」

「今日のジョセフ様、とてもおかしかったわ。
 女性に興味がない冷たいジョセフ様が、アンちゃんを前に全力で好き好きアピールしているなんて……」

「いや……何かの間違いでしょう。私はただの恩人だから……」

 そう言いながらも、ジョーを思い出して胸が熱くなる。あの甘い言葉も、熱い瞳も、私に向けられるだけなのだと思って。

 ジョーを思って真っ赤な顔の私を見て、ソフィアさんはふふっと笑う。

「だって、ジョセフ様が王都に行かれる前にここに来たとき、すごく怖かったから。
 彼は淡々と熱があることを告げ、私が治せないこたを告げると黙って出て行ったわ。
 彼はにこりともしなかったし、私も怖かったのよ。下手なことを言ってジョセフ様を怒らせてしまい、殺されたらどうしようなんて思ったりして」
 
「そうなんですね……」

 普段のジョーは、私が知っているジョーとは、予想以上に違うらしい。その言葉に戸惑いを隠せない。

「アンちゃん」

 ソフィアさんが私を呼ぶ。

「ジョセフ様はかっこいいし強い。だからもちろん女性からは憧れの的だわ。
 でも、ジョセフ様にとって、アンちゃんはやっぱり特別な人だと思うの。それが恩人だという理由だとしても」

 特別な人……恋愛は関係なく、恩があるから……そんな理由だったとしても、嬉しいかもしれない。嬉しいけど、結ばれることはないのだろう。
 はじめから分かっていた。最強の騎士様がただの薬師の私を慕うだなんて、出来すぎた話だ。



 これ以上ジョーのことを考えていると、頭がおかしくなりそうだ。

「ごちそうさまでした。私、食器洗いしますね」

 立ち上がった時、治療院の呼び鈴が鳴ったのだ。

「こんな時間に患者様?申し訳ないけど、明日にしてもらいましょう」

 ソフィアさんが一階へ降り、治療院の扉を開いた瞬間、

「アン!」

その声が聞こえた。
 酷く私の心を掻き乱し、熱く甘く狂わせるその声が。

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