追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

Mee.

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7. 幽霊だと思われているようです

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 それから数時間後……

 山を降りて平地に出た。鬱蒼と生い茂った木々がまばらになり、そして草原へと変わっていく。その広大な草原の彼方に、聳え立つ塔が見えた。

「あっ、あそこ!」

 指差す私の後ろで、ジョーが教えてくれた。

「ようやく着いた。長かったな。
あそこが、オストワル辺境伯領の街だ」


 オストワル辺境伯領の街。生まれてからずっと王都で過ごしていた私には、馴染みがなくて遠い街。光を浴びて燦々と輝く塔と、その周りに広がる広大な街を見て、胸が躍った。私はここで、新しい人生を歩むのだ。

 馬を進めるにつれ、次第に街は近付き家がまばらに建ち始める。
 郊外は農地のようで、農民が昼間から畑作業をしていた。その近くを、馬で颯爽と駆け抜ける。人々は馬に乗ったジョーと私を見て、そしてはっと驚いた表情を浮かべた。そんなにも、馬で駆け抜ける私たちが珍しいのだろうか。

 やがて市街地に入り、道は舗装された石畳に変わる。行き交う人々も多くなり、馬で駆けるには不便になってくる。
 ジョーは馬を止め、馬から降り、私に向かって笑顔で手を差し出す。人々がじろじろ見るから勘違いされては困るが、馬から一人で降りられずジョーの手を握った。
 硬くて大きいジョーの手は、私の手をそっと大切そうに包み込んでくれる。その扱い方がまさしく紳士で、また胸が甘い音を立てた。ジョーと会ってから、私の体はとてもおかしい。

 人々にじろじろ見られながら、ジョーと街を歩いた。もっとゆっくり街を見たいのだが、あまりにも人々の視線が痛くて俯くしかない。
 もしかして、私が国王殺害の濡れ衣を着せられたことが、この領地にも広がっているのだろうか。……ジョーには知られたくない。

 だが、私の不安は、

「うわっ、幽霊!?」

「帰って来られたの!?」

なんて人々の視線がジョーに集まっていることに気付いてから、幾らか薄まった。
 人々は私ではなくジョーをじろじろ見て、顔を引き攣らせている。そして決まって言うのだ。

「死なれたのではなかったの!?」

「おまけに、薄汚い女性を連れている」

 う、薄汚いとはなんとも酷いが、今の私の状態はまさしくそれだろう。
 急に王宮から追放されたため、着替えなんて持っていなかった。そのため、王宮を出てからずっとこの、汚れて伸びた服を着ている。
 鏡に映った自分の姿を見て、急に恥ずかしくなった。私、一応女の子なのだが……

 だが、薄汚いに反応したのは私だけではなかった。

「おい」

 ジョーは冷たい声で、噂をしていた人を呼ぶ。それだけでない。歪められたその瞳からは、凄まじい殺気を感じるのだ。ジョーが強いから、なおさら恐ろしい。

 睨まれた人は、あまりの恐ろしさに青ざめて飛び上がった。そして、すみませんすみませんと謝る。

「俺のことは何とでも言え。だけど彼女のことを悪く言ったら、命がないと思え」

 冗談だよね?なんて聞けなかった。だって、明らかに冗談ではなかったからだ。私は怒りに燃えるジョーを必死でなだめ、

「大丈夫大丈夫!はやく行こう!」

なんて引っ張っていくことしか出来なかった。いつも大丈夫とジョーから言われているのに、今日は私が言っているなんて!


 ジョーのシャツを掴み、歩いた。ジョーからはしばらく殺気を感じたが、それも次第に治まっていく。そして、人々はやはりジョーを見て、はっと驚くのだ。
 その様子が続くものだから、とうとうジョーに聞いてしまった。

「みんな、ジョーのこと、幽霊だと思っているの?」

「恐らく、そうだろう」

 ジョーは彼のシャツを掴む私の手を、そっと握る。そして当然、どきんとする私。こうやって手を繋いで歩きながら、ジョーは教えてくれた。

「俺は病になり、この街の薬師にかかっても、俺の病気は治らなかった。
 体調は日に日に悪くなり、皆からは不治の病だと言われた」

 その話を、私はただ頷いて聞く。

「この街の薬師によると、王都にいる薬師は腕が良く、数々の患者を救ってきたとのこと。もしかしたら俺の病気を治せるかもしれないと分かり、俺は王都を目指した。

 王都を目指す途中、容態がさらに悪化した。俺は意識朦朧として馬から転げ落ち、山賊に武器や金目のものを奪われ、なんとか逃げた」

 王都の薬師というのは、もちろん私ではなく師匠のことだろう。私なんて師匠には及ばないし、挙げ句の果てに国王殺害の疑いで追放されている……
 その事実を思うと、胸がズキっと痛む。ジョーは私の正体を知ると、きっと酷くがっかりするだろう。

「アン」

 不意に名前を呼ばれ、ぎゅっと引き寄せられた。それで私は、不覚にもジョーの体めがけて倒れることになる。
 こんな私を、ジョーはふわっと抱き止めてくれる。私の胸は、痛んだりきゅんと言ったり忙しい。

「俺は森の中で死ぬところだった。だけど、アンが懸命に看病してくれた。
 俺はアンを見て、女神が舞い降りたのだと思った」

「そんな……大袈裟な……」

 私の声は震えていた。こうやって、恥ずかしげもなくまっすぐ言葉をぶつけてくるジョーに、胸は何度も甘く撃ち抜かれている。

「アンと共にここまで来る道中、食事時に美味いスープを作ってくれたり、冗談を言って笑い合ったり。そんな普通が幸せなんだと、俺は思った」

「うん。私は、ジョーが元気になって本当に嬉しいよ」

 どぎまぎしながらも、そう伝えるのが精一杯だった。ジョーが再びこの地に戻って来られて良かった。きっと、ジョーの帰りを待つ人もいる。それが私には羨ましくも思う。

「でも、もう無理はしないでね?具合が悪くなったら、私が治すから!」

「頼もしいな」

 目を細めて嬉しそうに笑うジョーを見て、また心が温かくなった。そして私もジョーと同じように、幸せそうに笑ってしまったのだ。
 ジョーといると、調子が狂う。こんなに甘くて苦しい気持ち、いまだかつて感じたことはない。私は、変な薬でも間違って飲んでしまったのだろうか。

「アン。まずは帰ったことを、オストワル辺境伯に報告する。
 その時に、アンが暮らすところはないか、辺境伯に聞いてみよう」

「うん……」

 私は頷いて、ジョーに促されるまま立派な門を潜った。門の横に立っている騎士もまた、驚いてジョーを見ていることに気付きながら。

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