追放された薬師は、辺境の地で騎士団長に愛でられる

Mee.

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2. 死にそうな男を拾いました

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 五日ほど経った頃、私は……意外にも元気だった。


 王宮に使える箱入り薬師だと思っていたが、私には予想以上の知識があった。食べられる物、食べられない物、そして、元気を与える食べ物……それらを正しく食べ、予想以上にピンピンしている。
 さらに言うなら、健康的なものばかり食べ、王宮を出た時よりも状態がいいかもしれない。

 おまけに意外にも知恵と度胸がある私は、荷馬車に隠れ込んだりして、結構遠く離れたところまで来ているのだった。
 知らない場所、地図さえもない。だが、こうやって元気に過ごしていれば、いつかなんとかなるだろう。王宮を出て以来やたら前向きな私は、実は冒険者が天職なのかもしれない。


 今日も荷馬車に揺られ、荷物の隙間から外を見ていると……なんと、珍しい薬草を見つけた。王宮の近くでは手に入らず、行商人に高値で買い取っていたものだ。

 それに気付くなり、私は荷馬車から飛び降りていた。そして、その薬草を袋に詰め込む。

 周りを見れば、さらにたくさんの種類の薬草が生えているではないか。薬草だけではなく、数々のキノコまで!
 これをたくさん採って売ればかなりの金額になるし、私もさらに生き延びることが出来る。人生イージーモードではないか!

 私は必死に薬草やらキノコやらを収穫した。そして、流れている小川で綺麗な水を補充するのも忘れなかった。



 気付くと陽が傾き、森はまもなく日暮れを迎える。緑色の葉が夕陽で紅く染まっていた。
 そろそろ、今夜泊まるところを見つけないといけない。今までは馬車の中やら使われていない家屋やらで夜を明かしたが、今は森の中だ。これは野営しかないだろう。
 だけど、王宮で過ごした私にとって野営は斬新で憧れすらあった。むしろ、今は人生イージーモードのため……野営を舐めきっていた。

 森を探索した私は、運良く洞穴を発見した。そしてそこで夜を明かすことにする。枝と落ち葉を拾い、焚き火を作る。そして、採った薬草とキノコで活力の出るスープを作ろうと、鍋に水と食材を入れて火にかけた。
 せっかくなので何か他にも食べられるものがないだろうかと辺りを探索するために外に出た時……何かぶにゅっとしたものを踏んで、突如尻もちをついた。動物の糞だろうか、それとも死体だろうか。
 運動不足の私は、尻もちごときで大ダメージを負い、痛む腰をさすりながら踏んだものを見た。そして、踏んだものを見て唖然とした。


 それは動物の死体でも、糞でもなかった。そんなものに例えてしまいごめんなさいと、心の中で謝った。
 だって……尻もちをついたままの私の前には、薄汚れて破れたシャツを着て、所々土で汚れた男性が横たわっていたから。

 もしかして、死んでいる?この、哀れな男性に神のご加護がありますよう。

 聖職者の真似事をしてお祈りをしようと思った私だが……死体はぴくりと動いた。もしかして……噂に聞くゾンビとかいうものだろうか。それとも、私が踏ん付けたりして、死体の怒りを買ったのだろうか……
 どっちにしても、怖いから逃げるが勝ちだ!

 咄嗟に逃げ出そうとする私の足を、死体がぐっと掴む。意外にも強いその力に、私はびったーんと再び地面に打ち付けられたのだ。
 ここまでくると、私の人生イージーモードが、人生ハードモードに切り替わる。せっかく処刑を免れて、なんと生きていけそうだったのに、こんなところでゾンビの餌食になるのだろうか。

 あまりの恐怖でがくがく震える私は、何とかゾンビから逃げようと頑張る。だけどゾンビは離してくれないし、このまま食べられてしまうのだろうか……

「頼む……助けてくれ……」

 ゾンビの掠れた声が聞こえた。その声は、戦で倒れた兵士の手当てをした時のことを思い出させる。必死で生きたいと願う、辛い辛いあの光景を。

「……え!?」

 思わず振り返ってしまった。すると、ゾンビが顔を上げて私を見ていた。いや……ゾンビではなく、酷く憔悴しきった顔の男性だった。
 その顔はやはり土で汚れ、手からは血を流している。弱りに弱った姿で、あの時の兵士と同じような絶望に満ちた瞳に私が映った。

 その瞬間、

「助けるから!」

 恐怖が吹っ飛んでしまった。私が薬師である以上、どんな患者も治さないといけない。もう、王宮薬師ではないのだが。


 私は男の隣に座り直し、素早く全身を観察する。
 目立った外傷は手の傷だけだが、その傷が熱を持って腫れている。おまけに、すごい高熱だ。
 この場で治療したいが場所が悪い。足元がぬかるんでいるし、清潔ではない。獣にも見つかりやすそうだ。とりあえず、さっきの洞窟まで戻らなきゃ。

「立てますか?」

 男性に声をかけるが、彼は顔を歪めてうーっと唸るだけだ。駄目だ、歩けるはずがない。

「すぐそこに、洞窟があります。そこまで、私に捕まって歩いて!」

 私は彼に背を向けて、その手をぎゅっと引っ張って背負うような体勢を取る。

「頑張って!……頑張って私にしがみついて!」

 彼は懸命に私にしがみついてくる。だから私はその腕をしっかり掴み立ち上がり、彼の上半身を持ち上げて少しずつ前に進む。
 相手は立派な大人の男性だ。予想以上に重く、か弱い私の身体に負担がかかる。このままでは、腰がやられてしまいそうだ。だけど、負けない!!

 はあはあと息をして、少しずつ進む。男性は私にしがみついたまま、ずるずると足を引き摺られている。このままだと、足に新たな擦り傷が出来るかもしれない。だけど、まずは治療出来る場所まで運ぶのが最優先だ。
 耳元で、男性の荒い息遣いが聞こえる。私に回された体も、びっくりするほど熱を持っている。
 この人を、薬師として見捨てるわけにはいかない!



 どのくらいかかっただろうか。距離としてはほんの十メートルなのに、それが一キロにも二キロにも思えた。なんとか男性を洞窟まで運んだ私は、洞窟に彼を下ろすと崩れ落ちた。

 身体中が悲鳴を上げ、ここでひと休みしたい衝動に駆られる。だけど、目の前にいる男性はなおも苦しそうに息をしていて、死んでしまうのは時間の問題かもしれない。

 私はちょうど煮えたった活力スープを器に取って飲んだ。私の特製スープはすっと胃から吸収され、少しずつ元気が戻ってくる。
 私はまだまだいける。だから……

「あなたも、死なないで!」

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