悪役令息とは結婚したくないので、男装して恋愛工作に励みます

湊一桜

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36. 弟は、何を企んでいるのだろうか

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「じょ、ジョエル様。冗談にもほどがあります!」

 慌てて言った私に、

「僕は冗談なんて言っていませんよ」

ジョエル様はにこにこ笑いながら返す。そこで、はっと気付いた。ジョエル様はにこにこしているが、目は笑っていないのだ。まさか、本気で言っているのではないよね……

「このままだと、兄上は貴女を泣かせるのではないかと、僕は心配しています」

 いや、もう十分泣かされたけど……

「大丈夫です。私は強いので」

 笑顔で答えていた。

 ジョエル様は、セリオにキツく当たるルーカスに釘を刺しているのだろうか。きっとそうだよね、と自分に言い聞かせる。いずれにせよ、私はルーカスともジョエル様とも結婚は出来ない。

 ルーカスは、私とジョエル様の顔を交互に見た。そして、怪訝な表情で聞く。

「お前たち、知り合いか? 」

 きっと、初対面にしては馴れ馴れしくしすぎたのだろう。はっと我に返り、

「いえ……」

慌てて否定した。

 だが、ジョエル様はにこにこしたまま告げる。

「僕は、あなたのことをよく知っています」

 私は飛び上がりそうになる。ジョエル様は空気を読んで、私のことを知らないふりをしてくれるのかと思ったが……そうでもないのだろうか。まさか、ここで私がセリオだと暴露するのだろうか。震える私に、相変わらず笑顔でジョエル様は言う。

「あなたのことは、兄上から耳が痛くなるほど聞いていました。僕は兄上がまたうつつを抜かしていると思っていたのですが……
 あなたは、僕の想像以上に逞しくて、そしていい女性でした」

「あ……ありがとうございます……」

 苦し紛れに答えるのが精一杯だった。そして、気まずすぎてジョエル様と目を合わせられない私は、頬を染めて俯く。こんな私は、ルーカスの刺すような視線を感じていた。ルーカス、絶対に私とジョエル様を不審に思っているだろう。

「……もういい」

 ルーカスは低い声で吐き捨てて、私の手をぎゅっと握る。不意に手に触れられるものだから、私は思わずビクッと飛び上がってしまう。動揺する私にはお構いなしに、ルーカスは荒々しく告げた。

「俺はセシリアと席に戻る。くれぐれもセシリアには手を出すな!」

 そしてそのまま、ルーカスはジョエル様が何気なく手に持っている小瓶を見つめた。

「……それはなんだ? 」

「惚れ薬ですよ」

 ジョエル様はにこにこと笑いながら桃色の小瓶を振った。背中にゾゾーッと寒気が走る。まさか、ジョエル様はそれを私に……なわけ、ないよね。ジョエル様もきっと、私のことをからかっているだけだろうという結論に至る。

 だが、ルーカスは気になって仕方がないらしい。

「ジョエル、まさかお前……」

 彼は私の手をぎゅっと握ったまま、怒りを込めてジョエル様を睨んでいる。ルーカスのあまりの殺意に、私は思わず怯んでしまった。だが、ジョエル様は強いらしい。いつもの笑顔を崩さずに告げた。

「僕はこんなものを使うのは嫌なんですけどね。
 ……とあるご令嬢に頼まれまして」

 余裕のジョエル様を、ルーカスはさらに殺気を込めて睨んだ。そして私はそんな二人の様子を見ながら、必死に考えている。
 誰がなんのために、ジョエル様に惚れ薬なんて頼んだのだろう。私とルーカスに関わりがないことを祈るばかりだ。


 ルーカスはきっとジョエル様を睨み、ぐいっと私の手を引く。予想外の力で引かれたため、私はバランスを崩してよろめいた。このまま無様に地面に倒れ込むと思ったのに、ルーカスがそっと抱き止めてくれる。不意にルーカスに抱きしめられる形となり、ルーカスは耳元でそっと囁いた。

「悪い、セシリア」

 息が耳にかかり、ゾゾーッと体を震えが走る。

「お前のことは、何としても俺が守るから」

 その言葉が素直に嬉しいと思ってしまった。そして何より、胸がドキドキきゅんきゅんとうるさい。
 ルーカスは私を抱き止めたまま、荒々しくジョエル様に言い放った。

「それをセシリアに飲ませたら、俺は兄弟の縁を切るからな!」

 冗談でしょ? と思うのに、ルーカスは全く笑っていない。だが、動揺しているのはどうやら私だけのようだ。ジョエル様は相変わらず優しい笑顔で答えたのだ。

「いえ、彼女には飲ませません」

 でも、それってまさか……いや、私の思い過ごしであって欲しい。
 ルーカスに対する恋心を知ってしまってから、この気持ちはどんどん深まるばかりだ。ルーカスとの恋には障害がたくさんあり、幸せになれる保証もない。ルーカスにはもっと素敵な令嬢が相応しいことも分かっている。だが、万が一ルーカスが別の女性に惚れてしまったら……私は立ち直れないかもしれない。

「行きますよ、セシリアお嬢様」

 ルーカスはわざとらしく甘い声でそう告げ、私の手をルーカスの腕へと回させる。そして、慣れないドレスを着ている私の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩き始めた。
 いつもの自己中の振る舞いと、この紳士的な対応のギャップにくらくらする。ルーカスの本質は、凶暴で自己中だ。だが、私だけには違うのだ。私にだけ優しくて、甘くて、そしてまっすぐだ。この特別扱いが、いつの間にか嬉しく心地よいものとなっていた……
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