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25. 私は幸せなのだろうか
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夕方。マッシュの散歩の時間だ。ルーカスは一日中仕事で忙しそうにしていたが、散歩の時間になると仕事の手を止め、マッシュのリードを手に取る。その瞬間、狂乱し始めるマッシュ。その美しく白い毛を振り乱し、キャンキャンワンワンいって走り回る。挙げ句の果てに、興奮しすぎてルーカスに激突している。ルーカスはマッシュが激突したすねをさすりながら、
「このクソ犬……」
イラついたように吐き出す。犬を飼うといった責任を自分で取っているルーカスはすごいと思うが、ルーカスだって仕事が大詰めだ。花祭りはもう数日先にまで迫っている。
「ルーカス様。もしよろしければ、私が夕方の散歩をしても構いませんか? 」
そう聞く私を、驚いた顔で見るルーカス。
「いや、俺が行く。
このクソ犬を飼うと言い始めたのは俺だ。俺が責任を持って面倒を見ないと」
その責任感は素晴らしいし、見習わないといけないとさえ思う。だが、この状況でルーカスがマッシュの散歩に行かないといけないのもおかしい。手が空いている私がすれば、ルーカスだって業務に集中出来るはずなのに。
「ルーカス様……」
どう言えば、ルーカスが業務をしてくれるか必死で考えた。そして私は告げたのだ。
「私だって犬が大好きです。私だってマッシュと散歩をしたいのに、いつもルーカス様ばかりずるいです!」
ルーカスは怒るだろう。そして、我ながらいつの間に、ルーカスに大きな口を叩くようになったのかと驚くばかりだ。ルーカスは殺気を込めて私を睨んだが、次の瞬間、ホッとしたような顔になる。
「それなら、夕方の散歩はお前に任せる」
そう吐き捨てて、書類に目を落とした。
……ほら。ルーカスだって、一人で抱え込んでいたわけじゃないの。そして、私を頼ってくれて嬉しくも思えた。
狂乱するマッシュを捕まえて、慣れた手つきでリードを付ける。そして部屋を出ようとした私を、
「クソチビ」
ルーカスは呼んだ。思わずビクッと飛び上がり振り返る私を、ルーカスは優しげな笑顔で見た。
「ありがとな」
そういうの、やめて欲しい。礼なんて、いらない。私は今セリオなのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。ルーカスに惹かれたくないのに、そうやって優しくされるたびにどきんとする。もっと笑って欲しいと思ってしまう。私は、完全にルーカスに毒されている。
マッシュと中庭に出た私は、真っ赤な顔で足早に歩いている。そんな私の頭の中を、笑顔のルーカスが行ったり来たりを繰り返す。最近のルーカスはおかしい。使用人の私にも優しいし、私を褒めることさえする。初めて会った時のように、豪快に暴言でも吐いてくれれば私だって気楽なのだが。
そもそも、私はルーカスを遠ざけるために、この公爵邸へ来た。ルーカスが他の令嬢に惚れてくれるのが目的で、私がルーカスに惚れるだなんてあり得ない。ミイラ取りがミイラになってはいけない。これ以上ルーカスに惹かれてしまうのなら、早々に辞職するべきだろう。
「ねえ、マッシュ。
マッシュはこの家に来て、幸せ? 」
マッシュは首を傾げ、丸い瞳で私を見て尾を振っている。マッシュは幸せだろう。ルーカスだって犬嫌いなのに、マッシュをすごく大切にしている。
「私は……」
「幸せじゃないのか? 」
不意に声がして、飛び上がってしまった。おまけに変な叫び声まで出てしまった。声のする先には、騎士服を着た笑顔のお兄様が立っていて、
「び、びっくりさせないでよ」
私はヘナヘナと地面に座り込んでいた。そして、相手がお兄様だと分かっても、胸はまだバクバクと音を立てている。
お兄様を見ると、あの舞踏会の日のことを思い出してしまった。私はこんなにも拗らせているのに、お兄様は令嬢たちと一夜の恋を楽しんでいた。あんなこともこんなこともしているのだろうと思うと、顔が真っ赤になる。
そんな私の胸の内を知らないお兄様は、笑顔で告げる。
「ルーカス様と仲良くやっているんだな。噂で聞いてるよ」
「噂!? 」
思わず聞き返してしまった。確かにルーカスとは険悪な仲ではないが、噂になるような仲でもない。
「ルーカス様も、セリオのことを気に入っていらっしゃるようで」
「いや、気に入るも何も……私はクソチビだし、相変わらずこき使われているだけで……」
でも、最近は少し優しくしてくれる。私のことを褒めてもくれる。嫌な男なら徹底的に嫌な男になって欲しいのに、そういうところがあるから困るのだ。
俯く私に、お兄様は唐突に告げた。
「もう、結婚してしまえばいいだろう? 」
……は!?
私は口をあんぐり開けて、頬を染めてお兄様を見ていた。そういう冗談は、口が裂けても言わないでいて欲しい。
「ルーカス様も最近はご機嫌で、仕事にも身が入っていらっしゃると噂だ。
俺も色々考えたが、一番は可愛い妹には幸せになって欲しい」
「その気持ちは嬉しいけど……」
でも、お兄様だって、ルーカスとの結婚反対派だったよね? いつの間に、ルーカス側の人間になってしまったの? そして、いくらルーカスと私が相性が良かったとしても、忘れてはいけない壁がある。
「ルーカスは次期公爵で、私はただの平民だから……」
だからやはり、ルーカスと結婚しても幸せになれないのだ。
「このクソ犬……」
イラついたように吐き出す。犬を飼うといった責任を自分で取っているルーカスはすごいと思うが、ルーカスだって仕事が大詰めだ。花祭りはもう数日先にまで迫っている。
「ルーカス様。もしよろしければ、私が夕方の散歩をしても構いませんか? 」
そう聞く私を、驚いた顔で見るルーカス。
「いや、俺が行く。
このクソ犬を飼うと言い始めたのは俺だ。俺が責任を持って面倒を見ないと」
その責任感は素晴らしいし、見習わないといけないとさえ思う。だが、この状況でルーカスがマッシュの散歩に行かないといけないのもおかしい。手が空いている私がすれば、ルーカスだって業務に集中出来るはずなのに。
「ルーカス様……」
どう言えば、ルーカスが業務をしてくれるか必死で考えた。そして私は告げたのだ。
「私だって犬が大好きです。私だってマッシュと散歩をしたいのに、いつもルーカス様ばかりずるいです!」
ルーカスは怒るだろう。そして、我ながらいつの間に、ルーカスに大きな口を叩くようになったのかと驚くばかりだ。ルーカスは殺気を込めて私を睨んだが、次の瞬間、ホッとしたような顔になる。
「それなら、夕方の散歩はお前に任せる」
そう吐き捨てて、書類に目を落とした。
……ほら。ルーカスだって、一人で抱え込んでいたわけじゃないの。そして、私を頼ってくれて嬉しくも思えた。
狂乱するマッシュを捕まえて、慣れた手つきでリードを付ける。そして部屋を出ようとした私を、
「クソチビ」
ルーカスは呼んだ。思わずビクッと飛び上がり振り返る私を、ルーカスは優しげな笑顔で見た。
「ありがとな」
そういうの、やめて欲しい。礼なんて、いらない。私は今セリオなのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。ルーカスに惹かれたくないのに、そうやって優しくされるたびにどきんとする。もっと笑って欲しいと思ってしまう。私は、完全にルーカスに毒されている。
マッシュと中庭に出た私は、真っ赤な顔で足早に歩いている。そんな私の頭の中を、笑顔のルーカスが行ったり来たりを繰り返す。最近のルーカスはおかしい。使用人の私にも優しいし、私を褒めることさえする。初めて会った時のように、豪快に暴言でも吐いてくれれば私だって気楽なのだが。
そもそも、私はルーカスを遠ざけるために、この公爵邸へ来た。ルーカスが他の令嬢に惚れてくれるのが目的で、私がルーカスに惚れるだなんてあり得ない。ミイラ取りがミイラになってはいけない。これ以上ルーカスに惹かれてしまうのなら、早々に辞職するべきだろう。
「ねえ、マッシュ。
マッシュはこの家に来て、幸せ? 」
マッシュは首を傾げ、丸い瞳で私を見て尾を振っている。マッシュは幸せだろう。ルーカスだって犬嫌いなのに、マッシュをすごく大切にしている。
「私は……」
「幸せじゃないのか? 」
不意に声がして、飛び上がってしまった。おまけに変な叫び声まで出てしまった。声のする先には、騎士服を着た笑顔のお兄様が立っていて、
「び、びっくりさせないでよ」
私はヘナヘナと地面に座り込んでいた。そして、相手がお兄様だと分かっても、胸はまだバクバクと音を立てている。
お兄様を見ると、あの舞踏会の日のことを思い出してしまった。私はこんなにも拗らせているのに、お兄様は令嬢たちと一夜の恋を楽しんでいた。あんなこともこんなこともしているのだろうと思うと、顔が真っ赤になる。
そんな私の胸の内を知らないお兄様は、笑顔で告げる。
「ルーカス様と仲良くやっているんだな。噂で聞いてるよ」
「噂!? 」
思わず聞き返してしまった。確かにルーカスとは険悪な仲ではないが、噂になるような仲でもない。
「ルーカス様も、セリオのことを気に入っていらっしゃるようで」
「いや、気に入るも何も……私はクソチビだし、相変わらずこき使われているだけで……」
でも、最近は少し優しくしてくれる。私のことを褒めてもくれる。嫌な男なら徹底的に嫌な男になって欲しいのに、そういうところがあるから困るのだ。
俯く私に、お兄様は唐突に告げた。
「もう、結婚してしまえばいいだろう? 」
……は!?
私は口をあんぐり開けて、頬を染めてお兄様を見ていた。そういう冗談は、口が裂けても言わないでいて欲しい。
「ルーカス様も最近はご機嫌で、仕事にも身が入っていらっしゃると噂だ。
俺も色々考えたが、一番は可愛い妹には幸せになって欲しい」
「その気持ちは嬉しいけど……」
でも、お兄様だって、ルーカスとの結婚反対派だったよね? いつの間に、ルーカス側の人間になってしまったの? そして、いくらルーカスと私が相性が良かったとしても、忘れてはいけない壁がある。
「ルーカスは次期公爵で、私はただの平民だから……」
だからやはり、ルーカスと結婚しても幸せになれないのだ。
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